生きたければ飯を食え   作:混沌の魔法使い

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メニュー38 カワサキ様スイーツ作りに挑戦する/プレアデスのお茶会

 

メニュー38 カワサキ様スイーツ作りに挑戦する/プレアデスのお茶会

 

俺の帝国への旅路の護衛を無事勤めてくれたエントマへのご褒美で何が良いか?と言うのを考え、良くプレアデスでお茶会をすると言うので、じゃあお茶会で食べるお菓子が良いと言う結論になったのだが、俺はお菓子作りは得意とは言えない(クレープシュゼットや、大福餅は別)なのでシホに教えて貰いながら作ってみる事にしたのだ

 

「プレアデスのお茶会はシホが用意してるんだろ?」

 

「はい、事前に連絡を頂いて、その日までに準備しております」

 

「普段のお茶会だとどんなのが出るんだ?」

 

とりあえず俺が作ると言う事で、普段使用出来ない食材を使うことも出来る。だが俺自身の力量が問題なので、まずは普通の食材で練習してみたいと思っている

 

「そうですね、4種類を各3個ずつは用意しますね」

 

その言葉を聞いて、俺は女性のスイーツに関する執念と言うか執着心を完全に甘く見ていたと悟った。やはり完璧メイド(うっかりや駄犬含む)でもスイーツは好きなんだなと実感することになった

 

「良く作って欲しいと言われるのは、ベイクドチーズケーキ、季節のフルーツのタルト、それとパイとスポンジケーキですね」

 

「……そうか」

 

パイとスポンジケーキとか種類が多すぎるだろ。ガトーショコラやモンブランとか幾つ種類があると思っているんだよ……俺が個人的に判るレシピなんて無いぞ?と言うか普通に要求されるスイーツのレベルが高すぎると思う

 

「カワサキ様が御作りになられたとなれば、それだけでお喜びになると思いますが?」

 

「それ以前に普通に食べてくれるかが心配だよ」

 

サンドイッチとかの軽い物を作っても、まるでどこかの高級レストランでの食事みたいな雰囲気になっているのを見て、なんとも言えない気持ちになったのは言うまでも無い

 

「とりあえず俺が作ったっていうのは最後まで隠す方向で」

 

「いえ、それは止めた方が良いと思います。後でカワサキ様が作ったと知るよりも、先に作ってあると聞いた方が良いと思います」

 

「ん。そうか?じゃあそうするか、早速頼むわ」

 

これが普通の料理ならどんな物でも、どれほどの品数でも問題ないのだが、どうしてもスイーツ関連は苦手だと俺は肩を竦めながらシホによろしく頼むと言った。どうもスイーツ関連をやる時はシホが先生になりそうだと心の中で呟くのだった……

 

「ちなみに次のお茶会って何時なんだ?」

 

「明日頼まれていたので、今日準備をするつもりでした」

 

シホの言葉にこれは都合が良いなと思った。シャルティアへの褒美の件もあるし、ここでやってしまおうと思った

 

「1回練習したら、俺が作ってみる。明日のお茶会には俺が作ったケーキを出してくれるか?」

 

オーブンは何百個とある。1度練習して、作り方を覚えてしまえば数を作るのは何の問題もない

 

「判りました。では今日作ってみて、どうしても苦手だった物は私が作ると言う事で宜しいでしょうか?」

 

「ああ、それで頼むよ。正直、パイは自信が無いな」

 

スポンジケーキやパイは作るのが難しいと良く聞く、パティシエのスキルはあるが、スキルレベルはそう高くない。失敗する可能性の高いケーキはシホに頼む事にし、俺は早速シホに教えて貰いながらケーキを作るための準備を始めるのだった……

 

 

 

 

カワサキ様にお菓子作りを教えて欲しいと言われ、カワサキ様の厨房で2人きりと言う事で私は舞い踊りそうな心地だった。料理の神と言っても過言では無いカワサキ様にも苦手な物がある。それはその……不敬ではあるが、可愛いと思ってしまった。ちなみにカワサキ様がスイーツ関連が苦手な理由なのだが、甘い物はそれほど好きでは無いとの事で、カワサキ様の知らない面が知れたのが嬉しかった

 

「ではチーズケーキからですが、これはそんなに難しい物ではありません」

 

簡単に言えば、混ぜて焼く。チーズケーキは調理の過程とすればそれだけだ、机の上に置いておいて常温にしておいたクリームチーズのブロックを手に取り

 

「こちらをボウルに入れて、砂糖を加えてからゴムベラで混ぜてください」

 

「……固形物だが?」

 

チーズなので固形物だ。だけどクリームチーズは常温にしておけば、ヘラで混ぜれば案外直ぐ柔らかくなる

 

「ヘラで切るようにして混ぜ合わせてください。大丈夫です、直ぐに柔らかくなりますから」

 

そうかあ?と呟きヘラでチーズを切るようにして練り合わせ始めるカワサキ様。最近多い人間の姿ではなくクックマンの御姿だ、やはり私としてはクックマンの御姿の方が好きだ

 

「おお、チーズが滑らかになってきた、次はどうするんだ?」

 

「卵、生クリーム、レモン汁、薄力粉の順番で材料を1つ入れたら丁寧にかき混ぜ、こし器でこせば生地の準備は終わりです」

 

材料は準備してある。カワサキ様は滑らかになったチーズに卵を入れている。私はその間にオーブンの温度を調整し、焼き上げる準備するのと同時に、ケーキの型にオーブンシートを敷く。本当はここに砕いたクッキーを入れるのだが、プレアデスの皆様にはあんまり評判が良くないのでクッキーを土台には使わないのだ

 

「生地もこしたぞ、これで準備は出来たよな」

 

「はい。後はこれを型に流し込んで40分ほど焼き、冷蔵庫で冷やせば完成です」

 

「案外簡単なんだな。チーズケーキって言うのは」

 

チーズケーキと聞くと難しいと思われるかもしれないが、チーズケーキはそう難しいものでは無いし、失敗する可能性もそう高くは無い

 

「では次はタルトですね。これは私が昨日準備した物を使いましょう」

 

私が昨日焼き上げておいたタルト生地を取り出すと、カワサキ様は出来れば生地からと仰られる

 

「タルト生地は一晩冷やすのですが、生地の焼き上がりなどで失敗する可能性も高いですよ?」

 

「……それは時間の無い今だと無理そうだなあ」

 

タルトは中身よりも生地が重要だ。一晩寝かせても、焼き上がりでボロボロになる可能性も高い。お茶会と言う事でついでに私の部下のシルキーにまかないで出すつもりだったのでタルト生地は沢山ある。だから今回は私が作ったタルト生地でタルトを作る事に納得してくれた

 

「ではパイの方も、生地は私で準備しますね?」

 

「……重ね重ねすまんな。自分で思うよりも駄目だった」

 

酷く落ち込んだ様子ですが、そもそもスイーツ作りと言うのは非常に難易度が高い。和・洋・中華に創作となんでもこなすカワサキ様。ですがこの場合、その知識がスイーツ作りの邪魔をしていると私は考えている。様々な技法、手腕を覚えているからこそ、出来ない事と言うのはあるものだ

 

「今度時間を見て練習しましょう。いつでもお付き合いしますので」

 

「ああ、すまん。よろしく頼む」

 

酷く気落ちした様子のカワサキ様。不敬にもその姿が可愛いと思ってしまったので、小さく咳払いしてからタルト生地とパイ生地を並べる

 

「シホ、これは同じ物じゃないのか?」

 

「いえ、違います。こちらが、パイ生地、こちらがタルト生地になります」

 

カワサキ様は目を細めて、生地を見つめ。暫くそうしていたと思ったら顔を上げ

 

「すまない、俺には同じ物にしか見えないのだが……?」

 

その言葉に思わず笑ってしまい、直ぐに口元を隠し申し訳ありませんと謝罪するが

 

「いや、知らない俺が悪いんだ。で、タルト生地とパイ生地はどう違うんだ?」

 

「はい、生地の違いはいろいろとあるのですが、簡単に言いますと折りこみ生地と練り込み生地と言う事です」

 

折りこみ?練り込み?と首を傾げるカワサキ様に要所だけを纏めて簡単に説明する。パイ生地は生地を何度も何度も折りたたみ、焼き上げることでサクリとした食感になるように仕上げた物で、タルト生地は生地を型に入れて焼き上げるので、しっとりとした食感になるのだと説明する。本当は作り方も大きく異なり、色々と差異はあるのだが。簡単に言えば食感の違いと言う事になる

 

「では寒い時期なのでベリーなどを使ったタルトにしましょうか」

 

寒くなってきた時期なのでベリーなどの酸味のあるフルーツを使う。カスタードクリームよりもホイップクリームの方が良い。ボウルに氷水を作り、別のボウルに生クリームを入れる

 

「ではこれをひたすら混ぜて泡立てます。ただしあんまり泡立てると食感が悪くなるので見極めが重要になります」

 

ホイップクリームの見極めはするので、まずは混ぜてみてくださいとカワサキ様に言うとカワサキ様は力強く、そして素早く混ぜ始める

 

「待ってください、そんなに早く強く混ぜると駄目です。もっとゆっくりで大丈夫ですよ?」

 

「そ、そうか……やっぱり難しい物だな」

 

そう呟き小さく溜息を吐くカワサキ様。混ぜるだけと言っても空気の入れ具合等があり、思ったよりも難しいのがスイーツ作りだ。だけどカワサキ様は私のアドバイスを聞いて即座に修正している。やはり経験の差だけが私とカワサキ様の違いで、練習さえすればカワサキ様は私よりも素晴らしい品を作るのが容易に想像できた

 

「こんなもんか?」

 

「はい、良い仕上がりです」

 

泡たて具合も完璧で、泡立て器を持ち上げるとホイップクリームが立つ。見たところ空気の入れ具合も完璧だ、私はタルト生地をカワサキ様に差し出して

 

「これに作ったホイップクリームを3分の1ほど入れ、後は仕上げるだけです」

 

苺、ブルーベリー、ラズベリー、クランベリーなどの酸味と甘みの強い物を選んだ。これを良い大きさにカットし、形を整えるのだが、ここで作っている人のセンスが問われる事になる。色鮮やかなフルーツをどう使うのか?そこに料理人のセンスが問われる。カワサキ様はベリーを生地の上に乗せ、ナイフで小さく切ったりしながら形を整え丁寧にフルーツを並べていく。並べ始めて5分ほど

 

「出来た。これでどうだろうか?」

 

カワサキ様が見せてくれたタルトは一番外を苺、中に向かっていくに連れて黒いクランベリーなどを使い、明から暗へと変わっていく見事なグラデーションになっていた

 

「素晴らしいです。流石カワサキ様ですね」

 

「こんなもん、ただ並べただけだぜ?」

 

謙遜するカワサキ様ですが、この彩と、果物のサイズを的確に切り揃えるのは並大抵の技量では無理だ。仕上げに水飴を塗って、果物に照りを与え冷蔵庫で冷やす。後は水飴が冷えればそれこそ宝石のような輝きになるのは間違いないだろう

 

「では次はレモンメレンゲパイを「チン!」焼きあがったようですね」

 

最初に焼いていたチーズケーキが仕上がったようだ。ミトンを嵌めてチーズケーキをオーブンから取り出す

 

「良い仕上がりか?」

 

「ええ。完璧です」

 

不安そうなカワサキ様に大丈夫ですよと声を掛け、ミックスベリータルトと共に冷蔵庫の中で冷やす事にする

 

「ではレモンクリームの作り方ですが、牛乳、砂糖、コーンスターチ、塩ひとつまみを鍋に入れて中火でトロミが付くまで加熱します」

 

木ベラで混ぜながら焦げ付かせないように注意してくださいと付け加える。トロミ自体は直ぐについてくるので、カワサキ様が加熱している隣で卵黄だけを溶きほぐしておく

 

「トロミが付いてきたぞ。次は?」

 

「火から下ろして、この卵黄を半分ほどを数回に分けて入れて混ぜ合わせてください。私はその間にレモンの準備をしますので」

 

レモンの摩り下ろしとレモン汁。これがこのパイの味の決め手になるんですとカワサキ様に教えながら、レモンを絞り、残った滓を摩り下ろしておく

 

「全部入れ終わったぞ」

 

「では次は中火で加熱しながら残りの卵黄全てを入れて、泡立て器で混ぜてください」

 

時間を見て5分経ったところで火から下ろしてくださいと声を掛け、バターを鍋の中に落とす

 

「熱いうちに混ぜてバターを溶かして、このレモンの摩り下ろしとレモン汁を加えて混ぜてください。全体が混ざったらレモンカスタードは完成です」

 

「レモンカスタードはって事はまだあるんだな?」

 

「はい、今度はメレンゲを作ります」

 

レモンクリームとメレンゲ、この2つをパイ生地に入れて焼き上げるのがレモンメレンゲパイだ。まだまだこれで半分と言う所。ボウルに卵白と塩を入れてカワサキ様に差し出す

 

「ではまた泡立ててください、まずは普通に混ぜていただいて大丈夫です」

 

リズミカルに泡立て器を混ぜているカワサキ様、タイミングを見て砂糖を加え砂糖が溶けてきたタイミングで準備しておいたお湯をボウルに入れて

 

「今度は湯煎しながら混ぜてください、あんまり泡たてすぎるとレモンクリームと混ざらないので、滑らかになったら混ぜるのを止めてください」

 

「りょーかいっと、しかしまぁ、判ってたことだがスイーツは工程が多いな」

 

そう苦笑するカワサキ様、直ぐに真剣な顔をして混ぜる作業を始める、その横顔を見つめながらこんなに充実し、幸せな事があって良いのだろうかと思わずには居られないのだった……

 

 

 

 

カワサキ様とアインズ様が再び王国へ戻るまでの間、全員がナザリックでの待機を命じられた。業務の合間に休憩時間があるので、姉妹が全員揃っていると言う事もあり、お茶会を開く事にした

 

「ナーベラル。王国ではどうだったの?」

 

「少々不快なこともありましたが、アインズ様、カワサキ様の偉大さをほんの少しは理解したゴミ虫は居たようです、それと……そのクレマンティーヌに教わりながら料理を作ったら、美味しいと褒めて貰えました」

 

「うっわー!良いっすねー、私も褒めて欲しいっすー」

 

「クレマンティーヌと仲良くしてるの?」

 

「そんなに悪い人間じゃないです。ソリュシャンも話をしてみると良いと思うわ」

 

アインズ様の付き人に選ばれたナーベラルから王国ではどんな様子だったのかを聞き、帝国への旅の時にカワサキ様の付き人をしていたエントマから

 

「ルプスレギナは駄犬もしくは駄目イドって仰られてましたぁ」

 

「なんでぇ!?私頑張ってるっすよ!?」

 

自分の評価が余りに低い事に絶叫するルプー。だけど至高の御方達が居られない時のルプーの行動を振り返ってみると、その評価は妥当にさえ思えてくる。私達の視線に気付いたルプスレギナがシズに助けを求めるように視線を向けるが、シズは無言でオイルを口にしている

 

「わ、私はアインズ様とカワサキ様の偉大さを示す為にカルネ村に木像を作っただけっすよ!?」

 

アインズ様とカワサキ様の偉大さを示す。その考えは決して間違いでは無い、間違いでは無いが……

 

「木像と言うのが駄目だったのでしょうね」

 

「アインズ様とカワサキ様の偉大さを示すにはやはり黄金でしょうか?」

 

「それなら装飾も宝石とかを使わないと駄目ね」

 

「私もそう思うですぅ」

 

つまりカワサキ様が怒られたのは、自分達の像が余りに質素だったからに違いない

 

「うう……でもあの村にはそんなに良い素材が無いっす……」

 

「うーん、アインズ様に許可を頂いてナザリックの資材を使わせて貰いましょうか?」

 

「でも像を作りますから材料をくださいって言うのはどうなのかしら?」

 

皆であれこれ考えてみるが、やはりアインズ様とカワサキ様に内緒でと言うのがやはり最大の難関かもしれない

 

「所で今日はシホ遅いわね?」

 

「そう言えばそうね。どうしたのかしら?」

 

普段はお茶会と言えば色々ケーキとかを用意してくれているのに、今日は紅茶のポットとクッキーが少し

 

「シホはもしかしてカワサキ様のお手伝いをしているのではないでしょうか?」

 

「カワサキ様はナザリックに居る時、凝った料理を作られるっすからね~」

 

カワサキ様は至高の御方専属の料理人である。偶に私達にも料理を振舞ってくれるが、やはりそれはアインズ様のついでか、何か大きな働きをしたときの褒美だ

 

「……たぶん。シャルティア様の」

 

「ああ、あのツアーとか言う」

 

なんでもこの世界でも有数の竜王と交渉する場を整えたと聞く、シャルティア様に褒美が出るのはまず間違いないでしょうね

 

「でも私とセバス様、良く頑張ってるって料理を振舞って貰ったわ。ね、ユリ姉さん?」

 

「ソリュシャン!」

 

その事は意図して黙っていたのに、ソリュシャンの言葉にルプー達がずるいと言い出した。その瞬間、プレアデスの待機室の扉が開く

 

「シホ遅かっ……」

 

「ユリ姉さん……ど……う……」

 

私が黙り込んだのに気付き、ソリュシャンが振り返り目を見開く

 

「どうした……」

 

「…………」

 

「………え?」

 

「ん?皆どうしたっすか?シホが怒ってハンマーでも……」

 

姉妹の全員が振り返り、硬直する。あのお喋りなルプーさえも停止した。その理由は言うまでも無い

 

「よう。お茶会のケーキ持って来たぜ」

 

カワサキ様が運搬用のカートを押してやって来たからだ。一瞬停止していた思考が再び動き出し

 

「か、カワサキ様!そ、そのような事は」

 

「良いから良いから、座ってろ」

 

ボクが立ち上がろうとしたら座ってろと言われるが、御方にこんな事をさせてはと思い立ち上がろうとするが

 

「座ってろって、シホに教えて貰いながら色々作ってみたんだよ。味見して欲しいから持ってきたんだ」

 

味見……いや、それが嘘と言うのは直ぐに判った。シホにお茶会をすると言う話はしてある、だからそれに合わせてカワサキ様が作ってくれたのは明白だった

 

「と言っても、俺はあんまりケーキは得意じゃないから。シンプルな物しかないけどな、ベイクドチーズケーキとレモンメレンゲパイ、それとミックスベリーのタルトとショートケーキ、どれ食べる?」

 

にこっと笑うカワサキ様に私達の思考が完全に停止してしまったのは言うまでも無い……

 

 

 

ナザリック……ひいてはそれに属するNPCにとって御方。つまりモモンガとカワサキの存在は絶対である。その絶対の存在であるカワサキがケーキを持ってきて、どれを食べる?と聞かれれば思考が停止してしまうのは無理も無いことだった。ここで一番最初に思考が回復したのはナーベラルだった。モモンガについて人間として冒険者として活動し、そしてカワサキと、クレマンティーヌとも仲良くなり始めていた。そんなある種の慣れからか、最初に思考が回復したのはある意味必然だった

 

「えっと、その……では……しょ、ショートケーキを」

 

「はいはいっと」

 

私の言葉を聞いてカワサキ様がショートケーキを切り分け、皿に乗せて差し出してくる。私が一番最初に口を開いたことにユリ姉さん達が驚いた顔をするが、私は小声で

 

(こ、ここで何も言わない方がカワサキ様の機嫌を損ねると思います)

 

カワサキ様は自分は料理人だからと仰られ、料理を作る事が自分の仕事。そしてそれを食べてアインズ様のお手伝いをする事が私達の仕事と仰られる。つまり、ここで何も言わない事こそがカワサキ様の機嫌を損ねる事に繋がると言うと、おずおずとユリ姉さんが

 

「で、ではその……チーズケーキを」

 

「りょーかい、りょーかいっと、あっそうそう、これな、モモンガさんにも出すつもりだから、ちょっと普段よりいい食材使ってるから」

 

その言葉にショートケーキに伸ばし掛けたフォークがピタリと止った。アインズ様に出すケーキと言う事は文字通りグレードが違う、それこそ非常に貴重なフルーツとかも使っている可能性が

 

「良いんですか?食べても」

 

「エントマの褒美も兼ねてるからな。良く頑張ってくれたからな」

 

「あうあう」

 

ルプスレギナの質問に当たり前と返事を返し、エントマの頭をぐりぐりと撫でているカワサキ様。エントマがあうあう言って、首がぐりんぐりん動いているのは大丈夫なのだろうか……

 

「えっとわ、私はレモンメレンゲパイが食べたいです」

 

もうこうなったら何を食べるか言うまで、カワサキ様が部屋を出て行くことは無いと判断したのか、ソリュシャンがメレンゲパイを頼み

 

「じゃあ私はミックスベリーをお願いします」

 

「私はチーズケーキを」

 

ルプスレギナとエントマもそれに続いてカワサキ様にお願いしたが、シズだけはどうしようと言う顔をしている

 

「人化掛けてやるから食べてみるか?」

 

「……でも、私美味しいって判りません」

 

元々食事が出来る種族では無いシズが首を振る。カワサキ様は腕を組んでうーんっと唸りながら

 

「とりあえず人化掛けて見るから食べてみな?」

 

「……はい」

 

カワサキ様に言われて人化させられたシズ。雰囲気は変わっていないが、少し全体的に柔らかくなったような感じがする。カワサキ様がショートケーキをシズの前に置く、シズがいただきますと口にしてフォークで少し取って食べてみるが

 

「…………」

 

泣きそうな顔をしている。やっぱり味が良く判らないのだろうか、カワサキ様はシズの頭を撫でながら

 

「美味しいが判らないか、じゃあ楽しいか?」

 

「……楽しいと思います」

 

「そうか。じゃあ嬉しいか?」

 

「……嬉しいです」

 

シズの言葉にカワサキ様はそうかそうかと笑い、またシズの頭をなでまわす。先ほどのエントマと同じく首がぐりんぐりん動いている

 

「じゃあそれが美味しいって事だな。そのうち判る様になるさ」

 

だからそんなに気にすることは無いと笑い、部屋を出て行くカワサキ様。その姿が見えなくなり、やっと私達は大きく息を吐く事が出来た

 

「ウマーッ!すっごい!めっちゃ美味しいっす!」

 

ミックスベリータルトと能天気に食べているルプスレギナを見て、カワサキ様の駄犬と言う評価が妥当と私まで思ってしまいながら、ショートケーキをフォークで小さく切る。柔らかく、ふっくらとしているスポンジにたっぷりの生クリームと苺ソース

 

「美味しい」

 

苺はかなり酸味が強いのだが、生クリームが非常に甘く、そしてそれでいてしつこくない。甘味と酸味のバランスが凄く丁度良い

 

「チーズケーキも普段の物よりずっと美味しい」

 

「レモンメレンゲパイも凄く美味しい、あんまり甘くなくてレモンの爽やかな酸味がする」

 

「お肉も好きだけどぉ、これもすごく美味しいぃ」

 

最初はカワサキ様の作ってくれたケーキを食べて良いのか?と皆で悩んでいましたが、食べ始めるとその至上の味に完全に魅了されてしまった

 

「シズ、美味しい?」

 

「……たぶん、美味しい」

 

もくもくとショートケーキを食べているシズの顔が嬉しそうで、まだ美味しいという感覚を理解していないようだが、それでも幸せそうな表情を見れば、それが美味しいと感じているのは明白で皆で良かったと思った

 

「すっぱ!?」

 

「うう、すっぱい」

 

元々酸っぱいのが苦手なルプスレギナとエントマが顔を顰め、ユリ姉さんが苦笑しながら

 

「苦手なのに食べるからよ」

 

でもカワサキ様の作ったケーキだから食べたかったと言われると何も言えない、そんな中シズがあっと声をあげる

 

「どうしたっすか?ああ、シズちゃんも酸っぱかったっすね?」

 

レモンメレンゲパイを食べていたので自分達と同じで酸っぱくて驚いたのだと思ったのか、ルプスレギナが尋ねるとシズは小さく首を左右に振り、本当に嬉しそうに笑いながら

 

「……これ、美味しい」

 

「本当?味が判るの?」

 

シズが美味しいという感覚が判らないのは、人化しても元々が自動人形【オートマトン】故に味を理解するという機能がついていないのが大きく関係している

 

「本当に?これどういう味か判る?」

 

私達に気を使っていて、美味しいと言っているのでは?と思ったのだが、シズは本当に嬉しそうに笑いながら美味しいと言うのだ

 

「じゃあ、さっきのショートケーキも美味しかったんじゃないっすか?」

 

「……あれは良く判らなかった」

 

ショートケーキは美味しいですけど、味が良く判らない?ユリ姉さんがはっとした表情でミックスベリーのタルトをシズの前に置いて

 

「これも食べてみて」

 

「……うん」

 

小さく切ってタルトを頬張ったシズは先ほどと同じように嬉しそうに笑いながら

 

「……美味しい」

 

本当に幸せそうに、そして嬉しそうに美味しいと呟いた。これはどう言う事だろう?私達が首を傾げているとユリ姉さんは

 

「シズは味が濃いくらいハッキリしてないと味として認識出来ないのよ」

 

元々が食事に適していないシズが料理の味を知るには、濃い目の味じゃないといけない。

 

「これカワサキ様に報告するべきなのかしら?」

 

「ちょっと悩みますね」

 

「でもぉ、カワサキ様はシズにどうやったら美味しいってことを伝えられるかって考えてましたよぉ?」

 

「じゃあこれは伝えるべきなんじゃないっすかね?ナーちゃんはどう思うっすか?」

 

「そうね。時間を見て伝えるべきなんじゃと思いますね」

 

今ももくもくとフォークを動かして、酸味の強いベリーの乗っている部分だけを食べて幸せそうにしている姿を見て、私達は機会を見てカワサキ様にシズの味覚と食感の事を伝えることを決めたのだった

 

「って!待って!僕の分も残してシズ!」

 

「わ、私の分も少しは!」

 

「……ごめんなさい」

 

「謝らないで!せめて一切れだけ!」

 

余りにもくもくと食べる姿のせいで気付かなかったが、恐ろしいスピードで食べ進め、レモンメレンゲパイとミックスベリータルトが消滅しかけている事に気付き、ユリ姉さんと慌てて自分達の分の確保を試みるのだった

 

「ナーベラルもユリ姉さんも甘いんだから」

 

「本当っすねー」

 

「美味しいですぅ」

 

ちゃっかり自分の分を確保しているソリュシャン、ルプスレギナ、エントマはシズが大事そうに抱えている大皿から、どうやって自分の分を確保するかと奮闘しているナーベラルとユリを見て、楽しそうに笑うのだった……

 

一方その頃カワサキはと言うと……

 

「あ、美味しい。甘い物って美味しいですね」

 

ショートケーキを食べてほんわか笑顔のモモンガと一緒に居たりする

 

「まぁ一番わかり易い味覚だからな、セバスはどうだ?」

 

「はい、大変美味であります」

 

激辛坦々麺の時に、ペストーニャからの自分が不在の時のプレアデスの業務日誌を受け取り、それを確認していた為。難を逃れたセバスはモモンガ付きとなっていた。その理由としては勿論守護者の性格の変化等による危険を考えての事だ

 

「それは良かった、アルベドは美味いか?」

 

「とても美味しいです。ですけども、ですけども……」

 

アルベドはタルトを食べて、凄い真剣な顔をしながら

 

「体重計が怖いです」

 

「……そうか」

 

余りに切実な響を伴ったアルベドの返答にカワサキが何とも言えない顔をしたのは言うまでも無く……

 

「アインズ様、カワサキ様。紅茶のお代わりは如何でしょうか?」

 

良い男であるセバスはアルベドの先の言葉を聞かなかった事にし、モモンガとカワサキに紅茶を勧めるのだった……

 

 

メニュー39 シャルティアへの褒美

 

 

 




前半は料理、後半は食事となりました。プレアデスは好きなのですが、全員揃うと書くのが難しいですね(汗)シズは人化しても味の薄いのはあんまり理解出来ず、かなりはっきり味が無いと美味しいと理解出来ない感じになりました、次回はシャルティアの褒美の話を書きますが、まだ人格変化中なのでお忘れなき用に!それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします

やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……

  • 間違っている
  • 間違っていない

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