生きたければ飯を食え   作:混沌の魔法使い

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メニュー43 カツ丼

メニュー43 カツ丼

 

夜にカワサキさんの飯屋に寄ったんだけど、イグヴァルジが尋ねて来ていたとの事。しかもなんかそれっぽい事を言ったから覚えておいてくれる?って言われた

 

「いやいや、カワサキさんの中でどうなってるんですか?」

 

「結構頑張って考えたけどな、バックストーリー」

 

まぁ確かにそれっぽいが、青の薔薇に伝わらなければ良いんだけどと思わずにはいられない

 

「はぁー……いや、もう良いんですけどね、まぁ覚えておきますよ」

 

「すまんね。ところで、ナーベラルも無しに訪ねて来た理由はなんだ?」

 

ああ、そうだった。本題はこっちだったんだ。口ではすまんねと言いながらも、あんまりすまないと思っているように思えないカワサキさんに苦笑しながら、本題を切り出す

 

「実は冒険者組合のアインザックに食事に誘われているんですが……その」

 

「あんまり美味くない?」

 

身も蓋も無いが、正にその通りだ。一応それっぽい店で食べたこともあるが、カワサキさんの料理の方がよっぽど美味い

 

「そのー出来たらですね。こっちに誘いたいんですけど、良いですか?」

 

変な店で食べるよりこっちの方が良いんですと言うと、カワサキさんはニっと笑いながら

 

「全然構わないぞ。むしろ組合長が来てくれれば、今後店の経営が軌道に乗るかもしれないしな。俺には駄目って言う理由が無い、と言うか連れて来てくれて構わないって前に言っただろ?」

 

カワサキさんの言葉に安堵し、俺は頬を掻く、そうは言われていたけど、やっぱりいざ連れてくるとなると大丈夫かな?と不安に思うのは当然だと思う

 

「それでどんなのが食べたいんだ?」

 

カワサキさんがどんなのが食べたいんだ?と尋ねてくるので、俺は少し考えてから

 

「ちょっと量が多くて、「肉ッ!」て言う料理が良いです」

 

黄金の輝き亭の料理は見た目は綺麗だが、味は普通だし、量も少ない。だからドカンっと量の多い物が良いとカワサキさんに頼む

 

「あいよ、ちゃんと4人前準備しておくよ」

 

「ありがとうございます。では明日よろしくお願いします」

 

待ってるぜーと言って手をひらひらと振るカワサキさんに背を向けて転移で戻る

 

「お帰りなさいませ、アインズ様」

 

「うむ。ただいま。ナーベラル」

 

宿にいる時はナーベラルと呼んでやるとナーベラルは非常に喜ぶ。やはり役割と違う事をやらせると非常にストレスになるのだろうか?ベッドに腰掛け、伝言(メッセージ)を発動させる

 

「アルベド、調子はどうだ?」

 

もうそろそろ元に戻っているかな?と言う期待を持っていたのだが

 

『アインズ様。お疲れ様です、人間の街での暮らしはストレスになっておりませんか?』

 

駄目でした。まだ綺麗なアルベドのままでした……

 

「う、うむ。特に問題は無い、守護者達の様子はどうだ?」

 

『はい、シャルティアが陵墓エリアの清掃を行い、アウラは6階層で編み物、マーレはデミウルゴスに教わりながら、何かを作っております』

 

……全然戻ってない!そろそろ1週間なのに……どれだけカワサキさんの料理が劇物だったのか、これでもかと思い知らされる

 

「判った。では当面の予定通り、偵察だけに務めるように」

 

『はい、ではアインズ様もどうか無茶などをなさいませぬように』

 

……なんだろう。綺麗なアルベドなんだけど、なんか嫌だなあって思う俺がいる……それに気付いて凄まじく何とも言えない気持ちになるのだった……

 

 

 

 

王国戦士長であるガゼフ殿が今エ・ランテルに駐在しているのは、モモン君とカワサキ君の国を滅ぼしたモンスターがこの周辺にいるかもしれないと言う事だ。それ故に冒険者が受ける事が出来る依頼にはいくつか制限が掛かっている。例えば、森や人目につかない場所での依頼は組合のほうで保留にし、人が多く見通しの良い場所の依頼などをメインにしている。漆黒の剣の昇格試験は正直非常に悩んだが、バレアレ家の依頼で何度もカルネ村に向かっているし、それにモモン君の魔獣「ハムスケ」を内密につけている。だから最悪の場合は回避できると思っている

 

(しかし恐ろしいモンスターだ)

 

昨日の内にレンジャーに偵察に向かって貰ったが、湖は干上がり、大地も抉れ酷い有様だった。あれほど凶悪なモンスターが近くにいるというのは恐怖でしかなかった

 

「組合長。モモンさんとガゼフ様が御戻りになりました」

 

「そうか、直ぐに通してくれ」

 

また無事に戻ってきてくれた。それに心底安堵する、モモン君はエ・ランテルで初のアダマンタイト級になる素質を秘めているし、王国戦士長のガゼフ殿も、もしモンスターとの戦いで死亡でもされたら私にはどう責任を取れば良いのかまるで判らない

 

「アインザック組合長殿。今戻りました」

 

「……戻りました」

 

モモン君とナーベ君。そして少し遅れてガゼフ殿が組合長室に入ってくる

 

「今回の捜索範囲ですが、ここからここまでは今の段階では大丈夫だと思います。昨日撃退した場所がここ、この近くにモンスターが潜んでいると思われます」

 

挨拶もそこそこにガゼフ殿が周辺の地図を広げる。そのエリアは盗賊などが多い木々の深い地区だ

 

「吸い込むことに特化している分生命力などは低い可能性がありますが、その攻撃範囲は恐ろしいの一言です。モモンがよく耐えられたというレベルです」

 

「それなりに対策はしているつもりですので、しかしこれは大勢に付与するのは難しい技術でもあります」

 

うーむ、モモン君の対策とやらを大勢に出来れば集団戦も可能だが、大勢に付与出来ないとなると難しいな

 

「魔法はどうだろうか?」

 

「私の火球は簡単に飲み込まれてしまいましたよ」

 

近接も駄目、遠距離も駄目となると本当に手の打ちようが無い。これが国堕としの力か……暫くそのままで話し合っていたが、やはりこれと言う解決策は出ない

 

「時間も遅い、昼食にしましょう。良い店がありますよ」

 

探索で疲れているでしょうから、行きつけの店に案内しますよと言うとモモン君はそれならと笑い

 

「カワサキさんに昼食を頼んであるのです。1度カワサキさんの店に行ってみませんか?」

 

国王陛下とガゼフ殿が援助して出来たカワサキ君の店か、そう言えば冒険者組合の近くにあるが寄った事は無かったな……

 

(美味いと聞いていたし)

 

おでんと言うスープを振舞ってくれたらしいが、私はそれを口にすることは無かった。だから私はモモン君の提案を受け入れ、カワサキ君の店で昼食を食べることにした

 

「……いらっしゃいませ。モモン様、ナーベ、ガゼフさん」

 

「いらっしゃいませー」

 

店を開けて私達を出迎えてくれたのは、赤金の髪のメイド服の少女とカワサキ君と一緒にいたクレマンティーヌ君だ

 

「やあシズ。良く頑張っているようだな?」

 

「……はい、カワサキ様に色々と教えて貰っています」

 

モモン君の柔らかい言葉と微笑ましい物を見ているという表情のナーベ君。もしかすると彼女はナーベ君の姉妹なのかもしれない

 

「こちらへどうぞー」

 

クレマンティーヌ君に案内され、店の中で1番大きな机に案内される。

 

「モモンさん、兜お預かりしますよ?」

 

「ああ。すまないな、頼む」

 

モモン君の代名詞とも言える漆黒の鎧。それを外した所は初めて見たかもしれない、黒髪、黒目の穏やかな顔つきをした青年だった。声の感じから若いと思っていたが、予想よりも大分若い。ナーベ君と兄妹と言っても通用するかもしれない

 

「……こちらお水になります。それと本日はカワサキ様がメニューを決めて待っておりますので、其方になりますことをご了承願いします」

 

注文を受けない?それはレストランとしてどうなんだ?と思わず顔を顰めたが、モモン君とガゼフ殿は

 

「それはいい。下手にあれやこれやと考えるよりも楽ですな」

 

「ええ。カワサキさんの料理は色々ありますからね」

 

怒るのではなく、逆に喜んでいてどういう事だ?と混乱し、机にあったメニューを開き

 

(こ、これは凄まじい……)

 

料理の絵と説明書きがされた丁寧なメニュー表。焼き物、煮物、スープに麺。それに南方の物と思われる独自の料理の姿……

 

「いや、納得したよ。流石にここから選ぶのは大変だ」

 

これは1人で来たら何を食べるか悩むに違いない。ここはカワサキ君のお勧めを素直に貰った方が良さそうだ

 

(しかし良心的だな)

 

日替わり定食と言う料理は毎日違うもので、スープ、おかず、副菜、サラダ、ご飯と付いて銅貨3枚。しかもスープとご飯のお代わりはただ。それに弁当の注文まで引き受けてくれる、これは駆け出しの冒険者にとっては何よりも嬉しいサービスだろう

 

「それでカワサキ殿、今日は一体どんな物を食べさせてくれるのですかな?」

 

「そうだなー、戦う男の飯の大定番さ。さてと、これだけは聞いておくかな」

 

カワサキ君は人の良い顔で笑いながら、大盛りと普通盛りどっちがいい?と尋ねてくる

 

「そうですな、では私は大盛りで」

 

「じゃあ私も大盛りで」

 

「……私は普通盛りで」

 

戦う男の飯か……少し気にはなるが、私も歳だ。少し考えてから

 

「私も普通盛りで」

 

もし苦手な物だったりすると困るなと思い、普通盛りでと頼んだのだが、運ばれてきた料理を見て、大盛りにすればよかったと後悔する事になった……

 

 

 

 

戦う男の飯と言えば俺の中では1つしかありえない。それは分厚いトンカツを使った「カツ丼」だ。それも卵とじに限ると思っている。無論刻んだキャベツを使うソースカツ丼や揚げ立てのカツの上に出汁をかけるのも美味いが、俺が1番自信を持って勧めることが出来るのは卵とじのカツ丼だ。それも出汁をたっぷりと衣に吸わせた奴

 

「……デビルボアを使うかな」

 

折角モモンガさんが来ているんだ。ここはデビルボアのロースを使おう、赤身と脂身のバランスが実にいい。これを厚く、3cm幅で切る。やや厚いが、モモンガさんもガゼフさんも大柄なので楽勝だろう。ナーベは女性と言う事も考えやや薄めの2cm

 

(結構食いそうだけど……)

 

アインザックさんは身体も大きく、まだ全然健啖そうなので2.5cmで切り分ける。そしたら包丁で筋切りをし、肉と脂身の境目に切り込みを入れ、包丁の背で軽く叩いて、肉を柔らかくする。塩・胡椒を両面に塗し、薄力粉、卵、パン粉の順番で塗し

 

「良し、これくらいだな」

 

パン粉を落とし、油の温度を確認する。直ぐに浮かんできたので温度も完璧だ、豚ロースを滑らせるようにして油の中に入れる。高温の油でカツが揚げられる良い音が厨房に響く

 

「ねー、カワサキー、それって私も食べたり出来るかなー?」

 

「ちゃんと作ってやるから、待ってろ」

 

わーいっと喜ぶクレマンティーヌに思わず苦笑する。時々見せる、こういう幼い感じがクレマンティーヌの魅力かもしれないな。カツが厚いので時折引っくり返しながら、たっぷりの油で丁寧に揚げる。店のほうから

 

「良い音が聞こえてきますな」

 

「これは揚げ物ですね」

 

俺がどんな料理を作っているのかと話すモモンガさん達の声が聞こえてきて、苦笑していると

 

「そう言えばカワサキさんはお昼まだなんですか?」

 

「まだだぞー?」

 

もしかして客が来るかもと思っていたので食べて無いと言うとモモンガさんはガゼフさん達に

 

「カワサキさんも一緒に食べるのはどうでしょうか?お客さんも私達だけですし」

 

おいおい、誘うなよ……俺は軽い頭痛を感じながら、鍋から揚げ終わったトンカツを取り出す

 

「それは良いですな。カワサキ殿も話を聞きたいと思っているでしょうし」

 

……やばい、本格的に頭痛が……どこの世界に店主も一緒に飯を食おうと誘う客が居る

 

「カワサキさんも一緒に食べても良いですよって」

 

「……あー、判った。じゃあ俺達の分も作るよ」

 

はぁ……いや、まぁ良いんだけどな。モモンガさんもモモンガさんで自由人過ぎるわと思い。俺は俺とクレマンティーヌとシズの分のロース肉を切り分けた

 

「まぁ良いけどさ、ふう」

 

結局の所寂しいとかそんなところなんだよな。モモンガさんの場合。カツを揚げている間に水拭きをした昆布と鰹節を煮て、作った出汁をボウルに移し、玉葱の皮を剥き薄切りにし、冷ましておいたトンカツを1cm幅で切り、4つのコンロの上に1つずつ親子鍋を置く

 

「醤油、酒、砂糖、出汁汁」

 

水で煮るよりも出汁汁から煮た方が味がいい。出汁汁の中に薄切りにした玉葱を入れて強火で煮る。出汁が煮立ったら火を弱火にして、玉葱がしんなりするまで煮る

 

「良し、頃合だ」

 

玉葱がしんなりして来たらカツを入れて、時々引っくり返しながら煮て、衣にたっぷりと出汁を染みこませる。卵を2個割ってかき混ぜ半分親子鍋の中に回し入れる

 

「……」

 

卵が固まってきたら残りの半分を溶かしいれ半熟になったら火の上から降ろして、飯をたっぷりよそった飯の上に乗せ、彩りに刻みネギを少量振り掛ければ完成だ

 

「良し。完璧」

 

丼物はスピードが命。まとめて作るのは慣れた物だ。モモンガさん、ガゼフさん、組合長、俺の分には蓋をして、ナーベとシズ、クレマンティーヌの分は丼ではなく、底広の皿の中に入れる。漬物と味噌汁も用意する。値段設定も銅貨8枚とかなりリーズナブルだが、このボリュームはこの世界には無い料理だろう

 

「クレマンティーヌ、シズ。運ぶの手伝ってくれ」

 

「はーい、今行くよー」

 

「……判りました」

 

流石にこの量は1人で運ぶ事は出来ないのでクレマンティーヌとシズにも手伝ってもらい、モモンガさん達の方へと運ぶのだった

 

 

 

戦う男の飯か……カワサキ君が運んで来たのはここら辺ではあんまり見ない、変わった形状の皿だった、蓋付きの皿とは珍しい。それに野菜とスープ……これで銅貨8枚とは実に安い

 

「これですか、いや、一体どんな物なのか楽しみですな」

 

ガゼフ殿がにこにことしながら蓋を開けると、甘い香りと湯気が広がる。私も蓋を開けて驚いた

 

「おおお……これは素晴らしい」

 

思わずごくりと喉が鳴った。たっぷりの卵の黄色が視界に飛び込み、次にその卵入りのスープで煮た揚げた肉と思われる物が厚く、そして大きく並んでいた

 

「特製カツ丼だ。飯に肉に卵、それに勝つって言うのは勝利するって意味があって験担ぎもする。戦う男の飯と言えば、これだ」

 

この独特の甘辛い香りが堪らない。一緒に出されたフォークを手にし、食べようとしたのだがカワサキ君とモモン君達が手を合わせていただきますと口にする。これは南方のお祈りなのだろうか、真似した方が良いなと思いフォークを1度置き、手を合わせていただきますと口にしてから、再びフォークを手にする。モモン君とナーベ君は棒のようなものを2本使って器用に食べている

 

(しかしこれは美味そうだ)

 

フォークを刺してカツとやらを持ち上げる。分厚く、たっぷりとスープが染みている。今度は喉だけではなく、腹も鳴る。その厚いカツにガブリと思いっきり齧りつく

 

「美味いッ!」

 

「知ってましたが、カワサキ殿の料理は美味しいですな」

 

肉は厚く、そして柔らかい。そしてやや濃い目の味付けが堪らない、出来たてだから熱いが、その熱さもまた美味い

 

(これは玉葱か、甘いな)

 

良く煮られて甘い玉葱と汁が染みこんだ白い物。多分これが飯だろう、フォークで抉るようにして持ち上げて頬張る。汁が染み込んでいて味がするが、それでもやや薄いと感じる。たっぷりと使われた卵は固くなっていると物と、トロリと半熟の卵が飯に絡んでいて美味い

 

(うん?)

 

カワサキ君とモモン君の食べ方に視線を向けると、器を持ち上げ肉を齧り飯を口の中にほうりこんでいる様に見える

 

「んー美味しい。この甘辛い味が美味しい」

 

「ふーふー、美味しいです」

 

クレマンティーヌ君とナーベ君は米とカツが別々になっているが、米の上にカツを乗せて頬張っているのが見える。つまりこのカツ丼と言うのは、カツと米を一緒に食べる料理と言う事なのだろう

 

(それほど変わるとは思えないが)

 

カツを齧り米を頬張り、私は目を見開いた。カツ単品でも、米でも十分に美味かった。だがそれではまるで未完成だったのだ

 

「これは堪らない」

 

ガゼフ殿も丼を持ち上げ、ガツガツと頬張っている。それは決して品のある食べ方では無いだろう、仮にも王国戦士長と言う肩書きのある人間の食べ方では無い。だがこの料理に関してはこれが正しい食べ方なのだろう、私も丼を持ち上げ、カツを頬張り飯を口の中に放りこむ

 

(ああ……美味い!こんな味は初めてだ)

 

農村で一生暮らすのは嫌だと村を飛び出し、冒険者になり。優秀な冒険者と言われ、年老いてからは組合長となり色々な物を食べて来たが、これほど美味い物は食べた事が無い

 

(このスープも美味い)

 

口の中が肉の味と脂で一杯になってきたのでスープを口にしたのだが、このスープがまた美味い。塩味のあるスープで深い味がある、正直こんなスープは飲んだことは無い。具は緑色の薄く切られた何かだけなのだが、逆にそれが良い。口がさっぱりする、またカツを頬張り飯をかき込む。卵の味も甘い玉葱も、スープが染みこんでいるカツも何もかもが美味い。時々スープや小さい皿に盛り付けられている野菜にフォークを伸ばすが、スープも野菜も徹底してカツと飯を食べやすくする為の物だ

 

(こんなに美味いのなら大盛りにすれば良かった)

 

丼に僅かに残った飯と2切れのカツ。もう少し食べれそうな気がするが、ここから大盛りを頼んで食べきる自信は無いな……若い時なら楽勝だったと思いながら、私は卵がたっぷりと絡んだ米を頬張る。何度口に運んでも美味い、大盛りにするべきだったと私は少し後悔していた……

 

 

 

 

カワサキ殿が戦う男の飯と言っていたカツ丼。これはまさしくその通りだろう、山盛りの飯に揚げた肉に卵、これほどシンプルだが、贅沢なものは無い

 

「美味い、やはりカワサキさんの料理は最高だ」

 

ゴウン殿が丼を持ち上げ、ガツガツと頬張っているのを見て、私も真似してみたが、丁寧に食べるよりもこうやって食べる方がこの料理には相応しいと思える。卵のふわりとした黄色に鼻一杯に広がる甘い香り……普段は健康食ばかり食べているので余計に美味いと思う

 

(ああ……こんなに分厚い肉を食えるとは……)

 

黄金の輝き亭でもこれほど厚い肉はそうそう提供してくれないだろう。フォークを刺して持ち上げる、ずしりと重いその肉に思わず頬が緩む。大きく口を開き思いっきりかぶりつく、口一杯に広がる肉の脂、簡単に噛み切れるのにしっかりと噛み応えがある。だがそれは決してしつこい味ではない

 

(この甘い汁だ)

 

肉と米にたっぷりと染みこんでいる甘くて、少しだけ辛い不可思議な汁。この味が肉を食べやすくしてくれている

 

「うん、うん!」

 

フォークを使い甘い汁と卵がたっぷりと絡んだ飯を頬張る、時々口の中に入る玉葱も普段食べている物と違い、柔らかく甘い

 

「ふー」

 

ゴウン殿はトレーの上に乗せられていた野菜を頬張り、小さく溜息を吐く……いや、これは違う。これは……!?

 

「ガッ!ガッ!!!」

 

肉を箸という南方の食事の道具で掴み、がぶりと齧りつき、米を勢い良く掻き込んでいく、時々スープを啜り、野菜を食べるのだが、どんどん食べる勢いは激しくなっていく

 

(これか……?)

 

白い野菜をフォークで刺して口にほりこむ、ピリッとした辛味とぽりぽりと言う小気味良い食感……だが私が驚いたのはそこではない

 

(口の中が……!)

 

口一杯に広がっていた甘い味と肉の味、それがこの野菜で消え去り、まだ何も食べてないような感じになる

 

「ふん!ふんふん!!」

 

素晴らしい、この野菜。塩味の強いそれが口をさっぱりとさせてくれ、食欲を倍増させる。ジューシーで柔らかい肉を齧り、卵の汁が染みこんだ飯を頬張り、茶色のスープを口に運ぶ

 

(ああ……美味い)

 

何度も何度もカワサキ殿の店に訪れているが、いつも違う料理を食べさせてくれる。しかも汚れているのに、嫌な顔もせずに迎え入れてくれるのは何よりも嬉しい

 

「む?カワサキ殿、それは?」

 

「ん?一味って言うもんだ」

 

カワサキ殿が赤い何かをカツ丼の上にパッパと赤い粉を振りかけている。私とゴウン殿には使っていない、一体なんなのかと興味が沸いたが

 

「ガゼフ殿、止めた方が良い。カワサキさんはとんでもなく辛いものを好む、私とガゼフ殿には恐らく合わないはずだ」

 

ゴウン殿が止めた方が良いと静止するが、興味が沸いた私はカワサキ殿に貸してくれと頼む

 

「あんまり掛け過ぎると辛くなるから少しだけにした方が良いぞ?」

 

「判りました」

 

「止めた方がいい、後悔しますよ」

 

止めた方がいいと言うゴウン殿、これはよほど慎重にかける必要のある調味料のようだ。ほんの少しだけカツ丼に赤い粉を振りかけ、その部分を頬張る

 

「むお!?」

 

舌を刺す辛味に思わず変な声が出る。ゴウン殿が慌てて水を差し出してくるが、それを手で制し、肉を頬張る

 

「美味い!」

 

「え?」

 

この辛味が食欲を倍増させる、確かに辛くはあるが、元々が甘いカツ丼にはこの辛味が味のアクセントとなる

 

「モモン、これを掛けると旨くなる。掛けるべきだ」

 

「……判りました」

 

アインザック殿がいるので、モモンと呼ぶ。ゴウン殿は酷く悩んだ様子で赤い粉を少し振り、恐る恐る頬張り

 

「あ、美味しい」

 

怯えすぎだと笑うカワサキ殿。だがこの反応を見る限りでは、何か恐ろしい目にあったのかもしれないなと思いながら、私は更に一味を少しだけカツ丼の上に掛けるのだった……

 

 

 

 

カツ丼の味わいは正に極上と言うべき素晴らしい物だった。だが始まりがある以上終わりはある……

 

(もうこれだけか……)

 

皿の底に残る少しの飯とカツ一切れに何故かとても切ない気持ちになった

 

「カワサキ殿」

 

「カワサキさん」

 

ガゼフ殿とモモン君が殆ど同じタイミングでカワサキ君を呼ぶ、カワサキ君は空になった自身の丼に蓋をしてニッと笑う

 

「お代わりか?」

 

「「是非お願いします」」

 

2人が声を揃えて言うと、カワサキ君はにこやかに笑って再び厨房に立つ。やはり若さか……捜索に出て疲れているだけでは説明が付かない食べっぷりだ

 

「……ナーベ、お代わりいる?」

 

「お願い出来ますか?シズ」

 

「あ、私もー」

 

ナーベ君とクレマンティーヌ君はカツこそ残っているが、飯は食べ足りないのかシズ君に空になった皿を差し出している

 

(うーん……私が歳を取っただけか)

 

もう少し、ほんの少しなら食べれそうだが……うーむむ……最初から大盛りにしていれば

 

「組合長さんはどうする?少しだけ作ろうか?」

 

「……良いのか?」

 

少しだけ作るなんて事をして良いのか?と尋ねるとカワサキ君は苦笑しながら

 

「まだお客さん全然来ないからなあ、材料残るし。食べてくれるならこっちとしてもありがたいですが」

 

やはり南方の生まれ、そして開店したばかりと言うのがネックになっているのだろう。だがこの味はきっと王都でも、貴族相手でも十分に通用するだろう

 

「ではそのお願いするよ」

 

では少しお待ちくださいと言って厨房に引っ込むカワサキ君。

 

「いや、実に美味い。肉と卵がこれほど合うとは」

 

「本当ですね。これは元気が湧いてきますよ」

 

これだけ柔らかく、ジューシーな肉とたっぷりの卵。王都ならば金貨を払ってやっと食べれるほど上質なものだ

 

「……お待ちどうさま」

 

「ありがとうございます。シズ」

 

「ごめんねー」

 

シズ君が運んで来た米の上に少し残していたカツとスープをかけて小さいカツ丼にして、嬉しそうに頬張る2人。冒険者と言うのは体力勝負だ、健啖家が多い。だがナーベ君とクレマンティーヌ君は食べている量に対してあんまり下品と思わない、ゆっくりと噛み締めるようにして丁寧に食べているからそう思う

 

「はい、お待ちどうさま」

 

ナーベ君達が食べていた底の浅い皿にカツが5切れ、そして少なめに盛られた飯が差し出される

 

「モモンとガゼフさんもお待ちどうさま」

 

「ありがとうございます。いや、しかし本当に美味しいですよ。このカツ丼」

 

「そうですね。元気が出てくる様な気がします」

 

蓋を開けて再びガツガツと勢い良く食べ始めるモモン君達。私はフォークでカツを刺して頬張る、衣にたっぷりと染み込んでいて齧りつくと口の中に肉の旨味と甘辛いスープが広がる

 

(今度来る時は絶対大盛りだ)

 

その余りの美味さに今度来る時は絶対に大盛りで頼もうと心に誓った

 

「ラケシル。美味い飯屋があるんだが行って見ないか?」

 

そして次の日にモンスターの対策会議と言う事で冒険者組合に来ていたラケシルを誘う

 

「美味い飯屋か……まぁ時間も時間だから丁度良いか」

 

勿論私がカワサキ君の飯屋にラケシルを誘ったのは言うまでも無く、ラケシルにもカツ丼を頼み。神経質で気難しいラケシルの口からこんなに美味い物は食べた事が無い!と言う言葉が飛び出した

 

「これは魔術師組合の若手でも食べられる値段と言うのが良いな」

 

「弁当までやってくれるらしいぞ、ただ宅配は「ハムスケ」らしいが」

 

弁当の宅配サービスもやってくれるらしいが、運んでくるのは森の賢王ことハムスケとの事。運んで来ても冒険者に金を踏み倒させず、モンスターも撃退できると言う事で考えているらしい

 

「ふーむ、それは少しばかり恐ろしいかも知れんな」

 

「だがモモン君の魔獣だ。それなりには大人しいらしいし、言葉も交わせる。案外良いかも知れんな」

 

まだまだ客は少ないが、それでも徐々に繁盛しているような素振りを見せている

 

「カワサキ殿。邪魔するよ」

 

「おお、いらっしゃい。ガゼフさん、それと若い兵士か?」

 

「ええ、新しく我が隊に配属された新人です。こちらカワサキ殿、モモンの友人で凄腕の料理人だ。もし食事に来るならこの店が良いぞ」

 

「「は、はい!」」

 

緊張した素振りの若い兵士に苦笑しながら、私とラケシルは立ち上がり、カウンターに2人合わせて、銀貨1枚と銅貨を6枚乗せる

 

「ご馳走様、また来るよ」

 

「本当に美味かった。今度はまた珍しいものを頼むよ」

 

毎度ーと笑うカワサキ君とシズ君に見送られ、店を後にする。腹は一杯、そして気分も穏やかだ。少し歩いた所で振り返り、カワサキ君の店が私とラケシルの若い時にあればなと思わずにはいられなかった……

 

 

一方その頃。ナザリックでは

 

「そう、そうよ、上手ね。アウラ」

 

「……こ、こうかな?」

 

「ううう……上手くいかない」

 

まだ性格の戻らないアウラとシャルティアはアルベドの元でアインズとカワサキのぬいぐるみの縫い方を教わり

 

「出来ました!」

 

「ほう、中々良い仕上がりですね、マーレ。今度の休暇は私と魚釣りに行きましょうか」

 

「はい!よろしくお願いします」

 

マーレはデミウルゴスに教わりながら、仕掛けの作り方を教わっていた。カワサキスペシャルにより、ナザリックに齎された被害はまだ収まりそうも無い……

 

 

 

~おまけ~ シズちゃんの美味しい捜索記その4 カツ丼

 

アインズ様達が食べている丼と異なり、底の浅い皿に盛り付けられたカツの卵とじ、揚げられたカツの衣にたっぷりと汁が染み込んでいて、卵の鮮やかな黄色とその上に散らされているネギの緑色が鮮やかだ

 

「おいしー、はぁーなんか今までで1番美味しいかも」

 

クレマンティーヌが物凄く嬉しそうにカツを頬張っていて

 

「……美味しいです」

 

ナーベもカツを食べて嬉しそうに微笑んでいる。アインズ様も笑みを浮かべていて、そのお顔を拝見すれば、美味しいと思っているのは明らかだ

 

(これなら判るかな)

 

今まで色々カワサキ様に食べさせて貰った。これなら美味しいが判るかもしれない、私はそんな期待を抱きながらフォークをカツに突き刺して持ち上げる

 

(厚い……)

 

カツはかなり分厚く、カツを煮ていた汁が衣にも良く染みこんでいて、半熟卵が衣と肉に絡められていて見た目からして美味しそうだ

 

「……あむ」

 

小さく口をあけてカツに齧りつく、最初に口の中に広がったのは卵の風味、次に衣に染み込んでいた甘しょっぱい味、それに続いて衣にしみこんでいた甘い汁の味に、染みこんで柔らかくなった衣の独特な食感と来て、分厚いカツに歯があたる

 

(やわらかい)

 

こんなに分厚いのに柔らかく、簡単に噛み切ることが出来る。それに豚肉の脂が口一杯に広がる

 

「はむ」

 

炊きたての暖かいご飯を頬張る。口一杯に広がっている、卵の味と肉の味、そして甘い味が口の中で米と一体になる

 

「あむあむ……」

 

カツを食べて、ご飯に卵と汁をかけてちょっとずつ、ちょっとずつご飯とカツを食べる

 

「シズ、嬉しそうですね」

 

「……そう……かな?」

 

ナーベの言葉にそうかな?と返事を返す。美味しいは判らないけれど、今自分がとても恵まれた立場に居るというのは良く判る。3食カワサキ様のご飯を食べれて、カワサキ様のお手伝いが出来る。それはきっとナザリックのシモベなら誰しも望む立場だと思う

 

「きっとユリ姉さんもシズが嬉しそうで喜んでくれると思いますよ」

 

頑張って来るようにと私を送り出してくれたユリ姉さん。カワサキ様のお役に立つようにと送り出してくれる時に言われた、だけど今のままではだめなので、もっとお役に立てるように頑張ろうと思う

 

(……このスープは好き)

 

味噌汁と言うスープ。少し塩辛くて、シチューとかとは全然違う味なのだが、これは好き。味噌汁の御椀を両手で持って啜っているとアインズ様とガゼフと言う人間がカワサキ様にお代わりと言う。私は両手で持っていた味噌汁の御椀を机の上に置いて

 

「……ナーベ、お代わりいる?」

 

「お願い出来ますか?シズ」

 

「あ、私もー」

 

ナーベとクレマンティーヌの御椀を受け取り、厨房に向かう。カワサキ様はアインズ様とガゼフ、それと組合長のカツ丼のお代わりを用意しているので、私は邪魔にならないようにカワサキ様の後ろを通って、ナーベとクレマンティーヌのご飯のお代わりを茶碗に盛り付ける

 

「悪いなシズ」

 

「……いえ、大丈夫です」

 

カワサキ様のお手伝いが出来るのは嬉しい事なので、全然大丈夫ですと言ってトレーに2人分のご飯を乗せる

 

「それでもありがとうな」

 

カワサキ様に頭を撫でて貰えた。褒めて貰えて嬉しい

 

「そうだなー、シズも何か料理を覚えてみるか?」

 

「……でもご迷惑じゃ」

 

迷惑なんてとんでもないと笑うカワサキ様、カワサキ様の料理を食べれて、更に料理まで教えてもらえる。私は思わず自分は何て幸運なんだろうと思わずには居られなかった

 

「よしっ、出来たっと」

 

カワサキ様がアインズ様達の分のカツ丼のお代わりを手に厨房を出て行く、私もその後を追って厨房を出る

 

「……お待ちどうさま」

 

「ありがとうございます。シズ」

 

「ごめんねー」

 

2人は私の渡した茶碗にカツを乗せて、汁と卵をご飯の上に乗せて嬉しそうに頬張る。私はその姿を見て、それを真似して小さいカツ丼を作ってみる

 

(……これも好き)

 

美味しいはまだ良く判らないけど、好きな物、嫌いな物は何となく判ってきたと思う、この好きなものが好きな理由が判れば美味しいが判るかな?私はそんなことを考えながら、もくもくと食事を進めるのだった……

 

 

賄い7 王国会議/青の薔薇、エ・ランテルに赴く/漆黒の剣、エ・ランテルに帰還する

 

 

 




次回はちょっとインターバルです。今後の話の基点になる話を少し別視点で入れたいと思っております。まぁ、賄いのタイトルとかで誰が出てくるかとか大体予測が付くと思いますけどね。ナザリックの面々はまだ性格が戻りません、カワサキスペシャル兵器疑惑は消えることが無いですね。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします

やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……

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  • 間違っていない

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