フェバル~全知無能のイモータル~   作:華村天稀

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isolated island

 何やら日差しの眩しいところで目が覚めた。

 どういうわけだか、空腹感はすっかり無くなっていた。体力も戻り、身体を動かすのに支障はない。

 そういや頭もおかしなことになってた(自覚はある)けど、今はすっきりしている。

 

「……まぁ、そうなりますよねぇ」

 

 渓谷のあの大きさでは、跳んだところで距離的に川まで届かないのはわかりきっていた。空腹か脱水症状のせいかラリったことで、それをすっかり失念し、どうにかなるだろうと思い込んで跳んだものの、当然の結果として飛び降り自殺にしかならなかった。

 かなり高かったし、きっとミンチより酷い状態になったろう。一瞬でそうなったなら記憶にないのは当然と思える。

 

 さて、頭の調子も直ったところで現状を確認。

 現在地は浜辺だ。潮の匂いが開放感を誘う、トロピカルな雰囲気になりそうなビーチ。ひろーい空、あおーい海。

 まぁ、空の色が独特なせいで、どうしてもいい気分に浸りきれないのだけど。なんというか、シャボン玉の表面にうっすら見える虹模様みたいなの、あれを濃く明白にしたようなマーブル模様をしている。珍妙過ぎるでしょうコレは。

 ただ【(ばん)()】によると、これは何か異常があるわけではないらしい。

 フェバルの行き先は殆どが知的生命体(たいてい人間)のいる星になるが、その空の色は星によって結構まちまちらしく、地球と同じ青空の星が一番多いものの過半数まではいかない。例えば、魔法による文明が発達したところは、それを支える濃い魔素により空はエメラルドグリーンになる。変わったところだと、ただ魔素が濃いだけでなく何らかの作用を引き起こして、空が紫に染まっている星もあるそうで。

 気軽に観光にいけるものなら、見てみたい。紫の空。

 ともあれ、異常ではなく危険もないのなら、その世界の常識として受け入れるべきだろう。異邦人の私がとやかく言っていいものではない。言ったところでもどうにもならないけど。

 

 もうひとつ、いい気分に浸れない理由ができた。

 渓谷で枕にしていたカバンがない。

 

 ……どうやらラリって飛び降り自殺する際に置いてきたらしい。なんてこった。

 数少ない元の生活の名残だし、お気に入りでもあったし、携帯電話はもはやただの箱だけど痴漢撃退グッズとかは役に立ったかもしれない、何よりあの中には対月用の最終兵器・鎮痛剤が入っていたというのに。

 まぁ薬に頼るとそれはそれで今度は気持ち悪さで身動き取りづらくなるので、痛みにはもう慣れている(動けるとは言っていない)こともあって普段は薬をなるべく飲まないようにしてるんだけど。今はこんな状況なので必要な状況はきっと来ると思っていた。それがまさか使用前に紛失してしまうとは。

 

「ショックだわー……鬱だ死のう」

 

 いや死んでも生き返るんだってば。しかも死亡時の記憶しっかり残るから鬱++。独り言に対して無駄に冴える脳内ツッコミ。あれ、これ飛び降り前とあんまり変わってなくね? まずい落ち着け自分。

 

 盛大なため息をついて、大きく息を吐く。そうやって鬱屈した内圧を外へ吐き出す。

 大きく息を吸って(自然が豊かなので吸い込む空気が美味しい)、また大きく吐いて圧を外へ逃がす。

 何回かそれを繰り返したら、気分が落ち着いてきた。気がする。

 

 よし。

 やってしまったものは仕方がない。

 オワタ式星間旅行をこれ以上繰り返したくないので、できるだけ長らく生き延びるためにまずは現状を生理しよう。って待って生理はヤメテ。整理です、整理します。

 

 今居る場所は浜辺。目の前は海。背後は林、あるいは森。

 【万智】によれば、ここは小さな孤島らしい。浜辺を二時間も歩いていれば一周できてしまう。人は住んでいない。また無人プレイかよ、もう飽きたわよ!

 あーでも、この浜は遠洋航海の泊地になっているらしく、数日後に一隻現れるようだ。それに乗せてもらえば人の住む町へ行くことも可能だろう。やった、やっと人里に行ける! 希望が出てきた。

 

 さて、それまでどうやって生き延びるか。

 食料になるものは海の魚を釣るか、林の木に簡単にもいで食べれる果実が生っている。え、果実? 三回目にしてイージーモードきた。まさか死に過ぎるんで難易度下がったの?

 ただし釣りは道具が無い。森の素材をどうにか加工して作れればよかったんだけど、ナイフを持ってるわけでもないので、簡単には作れそうにない。【万智】先生も今のところはお手上げっぽい。

 であれば素直に果実に頼ろう。goto森。

 

 森は大いなる恵みの地であった。

 まず果実だが、バナナみたいな外見で、ただし房ではなく真っ直ぐな一本だけが木の枝にぶら下がっていた。もぎ取って食べてみた。食感もバナナに似ているが水分が多く、味は少しバナナよりもかなり甘みが弱い。

 正直に言えばそれほど美味しいわけではないものの、滋養と水分が充分に取れるという意味では今の私にとって最高の一品だ。

 次に、ここには柔らかい土と枯れ草、枯れ枝がある。これらと適当な岩を利用すれば、渓谷の地べたよりはるかに快適なベッドができる。土の上で眠るのがイヤなら、太い木の枝の中には一眠りするにもいい形のものがあるかもしれない。

 最後に、ここにはヒトにとっての天敵はいない。獰猛な獣や危険な昆虫などが居ないので、そういったものに襲われる心配をしなくていい。

 つまり私はここで食と住の心配をすることなく船が来るのを待つことができる。

 素晴らしき神の恵みに感謝を……しようと思ったけど、そもそも私をフェバルにしやがった運命(カミサマ)に感謝する義理など微塵も無かったような気がした。あれー、私これでもそれなりに信心深いほうだと思ってたんだけどなー。まぁ日本人らしい自然信仰(アニミズム)的な意味だけど。

 

 

 

 

 それから三日後。

 敵は内にあり、とはよく言ったもので、私はその言葉を強く噛み締めている。

 

 うん、生理が来ました。痛みが強すぎて行動不能になる毎月恒例のアレ。

 なんか頭の中でピンチ時のBGMが流れてる気がする。アソコが痛いしおなかも痛いし腰も痛いし背中も痛いし頭痛と吐き気もする。当然涙も止まらない、右目だけね。何で片側だけなのかは自分でも謎。

 地球では最初に来る多少の痛みがあったら予兆ってことでその日のうちに(休みの申請など)準備を済ませ、次の目から動けなくなるほどの症状にのた打ち回り、そこから三日くらい経つと症状が治まって動けるようになると青い顔して学校or会社に出る、ということをしていた。最初の頃はそういう経験がないから何回か救急車を呼ぶ羽目になったり、バイオリズムの問題で予兆が弱かったり気付かないでいると本格症状を不意打ちで食らって無断欠勤ないし救急車のお世話になったり、とろくなことがない。

 そういえば、デスマーチ中は家に帰れないまま何徹もしたり、中身も進展も無い無駄なミーティングを繰り返したり、できない部下を叱った(つもりが後で思い返すと怒っただけだった)り逆に私が怒鳴られたり、と全員いい具合に頭ラリっていってホント(ろく)なことがないのだけど、体調の問題か精神的問題か生理が止まったことだけは今思えば感激モノだった。そのためならもう一回くらいデスマーチしてもいいかも……ごめんやっぱなし。さすがに何日も帰れなかったり徹夜続きなんてイヤすぎる、私だって喪女とはいえ一応は女なので身奇麗にはしておきたいし。それに頭ラリって感激どころじゃなかった。あんな非人間的なこと続けてると、SAN値がどんどん下がっていってみんな思考がラリって仕事の効率とかどっか逝っちゃうのよ。普通に仕事してるよりも却って効率が悪くなるの。意味無いからやめろ、って何度も主張したけど、結局最後まで受け入れてもらえなかったわ。今ラリって何回考えたかしら?

 あ、そういえばもう何日もお風呂どころか着替えもしてないことに今気付いた。替えを持ってないんだからしょうがないんだけど……どっかで脱いで軽くでも洗いたい。この島は例の果実で喉を潤すことはできるけど、洗濯に使えるような綺麗な水は無いのよね。海水で洗おうか、と一瞬思ったけど潮が凝固してかえって気持ち悪いことになるので却下。

 

 ええと何だっけ? そういえば何か考え事……ああそうそう。今回は予兆なしの不意打ちだった。事前に気付いてればもうちょっと準備してたんだけども。そのせいもあって、今寝てる場所からは海が見えない。【万智】によれば船の到着は今晩の予定、明日は一日中停泊し、明後日の朝に出立するのだとか。ここで一日待つことで航路上で遭遇が予想される嵐を避けるようだ。

 一日停泊しているのだから、その間に倒れている私を見つけてくれれば救助ぐらいはしてくれるだろう。例の果実を何本か見つけて手元に取っておいたので、動けなくても餓死する心配はない。

 酷い痛みにイライラするけど、今回は順調だ。果報は寝ながら待っていればよい。

 

 

 ただ暇なので【万智】で何かできないか試してみた。ほぼ思考実験みたいなものなので身体動かさずにできるのがいいね。痛みに思考を乱さない必要はあるけど、毎月経験してるのでそれくらいは慣れてる。多分。

 まずは気になる星海君のあのあと……エネラルという星に流れ着いて餓死しかけてた。うわぁ。そのあと大きな鳥に乗った女の子に助けられ……日記はここで終わっている。いやいや日記じゃないから! それだと星海君死んじゃうから! ちゃんと生きてるから! 何考えてるんだ私。

 とりあえず、センパイ且つあんな場面の目撃者としては気になってはいたので、あっちも大変な目に遭ってるものの命に別状は無いようで安心した。いくら死んでも次の世界で復活するとはいえ、死なずに済むならそれに越したことは無い。せっかくの同郷なのだし、いつか会って話ができるといいな。

 

 次、見知ったフェバルの今でも見てみよう。まずは殺人犯(エーナ)から。あ、違った。私の仇敵(エーナ)だった。いや違うっちゅーに。

 えっと彼女は……名前の長すぎるフェバル予備軍を殺そうとして、名前を呼びかけてる間に相手が覚醒して失敗した。馬鹿だ、馬鹿がいる。ぷぎゃー。

 エーナがフェバルの運命を嘆いており、フェバルになる予定のものを覚醒前に殺す(救う)ことを生きがいにしていることは既知の事実。私を刺し殺して『初めて救えた』と喜んだのかもしれない。

 私が実は死んでないことを、エーナは知っているのだろうか。【星占い】は私の【万智】と同じく情報を得る能力だ、調べられたら簡単にわかるだろう。知ったときエーナはどう思うだろうか。フェバルの最後はろくでもない、絶望に染まればきっと()()()が来る。エーナがそうなってしまわないか心配だ。

 一方で、心臓を刺されて抉られた痛みの仕返しをちょっとくらいしたくもある。激辛カレー30倍でもご馳走しようかしらねぇ。

 

 次に気になったのは危険人物(ウィル)。見るからに物騒なフェバルなので、動向を把握しておくのは多分いいことだ。

 ……どこぞの星の衛星軌道上にいるウィルが、下にメテオ降らせながら遠くのどこかをボーっと見ている。ナニコレ? メテオとかマジやばたにえん。なに息するように文明滅ぼしてるんですかねぇ。

 と思ったけど、もうちょっと【万智】で詳細調べると、文明のほうも結構ろくでもないことがわかった。詳細は省く。ちょっと喪女(オトメ)に何言わせんのよ、的内容ってわけではないのけど。簡単に言うと@300年くらい放っておくとやらかす行為がやばたにえん。ウィル君の制裁も止む無しです、まぁ「もうちょっと温情持って穏便な方法で済ませようよ」とは言いたいけど。でも言っても通じそうに無いのよね、この子。

 そんなウィル君、ボーっとして何見てるのか。【万智】で浮かび上がる映像って記憶か夢の中みたいでハッキリしないから細かいことわからないんだけど、あらためて【万智】でピンポイントで調べればいけるかな……星海君だった。うそ、コイツ星海君を超遠隔でストーカーしてる。やっぱりコイツやばたにえん。

 ……って思ったけど、今の私ヒトのこと言えないじゃん。orz

 

 

 

 

 そんなわけで暢気に能力検証しつつ生理痛の痛みがやらわぐのを待つこと三日。

 だいたい動けないのは三日間という例に漏れず、もう痛みはほとんど無いので起き上がることもできる。生理用品もカバンと一緒に紛失したので、まともな処理ができず流れ出るに任せるしかないため、一着しか無い服を汚さぬため下を脱いでいた(もちろん見られては困るので枯れ草毛布で隠してた)。下半身は枯れ草ベッドもろとも血まみれ。洗いたい。

 

 って、そんなことどうでもよくなる問題が起きたんだった。

 今回の生理の重症期間と船の停泊期間がピッタリ重なった結果、私はこの船に乗り損ねた。

 どうも船の乗員たちにとって、この島は『安全に停泊して嵐をやり過ごせる』以上の価値は無かったようで、海岸に船を泊めはしたものの上陸しなかったようなのだ。なので浜からは見えない位置で終日寝込んでいた私を向こうから見つけてくれることは無かった。

 私は私でどうにも動きようが無かったし。せめて事前に気付いていれば寝床の場所は配慮したし、カバンが残っていれば鎮痛剤を飲んでどうにか行動することもできたのだけど。

 こういう詰めの甘さがどうにも抜けてくれない……と今更悔やんでももう遅い。

 

 さらに悲惨なことに、どうやら森の果実は全て取り尽くしてしまったらしく、生っているものがもう無い。

 既に取った分はもう食べ尽くしてしまったし、魚を釣ろうにも道具が無いし、他に食料になりそうなものは無い。適当な水源も無い。

 次にここに船が来るのは最低でも一月後なので、そっちへ食料を当てにするのはナンセンス。

 

 ……うん、またも餓死コースだわこれ。

 渓谷ではラリって飛び降り自殺することで餓死は免れたけど、餓死も自殺も冗談じゃない。

 今度こそ土やら岩やら木に噛り付こうと生き延びてやる。

 

 

 

 

 それから、木の皮を齧っては吐き出し、土や海水を飲んでは下痢を起こし、とろくな食材にありつけず。

 結局、四日後に私は力尽きた。

 




今回の死因:生理痛のせいでSOSし損ねた末に餓死。

◇空腹感はすっかり無くなって云々
フェバルは世界を渡るに際して不都合がないよう、世界移動の際に外傷や疾病が全て回復する。
餓死しそうなほどの空腹や、それに伴う頭ラリラリ状態も疾病扱いで回復する。

◇鬱++
『++』というのはプログラミング言語によくある『数値を1増やす』という命令(本来は半角で書く)。
要するに『鬱な記憶が一つ増える』とか『鬱が一段進行(悪化)する』とかいう意味になる。
実にSEらしい表現ではあるけど、一般人にはあんまり通じないだろうから口には出さない。

◇紫の空
グリアフィートという地の空が紫であるらしいが詳細は不明。
なお、地球でも黄昏時から夜にかけての時間帯、雲と雷がうまいこと絡み合うと空が紫に染まることがある。

◇対月用の最終兵器・鎮痛剤
この場合の月とは毎月のアレ。
酷いときには救急車を呼ぶほど痛いのなら服薬は必須なのだが、アスカの場合は飲んだら飲んだで気持ち悪くなってほとんど行動不能になる。
『激痛&吐き気&全く動けない』から『不快感&眩暈&ほとんど動けない≒めっちゃ気合入れれば動ける』になるので服薬の効果はあるが、安静にしてただ耐えるだけならば慣れのせいで気持ち悪さより痛みのほうがマシなため、どうしても気合入れて行動しないといけない重大な用事がある場合を除き、彼女は薬を服用したがらない。
ただ、いつ必要になるかわからないので常備はしている。

◇死に過ぎるんで難易度下がったの?
そういう仕組みのゲームってあるよね。何そのゲーム脳。

◇goto森
gotoとはプログラミング言語でよく採用される命令文の1つで『(実行箇所を)所定の場所に移動する』という意味。
実にSEらしい思考とアスカは思ってるが、単なる英語でも大して意味は変わらない。

◇日本人らしい自然信仰(アニミズム)
アスカの言うそれは、日々の恵みに感謝を≒食べ物は残さず食べなさい、とかいう程度のものである。
ただし体調や体質などの理由で残さざるを得ない場合については理解を示す。

◇星海君のあのあと
オリジナル作品の一章出だし。

◇日記はここで終わっている
物語で定番の表現。執筆者は死んでる場合がかなり多い。

◇【星占い】
通称『新人教育係』なフェバル、エーナの能力。この世のあらゆる事物を占い、大まかに知ることができる。
【万智】が『あらかじめ知っていたかのように思い出す』みたいな情報の得方をするのに対し、【星占い】には『占って結果を見る』行為が必要と思われる。
その『占い』がどういう行為であるかは今のところ不明。

→実際には【星占い】は問答形式であるらしく、占い行為や道具は不要。え、とある絵で【星占い】に水晶使ってる? それは単なるスキル使用イメージなので矛盾はない。いいね?

◇やばたにえん
単純に「ヤバい」の意味。

◇@300年
単純に「後300年」の意味。ネットに聡い人間はスラング的表現としてついアットマークをこのように用いてしまう。
なおこのマークは本来は物品の単価を表す記号。

◇orz
がくっときた精神状態を表すアスキーアート。オルツと読む。

※2018.05.16.修正
星占いについての解説を修正。
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