Prelude: first half
後悔の多い人生を送ってきました。
と言うと
きっと私もその一人だ。
「スミヨシ君、今までありがとう」
「スミノエです。それと、どういう意味です?」
住吉と書いてスミノエと読む、あんまり一般的ではない私の名前にちなんだ店長との定番のやり取りはさておき、その後の言葉が意味するところはちょっといただけない。
「クビにするほどこの店、他にバイトいましたっけ?」
「
「それにしたっていきなりクビは酷いと思いますけどね。アレですかね、女房と畳とバイトの子は新しいほうが良いとでも?」
「熟練の子がどれだけ頼りになるかは身に
「しょうがないじゃないですか毎回ほぼ身動き取れないくらい痛いんですから」
救急車のお世話にならざるを得なかったことが一度や二度ではないくらい、私の生理痛は重い。子供を産む気など今のところ皆無だし、いっそ切除してしまったほうがいいのかと思ったこともあるのだけど、予算的にも心理的にも簡単には踏ん切りがつかないので未実行。
なので勤務先にも迷惑かけているという自覚はある。しかし生理痛の旨は面接の時には言い含めていた話なので、それを理由にクビを切られるというのはちょっと道理に
「すまないね、スミノエ君。かばいきれなかったんだ」
「……あぁ」
何のことか、と一瞬思ったが、思い当たることはあった。
コンビニなんてやっていると、ろくでもない客が現れて可愛い後輩たちに絡んできたりすることもある。たいていは後輩を下がらせて少しばかり注意すれば大したことなく済むのだが、先月ずいぶんとタチの悪いヤツが新人の子に絡んでいたものだから、つい成り行きで少しばかり荒っぽい方法によりお引取り願った。
私らしくもないと思いつつ、人のために動けたことについては少しばかり誇りに思っていたのだが、その話を上の人が知ったようである。いつか重大な問題行動を起こしかねない者を雇うべきではない、とかいう圧力をこの店長は振り払い切れなかったのだろう。
「部下を護り切れない上司の末路は、きっとろくでもないですよ?」
「本当にすまないね」
「それとも私だからこうなったんですかね? かわいいは正義、ならば
「いやそんな事言わないし、って誰が喪女?」
「私ですが?」
産まれてこのかた、カレシ作るどころか惚れたことも惚れられたこともないわ。おしゃれへの興味も薄く、あまりに無頓着なので周囲からつけられた徒名が《喪女》。
蔑称なのだろうけど、自分でも納得してしまって以降、半分自虐ネタ気味にちょくちょく自称している。
「喪女かなあ? かわいいと思うけど」
「またまた冗談を。そんなに言うなら貰ってくれます?」
「いや僕奥さんいるからね? 君も前に会ってるよね?」
「そこはほら、女房と畳はなんとやらって言いますし」
「僕はワインとワイフは熟成派なんだ」
「がっでむ」
まぁ店長が愛妻家なのは知ってるのだけれどね。
「冗談はさておき、まぁ私に非が全くないわけでもないようですし」
「ホントにごめんね」
「今までありがとうございました」
「いや、今日までではなく月末までのつもりなんだけど」
「あら」
そういや労働なんたら法で、クビの勧告や退職の届出は三十日前までにやれ、ってなってるんだっけ。あれバイトにも適用されるのか。
「次のあてはあるのかい?」
「あると思いますか?」
生理痛が
まったく、何を間違えたんだろうか。後輩を助けたことが間違いだとは思いたくないけど、また一つ後悔は増えてしまった。
「ちょっとした休暇だと思うことにして、当分は失業保険で凌ぐことにしますよ。まだ少しは蓄えもありますし」
「今回の件のほとぼりが冷めて、そのとき君がまだ仕事がなかったら、またうちに来てくれるかな」
「連絡さえもらえれば、前向きに検討しますよ」
「そのときは連絡するよ」
おそらく、本当に連絡が来れば、それで再就職が決まるに違いないだろう。私の
それだけに、生理痛の事情を知りながらも雇ってくれて、今も気にかけてくれる店長には感謝してもしきれないが、それでも今回の仕打ちには思うところがあるので、こう言ってやった。
「では店長。ただいまから生理痛が始まりそうなので、今日は帰らせていただきます」
「え、ちょ!?」
「お先に失礼します」
今日はもう働こうという気分ではない。
店長に止める間を与えず、さっさと制服脱いで荷物を纏めて店を出る。まだ開いたままのドアの向こうで、店内のやり取りが聞こえてきた。
「星海君。今日次の時間帯に入るはずの子が、来られなくなっちゃってさ。代わりに入ってくれるかい」
「いいですよ」
「いやー助かるよ」
私が抜けたら他の人にしわ寄せが行くのは当然のことだった。そして店長曰く人が増えたのだから、しわ寄せの行き先は店長ではなく後輩になった。
ごめんね星海君。でも私、今日はもうやる気ゼロだからお仕事できないの。
仕事サボって食べた自棄スイーツは、そこまで美味しいものでもなかった。コンビニスイーツ(職場とは別のところで買った)では感動が薄くても仕方ないね。でも普段はもうちょっと美味しかった気がする。
もともと私は、自分で言うのもなんだけど、仮病で休むなど十年に一度くらいしかしない程度の真面目ちゃんなのだ。働かずして食う飯は美味しく感じられない損な性格とも言える。ホント自分で言うのもなんだけど。
でも、生理痛の事情が周囲にあまり理解を得られず、体調不良でしょっちゅう休むのを仮病に思われていたようで、あんまり真面目な人間とは思ってもらえなかった。
まぁそれは別に構いやしないのだけど。実質の被害がない限り、周囲の評価など知らん。
そんなわけで、ふらふらと寄り道したせいで時刻は二十三時を回っている。喪女とはいえか弱い女が一人で出歩くには都合の悪い時間。いざというときの防犯?グッズは持っているものの、さっさと帰ってしまいたい。
帰ったところで、私の自宅であるボロアパートが安全かと言われると、まぁ大いに疑問なのだけど。それでも外よりはマシ。
というわけで家に向けて足早に進んでいたのだけれど。
「――――――」
「えっ!?」
声がした。
一つは小さく女の声、あたりは静かなので聞こえはしたが内容はさっぱりわからない。誰のものか判別もつかないが、おそらくは知らない女だと思う。
もう一つは短く叫ぶような声、それも聞き覚えのある人のもの。元バイト先で後輩だった星海君だ。
その2つの声が向かう先から聞こえてくる。
なんか、トラブルのにおいがする。
もはや星海君とは赤の他人も同然なので、挨拶だけして通り過ぎてしまえば問題ないはずなのだけど。
でも知らぬ顔というわけでもないので変な場面で会ってしまうと気まずくなるかもしれない。会話は続いているようだし……って何て言ってるのかわからないけど女が一方的に話してるようだ。
というわけで、そこの角を曲がれば先に二人がいるというところで、そっと顔を出して様子を伺ってみ
「うわあっ!」
様子見とか言ってる場合じゃなくなった。
魔女コスの女が仕込み杖の刃で星海君を刺そうとして、星海君がそれを必死で避けた直後、にしか見えない。どう見ても犯行現場です、本当にありがとうござ……じゃなくて!
これはどう考えても通報必至。ケータイを取り出すべくカバンに手を突っ込んで漁る。
「おかしい。あなたに私の攻撃をかわせるはずは――まさか、身体能力も落ちるというの? この星は」
「なんで、俺を……?」
静かな夜は遠耳が利くというのもあって、さすがにこの距離だと二人の会話も内容がわかるくらいに聞こえる。
ケータイが出てきた、が電池切れてる!? ああああ何でちゃんと充電してないの私の馬鹿!
「ユウ。あなた、最近自分のことでおかしなこと、あるいは不思議なことはなかった?」
「それは……」
それならケータイ充電用の電池がカバンの中に入ってるかもしれない。幸い、なんか会話になっていて今すぐ再度刺しに行く雰囲気ではないので、探す時間はありそう。
だったのだけど、
「どうやら心当たりがあるようね。それは、兆候よ」
「どういうことだ?」
「あなたは、間もなく特異な能力に目覚めるわ」
え?
◇
本作主人公の喪女。二十六歳のアルバイター。
名前は漢字だと明日香と書く。
ねらーでゲーマー。社会的地位よりも悠々自適を好む。
元SEで、過労から鬱病を煩い失職した経験を持つ。
入院レベルという強烈な生理痛が弱点。
◇店長
アスカとユウがバイトで働くコンビニの店長。愛妻家。
◇
原作主人公の少年。十六歳の苦学生。
本作ではバイトの先輩後輩としてアスカと面識が一応ある設定。
もうすぐフェバルとして覚醒し、地球を去る破目になる。
◇女房と畳はなんとやら/僕はワインとワイフは熟成派
日本には「女房と畳は新しい方がいい」ということわざがある(今時これを真に受けるのは男尊女卑思想が社会不適合レベルの男だけだとは思うけど)。
一方フランスには「女とワインは古い方がいい」ということわざがある。