生きたければ飯を食え   作:混沌の魔法使い

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メニュー7 コキュートスのクエ鍋 デミウルゴスのビーフシチュー

メニュー7 コキュートスのクエ鍋 デミウルゴスのビーフシチュー

 

 

アインズ様の意図が読めません。元より私よりもはるかに優れた知性を持つアインズ様の考えを読めないのは当然のことなのですが……どうしても今回はその考えの深遠を覗く事すら出来ない

 

(何故アインズ様は人間のお姿に……)

 

人化の術と言うのは弱い異形種が持つ術だ。私の記憶ではアインズ様は人化の術は取得なさっていなかったはず……それに人化の指輪もしておられない。ワイングラスを手に何かを考え込む素振りを見せている……一体その瞳で、その英知で何を考えておられているのか……

デミウルゴスがモモンガが何を考えているのか?そして人化の理由はなんだ?とその頭脳をめぐらせれている中。モモンガはと言うと

 

(やばい……カワサキさん。怒るだろうか……)

 

本来の予定よりも早くマスクを外した事についてカワサキに怒られるだろうか?と言う事を考え、そしてワインを見つめ

 

(リアルとは違うって聞いてたけど、これは凄いな)

 

そして今黙り込んでいるのは、リアルの酒とは名ばかりの水とナザリックのワインの味わいの差に驚いているのが原因だったりする……

 

(アインズ様の目的とは……)

 

この晩餐会がただの晩餐会ではないのは確実だ。至高の御方だけが口にすることを許される食材を振舞う、そこに何かがある筈……

 

「人と言うのは存外悪くない物だな。デミウルゴスよ」

 

「は……は?」

 

返事を返したが、予想外の言葉に2度返事を返してしまった。アルベドが睨みつけてくるが、誰だってそんな言葉は想定などしていない

 

「ユグドラシルの1500のプレイヤーの襲撃。あの世界の人間は我らの敵であったが……この世界ではそうとは限らんかもしれん」

 

1500人の襲撃……我ら階層守護者が敗れ、第8階層まで攻め込まれたあの憎らしい事件。人間の愚かさと醜悪さ、そして群れる事で脅威となりえる。それが人間……

 

(何を……何を考えておられるのですか……)

 

何故アインズ様がそんなことを口にしたのか?カルネ村で何を見たのか?そして何故人間の姿を取っておられるのか?謎と疑問ばかりがデミウルゴスの脳裏を埋め尽くしているのだった……

 

 

 

 

 

 

 

晩餐会ヲ行ウ。ソノ通達ノ意味ガ最初ハ理解出来ナカッタ……何故ソンナコトヲスルノカ?ソレバカリヲ考エテイタ……

 

「オオ……コ、コレハ……」

 

シホガ運ンデ来タ料理ヲ見テ、震エタ……コレハ、コノ料理ハ……!?ソノ巨大ナ鍋二モシヤト言ウ考エガ脳裏ヲ過ギル

 

「クエ鍋でございます、コキュートス様」

 

シホガユックリト鍋ヲ開ケル。湯気デ視界ガ一瞬遮ラレルガ、ソレハ一瞬ノ話。グツグツト煮エル鍋ノ中ハ我ノ記憶ノ物ト同ジ物ダッタ……

 

「……ヤハリ……カ」

 

カツテ畏レ多クモ武人建御雷様ト1ツノ鍋デ食事ヲシタ。アノ思イ出ノ料理……大キ目ノ鍋ニタップリノ野菜。ソシテ白身ノブツ切リニサレタ「クエ」ト言ウ魚……

 

「コレニ勝ル物ハナイ……」

 

1度ダケノ食事。ダガソノ味ハ、ソノ美味サハ脳ニ焼キ付イテ離レナイ……

 

『これはカワサキが作ってくれたんだ。あいつの料理に間違いはない!さぁ!共に食うぞ!コキュートス』

 

1字1句間違エル事無ク、武人建御雷様ノ言葉ヲ思イ出ス……

 

「カワサキ様……」

 

姿ヲ御隠シ二成ラレタカワサキ様……イヤ。アノ方ハ慈悲深ク、ソシテ御優シイ方ダ。ナザリックヲ去ルトハ思エヌ、何ラカノ事情デナザリック二モドレナイノダロウ

 

(晩餐会ガ終ワレバ直訴シテミヨウ……許サレルカ判ラヌガ……)

 

アインズ様ガ、カワサキ様ノ捜索ヲシテイナイ訳ガナイ。必ズ捜索ヲシテオラレル筈……出来ル事ナラバ……ソノ捜索ニ参加シタイ物ダ

 

「どうぞ、特注のお箸でございます」

 

「ヲヲ……感謝スルゾ」

 

シホカラ差シ出ダサレタ剣ホドノ箸ヲ受ケ取リ鍋ヘト伸バス……我ノ冷気デモ冷エル事ガ無イ

 

(ヤハリ鍋モカ……)

 

武人建御雷様ト食事ヲシタ際モ鍋ハ決シテ冷エル事ハ無カッタ。カワサキ様ノツクッタ鍋ラシク、決シテ冷エル事ガ無イノガ特徴ラシイ……取リ皿ニ鍋ノ汁ヲ入レ口ニスル

 

「……ホウ」

 

冷気ガ口カラ漏レタ。タップリノ野菜ノ旨味トクエノ出汁ガ出タ極上ノスープ……透キ通ルスープニドレダケノ旨味ガ溶ケ出シテイルノカト思ッタ。タダタダ……美味イ

 

(アノ時ヨリモ美味イ)

 

思イ出ノ中ニアル味ヨリモ……深ミガアリ、美味イ……取皿ヲ鍋ノ横ニ置キ

 

「コノ味……カワサキ様ノ物ニ良ク似テイル。腕ヲ上ゲタノダナ」

 

「……お褒めに与り光栄です」

 

シホガ小サク頭ヲ下ゲ、配膳ガアルト言ッテ厨房二引キ返シテイク。我ハ今度ハコノ鍋ノ主役デアルクエ二箸ヲ伸バシタ、皮ノ付イタ白身ノ塊……ダガ皮ガ付イテイルノハ手抜キデハ無イ。クエト言ウ魚ハコラーゲンガ多ク、プルプルトシタ食感ニ、コッテリトシタ味ワイガスル。ソレヲ黒イ調味料……ポン酢醤油ニ軽ク潜ラセテ口ニ含ム

 

(オオ……オオオオ……)

 

声ニ出ス事ハ無カッタガ、我ノ胸ノ中ハ感動デ一杯ダッタ……クエト言ウ魚ガ持ツ、サッパリトシテイルノニ深イ味ワイ……煮ル事デプルプルニナッタ皮ハ口ノ中デ溶ケルクエノ身ニ味ワイト食感ノ変化ヲ与エテイル

 

『どうだ?コキュートス、美味いだろう?』

 

(ハイ……トテモ美味シュウゴザイマス……武人建御雷様)

 

湯気ノ中。幻ト、我ガ勝手ニ写シダシタダケダト判ッテイル。ダガ確カニ湯気ノ中ニ武人建御雷様ノ声ト御顔ヲ見ルノダッタ……

 

 

 

 

配膳から戻ってきたシホの言葉を聞いて、思わずマジかと呟いた

 

「俺の味に似てるって?コキュートスが?」

 

「はい」

 

マジかぁ……しかもコキュートスが気付くか……これは少々予想外だった。コキュートスは蟲王……味覚は人型NPCよりも劣る。いや、だからこそか?調理の癖、味付けの癖でクエ鍋から俺の姿を見たとしてもおかしくはないのか

 

「出来るだけ動揺するな。さも自分が作りましたって顔をしてくれ、これはピッキーにも伝えてくれ」

 

バレる可能性を俺が想定していたのは、「デミウルゴス」「アルベド」の両名だ。料理には製作者の癖がある。その癖を見抜く可能性があるのはウルベルト、タブラさんに知恵者だけではなく、美食家と言う設定も付与された2人だと正直思っていた。パンドラはあれだ、モモンガさんが貧乏舌なのと、食事に興味が無い点から心配ないと思っているが、味は判らなくても俺の調理の癖は見抜くかもしれないという可能性は十分考慮している

 

「もしバレてしまったら?」

 

「予定を早めて厨房を出るだけだ。問題はない」

 

モモンガさんが食事をし、俺を呼ぶという流れだが……それを変更するだけだから問題ない

 

「そこのバターロール2つを焼いてくれ、もう直ぐ仕上げだ」

 

「はい!」

 

元気良く返事を返すシホに頼むぞと振り返る事無く口にし、小鍋の中に視線を向ける。鍋の中は牛腿を煮ている鍋とは別に煮ている野菜……人参やじゃがいも、玉葱が肉を煮ているのと同じビーフシチューで煮られている。牛腿と同じ感じで煮れば、野菜が煮崩れしてしまう。だから最初に炒めた野菜をミキサーでペースト状にしたのだ。そして具材としての野菜はこうして別口で煮込む、そうする事で食感を残しつつも、牛腿の味を野菜に染み込ませる事が出来るのだ。牛腿を煮込んでいる鍋から牛腿を取り出しスプーンで押す

 

「良し、完璧だ」

 

スプーンで煮崩れる程にトロトロに煮込んだ。これぞビーフシチューと言うべき物だ。作りなれている料理であり、一番自信のある料理だ。皿にまず牛腿を盛り付け、その周りに別口で煮込んでいたじゃがいも等の野菜を盛り付ける。そして最後に牛腿を煮込んでいた鍋のシチューを注ぎ

 

「完成だ。頼むぞ」

 

「はい!お任せください!」

 

軽く焼き目をつけたバターロールを皿に乗せ、配膳用のカートに載せて出て行くシホを見送り。今度はパンドラズ・アクターの調理を再開する。レイジングブルのフィレ肉これをやや薄めで大きく切り出す

 

「うん。いい具合だ」

 

脂が程よく乗っているが、赤身が大半を占め、柔らかくそして味の旨味も強い部位だ。塩・胡椒を擦り込み、包丁で隠し包丁を入れる。元々柔らかいが、それでも隠し包丁を入れないと言う理由にはならない、丁寧に隠し包丁を加えた後は麺棒でフィレ肉を叩く

 

(最後までばれないと良いけどな)

 

デミウルゴスやアルベドの話は聞いている。もしかするとバレるかもしれないが、出来れば最後までバレないで欲しい物だ。俺はそんなことを考えながら、パンをミキサーの中に放り込みスイッチを押すのだった……

 

 

 

 

 

鍋の前で身体を震わせながら料理を口にしているコキュートス。蟲王だから涙を流す事は出来ないが、もし涙を流す事が出来るのならば、コキュートスの顔は涙に濡れていただろう

 

(何とも憎い事をしますね)

 

シャルティア、アウラ、マーレには自身の好物と言えるメニューだったのに対して、コキュートスには武人建御雷様と口にしたクエ鍋。それはコキュートスの心を締め付け、そして何よりも喜ばせるだろう

 

「コキュートス様。〆は雑炊とうどんが出来ますが、どうしますか?」

 

ピッキーが両方の準備をした配膳カートをコキュートスの机の横に置きながら尋ねる。

 

「スマナイガ……両方欲シイノダ。武人建御雷様ト口二シタ時モソウダッタ」

 

「畏まりました。ではクエ鍋の汁を2つに分けさせていただきます、先にうどん、次に雑炊でよろしいですか?」

 

ソレデ頼ムとコキュートスがピッキーに頼むと、ピッキーはクエの汁を2つに分け、うどんを入れて茹で始める

 

(判っていたのかもしれないですね)

 

コキュートスが武人建御雷様と、クエ鍋を共にし、そして雑炊とうどんを食べたと言うのは有名な話だ。だから一応尋ねはしたが……最初から両方作るつもりだったのかもしれない。そんなことを考えているとシホがカートで料理を運んでくるのが見えた

 

(さてさて、私の料理はなんでしょうか……)

 

私は煮込み料理が好きですが……煮込み料理と言ってもいろいろな種類がある。少々癖はあるが、トムヤムクンなども好きですし、海鮮系の煮込みであるアクアパッツアなども好みである。シホが私に用意してくれたメニューに期待を寄せていると、机の上にクロッシュで蓋をされた料理が置かれる

 

「お待たせ致しました。レイジングブルの腿肉のビーフシチューになります」

 

クロッシュを外しながら私へと出す料理の名前を口にした、私は皿に盛り付けられたビーフシチューを見て、思わずほうっと呟いた。今までのパターンでレイジングブルなどの稀少な食材が使われる事は判っていましたが、まさかここまで巨大な腿肉を丸々使ったビーフシチューとは思っても見なかった

 

(これは今までに無い仕上がりですね)

 

今まで幾度か、シホやピッキーがカワサキ様の味に近づきたいと言ってビーフシチューを作っていた。見た目だけだが、これはかなりカワサキ様の料理に近いかもしれない

 

(カワサキ様も居られるのだろうか?)

 

脳裏に過ぎるのはコックスーツに身を包んだクックマンのカワサキ様の御姿。ナザリックがこの世界へ来た時、玉座の間に走るカワサキ様の姿を見たメイドは何人も居た……だがナザリックにカワサキ様のお姿は無かった

 

(御心を察する事しか出来ない、なんと不出来なシモベなのだ……)

 

アインズ様は口にはしないが、カワサキ様の身を案じているだろう。カワサキ様はクックマン、その戦闘力は極めて低い。プレアデスにも劣り、私のシモベである魔将達よりも弱い。だがカワサキ様の真価は戦闘ではなく、調理にある。様々な効果を持つ料理を御作りになり、至高の御方達や私達の能力強化と言う重要な役割を担っていた……

 

(カワサキ様も探さなければ……)

 

この世界の人間や魔物は恐れるに値しないが、シモベとしてカワサキ様をお迎えに上がる事は当然のこと。この晩餐会の後きっとアインズ様はカワサキ様の捜索の話をする筈……この晩餐会、そしてその後に示される今後の方針は間違いなくカワサキ様捜索の事だと判断する。何故ならカワサキ様が戻られているのなら、晩餐会ではなく、まず記念式典を行うはず。それに何よりも

 

(カワサキ様がシモベに料理を振舞う訳が無い)

 

あのお方の料理は至高の御方のみに振るわれる物。決して日常的にシモベに振舞う物ではない。プレアデスの何人かは至高の御方達に出す前の料理を口にしたらしいが、それと御方達に出される料理は素材から味付けまで全ては別次元の物となっている

 

(私も口にするのを許されたのは、ほんの数回でしたしね)

 

プレイヤーの襲撃の際に口にした1回と、上機嫌なウルベルト様の指示で口にした3回の計4回しか口にした事は無いが、その味は今でもしっかりと脳に焼き付いている。これこそが至高の御方達が口にする、天上の品と感動したものだ。だからだ……カワサキ様はまだ御戻りになられていないと判断した

 

(恐らくアインズ様が人化しているのは私達を気遣っての事)

 

御方達が口にする食材をシモベが畏れ多くも口にする。本来ならば味も何もわからないと思うのだが、アインズ様自らが人化し、晩餐会を開いた。それはカワサキ様を見つけ出し、私にカワサキ様の食事をと仰っているに違いない。まずは食事を英気を養い、そしてカワサキ様の捜索を行えと言うアインズ様の声無き言葉なのだと判断する

 

「いただきます」

 

手を合わせいただきますと口にする。これはカワサキ様が徹底した事の1つ、物を食べられる事に対する感謝、料理を作ってくれた相手に対する感謝。そして食材に関する感謝……悪魔である私には理解出来ない事ですが、カワサキ様の仰っている事は判る。故に食事をする時いただきますと口にするのは習慣となっている。

 

(これは……素晴らしい)

 

スプーンの腹で押すだけで崩れる腿肉。それに対して、しっかりと形を残している野菜……これは恐らく別々に煮て皿の上で1つにしているのでしょう。恐ろしいほどに手間が掛かっている……シチューを口にして、思わず目を見開いた。

 

(美味しいですね……)

 

恐ろしいまでに複雑に入り混じった旨味……これは牛腿だけの味ではないと一口で確信する。牛の旨味に野菜の甘み、これは牛腿を煮込んだだけでは出る味ではない。恐らく「フォン・ド・ヴォ」に「デミグラスソース」、そして1度炒め旨味を引き出した後にペーストにした野菜……それらを恐ろしい時間を掛けて煮込んだのだろう。

 

「素晴らしい、本当に素晴らしい仕上がりです。シホ……これは最早カワサキ様のビーフシチューと寸分違わぬ仕上がりです」

 

4度の食事の内2度カワサキ様のビーフシチューを口にした事はあるが、記憶の中の味と完全に一致している。今まで何度も試行錯誤を繰り返していた物がやっと形になったと言う事でしょうか

 

「先日。カワサキ様のレシピノートを見つけましたので、そこまで褒められると気後れを致します」

 

「ほう……しかし、それは少々反則と言えるかもしれませんね」

 

カワサキ様のレシピノート。それはナザリックの至宝と言っても過言ではない……和食・中華・洋食その全てに精通し至高の御方を楽しませたお方のレシピ……それは私も非常に興味がある品と言える

 

「アインズ様はご存知なのですか?」

 

「勿論だ。いずれ宝物殿に納める事になっている」

 

「おおお!!そのような至宝の管理を任せてくださるとは!このパンドラズ・アクター!カワサキ様のレシピノートを保管するに相応しい台座をご用意致します!!!」

 

パンドラズ・アクターがお任せください!と叫ぶ。その大声にアウラやマーレの批難の視線が向けられる

 

「んん!パンドラズ・アクターよ。気持ちは判るが少し静かにするがいい、晩餐会の場でそのように騒ぐのは相応しくない」

 

アインズ様に窘められ、申し訳ありませんと頭を下げるパンドラズ・アクター。初めてアインズ様のNPCを見ましたが……何とも癖の強い……いや、あれは演技なのかもしれないですね

 

(パンドラズ(禁断)()アクター(役者)……)

 

役者と言う事でお調子者を演じている可能性もある。そもそもアインズ様が素であのような性格のNPCを作るとは思えない、恐らく愚か者の振りをした知恵者……と見て間違いないでしょう。ワインを口に含み、一度口をサッパリさせてからレイジングブルの腿肉を口に運ぶ

 

「これは……これほどの美味、初めて口にします」

 

本来ならば、至高の御方のみが口にする事が許される食材……今こうして口にしその理由に納得した。スプーンで押すだけで柔らかく崩れるのに噛み締めればしっかりと歯を跳ね返す弾力がある。シチューに溶け出していた肉の美味さ、しかしそれとは比べられない肉の旨味が口一杯に広がる……ふうっと小さく溜息を吐く

 

「その反応を見れば判るな。デミウルゴス、よほど気に入ったか?」

 

アインズ様の楽しそうな口調に気恥ずかしい物を感じながらも頷く。これは正に天上の品……如何にレイジングブルを使う許可を頂き、カワサキ様のレシピノートを使ったとは言え、これほどの物を仕上げるとは……正直ピッキーとシホの技術に感心した。カワサキ様に近づこうと努力を惜しまず、試行錯誤を繰り返し技術を高めた。そこには私も見習うべき点があると感じた

 

(おお……このパンも素晴らしい)

 

軽く焼き目を付けられたパンを小さく千切り、ビーフシチューにつけて頬張る。そしてそのパンの味にも驚かされた、軽く焼き目を付けられた事で香りが強くなり、パン自体も小麦の甘みが強い。これはビーフシチューに良く合う、恐らくこの為だけに焼き上げられた物だろう……アインズ様のご意思は確かに気になる。だが気が付けば私はこの美食に完全に魅了されてしまっているのだった……

 

 

 

 

 

晩餐会の席に座りながら私はアインズ様がこの晩餐会を開いた意図を考えていた……何か、特別な理由がある筈。

 

(カワサキ様のレシピノート……本当にそんなものが存在するのかしら?)

 

そんな物が存在するのか?と言う疑問を抱かずにはいられない。アインズ様を悲しませる他の39人とは違う、カワサキ様は毎日欠かす事無くアインズ様の下に訪れ話をしていた……故に他の至高の御方とはカワサキ様は私の中では別格の存在だ。なんせ……私の花嫁修業として料理を教えて下さっていた。アインズ様よりは劣るにしろ、私の中で他の御方よりもカワサキ様の存在は大きい。

 

(それにカワサキ様も居られた筈)

 

この世界への転移した時。玉座の間が開いたのだが、そこに開けた存在は無かった

 

「カワサキさん!?そんな……玉座の前まで来てくれていたのにッ!!!」

 

私達に指示を出し、私が玉座の間を出た時に聞こえたアインズ様の悲痛な叫び。つまりこの世界に飛ばされる寸前までカワサキ様はナザリックに居られたのだ。そしてアインズ様のもとに来ようとしてくれていた……

 

(どこへ消えてしまわれたのですか……)

 

ナザリックの外にも、その周辺にもカワサキ様の存在を見つける事は出来なかった。これは姉のニグレドが捜索してくれたから間違いない話だが……

 

(カワサキ様の神器級装備の事もあるわ)

 

カワサキ様のコックスーツは索敵魔法や発見された時に確率でその姿を認識出来なくなると言う物。それにニグレド姉さんが引っ掛かっている可能性もゼロではない、それならばいい。周辺に居るのならばシャルティアかシホが捜索に出ればカワサキ様から接触を取ってくるだろうから……だが最悪の可能性と言うのも残されている。それは……

 

(まさか、崩壊するユグドラシルに残された……?)

 

アインズ様のお話ではユグドラシルに崩壊の時が訪れていたと仰っていた。何らかのイレギュラーでカワサキ様だけがユグドラシルに残された……?いや、そんなはずは無い。シモベや階層守護者が揃っているのにカワサキ様が居ないと言うのはありえない……デミウルゴスだってその考えには至っているはず……

 

「ピッキー。すまないが、パンをもう少し貰えないか?」

 

「畏まりました。直ぐにお持ちいたします」

 

それなのに、普通に食事を楽しんでいる素振りを見せている。シャルティアやアウラ、マーレならまだしも……デミウルゴスまでもが食事に魅了されているのを見ると少しばかりおかしいと思わずにはいられない。あの料理に何か仕掛けが施されている?

 

「アルベドよ。険しい顔をしているがどうかしたのか?」

 

「い、いえ!何でもありません」

 

考えが顔に出ていたのか心配そうに尋ねてくるアインズ様。そのお姿は死の支配者(オーバーロード)としての御姿ではなく、人間の姿をしている。そこにも違和感を覚えずには居られない、食事の為に人化をした。そんな単純な話ではない筈なのですが……

 

「少しばかり私のメニューが何なのかと気になってしまいまして」

 

「あ、ああ。そうか、確かにそれは気になるな。私も何を持ってきてくれるのかと思うと楽しみで仕方ないよ」

 

人間の姿をしておられるアインズ様が柔らかく微笑む、その御顔に胸がときめくのを感じた……料理が心配と言うのは確かに少しはある……私はその……ガッツリとした丼物が好きである。晩餐会には似つかわしくない料理だ。守護者達が大好物を運ばれていることを考えると、私も丼が運ばれてくるのでは?と言う不安はある。だがそれは微々たる物だ……

 

(この晩餐会と人間の御姿を取られたアインズ様……そこに何かがある筈)

 

姿の見えないユリとルプスレギナ。この両名がナザリックに帰還している事は判っている、その2人に話を聞けばカルネ村で何があったのか知ることが出来る。そしてアインズ様がどうしてこんなにも喜んでおられるのか?その理由も判るはず……カワサキ様がご帰還なされたというのは真っ先に考えたが、帰還なされたのならば晩餐会など行わず、記念式典を行っているはず……敬愛し、そして想いを寄せる相手の考えが読めないという事に私は思わず深く溜息を吐いてしまうのだった……

 

 

メニュー8 パンドラズ・アクターのシュニッツェル アルベドの水晶鶏

 

 

 




今回は少し短くなりました、コキュートスが難しすぎました!好きなキャラなのですが、書くと言うのは別物なのだと実感しましたね……晩餐会の真意を悩むデミウルゴス。御方が帰還して、まず料理とは想像出来ないので答えにたどり着けない。御方達を神聖視しているNPCだからこその思考の盲点と思ってください。次回はもう少し話にボリュームを付けていこうと思います、揚げ物と珍しい中国料理、両方とも作成経験があるので上手く書いて行けると思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします

やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……

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