メニュー39 シャルティアへの褒美
昨日のスイーツ作りはハッキリ言って失敗だったと思う。教わりながら作りはしたが、あれを俺が作ったというと些か疑問が残る。一言で言えば、俺はスイーツ作りを舐めていたと思う。色んな料理の経験があるから出来ると思っていたが、アレは無理だ。もっと専門的な知識を見につけ、器具の使い方を覚えないととてもではないが手に負えない
(まぁ時間はあるから良いが)
リアルではとても作る事は出来ないが、ここは異世界だ。そしてユグドラシルで集めた豊富な食材もある。時間を見てレシピを見て、色々覚えて挑戦してみれば良い。料理は一筋縄で行かないからこそ面白いのであり、そしてそれを極めたくなる物でもあるのだから。俺は長時間煮ても大丈夫なアダマンタイト製の大鍋を見て思わず苦笑した
「モモンガさん怒るかねえ」
今から俺は本気である料理を作る。材料も全てユグドラシル産、それもSランク越えの食材ばかりを使う。ナザリックの備蓄と俺のグリーンシークレットハウスにはまだこれでもかとユグドラシルの食材はある。だからこそ、俺は1度やってみたかったのだ。全て最高の食材だけを使い料理を作ったらどうなるのか。それを試してみたかったのだ
「まずはっとえーっとこれなんだったかな?」
どっかの特殊エリアにしか沸かない水。何とかの水とか言うのは覚えているが、その名前が正直思い出せない。鑑定すると食材レベル80を超えているので最高の食材なのは間違いないので、それをじゃんじゃん鍋の中に注ぎ込む
なおカワサキは忘れているが、SSランクアイテム「生命の水」と言う激レアアイテムであり、万能薬と蘇生薬の材料となり、そのまま飲んでもミドル・ヒーリング・ポーションを越える効能を持つ上に、なんとアンデッドにまで使用可能と言う凄まじいアイテムだったりする
「こんなもんか。8リットルは行ったか?」
まぁまだ全然備蓄があるから問題ないだろ、それにどうせ水だ。たいした効果なんて無いだろ(めっちゃ凄い効果あります)
「次はっとバニシングクックを丸まる一匹」
レイジングブルとかと同ランクのバニシングクックを胴体と手羽元、腿などに解体して鍋の中に入れる。
「野菜は黄金シリーズの人参と玉葱、それとハーブとかはえーっとこれなんだったっけな?」
黄金の野菜。特定の条件を満たした土地でのみ採取できるアイテムだが、クックマンがいなければその効果は全く発揮できず。市場などで叩き売りされている物をこれも安く買った。ちなみに黄金と言う名前は野菜が採取された後の畑などが確率で金などの高額で換金出来るアイテムが発見されることから命名されている。ハーブとかはなんか忘れたが、高レベルの樹木、昆虫系のモンスターばかり出る迷路みたいな森で採取したが、実際調理に使おうと思って持ち出したのは初めてだ
「香り的には問題なしか……効能なんだろうな?マジで」
多分筋力とかのステータスに効果がありそうだけど、俺の鑑定は食材の適正レベルとかが判る奴だし、1回料理しないと効能が判らない。香り的にはローリエとタイムと同じなので問題ないと判断し、鍋の中に入れる。玉葱とかの野菜は皮を残したまま3cmほどの角切りにし、第1段階の最後の仕上げとしてレイジングブルの牛腿肉をサイコロステーキ上にカットし、油を引いたフライパンの中に入れる
「軽く焼き色をつけるくらいでいいだろう」
生のままだとスープに雑味が混ざるので、それを防ぐために軽く焼き色をつけたら鍋の中に入れて、鍋を火に掛ける。水から煮出すことで良い味を出すのでこれからかなり長時間煮込む
「1回備蓄を確認しておくか」
効能がわかっているアイテム、判っていないアイテム。レア度高い食材とか1回確認しておくことにし、1度鍋の前から移動する
「んーこれが判らないか、えーっとこれはなんだったけ?」
1回使ったアイテムは鑑定すればわかるが、正直ナザリックの戦力で集めまくった食材だ。良く判っていないアイテムも結構多いなぁと苦笑しながら食料の備蓄庫の整理を進めた
「ふーやれやれ、今度本腰を入れて整理しないと駄目だなこれは」
日常的に使い、自分で確保したり、頼んで持ってきた食材ならまだしも、皆が勢い任せで集めた食材も案外多い、特に茸類を集めただろうるし★ふぁーには悪意を感じなくも無い、だって茸類は駄目だって念入りに言ったからな。俺
「もう少しって所か」
水分が減って良い具合に煮詰まってきているが、あと少しと言う所だ。もう少し煮詰める間に次の準備をするか、黄金の卵を5個取り出して、その卵白だけをボウルに移す。黄身は勿体無いので後で何かに使う事にする、パンを焼く時に塗るとか使い道は幾らでもある
「次はレイジングブルっと」
レイジングブルの腿ブロックを包丁で荒く微塵切りにし、セロリ、玉葱、人参の皮を剥いて微塵切りにしてバットの上に並べておいて、別の鍋を用意し、水分が3/4ほどになった最初のスープを漉しながら新しい鍋へと移し変え、再び火に掛けたら先ほど微塵切りにした食材と卵白を鍋の中に入れ、良く混ぜ合わせる
「……」
強火で加熱しながら先ほど入れた材料を真剣に見つめひたすら鍋を混ぜる。この材料はスープなどの灰汁を吸い込んで浮かんでくる、強火で加熱。沸騰させてしまうとスープの味が悪くなるので、このタイミングの見極めが重要だ。鍋の中を混ぜ、材料が浮かんで来たタイミングで火を弱火に切り替える。そして暫く混ぜていると真ん中だけが綺麗に穴が空いたようになる
「よし、後はこのまま2時間くらいか」
後はコトコト煮て、スープが澄んで来たら完成だ。結構本気で作ってみて、バニシングクックや、レイジングブルで出汁に使ってスープを作る。本当にどんな味になるのか楽しみで仕方ない
「さてとこのスープに合わせるとなると……ローストビーフでも作るか」
後はホタテとかを使ってサラダを作って……フルコースとは言わないけど、それなりにコースっぽく仕上げてみるか。迷う事無くレイジングブルの牛腿肉を取り出して暫く放置して常温に戻す。その間は鍋を時々見て様子を見る事にする
「んーまぁこれくらいで良いか」
牛腿が常温に戻った所で、脂や筋を包丁で削ぎ落とし、それと同時にオーブンを100度前後で温めておく、ローストビーフは低温でじっくりと焼くのであんまり温度を上げてはいけない。次にペーパーで牛腿の水気をふき取り、気持ち大目の塩胡椒をふりかけ、手で良く揉みこむ。本当はにんにくも使うが、シャルティアも食べるのでにんにくは使わない、変わりにたっぷりの香味野菜で香り付けをする。
「玉葱、セロリ、人参、パセリにローリエっと」
オーブンの天板の上に香味野菜をたっぷりと敷き詰め、フライパンにオリーブオイルを引いて熱し、下味をつけておいた牛腿を入れて丁寧にフライパンの上に乗せる。全体的に軽く色がついたら、香味野菜を敷き詰めておいた天板の上に乗せオーブンの中に入れる
「次はソースか」
ローストビーフは冷たくても、温かくても美味いが、今回は温めた奴で行く事にする
「赤ワインと、ケチャップと、ウスターソースとバター。後は……ちょっとこれを試してみるか」
既に良い具合にスープが澄んできている。それを少し器にとって味見する
「……美味い」
これほどの味は俺でも初めてだ。これほどまでの旨味が出るとは……正直期待以上だな。
「よし頃合だな」
30分ほどオーブンを切って余熱でしっかりと火を通す。10分ほど冷やしたら冷蔵庫に入れて更に冷やす、温めるときは口をしっかりととじれる袋に入れて、湯煎して温めればいい。牛肉の旨味をたっぷり吸った香味野菜を取り出し、鍋の中に入れて赤ワインを注いで加熱する。しっかりと加熱し、水気が減ってきたらケチャップ、ウスターソース、バター、そして今作っているコンソメスープを入れてソースを延ばしながら軽く煮詰め蓋をしておいておく。使う段階になったらこして更に加熱して温かいソースにすれば良い
「さてと最後の仕上げと行くか」
澄んだ黄金色のスープになったので、こし器を用意してスープをこす。鍋に溜まるのは美しく澄んだ黄金色のコンソメ
「完成されたスープの名に偽り無しだな」
コンソメとは完成されたという意味がある。完成されたスープに偽り無しだなと思わず微笑み、モモンガさんにメッセージで今日の夕飯にシャルティアとの褒美の料理を出すと伝え、残りのメニューの準備に入るのだった……
屍蝋玄室……シャルティア・ブラッドフォールンの住居であるそこは、この世界に来てから今までに無い大騒ぎとなっていた
「これは駄目。他にもっとそうね……そう、白。白い服は無いかしら?」
カワサキ特製の劇物を摂取した階層守護者には性格変化の効果が齎された。簡単に言えば、アルベドはサキュバスから元の設定だった天使よりの性格に変化し、アウラとマーレは服装から口調までそっくりそのまま交換された。デミウルゴスは足が痺れて車椅子生活になり、コキュートスは全身が赤く染まり常時発熱状態でダウン、パンドラズ・アクターは姿を変化させる前のスライム状態で固定され、水槽に入り、ドッペルゲンガーに運ばれている。そしてそんな中この屍蝋玄室の主であるシャルティアはどんな変化をしていたと言うと……
「慌てずに落ち着いて服を探してくれれば良いです」
「「「は、はい!?」」」
おしとやかで可憐な雰囲気を持つお嬢様な性格に変化していた。口調もまるで変わっていて、更に言えば吸血鬼の花嫁達を慰み者にすることも、痛めつける事も無く(吸血鬼の花嫁達には非常に不満らしい)そして服も黒系統から白系統を好むようになり、服の用意をしていた吸血鬼の花嫁が普段と同じ感覚で準備をし窘められる事は非常に多かった
「シャルティア様、これは如何でしょうか?」
跪いて服を差し出してくる吸血鬼の花嫁に視線を向ける。彼女が差し出したのは白いフリル付きのドレス
「悪くは無いですね……これにしましょう」
ツアーと言う竜王との会談の準備を整えた褒美として、アインズ様との食事が許された。しかもそれを調理してくれるのはカワサキ様だ。シモベとしてこれ以上幸せなことは無いだろう
「では湯汲みの支度をしてまいります」
頭を下げて私の前から移動する吸血鬼の花嫁を見送り、机の上のティーポットに手を伸ばす。アインズ様とのお食事は夕食と聞いている。まだ時間がある、少しばかり読書をして、お茶を楽しみ、それから風呂と着替えを済ませアインズ様のお部屋に向かう
(しかし、私はこんな喋り方だったでしょうか?)
自分でもアレ?と思うときが時々ある。カワサキ様の赤い料理を口にしてからだが……その時と前では何か自分が違う気がする。アルベドとアウラとマーレもどこか違うような……こう何かを思い出しそうで思い出せない。そんな奇妙な感じだ
「そう言えば、デミウルゴスは前から車椅子でしたっけ?」
「いえ、少々体調をお崩しになられているので、用心の為に車椅子だそうです」
んーやっぱり私だけじゃなくて皆どこかおかしいのかもしれない。なによりもカワサキ様の料理を口にしたのに、その味もどんな料理だったのかも思い出せない。ひたすらに赤かったというのは覚えているのですが……
「シャルティア様、湯汲みの準備が出来ました」
「判りました、今行きます」
アインズ様の前に立つのに不潔な格好と言うのは許されない。しっかりと身を清め、身だしなみを整える必要がある。私は呼びに来た吸血鬼の花嫁と共にその場を後にした
「シャルティア様、まだ本調子じゃないみたいね」
「アルベド様も雰囲気が変わっていると聞くし」
自分達が仕える御方が何時もとに戻るのかと若干不安そうに話す、吸血鬼の花嫁達だったが
「でも今のシャルティア様も素敵だと思うけれど」
「私としてはやっぱりしつけてくれないと寂しいわ」
などと普段のシャルティアが良いと言う花嫁達と今のままが良いと言う花嫁達で意見が真っ二つに割れていたりするのだった……
「アインズ様、失礼致します」
「うむ。良く来てくれたシャルティア」
豪華な装飾が施されたアインズ様の私室、その部屋の中心には2脚の椅子と白いテーブルクロスが掛けられた机が用意されていた
「今回のツアーとの会談の準備をしたお前への褒章と言う事になるが、私との食事にそこまで価値があるとは思えないのだが」
「とんでもありません、身に余る光栄です」
偉大なるアインズ様と食事、しかも向かい合っての食事が許される。これはきっとナザリックのシモベなら全員が望む褒美だろう
「そうか、カワサキさん。シャルティアが来ました」
カワサキ様の声が奥から聞こえ、ワインボトルを手にしたカワサキ様が姿を見せる
「シャルティアへの褒美として、今日は俺が腕を振るわせて貰った。品数自体はそう多くないが、満足して貰えるだろう。まずは食前酒の白ワインだ」
私とアインズ様のグラスに丁寧にワインが注がれ、カワサキ様はオードブルの仕上げをして来ると言って、奥の部屋へと消えていく
「ではシャルティア、乾杯」
「は、はい!」
アインズ様が差出したグラスにそっとグラスを差し出し、乾杯と言ってワインを口にする
「うむ、甘くて飲みやすい。私好みだ」
「美味しいです」
少しばかり酒精が弱いが、アインズ様はそれほどお酒の強い方では無いのだろう、アルコールの味よりも、ぶどうの味が強いワインをカワサキ様が勧めた事を見れば判ることだ
「オードブル1品目 ホタテのカルパッチョです」
音も無く私とアインズ様の前に置かれた皿には、半分に切られたホタテの貝柱と赤い何かと緑のハーブが散りばめられていた
「では頂くとしよう」
アインズ様がナイフとフォークを手にし、ホタテを小さく切って口に運んだのを確認してから、私も料理を口に運ぶ
「ん、美味い。さっぱりとしているがとても良い味だ」
「はい、とても美味しゅうございます」
新鮮なホタテの甘い味とやや苦味のあるハーブ、それに爽やかな香りのするソースと材料と調理自体は驚くほどシンプルなのに、その深い味わいに感激する。
「次は合鴨のスモークとオレンジのサラダになります」
食べ終わったタイミングで運ばれてきた料理は肉とオレンジが交互に盛り付けられ、鮮やかな緑の野菜に仕上げに黒胡椒が振られた料理だった
「肉と果物を一緒に食べるんですか?」
「案外合いますよ、特にオレンジの酸味と甘みは肉に良く合います」
「出来れば敬語は嫌なんですけどね」
それは無理だなと笑い、奥の部屋に消えていくカワサキ様。アインズ様はそんなカワサキ様を見て小さく肩を落としていた
「まぁ良い、あれもカワサキさんらしさだ」
そう笑うアインズ様は非常に楽しそうで、ナイフで鴨を切り、オレンジと共に頬張る
「むう……これは、美味い。なんだろうか今まで味わったことの無い味だ」
美味いと言って何の味だろうかと言うアインズ様。私もアインズ様と同じように鴨とオレンジを一緒に頬張る
(甘い……でもこれは……んー?)
アインズ様の言うとおり何とも言えない味だ。鴨の味とピリリとした胡椒の味、それとオレンジの酸味。でもこれはそれだけじゃないような
「うん?この黒いのは……」
「アインズ様、それはもしかしてバルサミコ酢では?」
私も食べていて気付いたが、ドロリとした黒いソース。ほんのりとした酸味と強い果物の甘み、これが鴨肉のジューシーな味わいとオレンジの酸味を1つにするのに役立っているように思える
「なるほどバルサミコ酢か……うむ。道理でオレンジの甘みだけでは無いと思った」
オレンジとしては酸味よりも甘みの強い種類、そしてバルサミコ酢は甘みに強い濃厚なもの
(やはりカワサキ様は料理の神様)
これはほんの少し味のバランスが崩れただけで、鴨肉とオレンジ、そしてバルサミコ酢が喧嘩をし始める料理だ。肉の旨味に胡椒の量、オレンジのカットの仕方に、バルサミコ酢の濃度や量。その全てが緻密に計算された上で仕上げられている、先ほどのホタテのカルパッチョもシンプルに仕上げられているが、それを作り上げるまでには相当な計算があったのだと思い知らされた
「次はスープ。 今俺の持てる技術と最高の食材を注ぎ込んで作った自信作だ」
小さなクロッシュで封をされたスープが目の前に置かれた。カワサキ様の技術と最高の食材……
「そのような物をシモベが口にしても良いのでしょうか?」
「勿論だ。これはシャルティアとモモンガさんの為だけに作った。だから気兼ねなく、味わってくれ」
ここで敬語ではなく、自然な喋りだったのはきっとカワサキ様の思いやりだったのだと思う
「カワサキさんの自信作か……どんな物か楽しみだな」
「はい。どんなものかワクワクします」
具沢山のスープなのか、それとも野菜などが使われたものなのだろうか?きっと見たことも無いほどのスープなのは間違いない。そんな期待を抱きながらクロッシュを開ける。湯気と共に匂いだけでお腹が鳴ってしまった
「これは……黄金色のスープ?」
「コンソメスープ、完成されたという名を持つ、フランス料理の究極の1品とも言える。完璧なスープに具材など不要さ」
美しく澄んだ黄金色のスープ……具材も何も入っていないのに、生唾を飲み込んでしまった。完璧なスープ、一体どんな味なのか……私の視線はスープの入った皿から全く逸らす事が出来なくなっていた……
一方その頃。セバスはと言うと……
「大丈夫ですかな?デミウルゴス様」
「……いや、助かります。セバス」
激辛坦々麺の後遺症で足が痺れているデミウルゴスの足を気孔による治癒を試みていた
「少し痛みますよ?」
「ええ、構いません。お願いします」
何時までも守護者として、無様な姿を見せられないと治療を頼んだのだが、セバスの気孔による治療も激しい痛みを伴っていた
「今日はこれくらいにしておきましょうか」
「……え、ええ。そうですね」
ベッドから身体を起こすデミウルゴスの顔色は悪い。辛味と言うのは痛覚であり、毒とも取れる。今守護者達は特殊な毒の状態異常に犯されていた
「しかし、守護者の皆様がここまでのダメージを受けるとは、それほどまでに凄まじかったのですかな?」
「凄いといいますか、なんと言いますか……味は良かったのですがね」
カワサキ様の料理を食べれたという幸運は覚えていますが、食べた後の記憶が無いとデミウルゴスは告げ
「そして2度とあの坦々麺と言う物は見たくありません」
坦々麺はトラウマとして心に刻まれていた。小刻みに震えるデミウルゴスを見て、セバスがその坦々麺に興味を抱いてしまったのは言うまでも無く……
(何か褒章を上げて、希望してみたいですね)
また王国に派遣されることは決まっているので、その時に目まぐるしい活躍をして、褒美として望む事は出来ないだろうかと考えていた……
「坦々麺は禁止メニューです。間違っても提供しないように」
「は、はい!」
そして食堂に新規メニューとなるはずだった坦々麺はモモンガの禁止命令と、守護者へのダメージを鑑みて、幻の新メニューのまま姿を消すのだった……
カワサキさんの自信作と言うスープ。それに俺もシャルティアも完全に目を奪われていた、見た目は具の無いただの黄金色のスープ。それなのに信じられないほどの存在感を持っている
(一体どんな味なのか)
スプーンに持ち替え、スープの中にゆっくりとスプーンを沈め持ち上げる。それだけの動きなのだが、やけに緊張するし、スプーンも重く感じた
「……」
スープを口に運んだ瞬間。まるで時間が止ったかのような衝撃を受けた、美味い。そんな言葉では足りない、俺と言う存在を揺さぶるかのような深くそして素晴らしい味
「アインズ様どうかなさいましたか?」
「い、いや、余りの美味しさに何と言えば良いのか……シャルティアも飲んでみると良い」
1口で茫然自失になる。美味いとかそういう次元のレベルじゃない……シャルティアもいただきますと口にし、スープを口に運び。その目を大きく見開き、完全に停止した
「……なんと、何と言えば良いのでしょうか。美味しいとかそんな言葉じゃ、この味は表現できません」
シャルティアの言うとおりだ。美味しいとか、旨いとかそういうレベルじゃない。陳腐な言い方かもしれないが、魂を揺さぶると言うか……スープなのだ。スープに間違いは無い
(なのに……思わず噛んでしまう)
口の中には液体しかない、それが判っているのに思わず噛み締めてしまうのだ。つまりそれだけの存在感を持ったスープと言うことになるのだろう
(牛肉のスープなのかな?いや、でもこの味は……)
この世界に来て本当に色々食べさせて貰った。だけどこのスープは今まで食べた何よりも美味しい、複雑に入り混じった旨味。この澄んだスープに一体どれだけの旨味が溶け込んでいるのだろうか……
「本当に美味しいです。シモベが口にするには勿体無いくらいに」
「そんな事は言う物じゃないな。言っただろ?これはモモンガさんとシャルティアの為だけに作ったスープだ」
俺とシャルティアの反応を見ていたカワサキさんがそう笑う。俺はスプーンを机の上に置いて
「物凄く美味しいです。完成されたスープと言ってましたが……これは一体?」
「黄金の野菜とレイジングブル、バニシングクック、黄金の卵、それに生命の水。今ナザリックにある最高の食材だけを使って作ったのさ」
カワサキさんが教えてくれた材料の名前と種類に思わず、眩暈がした。SランクからSSSランクの入手が難しい食材ばかり、しかもそれらの具材はスープの中に入っていない
「そのもしかしてレイジングブルとかは……もしかして?」
「勿体無いけど、捨てたな。スープを作るだけの出汁で完全に出涸らしにしたから」
マジか……あんまり納得はしたくないが、このスープの味からすればそれだけの食材を使っていると聞けば、納得も出来る。最高の食材ばかりを使って、しかもそれを具材にするでもなく、出汁を取るだけに使う。このスープがどれだけ豪華な物なのか思い知らされた。シャルティアなんか手がプルプル震えてる
「俺としては今持てる技術、最高の食材を使って料理が出来て面白かったよ。それに美味いだろ?」
カワサキさんの言葉に苦笑しながら頷く、これほど美味い料理は初めてだ。もうスープ皿に気持ち程度しか残っていないのが残念だ
「では本日のメインディッシュの準備があるので失礼します」
「さんざん普通に喋っておいて、それですか?」
今まで普通に喋っておいて料理を配膳する段階でそれですか?と言うとカワサキさんはにっと笑って奥の部屋に足を向ける。変な所で悪戯好きだよなと思う
「美味しかったな。シャルティアよ」
「は、はい!とても!とても美味しかったです」
この味はきっと俺もシャルティアも忘れることは無いな。また飲みたいと思うが、材料が材料なのでそうそう飲めないのが残念だが
「本日のメイン レイジングブルのローストビーフになります」
厚く切られた肉が2つ乗せられた皿が置かれるのだが、その正直見た感想は
「これは生では?」
余りにピンクの部位が多くて生では?と心配になったが、カワサキさんはくすりと笑い
「低温でじっくりと焼き上げているので大丈夫です。しっかりと中まで火が通ってますので大丈夫ですよ」
そうなのか……いやカワサキさんが出すのだから生と言う事は無いだろうが、少し、ほんの少し心配になっただけだ。ナイフとフォークを手にして食べやすいサイズに切り分けようとしたのだが
(柔らかい)
スッとナイフが入り、簡単に切り分ける事が出来た。ローストビーフに掛けられているソースに絡めて頬張る、噛み締めた瞬間口の中に肉汁が広がった
「素晴らしい味です。流石カワサキさんですね」
牛肉と言うのは実はまだあんまり食べた事が無い。カワサキさんは色々作ってくれているが、ここまで肉としてしっかり食べたのはこれが初めてかもしれない。胡椒のピリリとした味わいに、良い香りのする赤いソース。そしてしっとりとした肉の味。そのどれもが食べたことの無い味であり、そして未知の味だった
「お褒めに預かり恐悦至極と言った所かな」
「またそういう事を言う」
偶に俺をからかっているのでは無いか?と思う時がある。だけどこういう話を出来る相手と言うのは非常に嬉しいかもしれない
「カワサキ様、とても美味しいです。それにこれはもしかして……」
「にんにくは使ってない。あんまり得意じゃないだろ?」
「は、はい、お気遣いありがとうございます」
シャルティアは吸血鬼なのであんまりにんにくは得意では無いのか……
「その代わりに香味野菜をたっぷり使った」
牛肉には本当はにんにくが最高に合うんだが、苦手と判っている食材を使うのは意地悪だからなと笑う。シャルティアはその言葉だけで嬉しそうだ
「レイジングブルに合うワインはこれだ」
俺とシャルティアのグラスに注がれた赤ワイン。また酒か……あんまり得意じゃないんだけどなと思いながら、ワインを口に運ぶ
「美味しいです」
「特別に調合してある。モモンガさんでも飲みやすいはずだ」
赤ワインはアルコールが強くて苦手なのだが、これは飲みやすい。しかし飲みやすいからと言って飲みすぎて、べろんべろんにならないように気をつけないと、あの呑み会のあとの二日酔いはきつかった
(しかし本当に美味い)
牛肉と言うのは脂身が多いと聞いていたが、これはそれほどでも無い。食べやすくて丁度良い柔らかさと硬さが丁度良いとでも言うのだろうか
「私はこれからももっとアインズ様とカワサキ様のお役に立てるように頑張ります」
食事が終わり、シャルティアが部屋を出る前に振り返り、満面の笑みを浮かべながら言う
「そうか、だが無理はするな。危険だと思ったらその場は引け、決して深追いはするな。今は色々ときな臭くなってきている」
カジットに力を与えた何者かの存在。それにカワサキさんの言葉で考え直したが、八欲王のNPCが絡んでいるという思い込みは危険だというのも実感した。暫くは大きく動くつもりは無いが、それでも警戒する事に越した事は無い
「ありがとうございます。このシャルティア・ブラッドフォールン、そのお言葉だけで十分でございます。ではアインズ様、カワサキ様、失礼致します」
優雅な素振りで頭を下げ出て行くシャルティア。扉が閉まる前に見えた笑みに思わずグッと来てしまった
「モモンガさんは年下趣味か?だからアルベドは駄目か?」
「カワサキさん、ぶん殴りますよ?」
カワサキさんは怖い怖いと笑い、次の瞬間には真剣な顔をして
「エ・ランテルで店を構えて情報を集めるが、他の国の事はどうする?」
「皆が回復してからシャドウデーモン達をメインにして情報収集に当たります。正直今の守護者を動かすには不安が残ります」
性格の変化にまともに動けない物も多い、まさかカワサキさんの料理でそんな事になるとは思っていなかったので正直かなり驚いている
「とりあえずエ・ランテルに戻る前に1度カルネ村の様子を見て、カワサキさんの護衛も決めないといけないですね」
「それについてはこっちから頼みがある」
カワサキさんからの頼み、一体なんだろうと思いながら判りましたと返事を返し
「このままで悪いんですが、話し合いとかは大丈夫ですか?」
「問題なし、モモンガさん達が飯食ってる間に俺もちょくちょく食べてたからな」
「では時間も無いですし、よろしくお願いします」
ナザリックに入れる時間はそう長くは無い。かなり急ぎのスケジュールになるがナザリックにいる間にやるべき事は全部やっておかないと
「俺的にはランポッサ国王が用意してくれる店のレイアウトが気になって仕方ない」
「……絵を描いて、シモベに作ってもらいますか?」
カワサキさんの見たことも無い表情に俺はそう告げる事がやっとだった……なお翌日モモンガとシャルティアのステータスが既にカンストしているのにも関わらず上昇しており、カワサキが全力で作ったコンソメスープにはステータス上限開放の効果があるのが判明した
「更に全力でやればレベル上限も開放できそうだよな」
「……どれくらい材料が必要ですかね?」
ステータスの開放だけで恐ろしい数の食材が必要で、レベル上限開放にはどれだけの食材が必要なのか?そしてレベル上限開放を真剣に検討するモモンガの姿があったりするのだった……
賄い6 カルネ村の新たな特産物/カワサキ様の護衛発表/暗躍する影/エ・ランテルの食堂
次回でナザリック編は終了で、エ・ランテルでの料理の話だけには入っていこうと思います。カワサキさんが最高の食材を使い全力で料理するとステータスの上限開放/レベル上限開放が可能になる事が判明しましたが、かなり食材を使うので早々は出来ないのでご理解の程を、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします
なお今回は今後の飯を食えでのアンケートを1つやりたいと思っておりますので、活動報告に書いてありますので、そちらの方も目を通していただければ幸いです
やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……
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間違っている
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間違っていない