メニュー25 すき焼き風肉じゃがとシーフードグラタン
一晩眠る事で俺はあのラナー王女を見た事で思い出しかけた悪夢を何とか忘れる事が出来た。自分ではもう忘れたと思っていたが、どうも「目」が俺の中でトラウマとなっているようだ
「ユリ、すまないが、紅茶を頼めるか?」
「はい、今ご用意します」
恭しく頭を下げるユリにもう1度すまないなと呟き、背もたれつきの椅子に背中を預ける。俺は調子が少し悪いと言う事で国王さんとガゼフさんへの挨拶はモモンガさんが引き受けてくれた。繋がりが出来ただけで良し、今後何か問題が起きれば話し合うという感じで良いだろう
「お待たせ致しました」
「ああ。すまないな」
良い香りの紅茶を口にすると、少し気分が落ち着いてくる。あの女とラナー王女が別人と判っていてもトラウマを発症しかけるとは自分ながら弱い……いや無理も無いのか?ストーカーされ、店を奪われ、世話をしてくれそうになったレストランのオーナーの店まで潰しに掛かって、最終的には俺を監禁しようとした……うん。良く考えればトラウマにならないほうがおかしいなと納得した
「所でブレインは?」
姿の見えないブレインの事を尋ねると、ユリは少しだけ眉を細めてから
「知人がこの街にいるので情報収集に向かうと伝えてくださいと言って出かけました。夕刻までに門の近くにいなければおいて行くと伝えてあります」
……ナザリック外の人間に対して超ドライだな。俺はユリの用意してくれた紅茶を口にし、モモンガさんが戻るのをのんびりと待つのだった
「そうだ、ユリは何が好きなんだ?」
質問の意味が判らないのか首を傾げるユリに好きな食べ物だよと言うと、シモベにはもったいないですと言う
(うーん……やっぱりまだまだか……)
モモンガさんだけではなく、NPCなどももっと人間らしくと思っているが、俺が進めているつもりのナザリック平和化計画はどうも思ったよりも進行していないようだ
(さてとまたパンドラに相談するか)
モモンガさんの周りも変えないと、目に見える変化は無いでしょうと言うパンドラの助言を思い出し、まだまだこれからだなと思い、小さく溜息を吐くのだった……
カワサキさんが体調不良なので俺だけでランポッサ国王と戦士長殿の待つ王座の間に来ていた。今回のアレルギーの事、そして戦士長殿の話が真実と言う証言者の立場になった俺とカワサキさんには深い感謝を告げられた
「これでガゼフの証言が嘘だと言い張る貴族から、真実を問いただすことも出来るだろう」
反王派の貴族が動き出すだろうから、それを調べる事が出来ると言うランポッサ国王。王という立場だが、それも決して安泰ではないのだなと俺はどこか他人事のように考えていた
「カワサキ殿にも感謝を告げたかったが……」
「申し訳ありません。少々体調が優れないそうなので」
カワサキさんは少し気分が優れないのでと言うと、そうかとランポッサ国王は呟き
「やはり料理にあれだけの効果を付与すると体調を崩す物なのだな。カワサキ殿に申し訳なかったと伝えてくれるか?」
……物凄く前向きな勘違いをしてくれた。だが態々訂正するのも何なので
「判りました。確かに伝えておきます」
あれだけの体調不良を回復させるのに、自身が消耗するという設定になってしまったが、まぁ良いだろう。食の神よりかはましとカワサキさんも思ってくれるはず
「それよりもゴウン殿とカワサキ殿はこれからどうするつもりかな?」
ランポッサ国王の問いかけに俺は少し考えてから
「この地に来たばかりなので、色々と見てみたいと思っております。帝国、法国、評議国、竜王国……色々な物を見て、出会いをするのも旅の醍醐味ですから」
王国に立ち寄ったのは戦士長殿に誘われていたからと言う理由にした
「では次は帝国に向かわれるのか?ゴウン殿?」
少しだけ険しい顔をする戦士長殿に苦笑しながら
「カワサキさんが店を持ちたいと言っているのでね。良い場所を探しながら、その国の食事事情などを見ていきたいと思っています……ですが、そうですね。エ・ランテルに店を持てたら良いんでしょうが」
ナザリックからさほど離れておらず、それなりの冒険者ギルドもあるエ・ランテルが良いんですけどねと笑うとランポッサ国王はにこりと笑いながら
「では旅が終わり、店を持つと決めたらまた訪ねて来てくれ。店を構えるのに協力しよう」
その髪と目では店を構えるのも苦労するだろうからと言うランポッサ国王
「ありがとうございます。ではもしエ・ランテルに店を構えましたら、何かありましたらお伝えください。私もご協力いたしましょう」
国王はカワサキさんに店を与える。そして俺は有事の際に知恵と力を貸すWin-Winの関係と言う奴だ
(それにカワサキさんもなんかここら辺がいいって言ってたし)
ブレインやニグン達の話を聞いて、王国周辺がかなり豊かな土地らしいのでエ・ランテルの辺りに店を欲しいと言っていた。
「ではカワサキさんが心配なので私はここで、またお会いしましょう」
俺はランポッサ国王に頭を下げ、戦士長殿と共に王座の間を後にするのだった……
「ゴウン殿。カワサキ殿に伝えて欲しい、私の屋敷の使用人に振舞ってくれたピザ。2人はとても喜んでいたと」
バタバタしていて感謝を告げる時間が無かったので、私から感謝の言葉を伝えて欲しいと頼まれていたのだと笑う戦士長殿
「判りました。必ず伝えておきますよ」
カワサキさんの事だから、俺達の分だけではないと思っていた。こういうマメな所がカワサキさんの良いところなんだよなと思いながら、私はカワサキさんの待つ部屋に足を向けるのだった……
「と、いう訳でランポッサ国王がエ・ランテルに店を構えるのを協力してくれるそうです、あ、あとガゼフが老夫婦にも振舞ってくれたピザに感謝すると」
「なるほど、情けは人のためならずと言うが、正にその通りだな」
なんかカワサキさんが難しい事を言ってるな……まぁ悪い事ではないだろう。そんなことを考えながら、ソリュシャンとセバスが拠点にしている屋敷へ向かうのだった
「え?料理するんですか?休んだ方が良いんじゃないですか?」
セバスとソリュシャンは情報収集に出ていたらしく、2人の姿は無かった。俺達の警護をしているシャドウデーモンが内側から扉を開けて中に入ると腕まくりをしながら、カワサキさんがそう告げる。調子が悪いなら無理をしないほうがと言うとカワサキさんは笑いながら
「料理しているほうが落ち着くんだよ。それよりも、モモンガさん。たっちさんが好きだった料理食ってみたくないか?」
「たっち・みーさんの好きな料理!?」
予想外の言葉に驚くとカワサキさんはおうっと返事を返す。それは確かに興味がある
「だから楽しみに待っててくれよ。本でも読んでな」
そう笑って厨房に向かっていくカワサキさん。俺は少し考えてから背後に控えているユリに声を掛ける
「読書をしようと思う、紅茶を用意してくれるか?」
「は、畏まりました」
頭を下げ、カワサキさんが向かったのと違う方向に足を向けるユリ。これほどの屋敷だと複数の厨房があるのかもしれないな……俺は椅子に腰掛けてからアイテムボックスから本を取り出しゆっくりと本を開くのだった……
セバスとソリュシャンが拠点にしていると言う屋敷に集められていた調味料などの瓶を手にし、手の平に出して味見をする
「……醤油に少し似てるな」
香りも味も足りないが、これは醤油に似ている。じゃあその隣はっと……未知の調味料と言うのはやはり興味がある。
「っ!ずいぶんと酸味が強いがこれはマスタードか……」
少し風味が足りない、味が濃い、薄いの差は有るが……良く似た調味料だ。やはりある程度は調味料は似通っているのかもしれないな。だが今は使うには経験が足りないのでアイテムボックスから使い慣れた調味料を取り出す。たっちさんが好きだった料理……それは実はセバスも同じ物を好物にしている。それは濃い目の味付けの肉じゃがだ、俺の店ではすき焼き風肉じゃがと言う名前で出していたな……っと少しリアルの事を思い出した
「牛肉、じゃがいも、たまねぎ、長ネギっと」
具材はシンプルに4つだけ、普通のすき焼き風肉じゃがならここで人参や豆腐などを入れるのだが……ここまで思い出した所でくすりと笑う。たっちさんは人参とエンドウ豆、それに豆腐が苦手で、たっちさん用に作る時はその3つを入れなかったのだ
「さてと、やるか」
気が滅入った時は料理をする、それが一番俺が落ち着ける方法だ。レイジングブルの薄切りロースを3cm幅で切り、たまねぎは繊維に沿ってざく切りに、じゃがいもは小さめの物を皮を剥いて水にさらしておく、長ネギは縦に切ってからくし方に切り分ける。最後にコップの中に酒、砂糖、醤油を入れて割り下を作ればこれで材料の下拵えは終わりだ。
「牛脂をいれてっと」
すき焼き風なので手順は割りとすき焼きに近い、牛脂を入れて溶けて来たら取り出し、切った牛肉を炒める。色が変わってきたら、さきほど作った割り下を注ぎいれる
「まんますき焼きだよな」
うん。じゃがいも入れてるからすき焼き風って言ってるけど、これ普通にすき焼きだよなと呟く。とは言え、これが自分の味なので変えるつもりは微塵も無いが……後はじゃがいも等の具材を入れて割り下と絡めながら煮る。割り下が焦げ付かないように水を少しずつ加え
「良し。良い具合だ」
茶色く染まったじゃがいもを1つ取り味見をする、中までしっかり味が染みているのを確認したら蓋をして冷ましておく。煮物は冷える間に味が染みこむからだ、モモンガさんにも出すので少し多めだが、成人男性3人だ。これくらい楽に食べるだろう
「後は味噌汁と漬物で良いか」
肉じゃが定食と言ったらそれで決まりだろうと呟き、手早く味噌汁を仕上げ、きゅうりを塩もみして冷やしておく。これでセバスとモモンガさんの分は終わり。次はソリュシャンだ、結構怖がらせてしまったし、何よりも頑張ってくれているので労うのは当然だ
「グラタンで良いだろ、いや折角だからシーフードグラタンにするか」
まだまだ俺達で取って来た蛸や、元々備蓄していた烏賊、それに貝も残っている。普通のグラタンよりも断然そっちのほうが良いだろう。そうと決まれば食材だ
「烏賊、海老、アサリ、ホタテ。こんな物だろう」
旨味が強い物をベースに4種類ほど、次は茸だから……しめじだな。後は玉葱で具材はOKだろう。全て食べやすいように切り分けておけば炒める準備は完了だ
「さてとやるか」
何時2人が戻るか判らないからちゃっちゃっとすますかな。しめじは石づきを取って、手でほぐす。玉葱は薄切りにし、海老などの海鮮は軽く白ワインを振って香りをつけておく。フライパンの中にオリーブオイルを入れ、しめじとシーフードを炒める
「良い香りだ」
やはり白ワインを軽く振ったのが良かったのかもしれない。フライパンから良い香りが漂ってくる、しめじがしんなりしてきたら塩胡椒を振って軽く炒める。フライパンの中に炒めた海老などから出た出汁が溜まり始めた所で1度フライパンの中を取り出し、炒めたのと同じフライパンにバターと玉葱を入れて炒める。
「良し、良い頃合だろう」
玉葱がしんなりしてきたら小麦粉を振りいれ、粉っぽさが無くなるまで炒める。小麦粉と玉葱が馴染んだら牛乳を少し加え混ぜる。とろみが付いてきたらまた牛乳を加え混ぜる、これを何度か繰り返し、丁度良い量になったら塩胡椒と顆粒コンソメを振り、ついでにオーブンに火を入れておく。これはナザリックから持たせた物だ、俺が来るかもしれない拠点なので料理の設備はこの世界にない物を取り付けてある
「……久しぶりだが、いい仕上がりだ」
味見をしたが、牛乳とバターの旨味が良く出ている。出来たホワイトソースに先ほど炒めたしめじと海鮮を戻しホワイトソースと煮ていると、厨房の扉がノックされ、ユリの入室しても良いですか?と言う声が聞こえてくる
「良いぞ」
ここまで来たらもう完成だしな、火を止めて振り返る
「セバス達が戻ったか?」
「はい。今アインズ様に報告しております」
良いタイミングで帰ってきたなと笑い、俺は耐熱皿にシーフードいりホワイトソースを入れ、上からチーズをたっぷり振り掛けオーブンの中にグラタンをいれ、肉じゃがと味噌汁に火を入れるのだった……
カワサキ様とアインズ様に命じられた王都の情報収集……それなりの信用を得て、様々な店で色んな話を聞く事が出来ているが今の所、御方の耳に入れるような有益な情報は殆ど無かった
「明日はまた別のアプローチで調べてみますか、ソリュシャン」
「そうですね。今度は貴族御用達の宝石店などがいいかもしれませんね」
ソリュシャンは私と同じ考えらしく、馬車から窓の外を見ながらそう呟く。王国周辺で幅を利かせていると言う犯罪集団「八本指」……警戒するまでは無いと思いますが、タレント持ちが在籍している可能性もあり調べてみる価値は十分に有るでしょう。そんなことを考えながら拠点としている屋敷の扉を開き、絶句した。そこには今ここにいるはずの無い人物……ユリ・アルファの姿があったからだ
「お帰りなさいませ、セバス様。ソリュシャン、御方がお待ちです」
優雅な一礼と共に告げられた言葉に顔から血の気が引くのが判る。何故御身がおられるのか、私とソリュシャンの情報収集能力に問題が……ソリュシャンも顔色が真っ青になっている。考えられる失態が幾つも浮かんで消えていく……ユリはそんな私とソリュシャンを見て、お早く向かうべきかと口にする。その言葉に考え事をしている場合ではないと判断し、ユリに教えられた部屋の前へ移動する
「アインズ様、セバス様とソリュシャンが戻りました」
ユリの言葉に部屋の中から通せという声が聞こえてくる。ユリはゆっくりと扉を開き、中にはいるように促す
「戻ったか、セバス、ソリュシャン」
アインズ様が読んでいた本を閉じながら、私とソリュシャンを見つめる。膝を突こうとするとそれはアインズ様によって制された
「今日ここに寄ったのは偶然だ。そこまで畏まる必要は無い、セバス、ソリュシャン。報告書は毎日貰っているが、私はお前達の口から情報収集の結果を聞きたいのだ。王都はどう見える?どこまで情報が集まったのだ?」
アインズ様の柔らかいが、威圧感に満ちた声に背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、今まで集めてきた情報を自分の言葉で、自分が見た主観でアインズ様に報告する
「様々な情報を集めておりますが、王派、反王派貴族。そして反王派貴族に囲われている八本指なる組織があると言う所までです」
私の報告を目を閉じて聞いていたアインズ様はそうかと小さく呟き
「良くやってくれている。私もカワサキさんもお前達の働きは十分伝わっている」
その恐れ多い言葉に深く頭を下げると背後の扉が開き、良い香りとぽきゅぽきゅと言うカワサキ様独特の足音が響く
「褒美と言う訳ではないが、私はまだ食事をしていない。共にカワサキさんの食事を楽しもうではないか」
その言葉に思わず顔を上げる、アインズ様は楽しそうに笑いながら椅子に座るがいいと口にする。主人と共に食事など許されないという考えが私とソリュシャンの脳裏に過ぎるが
「早く座れ、料理が冷めるだろうが」
カワサキ様の強い口調に、わ、判りましたと返事を返す。カワサキ様はそっちが私、反対側がソリュシャンだと言う。指差された席に腰掛けると、肉じゃがと、山盛りの米。そして味噌汁と漬物。そして恐れ多くも、黄金の卵が小鉢に入れられていたのに気付く。ユリの手によって私の目の前に並べられ、ソリュシャンにはグラタンが置かれ、ユリの分であろうグラタンもソリュシャンの隣に置かれ、ユリも席に腰を下ろす
「モモンガさんもどうぞ」
「ありがとうございます」
そしてアインズ様にはカワサキ様が自ら料理を置き、その隣に自分の分も並べる
「「いただきます」」
アインズ様とカワサキ様が手を合わせ、食事を口に運んだのを確認してから、私も手を合わせ箸を手にするとカワサキ様が料理に対する注意を口にする
「黄金の卵は肉じゃがに落とすんだが、直ぐに落とすなよ。味が変わる、まずはそのまま食べてみろ」
「わ、判りました」
御身の作られた料理を口にするのは2回目だが、やはり緊張します。箸を手にし、肉じゃがに視線を向ける、薄い牛肉と小ぶりなじゃがいもが丸のまま、そしてタレを吸い込み茶色くなった玉葱とネギと言うシンプルな具材だ。まずはと良く煮られている玉葱とネギを取り口に運ぶ
(これは……濃い)
甘辛いのだが、その味が非常に濃い。辛いと言う訳ではない、自然に白米に箸が伸びる。そんな濃さなのだ……柔らかく、甘辛く煮られた玉葱とネギだけでも白米が進む。
「ちょっと辛いですが、美味しいですね」
「すき焼き風肉じゃがだからな、味は濃い目だ。だけど飯が進むだろう」
アインズ様とカワサキ様はそんな話をしながら肉じゃがを口に運ぶ。その光景を見ながら、今度はじゃがいもに箸を伸ばす。小ぶりで皮を剥かれ丸々煮られたそれは煮崩れしておらず、玉葱とネギ同様たっぷりとタレを吸い込んでいた。白米の上でいもを割ると中までしっかりとタレが染み込んでいた。頬張ると適度な歯応えといも特有のほくほくした食感……そして牛肉の出汁をたっぷりと吸い込んでいるからこその深い味わい。これは箸が止らない
(肉も硬くなく、しかし柔らかい訳でもない)
肉本来の歯応えを残しながら、タレで煮詰めているのに硬すぎず、また柔らかくも無い。理想的な煮具合の肉……きゅうりの漬物の食感と塩味が口をサッパリさせ、また食欲が湧いてくる
「セバス、お代わりは?」
「は……」
突然カワサキ様に声を掛けられ、手元を見るとあれだけ山盛りの白米は既にその姿を消していた
「自分で用意しますので」
「バーカ、俺がやるって言ってるんだよ。モモンガさんも俺もお代わりするからついでだ、ついで」
そう言うが早く、私の茶碗を手にしてカワサキ様は姿を消す。執事として主人を働かせるなど許されないと罪悪感を感じているとアインズ様が苦笑しながら
「カワサキさんが美味い食べ方を教えてくれると言っているんだ。待った方が良い」
カワサキさんは仕切り屋だからなと笑われてしまえば、私は何も言えない。暫く待っていると、カワサキ様が丼を手に戻ってくる
「2杯目は残った肉じゃがをこうやってだな」
カワサキ様はそう言いながら牛肉と玉葱をどんどん白米の上に盛り付け、タレを回し掛ける
「あんまり掛け過ぎると辛くなるから気をつけてな?んで、最後に黄金の卵を割って……丼の上に落とす。肉じゃが丼の完成だ」
「おお……これは美味しそうですね」
カワサキ様が差し出した丼を受けとり嬉しそうに笑うアインズ様。私もカワサキ様の作る手順を真似して丼の上に肉じゃがを盛り付け、黄金の卵を落とす。
(間違いない、これは……完璧な食事だ)
やや濃い目に煮られた肉じゃがに、黄金色に輝く卵……卵を崩して頬張る。濃い目の肉じゃがの味を黄金の卵の濃厚な旨味が包み込み、味わいがまるで別の物に変わっている
「美味い。やっぱり男は丼に限る」
丼を手にかき込んでいるカワサキ様と、それを真似して食べようとして無理だったのか、スプーンで崩しながら丼を口にするアインズ様……私のイメージしていた御方と違う柔らかい雰囲気。もしかするとこれがお2人の素の姿なのかもしれない……私はそんな事を考えながら、肉じゃがのタレと黄金の卵が絡められた白米を頬張る。その味わいはやはり天上の味なのだと思った……
アインズ様とカワサキ様と同じメニューを食べているセバス様。丼を片手で持って、箸でガツガツ頬張りその白い髭に米粒や卵が付いているのを見て、思わず小さく苦笑してしまう。メニューの違いと言うのは決して差別ではない、丼物よりも私達にはグラタンがいいとカワサキ様が判断してくれたのは明白だからだ。スプーンでグラタンを掬うとホワイトソースと溶けたチーズが混ざり合う
(これ凄い……)
グラタンの中にはたっぷりの海鮮が閉じ込められていた……ホワイトソースの海の中だからこそ、海老の赤い身が良く映える
「ふー、ふー……」
焼きたてだから熱いそれを息を吹きかけ、少し冷ましてから頬張る。大分冷ましたつもりだったが、それでも熱くて驚いたが、ホワイトソースの濃厚な旨味と溶けたチーズの味……そしてたっぷりの海鮮と茸の味わい……
(美味しい……)
その熱さが身体の中に伝わっていく、不定形の粘液【ショゴス】だからか、その熱と旨味が全身に広がっていくのが良く判る……ユリ姉さんもほうっと小さく溜息を吐いている
(カワサキ様の料理を食べると、やはり王都の料理人は料理人とすら呼べないですね)
下拵えも味付けも、そして料理に対しての姿勢も違う。食べ物を粗末にするなとお叱りを受けたので我慢して食べているが、それはやはり決して美味しいと思えるものではなく、進んで口にしたいとも思えない。グラタンと言って差し出されたチーズも何も無い、謎の料理を食べたのだが、あれをグラタンと言って自信満々に出せる料理人が信じられない
(これは烏賊ですね……)
カワサキ様の料理を飲み込むなんて勿体無いことは出来ない。ゆっくりと噛み締めていると独特な食感を持つ食材に当り、それが烏賊だと判る。
「美味いか?」
自分の丼を食べ終えたのか、カワサキ様が近くに来ていてそう尋ねてくる。食事に夢中で気付かなかった事に恥ずかしさを覚えながら
「はい、とても美味しいです」
「カワサキ様の料理を口に出来る幸福に感謝します」
大袈裟だとカワサキ様は笑うが、ルプスレギナやナーベラルに言えばずるいと不貞腐れるだろう。その姿を想像すると、私も思わず笑ってしまう
「そのグラタンにはこれが好く合う」
私とユリ姉さんの前にグラスを置いたカワサキ様は白ワインをそのグラスに注ぐ。御方にそんなことをさせてしまったと私とユリ姉さんの顔から血の気が引くが
「気にするな、俺は料理人だ。料理を提供するのが仕事だからな、俺からそう仕事を取ってくれるな」
そう笑ったカワサキ様はワインボトルを手に席に戻り、自分のグラスに注ぐ
「飲むか?」
「いえ、止めておきます。私は余り酒は得意ではないようなので」
「私も結構です」
アインズ様とセバス様がいらないと言うと、カワサキ様は付き合い悪いなーと呟き、ワインボトルをアイテムボックスの中に戻される。その姿を見ながらワインを口に含み、目を見開いた。酒精はそう強いわけではない、だが口の中に広がる葡萄の酸味と甘み……だがそれだけではない、体の中から活力が満ちてくる。
…
「俺特製ワインだ。飲むだけでバフが掛かる」
補助魔法と同じ効果を持つワインと聞いて、カワサキ様のスキルの豊富さに改めて驚かされる
「そのシーフードグラタンの下味にも使っているからよく合うと思うぞ」
そもそも海鮮と白ワインは良く合うんだよなと笑うカワサキ様。スプーンでグラタンを掬う、今度はホワイトソースとチーズより中の具を優先し掬ってみたのだが、海老に烏賊、アサリにホタテ……しかも決して小さくない、かなりの大きさだ。海老はぷりぷりとしていて、独特な甘みと食感が、アサリは小粒だが旨味はぎっしりと詰まっている。ホタテはほろほろと口の中で解け、その旨味とホワイトソースが非常に良く合う
(ああ……どこを食べても美味しいです)
どの具材を食べても美味しい、しかもそれだけではない。体も心も満たされるのが良く判る……楽しそうにアインズ様と話をなされているカワサキ様の御姿を見ながら食事が出来る。その幸福を噛み締めながら、私はワイングラスの白ワインを口に含む
「ああ……とても美味しいですわ」
それは良かったと笑うカワサキ様。楽しく、幸福な気持ちになる。これこそが本当の料理だと、私は改めて思うのだった……
賄い 今後の計画/モモンガVSカワサキ/クレマンティーヌは胃が痛い
ちょっと王国編その1は短かったですね、次回は今後のナザリックの方向性を話し合いたいと思います。そして後2つがどうなるのか楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします
やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……
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間違っている
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間違っていない