メニュー122 ゴーヤチャンプル
夜の営業はエ・ランテルで再び商売をするようになってからはやっていない。その理由は単純に朝早くから弁当作りに始まり、昼は夕方くらいまでひっきりなしに客が来る。それ自体はいいんだが、酒を飲んで店に来られて暴れられても困る。具体的にはシャドウデーモンとかシャドウデーモンとか、エイトエッジアサシンとか、たまにアルベドとか、シズとか、エントマとか……シャドウデーモンとかが荒ぶるからだ。店の安全及び夜は営業しない方がいい……というのは実は建前だ。
「大丈夫か?」
「「「「うあー……」」」」
俺の問いかけに死んだような返事を返す4人……と言うかランポッサ三世達、信じられるか? このタレパンダみたいなのが1国の指導者なんだぜ。
「正直かなり疲れてます」
「カワサキ殿、疲労回復の一品を……」
「……頼むわ」
「お願いする」
モモンガさんもガゼフさん達もぐったりしている。4ヵ国同盟の兵士や騎士の選抜に、魔法学校の開校、それに今後のスレインとの読み合いと忙しいのは判っている。
「了解。すぐ作るからまっててくれ」
疲れている面子にそう声を掛けてから、俺は厨房に引っ込み冷蔵庫を覗き込む。
「カワサキ、疲労回復の料理なんてあるの?」
「ある……って言えたら俺も楽なんだけどなあ」
正直な所食べたら疲労が回復する料理なんて言うものはない、強いて言えば疲労回復に効果がある物とすれば、ビタミンB1、2、鉄分、カルシウムを多く含んだ食べ物を使うとか、肉を食べた時に発生する幸せホルモンなどを組み合わせ、栄養素と食べたという満足感から回復させるのが1番手っ取り早い、そこに疲労回復系のスキルを付与するって言うのが1番妥当な所だろう。ロフーレさんから貰っている食材に目を通し、何を使うかを決める。
(これ、どうみてもゴーヤだよな)
ぼこぼことした表面の緑色の野菜――これはどう見てもゴーヤだ。ゴーヤと言えばゴーヤチャンプルー、疲労回復と言ったらこれッ! って言うイメージがある。
「カワサキ、それ使うの? それさあ、めっちゃ苦くてまずいんだよ?」
「まあ見てろ、それは下ごしらえが悪いのさ。俺の作るゴーヤチャンプルーは美味いぜ」
大丈夫かなあと不安そうにしているクレマンティーヌにそう笑いかけ、下拵えを始める。まずは豆腐だ、木綿豆腐をキッチンペーパーに包んで重石を載せる。
「豆腐つぶれない?」
「大丈夫。これで余分な水を切っておくんだ」
炒め物をする時に豆腐に水気が残っていると味が落ち着かないので、余分な水気を十分に取っておく必要がある。次はゴーヤ、ヘタを切り落として半分に切り中の種と絮を取り除いて5㎜幅で切る。そしたら今度はゴーヤの苦味取りだ。
「本当に苦味取れるの?」
「美味しい苦味になるくらいだ」
クレマンティーヌがここまで言うなんてこの世界のゴーヤどれだけ苦いんだろうなと、若干不安に思いながらボウルの中に入れたゴーヤに砂糖を小さじ1、塩を小さじ4分の1を掛けて良く和えたらそのまま味を馴染ませておく。
「……それだけ? 大丈夫?」
「ゴーヤの苦味を感じないためにはいくつか前提があってな。
1つは油で炒めて苦味を覆い隠すこと、次に旨みの強い物を合わせることで苦味はあんまり感じなくなる。ちなみに、これはどうやって食べるんだ?」
「生か、すり潰して飲み物に混ぜるかな?」
「そいつは随分とチャレンジャーだな……」
ゴーヤを生かつジュースとか凄いチャレンジ精神だと思うが、料理人としては駄目としか言いようが無いな。豆腐の水切りとゴーヤに味を馴染ませている間に他の材料の下拵えを始める。
「よっと」
「カワサキ、それハンマーにしか見えないね」
「ハンマーだからな」
ロックポークの固い外皮をハンマーで叩き割り、そこから先の細い包丁で切れ込みを入れて、包丁の背をハンマーで叩きながら岩の外皮を取り除き、バラ肉を厚く切り分けて包丁を見つめて溜め息を吐いた。
「これは捨てておくか」
「え? まさかの使い捨て?」
「刃こぼれしすぎてどうにもならん」
ロックポークを使えば包丁2~3本は死ぬと思ってくれていい、この世界で包丁という概念がないから補充出来ないのがつらい所だな。
(デミウルゴスに冗談で言ったけど多分して無いだろうし)
デミウルゴスに冗談で言ったけど、流石のデミウルゴスも包丁は作れないだろう。
「ふっ! ふっ! ふっ!!」
カワサキがゴーヤチャンプルーを作っている頃、デミウルゴスが自分の階層で包丁を作るために熱した鉄をハンマーで叩いていたりするが、カワサキは当然それを知る由もない。
「これに粗挽き胡椒と塩」
普段使わないユグドラシル産の塩胡椒を使い、味をしっかりと馴染ませている間に、水切りした豆腐を指で千切る。
「え? 雑くない?」
「雑いくらいで丁度良いんだよ」
豆腐を細かく切りすぎても美味しくないし、それに素手でちぎった方が切断面が乱雑になって味がなじみやすくなる。
「ごま油っと」
フライパンの中にごま油を入れて、しっかりと加熱したら千切った豆腐を入れて、両面がしっかり狐色になるまで炒める。
「ほっと」
狐色になった豆腐を1度皿の上に出して、ごま油を追加しゴーヤを鍋の中に入れて炒める。また後で火を入れるので、8割くらい火が通れば良い。
「あ、クレマンティーヌ。これ割っといて」
「え。まじ? 黄金の卵なんだけど」
「固いからさ、頼むわ」
黄金の卵3個を割るようにクレマンティーヌに頼み、火が通ったゴーヤを豆腐を乗せている皿の上に出したら、そのままのフライパンでロックポークを炒める。
「よ、よ」
背後で黄金の卵を丁寧に割ってくれているクレマンティーヌの声を聞きながら、ごま油を引いて過熱したフライパンに豚バラ肉を1枚ずつ並べる。先に味を馴染ませておいたので、ここで味付けはせず豚肉の色が変わるまで炒める。
「よし、OK」
豚肉の色が変わったら豆腐とゴーヤを加え、炒めた事で出た豚肉の脂と絡めるイメージで混ぜ合わせる。
「……ちょっと足りないな」
火が通ったタイミングで味見をして、味が薄かったので塩を一つまみ加え味を調える。
「卵」
「ほい」
クレマンティーヌが割ってくれた黄金の卵を受け取り、フライパンの中に流し入れる。ジッと見つめて、卵がある程度固まり始めたら鍋を前後に振るう。入れてすぐ混ぜると卵が細くなってしまい、具材に全く絡まない。それでは美味しくないので、少し火が通り固まって来た所で振ることで具材と良く絡み、そして卵自体も大きく固まってくれる。
「仕上げに醤油」
具材に掛けるのではなく、フライパンの縁から回し入れ全体を良く混ぜ合わせたら火を止める。
「ご飯は?」
「漬物も味噌汁も準備完了!」
何もいわなくても準備をしてくれたクレマンティーヌがピースサインをして笑う。
「よっしゃ、じゃあ熱い内に運ぶか」
「OK!」
出来たてのゴーヤチャンプルーを皿に盛り付け、2人で完成したゴーヤチャンプル定食をモモンガさん達の元へと運ぶのだった。
ローブル聖王国のかつての皇の娘、カナメリアの生存――これは正直言って切り札にも爆弾にもなりかねない非常に危険な札だった。
(そもそも何故そっちにいる)
爆弾を放り込んでおいて、ガゼフ達と一緒の席に座っているアインズに文句を言いたくなるが、それをぐっと堪える。アインズでは出来ないから私達に振って来たのだ。解決策はやはり我々で考えるべきだろう……しかしだ。そもそもローブル聖王国はスレインほどでは無いが、信仰色の強い国だ。そういう面では我が帝国との相性はさほど良くない、そもそも私はあの八方美人は好きではない。
「ローブルと親交があるのはリ・エスティーゼ位か?」
「いや、確かにそれなりの親交や国交はあるが……仲が良い訳ではないな」
「私の所なんて全然だな」
「ドラウディロン殿と同様ですね」
国の近さで言えばスレインだが、宗教の違いでいつも揉めている。その揉めがあるから皇女の誘拐に繋がったと思われる、しかし我々がかつての皇女を連れて行ったとしてもそこも大きな問題になる。
「はい、ゴーヤチャンプル定食、お待ちどうさま」
カワサキが夕食を運んで来てくれ一度話し合いが止まるが、使われている食材を見て思わず眉を顰める。身体には良いが、とにかく苦い、苦すぎると有名なニガンだ……いや、確かに疲労回復を頼んだが、正直これはない。ランポッサ達もなんとも言えない表情をしているのを見て、カワサキが大丈夫だと笑う。
「俺のは美味いからさ。食べてから文句を言ってくれ」
確かにカワサキは不味いという物もおいしく調理している……ならこれも大丈夫……と思うしかあるまい。
「「「「いただきます」」」」
フォークを手に取りニガンを持ち上げる。どこからどう見てもニガンだ……見てみろ、あのランポッサですら渋い顔をしているぞ。
(炒めてあるのは初めてだが……うーむ)
そもそもこれは生食が基本、火を通すだけで大丈夫なのか? と不安に思っていると竜王国にはないのか、ドラウディロンとリュクは普通に頬張った。
「にがっ!」
「にがいッ!!!」
声をそろえて苦いと呻く2人にやっぱり苦いんじゃないかと思っていると、2人はまたニガンを口に運んだ。
「やばい、この苦さ癖になる」
「美味いですね」
普通に食べているだと……!? 大丈夫なのか? 美味いのか? 不安を抱きながら私もニガンを口に運んだ。
「……苦いが美味い」
「美味苦い?」
美味いのに苦い、苦いのに美味いと言うのは初めての味だ。思わず米が欲しくなる、そんな苦さだ。
「肉も美味いな」
「卵美味しいですよ」
ニガンを警戒していた私とランポッサを無視してモリモリ食べているドラウディロンとリュク。
(確かに美味い)
疲労回復効果があるが苦すぎて食べられることがなかった食材だが、なるほど、火を通せば食べやすくなるとは新発見だな。
「美味い豚肉だな、良い肉を使ってくれたのか?」
「おう。ロックポークって言う、岩の皮膚を持つ豚の肉だ。あと黄金の卵」
ぶふうっと言う声があちこちから響いた。かくいう私も咳き込んだ、水を飲んで息を整えて改めて問いかける。
「すまない、何を使ったって?」
「黄金の卵、栄養価が高くて魔法効果が強い食材だな」
「ああ、黄金というのはそういう「カワサキー、これ洗ったから換金して来るねー」
クレマンティーヌが光り輝く黄金の卵の殻を運んでいくのを見て、私達はなんとも言えない気持ちでゴーヤチャンプルという料理を口に運んだ。いや、価値が……価値がとんでもない、さらっとプレイヤーの国の食材をガンガン突っ込んでくるのは少しやめてくれないだろうか……。
「寿命が縮む」
「それな」
「生命力強化の筈なんだが?」
不思議そうにしているカワサキに違うそうじゃないと思いながらも、食欲に勝つことは出来ず。空のお椀をカワサキに差し出して米のお代わりを頼むのだった……。
カワサキさん、また黄金の卵を使ったのかと半分呆れながら豚肉をご飯の上に乗せて頬張る。
(美味い)
ロックポークの上品な脂が米に染みこんでいて、肉一切れでご飯を1口、2口と食べることが出来る。
「あの、どうかしました?」
「いや、黄金の卵とかな……聞くと中々食べにくい」
「確かに……」
まぁ、確かにそうだと思うけど、黄金の卵なら大した問題でも無いのも事実だ。
「大丈夫ですよ。カワサキさんが黄金の鶏を飼っているので、1日10個くらい産んでくれてます」
「「「「あ。うん、そうか……」」」」
フォロー失敗したかな? と思いながら豆腐を今度は頬張る。
「うん、美味い美味い」
決して派手ではない、しかしシンプルだがこれはどこまで食べても全く飽きない。
(全部が全部下味がしっかりしているからだろうな)
ごま油の芳ばしい香り、焦げ目がつくまで焼かれている豚肉、ほろ苦いゴーヤの味と円やかな卵と豚肉とゴーヤの味をしみこませた豆腐……そのどれもがおかずとしては最善の味だ。
「ズズウ」
そしてこの味噌汁、シンプルなじゃがいもだけの味噌汁がまた良い。味噌の塩辛さをマイルドにしつつ、おかずとしても食べれて味噌汁の味も良くしてくれている。そしてその上漬物とはまた別の箸休めに実に丁度良い。
「なんか考えているの馬鹿みたいになってきたな」
「ええ。そうですね」
俺が食べていると色々と考え込んでいるのが馬鹿みたいに思って来たのか、戦士長殿達も勢い良く食べ始める。
「カワサキさんが出してくれていると言う事は私達の体調を考えてくれていると言うことですからね。考えるだけ無意味ですよ」
カワサキさんがユグドラシルの食材を使うのはもう諦めた。精神的な疲労なども激しいからユグドラシルのスキルや魔法を大量を使った料理で俺達の体力を回復させてくれようとしているのは明らかだ。ならば、それに甘えさせて貰おう。
(これからだ)
魔法学校の開校、そして4ヵ国同盟の発足、アゼルリシア山脈の捜索にローブル聖王国との交渉……大きく進んだように見えるが、実際は殆ど何も進んでないとも言える。漸くスタート地点、ここからが全ての始まりだと俺は思っている。その為にはまず、相手の出方を良く見ること、そして前に進む為に事前の調査……やるべき事はまだまだ山積みで、そして相手の出方が判らないので前に進んでいるのか、それとも進んでいるようで前に進めていないのか……それはきっとすべてが終わった時にしか判らないと思う。だから今は、自分に出来る最善をやりたいと思う。その為にまず俺がやるべき事は……。
「カワサキさん、ご飯とゴーヤチャンプルのお代わりを卵多めでお願いします」
しっかりと飯を食べてカワサキさんを心配させないように体を作ることだ。それに腹が減っては戦は出来ないって楽々PK術でぷにっと萌えさんが言っていたので、まずそれを実行しようと思う。
「あいよー、ガゼフさん達は?」
「肉多めで」
「豆腐を」
「この苦いのを多めで」
俺のお代わりに続いて皆がお代わりという声を聞きながら思う、今も凄く充実している。だけどこの場にギルメンがいたらもっと幸せだったのではないか……俺はそう思わずにはいられないのだった……。
メニュー123 シズちゃんとエントマちゃんのチーズオムライス ビーフシチューソース その1へ続く
次回はシズとエントマで1話作ります。その後はフュージョンするかどうかですね。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。
やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……
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間違っている
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間違っていない