「う……」
極寒が身を切る痛みを背に受けて、目が覚める。
目を開いて身を起こすが、あまりの眩しさに目を開いていられない。
……ちょっと待って。
私はエーナに心臓をシュッと刺されて捻られ、絶命したはず。
あれで生きてたら人間じゃない。
あ、そうか。
おそらく私は人間じゃなくなったのだ。
「フェバル……か」
超越的な力を持ち、星々を巡る宇宙の旅人たち。死んで終わることが許されず、老いることもなく、どこかの世界へ居付くこともできない
死ねば次の世界で何事もなかったかのように蘇生するし、そうでなくとも長くても数年で世界を追い出され次の世界へ飛ばされる。そうやって、宇宙をかき混ぜるかのように星々を転々として孤独な旅を(強制的に)続ける、いつか精神が磨り減って真っ白になるまで。
救いは無い、らしい。
そういえば刺される前に覚えがないのに記憶みたいな何かがいくつも浮かんで、もしかしたら私もフェバルになりかけてるのではと思ったけど。
今こうして生きてるということは、なりかけではなく完全にフェバルになっていた、ということなのだろう。あるいはなりかけの時点で既に不死なのか。
そもそも、心臓を刺されたら通常は即ショック死するか、心停止による急激な血圧低下により即気を失って、出血もあいまってそのまま死ぬらしい。しゃべる余裕なんてないそうだ。
だというのに私は、思い返せば自分でも意味がよくわからないうわごとのような遺言? まぁ内容はどうでもよくて、とにかくしゃべっていた。
そのへんも、既に私が常人でなくなっていたことの証左かもしれない。
エーナはそんなフェバルの運命を嘆いて、フェバルになる前のヒトを殺すことで呪われた運命から解放しようとしているようだ。
で今回、彼女は新米フェバルを二人も見つけたけど二人とも
二人目なんて心臓を一突きしてどう考えても死ぬはずだろうに、私は死に損なって今ここにいる。
私は人間をやめるぞ! エーナ――ッ!!
って、別に私とエーナは不倶戴天の天敵同士とかいうわけじゃないので、このセリフを当てはめるのはおかしかった。そもそも私が人間をやめてなってしまったものに、エーナは既になってる。同種で争っても仕方がない。
そもそも、エーナが刺したのは害意ではなく、彼女なりの慈悲なのだ。
だからだろうか、失敗とはいえ殺されたことに対して、あまり恨み辛みのような感情は湧かなかった。
ただ、凄まじく痛い思いをしたのは間違いないので、少しくらいは仕返ししてやりたいとは思ったけど。
ここ何処よ?
答えはすぐにわかった。
まずこの星は《アクテリア》と言うらしい。赤道近辺には日本の春くらい暖かくて(暑い、にはならない)人の住めるところもあるが、それ以外のほぼ全域が氷に覆われているという氷河期みたいな星だ。
で私のいる場所は全方位が真っ白、つまり一面雪景色の雪原。めっちゃ寒い。風が吹いたら凍え死ぬんじゃないだろうか、今は
人のいる地域は、ここからそれほど遠くないらしい。車を飛ばせばそれほどかからない程度の距離。といっても車がないので徒歩になるのだけど。
……聞く相手もいないのに、どうしてこんなことがわかったのか。
フェバルは皆なにがしかの超越的な力を持つ。星海君のものはまだ詳細不明だが、エーナが【星占い】、ウィルが【干渉】。レンクスが【反逆】、ワルターが【逆転】、ジルフが【気の奥義】、トーマスが【都合のよい認識】、████が【守護】、███が【テンション】、████が【封縛】……って誰? 最初の三人しか会った事ないはず。
で、そんな力が私にもあることを自覚した。そしてその力が私に情報をくれたのだ。
あらゆる知識・情報を得られる
あれかな、全知全能というと唯一神の特徴なので、片側だけとはいえ人の身でそんな能力を授かるのは恐れ多かったりおこがましかったりするのかも。だったら、全能に対して万能という言葉があるので、私の能力は全知に対して【
というわけで、私にとって未知の情報は激減した。初見のシチュエーションでさえ状況判断が的確に行える、これがもたらすアドバンテージは高いはず。
さしずめ先ずは人里まで行こう。方向は【万智】が教えてくれる。
問題は体力面。【万智】は私の体力面はまったく補ってくれないし、装備のほうも
あといまさら気付いたけど、胸を刺された痕が服にくっきり残っていた。身体のほうは綺麗さっぱり治っているというのに。穴が開いて血塗れの服を着た見知らぬ喪女が現れたら、さてこの星の人々はどう反応するだろう? 【万智】は答えをくれないし、試してみるのは凄く遠慮したいけど、服の替えはさすがに持っていない。困った。かばんで胸の辺りを隠してどうにか
などと楽観的に思っていた時期が、私にもありました。
正直、雪原を舐めてた。というより、雪原が大変なものだ、という認識がなかった。
最低でも一歩ごとに足が二十センチは沈む。下手すると膝上までずぼっ。そんなところを対策なしで歩こうものなら、雪が入り込んで体温で溶けてぐちょぐちょ。そして足先とか凄く冷える。凍りつく。痛い。
私の装備は地球で刺されるまでのものと何一つ変わらず。つまりラフなパーカーとジーンズとスニーカー、舟形のショルダーバッグだ。これがフレアスカートとローファーだったりした日には本当に酷い目に遭ってただろうから、それよりは幾分かマシとはいえ、でもやっぱりスニーカーはちゃんとした雪上装備とは言いがたい。
結果、歩き始めてからたったの五分ほどで、ものの見事に足が凍りつくように冷たくなった。というか痛くなった。
ここが季節はずれの北海道の雪の大地とかだったら、一度足を止めて暖めたり何なりしたかもしれない。だがここは地球人類未踏の星の、いずこの空の下とも知れぬ謎の大地。
なんだかんだ言っても安全で、大規模な災害に何千人も被災したとかでない限りは酷い目に遭ってもかなりの確率で死なない日本国内とは違い、ここでは命の保障など全くない。少しくらい凍えて痛いくらいで足を止めたら、そのタイムロスが確実に私の命を削る。それくらいの危機感はあったので、この程度で立ち止まるわけにはいかず、とにかく【万智】が教えてくれる人里の方向へ足を進め続ける。
直後、踏み出した足が今までにないくらいに沈み込んだ。
まさか踏み込んだ雪がそれほどまでにやわらかいものとは気付かず、私はまるで落とし穴に落ちるように雪に吸い込まれて、体勢を崩して頭から落ちてしまった。
直後、頭から走った衝撃。
昔テレビで見た知識などから自分の状況を『雪に隠れたクレバスに転落して岩に頭ぶつけた』と断定するのとほぼ同時に。
地球で刺されたときよりもスムーズに、私の意識は闇に落ちて閉ざされた。
今回の死因:雪原でクレバスに転落死。
◇【
フェバルに覚醒してアスカが得た能力。
森羅万象の知識や情報をもたらす。情報や知識は『あらかじめ知っていたかのように思い出す』ようにして得られることが多い。
この能力によって得られた確定的な情報は、それを得た時点では確実に正しい。
全知全能の『全知』っぽい能力だが、アスカは『恐れ多いから』とかいう理由で全知ではなく【万智】と命名した。
◇私は人間をやめるぞ!
元は人間やめて吸血鬼になった男のセリフ。
このセリフを言った相手は万難辛苦の末に男を死滅一歩手前まで追い詰めた。
アスカとエーナでこのやり取りをしたが最後、エーナの
◇
北海道民のこと。土地柄、雪には多少慣れている。
ただアスカの考えと異なり、彼らは雪が積もってても街中を歩くのに特別な装備は使わない。スパイクに頼るのはむしろ本土民の観光客。
◇クレバス
氷の大地にできた亀裂や谷のこと。
深いクレバスの上を柔らかい雪が覆い隠していると、凶悪な即死トラップと化す。