あれはフェバルの覚醒から初死亡までの最短記録なんじゃないだろうか。
赤茶けた何処ぞで目覚めた私は一言。
「……あれはないわー」
現代日本人にはありがちな話だが、大自然の脅威を嘗めてたとしか言いようがない。
知識としては現代日本人でも持ってはいるのだ。雪の大変さと対処法は北海道民なら日常的に知っているし、クレバスの危険性なら1981年の京都山岳会登山隊の事故という知識がある。
私には【万智】という能力があり、それらの知識をノーコストで得られるのだから、それを活かせるようにならねば。でないとこの
死んでもフェバルだから次の世界で復活するのだけれど、そんな最終的に「オレのそばに近寄るなああ―――――――ッ」と叫びたくなりそうな有様はイヤだ。ゲーマーの私でもリアルオワタ式はごめんだ。
そのためには、知識を活かせるだけの基礎体力が必要になるけど、差し当たってそれ以前の問題がどうしても立ちはだかる。つまり……
「人里ドコよ……」
もちろんその位置は【万智】で知れるのだけど、遠かった。とても徒歩で即日行けるような距離ではない。昼夜を通して歩いても数日かかる。
車があれば不整地といえども多少は楽だし早いのだろうけど、当然そんなものは無い。歩いて行くしかないのだ。
「……仕方がありませんね」
途方にくれたいところだけど、そうしたところで事態は一切好転しない。
諦めて、少しずつでも人里に近づくべく、歩き始めた。
さて、最初は『赤茶けた何処ぞ』と表現した現在地だが、実態は土と岩ばかりの深い峡谷だ。その景色はたぶん、グランドキャニオンに似ている。私はグランドキャニオンを写真でしか見たこと無いので、実際はかなり違うのかもしれないけど。何にしても、実に雄大で眺めがいい。
谷底には川があり、周囲の土色のわりには水が澄んでいるように見えるけど、かなり深い上に崖になっているので降りれそうにない。
向かう先は下流。崖のほぼてっぺんにあたる道なき道を進む。舗装されていないし起伏もかなりあるけど、雪道と比べれば硬い地面はまだ歩きやすい。
見上げると、
あーあ、私もあんなふうに飛べれば色々楽だろうに。フェバルってのは誰も彼も条理を覆す力があるんじゃなかったのか。知識や情報があっても、それを形にして活かす力がないとどうしようもないだろうに。
ダイダロスの羽でも作ればいいのかしら。でも何かの本によると、人間が手に翼をつけて空を飛ぶには胸筋が常人の二十倍は必要になるそうで。当時のギリシャ人は現代人と比べるとバケモノだったらしい。私では無理。
え、
日が傾く。
一日中歩き続けたけど景色が変わる気配すらない。いい加減おなかも空いたけど、食べ物も飲み物も持っていない。カバンにカ○リーメイトとか紅茶○伝でも入っててくれればよかったのに。午○ティー? あれはよく冷えてないと美味しくなくなるから私の好みじゃない。
この渓谷は草木もほとんどない、雑草すら少ない、餌がないので動物もいない。もしあったとしても調理器具がないから、食べるのは大変そうだけど。
鳥を捕まえるのは猟銃でもないと無理そうだし、そもそもどこかに行ってしまい今は一羽もいない。もし豪運に恵まれて確保できたとしても調理器具が(ry
鳥がいて大地に食べ物がないのだから、川にならば魚がいるのだろう、そうでなくても水がいくらでもある。でも崖の下まで無事に降りる方法がない。【万智】で探っても判明しないのだから私には無理ってことなのだろう。飛び降りてもまず間違いなく転落死だろうし。
結果として、飲まず食わずで人里に向かって進み続けるより他ない。ただ、痛み慣れしている(その痛みで動けるとは言っていない)ためか半日抜いたくらいなら精神的に結構平気でいられるのは幸いだった。空腹の辛さと激痛の辛さはだいぶ違うと思うんだけどな、まあ細かいことは気にしない。
たださすがに日が沈んで暗くなると歩くだけでも危険があるだろう。
幸い、人を襲いそうな獰猛な動物も今のところ見ていない。夜行性だから昼は見ないだけで実はいる可能性もあるが、人を襲って食うような動物がいたとして、この渓谷にそんなやつの食料になりそうなものはないだろう。川になら魚がいるけど、それを常食する動物が崖の上に昇ってくる理由はちょっと思いつかない。
そんなわけで、危険な動物がいる可能性はゼロではないけど低いと思う。つまりここでカバンを枕にして寝ても危険は少なめ。
って、そういうことは推測じゃなくて【万智】で調べればいいじゃん……うん、いない。大丈夫。じゃあ柔らかい寝床で眠る方法……今晩は無理。デスヨネー。このへん草も生えないんだもの。
少しでも快適にするため、カバンの中身をちょっと整理して柔らかく感じるようにして。これを枕にして私は横になって眠りについた。
星々が徐々に消えていって、あたりが明るさを取り戻し、日が出て昇る。起きて歩く。ひたすら歩く。
日が傾き、沈む。足元が完全に見えなくなる前に、カバンを枕にして眠りにつく。星々が徐々に現れて煌く。
それを三日も繰り返した次の日。日が昇っても私は起き上がることができなくなった。
一般的には、ヒトは食事抜きでは一週間、水も抜きなら三日程度が限界だと聞いたことがある。地球を出て以降は一度も飲食してないので、だいたい三日だか四日だか経っているはずで、なるほどそろそろ限界だわ。
このままだと被刺殺と転落死に続いて餓死を経験することになりそう。以前に餓死者の写真を見たことがあるけど凄い表情をしてた。きっと想像を絶するほど苦しいんだろう。あんな死に方はしたくないと切実に思った。生理痛よりもキツイだろうなー、こっちは入院するほど痛んでも死ぬことはないだろうし。死ぬ前に栄養失調とかで止まるハズ……止まるよね? ね? もし死ぬまで暴れるというなら如何してくれよう。やっぱり抉り出す? でも死んだら星脈が治してしまって元の木阿弥かもしれない。
馬鹿なこと考えてないで何か食べたい。幸い枕元に茶色い
残念、現代日本人が土を生で食べれるわけがなかった。もっと他の食べ物を……カバンの中を手探りで探す。やたっ、ウエハース発見。中身を一枚取り出して、いただきまー……待て馬鹿喪女! それウエハースやない、リチウムイオン充電池や! 開けたのはパッケージやのうて携帯電話の電池蓋や!
アカンこれ。私はイイカンジに自分のアタマがイカレてるのを自覚した。これはもうダメかもわからんね。そもそも脳内の言語に口語とですます調と女言葉と何処ぞの謎方言とネットスラングが混じってる時点でいい具合なイカレ具合、ってそれいつものことじゃん。
学校通いの頃、脳内ではなく口でしゃべるとき、うっかり気を抜くとこのカオス具合がそのまま口をついて出てきてしまっていた。そのせいでいじめられかけたこともあって、いろいろ気をつけてしゃべってみた結果ですます調を意識すれば問題ないことがわかって、以降そのしゃべり方がすっかり定着したので誰に対しても会話はですます調。友人には「お固い」などと言われ少し距離を置かれたものだが、変にいじめられるよりはマシだろう。
一方で、思考回路のほうは今に至るまで矯正ができずにこのままである……ってこれ今まさに餓死しそうってときに考える必要1ミリもないよね! ホンットいい具合に脳味噌茹で上がってるな私。頭がフットーしそうだよおっっ。
というわけで、今の自分のイカレ具合に、刺されたり転落したとき以上の命の危機を感じる。これ以上しょーもないことに思考回路を独占される前に、まずは飲み水だけでもどうにかしないと。
幸い水は近くにある。谷底だ。普通に降りても転落死待ったなしだけど、がんばって着水して、かつ全身に適度に衝撃を分散できれば何とか助かるかもしれない。
そうと決まれば善は急げ。私は残る力を振り絞って立ち上がり、谷底に川の見える崖へ向かって全力で突っ走り、跳んだ。
あーい、きゃーん、ふらーい!
今回の死因:ラリった末に飛び降り自殺。
◇オレのそばに近寄るなああ―――――――ッ
死んで死んで死んで死んでも死の終わりが来ない某マフィアボスのセリフ。
一部のフェバルにとっては人事ではない。
◇オワタ式
なまらすげー強い一般フェバルの人生≒通常プレイ。
戦闘力皆無系フェバルのアスカの人生≒オワタ式。
◇ダイダロスの羽
ダイダロスはギリシャ神話の登場人物。
息子イカロスと共に塔に幽閉され、鳥の羽を集めて翼を作って脱出した。ダイダロスは無事に脱出したが、イカロスは飛行中に太陽に近づきすぎたために翼の蝋が溶けて空中分解し墜落死した。
日本では歌になっている息子のほうが有名っぽいが、墜落死してるので欲しがる対象には……ねぇ。
◇
とあるシューティングゲームの自機。たぶんルビのほうでググれば真っ先に出てくる。
【万智】的にはフィクションの存在を作成することはできないらしい。
魔法やフェバル能力を駆使すれば可能な気もするのだが……
◇バラギオンなら作れる
バラキオンとは『焦土級』に分類される超兵器。
こいつのヤバさを簡単に言うと『主砲(≒一応何発も撃てる)が核兵器並の威力』。
こんなものの製造方法がわかってしまう【万智】とは末恐ろしい能力に思えるが、材料・燃料・技師などは自前で用意する必要があるため、独力でどうにかしようものなら何千年かかることやら。
ヒトを使おうにもフェバルの『一所に長居できない』宿命が邪魔するだろうし。
◇カ○リーメイト
アスカがSE時代もっともよく食べた食事。
3食これ+サプリだけで済ませた日もある。
◇紅茶○伝
アスカがSE時代もっともよく飲んだホット飲料。
数徹した際はこれを飲むと少しだけSAN値が回復する、とアスカ談。
◇午○ティー
ここで言う午○ティーはミルクティー。温くなると変な甘みが前面に出てきて、これがアスカの口には合わなかった。
アスカにとっては紅茶=ミルクティーなので、ストレートやレモンティーなど他の味のことは頭に無い。
◇土を食べてミネラルを摂取する文化
ミネラル目的かどうかは不明だが、土食文化は実際あるらしい。食用の土がスーパーで売られている国もあるらしい。
現実に土食する方は食用土を使っているか、慣れにより胃袋が土に対して強靭であるかのどちらかor両方なので、慣れないヒトが適当にそのあたりの土を食うような真似は絶対やってはいけない。
◇脳内の言語に口語とですます調と女言葉と何処ぞの謎方言とネットスラングが混じってる
事情はほぼ全て彼女自身が地の文で語ったとおり。
地の文と台詞で口調が大きく違っているのはこの事情による。
心を読む系の特殊能力を使われた際、この性質のせいで相手の混乱を誘える。という変な利点があったりなかったり。
◇頭がフットーしそうだよおっっ
本来は誰かと