俺はベッドの上で完全にダウンしていた。その理由は明白、二日酔いだ。昨日、戦士長殿が余りにカワサキさんを褒めるので調子に乗って飲みすぎてしまった。いやそれだけじゃないか。カワサキさんが用意してくれた料理が美味しすぎたのも、酒を飲みすぎるのを手伝っていたと思う。
「大丈夫ですか?モモンさーーん?」
心配そうにこっちを見つめてくるナーベに大丈夫と返事を返そうと思ったのだが、頭が痛くて返事も出来ない。
「カワサキさーーん、その人化を解除することは?」
「俺は掛けることは出来るが、解除するのは本人の意思と魔力が必要だから。外からは解除出来ないんだよなあ……モモンガさん、魔力操作出来そうか?」
カワサキさんが魔力を操作出来そうか?と尋ねてくるが無理っぽい。頭が痛くてそれ所ではない。
「じゃあこの木の実食べれそうか?」
「……うっぷ、無理」
カワサキさんが瑞々しい色の黄色の果実を見せてくるが、それを見た瞬間吐き気が込み上げてきて、それ所ではない。
「俺……今日は無理そうです」
「だろうな」
二日酔いがこんなに酷いとは思っても見なかった。普段はもう少し飲む量を少なめにしよう。
「というか……カワサキさんはなんで平気なんですか?」
「俺?俺は酔い冷ましの木の実食ったから、それにそもそも俺はあんまり二日酔いにならん」
……俺は吐きそうで物を食べる余裕なんて無いのに、やっぱり酒を嗜んでいる人とそうじゃない俺の差って大きいんだなあ……
「ナーベ。二日酔いだから無理に物を食べさせるなよ。あと水をこまめに飲ませてやってくれ、クレマンティーヌ。行こうか?」
「はーい」
カワサキさんとクレマンティーヌが出かける?俺は頭痛に顔を歪めながら身体を起こそうとして、倒れかけてナーベラルに背中を支えてもらった。
「すまない、ナーベラル」
「い、いえ!お役に立てたのなら何よりです」
ナーベラルに背中を支えてもらいながらカワサキさんに視線を向ける。背中には無限の背負い袋を背負って服装もコックスーツ……
「どこに行かれるんですか?」
「ガゼフさんに王城に来て欲しいって言われててな。ちょっと顔を出してくるよ。また馬車での旅だとさ」
カワサキさんとクレマンティーヌだけでは少し心配になってくる。それが馬車の旅では余計にだ。
「シャドウデーモン、カワサキさんとクレマンティーヌの……護衛に……後、カワサキさん、俺の荷物から転移のスクロールを持っていってください」
王国に行った事があるから転移のスクロールで行ける。それにカワサキさんはスクロールも使えるので問題も無い。
「判った。出来るだけ早く帰ってくる。二日酔いが終わったら追いついて来てもいいぞ」
カワサキさんに判りましたと返事を返し、俺は頭痛に顔を歪めながら気をつけてとカワサキさん達を見送るのだった……
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ゆっくりと目を開き、身体を起こす。頭痛は大分治まり、吐き気も今は感じない。その代わり身体はやけにダルイが……
「モモンさーーん。お目覚めになりましたか?」
「ああ。大分楽だ」
水の入ったコップを差し出してくれるナーベラルに返事を返し、コップを受け取る。
「ふう、一息ついたよ」
喉が渇いていたようで、水を口に含むと一気に中身を飲み干してしまった。それと同時に少し気分が落ち着いた。
「その、カワサキさーーんに見て貰いまして、少し手直しを受けたのですが軽い食事をご用意しましたが……」
「ああ、少しだけ貰おうか」
食事を出来るほど回復しているとは思えないが、何も食べない訳には行かない。少しだけ用意してくれと言うと、ナーベラルは背を向けて寝室を出て行く。俺は夕暮れに染まるエ・ランテルの街並みを見つめて、カワサキさんは大丈夫かなと心配していた。
(早く体調を治して合流しないと)
カワサキさんに何かあったら困るし、早く体調を回復させて王国に向かおう。
「どうぞ、そのモモンさーーんに相応しい料理とは言いがたいのですが……」
御盆がベッドに備え付けられる。御盆の上には小さな御椀に白米、それと細かく切られた野菜と黒い塊が並べられていた。
「これは?」
「はい、クレマンティーヌが酒のあとはこれだと言って作っていたのを、私も真似て作ってみました。それをカワサキさーーんが最後の仕上げをしてくれたものです」
クレマンティーヌの料理……そうなるとこれはこの世界特有の料理なのだろうか。
「ではこの黒い物は?」
「魚の皮をこんがりと焼いた物です。これを刻んでご飯の上に乗せ、薬味野菜を乗せ、最後にこのスープを掛けて食べるそうです」
ナーベラルがポットをベッドの横の机に置き、魚の皮と野菜を乗せ、最後にポットのスープを茶碗に注ぎスプーンを挿してくれる。
「ありがとう。ではいただきます」
いただきますといわないとカワサキさんに怒られるので、癖になってしまった。俺はスプーンを手にしてスープが注がれたご飯を掬う。
「ふーふー」
湯気が出ているので息を吹きかけて冷ましてから頬張る。焼いた魚の皮からは魚の脂が出ていてスープの味がよくなっている、それに細かく刻まれた薬味野菜の風味も良い。
「美味いぞ、ナーベラル」
「あ、ありがとうございます」
シンプルな料理だが、食べやすくて実に良い。このスープも良く飲む味噌汁とかと違い、サッパリとしていて二日酔いで弱った身体には丁度良い。
(この魚の皮も美味いな)
噛み締めるとサクサクとした食感がして、それが食欲を誘う。スープでさらさらとしている白米も食べやすくて、スプーンの動きが止まることは無かった。
「あーすまないが、もう1杯貰えるか?」
「は、はい!すぐにご用意します」
嬉しそうに笑い俺の茶碗を手にして出て行くナーベラルの背中を見ながら、人化している己の身体を見て思う。
(うーん、やっぱりオーバーロードに戻るのは嫌だなあ)
もう魔力も操作できるので人化を解除すれば一瞬で回復するが、その代わり人化のスクロールが無いので人化出来ない。宿なので従業員が来ても困るし、とりあえず自然に二日酔いが治るのを待つか……俺はそんな事を考えながらナーベラルがお代わりを持ってきてくれるのを待つのだった……
私「ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ」は、突如現れた白い服装の南方の男とその隣の金髪の軽戦士を見て、咄嗟にキリネイラムに手を伸ばしかけたが、次に現れた人影にその手を止めた。
「カワサキ殿の言うとおりでしたな。馬車で移動するよりも早かった」
「そりゃ転移のスクロールだからなあ……ただ、予想外すぎる場所に出たが……」
ガゼフ戦士長の姿と声に伸ばしかけた手を戻す。ここはロ・ランテ城の王座の間……王座に腰掛けているランポッサ国王も壁際に控えていた衛兵も、貴族達も、そして私達を呼んでいたラナーも目を丸くしている。
「……ランポッサ王。カワサキ殿をお連れしました」
「そ、そうか、ガゼフ。ご苦労であった」
ガゼフ戦士長が自分が置かれている状況に気付き、膝を突いてランポッサ国王に声を掛ける。最近別人のように若々しくなっているランポッサ国王もやや引き攣った声と表情で返事を返す。
「これは失礼しました。友人が用意してくれたスクロールで来たのですが……いかんせん、私は料理人なので細かい制御が出来なかった物で」
「いや、構わぬ。良く来てくれたカワサキ殿」
大柄で無骨な戦士という風貌のカワサキと呼ばれた男の洗練された所作にも驚いた。声は低く重いが、その仕草と口調は紛れもなく尊い身分に仕える人間の動きだったからだ。
「訪ねてきてくれて申し訳ないが、今は話し合いの場。ガゼフ、カワサキ殿達を客間へと案内してやってくれ」
「はっ!カワサキ殿こちらです」
騒がして申し訳ないと頭を下げてガゼフ戦士長と共に王座の間を出て行くカワサキ達。
(私……いや違うわね)
私達の前を通り過ぎる瞬間。私の後ろに居たイビルアイに視線を向けたカワサキは、少し驚いた表情を一瞬だけ見せた後、漆黒の瞳が私とイビルアイだけに向けられる。その深い闇の色に思わず後ずさりしてしまった。
「カワサキ殿、どうかなされましたか?」
「あ、いやすまない。どことなく知人の娘に似ている子がいるなと思っただけだ、他意はない」
ガゼフ戦士長の言葉に頭を下げ、私達の前を通って王座の間を出て行くカワサキ。見た目が普通でも、普通じゃない相手と言うのは大勢いる。イビルアイだってそうだ。私はカワサキという人物への警戒心を高め、何者か突き止める必要があると思い始めたが……
「では会議を続けよう」
先ほどと異なり威厳に満ちた声で言うランポッサ国王の言葉に、一度思考を中断して耳を傾けたのだった。
「おい、ラキュース、ガガーラン、それにティナとティア。絶対に絶対にだ!カワサキという男を怒らせるな!いいなッ!」
会議を終え私達に割り振られた部屋に戻ってきた所で、イビルアイが声を荒げて、絶対に怒らせるなと叫ぶ。
「おいおいどうした?会議で何があったんだよ」
部屋でワインを飲んでいたガガーランが赤らんだ顔でイビルアイに問いかける。私の影に隠れて見ていたティナとティアも
「……そんなに危険そうには見えなかった」
「もう少し若ければ割りと好み」
と言うが、イビルアイはふざけるな!と声を荒げ、ソファーに座るなり防音のアイテムを発動させてから口を開いた。
「カワサキは……プレイヤーだ」
短いその言葉に私達は思わず黙り込んだ。プレイヤー……イビルアイの前に青の薔薇に所属していたリグリットから話には聞いていた、神の国から現れるプレイヤー。彼らが13英雄の1人であり、八欲王でもあったと……
「嘘だろ?」
「嘘なものか!昨日リグリットが夜訪ねて来て、ツアーと一緒に現れたプレイヤー2人と会談を行ったと教えてくれたんだ!その名前が「アインズ・ウール・ゴウン」それと「カワサキ」!スルシャーナに酷似したエルダーリッチと、黄色い身体をした異形種!その2人がプレイヤーであり、そして南方系の男に化けていたとな!」
アインズ・ウール・ゴウン、それとカワサキ。その名前は会議にも何回も名前が出ていたし、ランポッサ国王の病気を治したと料理人だったとラナーにも聞いた。だがその相手がプレイヤーなんて事は勿論、異形種だなんて思っても見なかった。
「……凄くやばい相手?」
「カワサキはまだ温厚らしいが……2人の拠点には恐ろしいほどの強さのモンスターがひしめき合っているらしい。頼むから怒らせないでくれ、私はお前達が死ぬ光景を見たくない」
転移のスクロールを持っているのも見ただろう?私の転移で逃げ切れるとは言えないのだぞと言われれば、イビルアイが危惧していることも判る。今の腐敗している貴族達がカワサキを怒らせる可能性は十分にある。
「その2人が王国に牙を向く可能性は?」
「判らない……ただランポッサを治したから、今は敵対するつもりは無いと思うんだが……」
敵対するつもりは無いと思うと言っているが、イビルアイは不安そうな声色を変えない。
「ランポッサ国王が急に力強くなった理由も気になる。こうして王城にいる間に観察した方が良いだろう……決して怒らせないように気をつけてくれ、良いな……」
イビルアイはそう言うと防音のアイテムをマントの中にしまう。プレイヤー……英雄譚の中に出てくるプレイヤーが今城の中にいる。13英雄のような相手なら良いが、八欲王のような相手だと私達だけでは対処出来ない。
「あーくそ、酔いが醒めちまった」
「……本当。嫌な話を聞いてしまった」
「でも、聞いておいて良かったかもしれない」
「あんまり近づかないで距離を取っておく方がいいかもしれないわね」
今回私達「青の薔薇」が呼ばれたのも、例年なら帝国が攻め込んでくる時期なのに帝国が動かない事に対する意見を聞かせて欲しいと言う事だった。今日は王城から出ることは出来ないが、明日にでも王城を出ようと話をしていると
「ラキュース様。ランポッサ国王が会食をしようとおっしゃっています」
メイドの呼び出しに判りましたと返事を返し、正装をして与えられた部屋を出たのだが……
「カワサキ殿、どうですかな?これは中々いいワインなのですよ」
「とても良い香りです。味わいも良い。急に来たのに食事に招いていただき感謝します」
カワサキがもう椅子に座っていて、私達の目が死んだ色になったのは言うまでも無い……
「所でランポッサ国王。あの女性達は?」
カワサキの黒い目が私達に向けられる。イビルアイの話を話半分程度に思っていたガガーラン達が大きく後退した。私は1回その目に見られたから耐える事が出来たが、やはり恐怖を感じる。
「リ・エスティーゼ王国のアダマンタイト級冒険者の青の薔薇だ。折角王城に滞在しているのだから、カワサキ殿に紹介しようと思ってな」
「アダマンタイト級。それは凄い」
カワサキの私達を観察するような視線が強くなり、思わず息が詰まるが、それでもここで顔色を変えるわけには行かない。
「ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラです」
「……ガガーランだ」
「ティナ」
「ティア」
「イビルアイだ」
私の自己紹介に続きガガーラン達が名前だけを名乗る。カワサキは穏やかに笑うが、その目は全く笑っていない状態で
「カワサキと言います。よろしく」
にこりと笑いながら告げられた言葉だが、私達は背筋が冷えるような感触を味わうのだった……
お父様の提案で会食と言うことになったが、私の視線はカワサキにだけ向けられていた。お父様を元気にしただけではなく、今までの弱気の政策ではなく強気な提案をするようになったのはカワサキが関係していると私は思っている。
「それでカワサキ殿。私付きの最も腕の良い料理人の料理の味はどうですかな?」
「いえ、素晴らしい腕をしていると思いますよ」
牛肉のソテーを口にしているカワサキがそう笑うが、その目は鋭く皿を見つめている。
「どうかなさいましたか?」
その視線の正体が気になり、どうかしましたか?と問いかけるとカワサキは表面上は穏やかな表情を浮かべ
「いえ、ソースの味が気になりましてね。料理人の性という奴ですよ」
王族と共に料理を口にしていると言う事なので敬語だが、そのおかげか、カワサキが真実を言っていないのが私には判った。
「前に少し口にさせていただいたカワサキさんの料理はとても美味しかったですわ」
野菜と肉を炒め、何かのソースを掛けたその料理。とても味が良くて、味わったことも無い料理で珍しさもあり、非常に美味しいと思った。クライムもとても喜んでくれていた。
「お褒めに預かり光栄です。また腕を振舞う機会を与えてくれるのならば、今度もまた味わった事の無い美食を提供して見せましょう」
ナプキンで口を拭い、ナイフとフォークを机の上に置く。その仕草とテーブルマナー、それを見ても相当な教養があるのが判る。その振る舞いが完璧だからだ。
「実は今回御呼びしたのはそれなのだ。帝国に旅立たれたと聞いていたが、やはりまたカワサキ殿の料理を口にしたいと思ってな。また料理をお願いしても宜しいか?」
お父様の言葉にカワサキはにこりと微笑み
「構いませんよ、それを望まれるのならばね」
料理人は料理をするのが仕事ですからと笑うカワサキ。その言葉と表情に嘘は無い……だがやはり、前に見た時と同じく妙な違和感を感じるのだ。
「それで今回は何を作ってくださるのかな?」
南方の男と食事など出来るかと言って会食を拒絶したバルブロお兄様と違い、是非同席させて欲しいと言って会食に参加していたザナックお兄様がカワサキ様に問いかける。
「そうですね……飲茶と言うのはどうでしょうか?」
飲茶?聞いた事の無い料理に私達は思わず首を傾げる。カワサキはそんな私達を見て笑いながら
「蒸した料理、鉄板焼き、揚げ物、強い熱で焼き上げる料理、米の粉を使って作る料理、そして最後に甘いデザート。これらの料理を楽しみながら、お茶を嗜む、料理のコースと言うべきものが飲茶ですね、大勢で食べると楽しいですよ」
聞いた事も無い料理をさらさらを言い上げるカワサキ。今食事を終えたばかりだが、どんな料理なのか凄く気になってしまう。
「それを振舞ってくれるのか?」
「ランポッサ国王にラナー姫、それにザナック王子、それと青の薔薇の皆さんに振舞おうと思うのですが、いかがでしょうか?何分準備に手間取るので、夕食になるとおもいますが、その位ならばアインズさんもこちらに合流してくれると思いますし」
「おお、ゴウン殿も来られるのか。それならば是非そうして貰おう」
お父様が笑顔でカワサキに料理を作る依頼をする。ラキュース達はゴウンの名前を聞いて驚いた顔をする。その表情から辞退しようとしているのが判り、私は微笑みながら、ラキュース達の逃げ道を絶つ事にした。
「カワサキさんの料理はとても美味しかったわ、是非ラキュース達も一緒に食べましょう」
貴族の出であるラキュースが王族の頼みを断るとは思えない。ラキュースは一瞬だけ顔を歪めた後、
「はい、是非ご一緒させていただきます」
ガガーラン達の驚いた顔を無視して、笑みを浮かべてそう返事を返す。ラキュース達が警戒し、距離を取っている。それだけの何かがカワサキにはある。ラキュース達には悪いけど、カワサキの食事会に参加させる為に城に足止めして、その間に何を警戒しているのか問いただしてみよう。自分とクライムに害をなす者なのか、私にはそれを見極める必要があるのだから……王国が滅びようが、お父様が死のうが私には興味が無い。私とクライムが幸せになれるならそれが何よりも優先されるのだから。
なお青の薔薇が自身を警戒し、ラナーに観察されていたカワサキはと言うと……
「あああー疲れたぁ……」
「大丈夫?なんか飲む?」
「温かいのくれ……もうずっと敬語とか肩が凝ってしかたねえ……」
あ、じゃあ後で肩を揉んであげるよというクレマンティーヌに温かいお茶を受け取って、ずずーっと啜っていた。目付きが悪かったのは敬語続きのストレスであったりするのだが……それをラキュース達が気付くことは無いのだった……リアルで鍛えられたポーカーフェイスは異世界に来ても十分な効果を発揮していたりするが、本来はフランクな口調であり、そして割りと後先考えない性格のカワサキには大きなストレスになっていた。
「貴族相手とかめちゃくちゃめんどくせえなぁ。どこでも同じだが」
「だねー、私も国の上層部とかと話す時、敬語でめんどくさかったなあ……」
頼みは受けたが、やっぱり貴族とかの相手は疲れると与えられた部屋で愚痴っていたりする……
その頃、カワサキとモモンガが居ないナザリックでは……
「では今日も、カワサキ様とアインズ様の御考えを私とアルベドなりに解釈した物を説明します」
「「はいっ!」」
御方自ら動くのは自分達が2人の考えを理解出来ていないからという結論に至り、1日3回の勉強会を開催していた。
「ではシャルティア、エントマ。貴女達がフォーサイトについてどう考えたのか、それを教えてください」
今回の勉強会のテーマはカワサキ様の考えを知ろうと言う事だった。お優しく、アインズ様だけではなく、あたし達の事も考えてくれるカワサキ様の考えを知り、お手伝いが出来るようになるのは非常に大事なことだ。今回はカワサキ様に同行したって事で、エントマも勉強会に参加していた。
「呪いに掛かった、フォーサイトって言う人間を見捨てるように言ったら怒られましたぁ」
「カワサキ様は呪いの解除と解毒の実験をすると後で教えて下さったので、向こうから実験素材が来た事を喜んでいたと思うでありんす!」
シャルティアとエントマだけがカワサキ様の帝国での動きを知っている。あたし達に奴隷だったと言うエルフを預けに来られ、その時にエルフからカワサキ様の話を聞いたが、微々たる物で何をなさっていたのか全然判らなかった
「じゃあシャルティア、エントマ。カワサキ様がどうして帝国に向かったのかは覚えているかしら?」
「「適当なワーカーとかを捕まえる為」」
声を揃えるシャルティアとエントマに、アルベドはそうね、その通りねと微笑み
「それでカワサキ様が本当に実験台が来たと思って喜んでいるとどうして思ったのかしら?」
「「???」」
訳が判らないという様子で首を傾げる2人にアルベドとデミウルゴスは深く溜息を吐く
「ではコキュートス、アウラ、マーレ。この話を聞いて、何故カワサキ様が喜んだか判りますか?」
デミウルゴスの問いかけに、あたしは少し考えてから答える。
「役に立ちそうな人間が来たから?」
「それでは30点です、ではマーレ、君の意見は?」
「……ぼ、僕も役に立ちそうって思ってましたけど……えっとじゃあ、そのワーカーとか言うのでそれなりに有名だから?」
「それも違うわね、でもそれは大きいヒントよ」
あたしとマーレの考えではまだ足りないとデミウルゴスとアルベドが言う。でも完全に的外れという訳ではなさそうなので、もう少し考えれば良いんじゃないだろうか。
「……スマナイ、アウラトマーレ以上ノ事ハ思イ付カナイ」
コキュートスが無理だと言うと、デミウルゴスとアルベドは仕方ないですねと言って頷く。
「まず、私も全てを読みきれているわけではないので、一部は仮説と言う事を覚えておいて下さい。アルベド、貴女ももし私が間違っていると思ったら指摘してください」
「良いわ、話し合うことは重要ってカワサキ様とアインズ様に何度も言われているしね」
話し合う事が大事と言われていたので、お2人が居ない間の勉強会を開催したのだ。一番賢い2人の話を聞いて、カワサキ様の考えを少しでも理解しようと思う。
「ではまずですが、恐らくカワサキ様は最初は使い捨ての人材を求めていたはず、必要なのは人材ではなく情報。ワーカーなどと言う低位の人間をカワサキ様は必要としていないはず。有益な情報を持つ人間をカワサキ様は求めていた筈ですから」
情報収集で外に出ると言っていたので、デミウルゴスの言う事は間違いないだろう。
「フォーサイトとやらが呪いに掛かり助けを求めた。そうだね?」
「その通りでありんす。あの人間達……カワサキ様に無礼な口を」
「それはそれで腹立たしいが、それは今は別問題だよ。今はカワサキ様のお考えを学ぶ時間だ」
怒りの表情を見せたシャルティアを嗜めたデミウルゴスは、話を戻すよと笑う。
「この段階でカワサキ様は好都合だと思った筈だ。それは実験台が来たからじゃあない。向こうから助けを求めてきた。その事でカワサキ様は好都合だと感じたはずだ……特にクレマンティーヌから中々使えるワーカーと聞いたのも、その決断をさせる結果になっただろう」
カワサキ様を助けたと言う名誉を持った人間。その名前に勉強会に参加していたあたし達の顔が歪む。本来ならその役目はシモベであるあたし達の仕事だった。見つける事が出来なかったその後悔が再び胸を埋め尽くす。
「んん!話を続けよう。そこそこ使え、人脈も有るワーカー。これをたかだか実験台として使うには余りに惜しい、そう考えたはず。呪われているワーカーは助かりたい、だから助けて欲しいとカワサキ様に懇願し、カワサキ様は助けた。その段階でワーカーに枷が嵌められたのだよ。恩という名の枷がね」
枷?恩?デミウルゴスの言葉に首を傾げていると、アルベドが口を開いた。
「そして更に、帝国から逃げたいと願っているフォーサイトに、安住の地を与え、自分達が命を賭けても救いたかった存在をカワサキ様が助けた。求めて止まない安全な拠点、そしてアルシェとか言う人間の妹達を助けてもらったという恩。もうフォーサイトとやらはカワサキ様を裏切れない。どれだけ困難な命令でも頷くしか出来ないのよ」
「良い所を全てアルベドに持って行かれましたが、私が言いたいのも同じことです。アインズ様は力と恐怖で人間を支配するでしょう、そしてカワサキ様はその優しさを持って人間を支配するでしょう。一見優しく、思いやりに溢れているとしても、それは全て自分の役に立つと判断しているのですよ。クレマンティーヌもリリオットも、カワサキ様を裏切ろうとは思えない。もう逃れることは出来ないのです」
優しさは武器にも呪いにもなるのですと言うデミウルゴスの言葉。それを聞いてあたしもマーレもはっとした。
「じゃあ、あたしとマーレに預けたエルフ達も?」
「……カワサキ様の枷を嵌められたって事ですか?」
「勿論だとも。長命種のエルフだ、カワサキ様とアインズ様が欲しがっている過去の事件も全て知っているだろう、それを求めての救出だ。その後はピニスンと共に自分の果樹園で働かせる。しかしエルフ達はそれすらも幸福と思うだろう。暖かい寝床に安全な場所、そしてカワサキ様に自ら作った野菜や果実を献上できる。それは何よりも幸せなことだよ」
命令するのではなく自発的に行動させる。それがカワサキ様の狙いだったのか。
「本当に恐ろしい御方ね」
「ええ。全くです、あの英知があるからこそ、アインズ様が重要視しておられるのでしょう。きっと私達では理解出来ない、アインズ様のお考えをカワサキ様は全てご理解なされているのでしょう」
それだけの賢さが無ければお2人の考えを理解することなど出来ないだろう。
「えっとーつまりえっと?優しいのがカワサキ様の武器ということでありんすかぇ??」
「????」
お馬鹿コンビは理解出来ておらず、デミウルゴスとアルベドは深く、深く溜息を吐いたが
「まぁそういう事で良いですよ。では次ですが、ナザリックのシモベがもっとも忌み嫌う休日、その日はカワサキ様とアインズ様にお仕えすることを禁止されていますね」
アインズ様が導入した休みは、より良い仕事をする為と説明されたが、やはり納得はしていない。
「そうだよねー。休みなんか無くても、あたしもマーレも一生懸命お手伝いするのに」
「う、うん。本当だよね」
「やる事がないでありんすからねえ」
「私もアインズ様のお手伝いを禁止されてるから、編み物しかする事が無くて……」
あたし達が溜息を吐いていると、デミウルゴスは眼鏡をくいっと上げて、にやりと笑い
「私も先日休みでしたが、カワサキ様とアインズ様にお仕えするある方法が判りました。そして休みに定められたルールの抜け道が判ったのですよ」
「「「その話を詳しくッ!?」」」
カワサキとモモンガの考えを深読みしすぎているデミウルゴス達だったが、ナザリックの外に出る事も無く、少しずれた話し合いを繰り広げていた。この話を聞いていたらきっと2人はこういっただろう。そこまで考えてないと……わいわいと騒ぐデミウルゴス達から背を向けて会議室を後にする影……終始黙り込み話を聞いていたパンドラズ・アクターだ。彼はそのまま最古図書館【アッシュールバニパル】に足を向けた。
「ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥス様、いらっしゃいますか?」
「これはこれは宝物殿守護者パンドラズ・アクター様でしょうか?お初にお目にかかります」
「ええ、私も初めましてですね。突然で申し訳ないのですが、1つ探して欲しい文献があるのですが」
パンドラズ・アクターはそう笑うと、周囲を警戒しながらセクンドゥスに近寄り小声で囁く。
「クックマンに関する資料を貸し出して欲しいのですが?」
その言葉に、セクンドゥスはその気配を剣呑な物に変える。
「シモベでありながら何故それを知りたいと?」
「私はカワサキ様より特殊な権限を与えられています。カワサキ様の命を成し遂げる為に必要なのです。アルベド様達にも内密でお願いします」
パンドラズ・アクターの言葉にセクンドゥスは納得して無い様子だが、頷きクックマンの種族資料を本棚から取り出し、パンドラズ・アクターに手渡す。
「ありがとうございます。調べ終わればすぐにお返ししますので、では」
パンドラズ・アクターはその本を手に宝物殿へと引き返していった。その様子は普段の飄々とした様子から程遠い、張り詰めた気配に満ちているのだった……
メニュー32 飲茶へ続く
カワサキ様への熱い風評被害が襲い掛かる。一番の敵はナザリックのシモベの高すぎる評価と人化モードの一見怖い外見だったというカワサキ様でした。シャルティアとエントマでお馬鹿コンビが結成されました、この2人の組み合わせは個人的にはかなり良いと思っています
そしてデミウルゴスがドヤ顔して言おうとしているのは釣りの話なのであしからず、そろそろ世界を釣るの2話目を考えないといけないなぁ……
やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……
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間違っている
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間違っていない