6/2 追加しました。
周辺には単線で一両編成の小さな電車しか走っておらず、店と言えば小さな商店が一つ二つ。延々と続く田んぼには、所々に延び放題の木が生い茂る神社くらい。
山を近くに感じても行くには程遠いその立地は、少し前のバブルや時の総理の一括で始まった第四次全国総合開発計画からも忘れ去られ、交通基盤も整備されなかったこの町には、物好きの人間くらいしか来ることはなく、日に日に寂れていく一方だった。
時代の変化に鈍感で、都市は都市、田舎は田舎と対岸の火事で見てきたこの街に、唯一変化を伝えるのは、ブラウン管テレビしかなく、聆藤は外の世界を画面でしか知ることはなかった。
聆藤は最初の七年くらいを両親のもとで育った。 両親にとって彰等は血の繋がった他人だったらしく、無関心を貫いていた。朝起きても、いるのは知らない男と寝ているだけの母親だけで、父親は週に一度くらいしか帰ってこなかった。放置する術しか知らない母親と、たとえ帰ってきてもすぐいなくなってしまう父に愛情など芽生えるわけもなく、いつに間にか彰等は、一人でいることが普通になっていた。親が何をしているのかは小学校に上がる頃、彰等は父方の祖父に引き取られる時に理解した。
その日、聆藤は隣の部屋から、聞いたことの無い、しわがれた怒鳴り声が響くのを布団にくるまり、身を小さくして待っていることしか出来なかった。二人は祖父と怒鳴りあいの果てに、彰等を引き取ると宣言した祖父に対して、万歳をする形で共に作っていた愛人の所へ出ていった。
近所から頑固者として知られていた祖父は、引き取ったばかりの八歳に満たない聆藤にも厳しく当たった。それでも、秋になれば家の畑の裏に生えている柿の木から取った柿の皮を剥いて祖父と食べるのが好きだった。頑固で、寡黙な祖父が唯一見せる笑いで、聆藤にとって唯一信頼できる人物だった。
周りの同年代は、親のいない彰等を囃し立てたが、なんの返事もしない彰等に飽きたのか、関わることもなくなっていった。
そんな聆藤に大きな転機が訪れたのは、中学二年の始業式の日だった。外に女を作っていた父親が帰ってきたのだ。世界は白騎士事件に端を発する世界的混乱に包まれつつあった。「ろくでもない世界になるな」、そう述べた祖父の苦々しい横顔は今でも忘れられなかった。
そんな時、家を出ていった父親はいわゆるヤクザに犯罪の片棒を担がされる形で犯罪に手を貸し、敵対組織に追っかけ回されていた。
戻ってきた父を祖父は断固拒否した。父は激高し「殺してやる」と憎しみを込めて怒鳴るだけ怒鳴って出ていった。聆藤からすれば幼児の癇癪にしか見えず、不愉快さを強く感じた。それから二週間後だった。
祖父が死去したのは。少し前から気分が悪いと言っていた祖父は、彰等が学校に行っている間に倒れたのだ。彰等が気が付いてすぐ救急車を呼んだが間に合わなかった。彰等より早く、病院にいた父がニヤニヤとした嫌な笑いを浮かべていたのを彰等は感情を感じさせない、凍った顔で見ていた。
涙は出てこなかった。それよりも家に帰る道のりで内側からふつふつと沸き上がってくる未知の物質は着実に聆藤を支配していっており、家につく頃には、何をすべきかということを何をするまでもなく理解していた。内側の冷静なところが具体的な指示を下し、激情に駆られた部分が行動を行うように推進していった。
後から家に帰って来た父は知らない女と高級な車に乗っていた。ハイビームにして彰等を照らし、喧しいクラクションが空気を震わせ、邪魔だと怒鳴るだけ怒鳴った父は、肩に知らない女を引き寄せ彰等の手前まで歩いてきた。無警戒に歩いてきた父とその愛人に彰等の冷たい部分がやれと指示を下す。
一瞬の間をおいて、彰等は後ろに隠す形で手に持っていた手のひら大の石を振り抜いていた。頭に直撃した女は父親に寄りかかるように倒れ、一緒にバランスを崩した父親は何をしやがると激したが、女の頭から流れる赤い液体が、激情をあっさり押し流した。恐怖にひきつった父は後ろに後ずさったが、彰等は簡単に追い付くとなんにも感じさせない暗い目でぼんやり眺め、再び振り抜いた。そのまま倒れた父にもう一撃を振り抜いて、真っ赤に染まった地面を見ながら空を向いた。空は鈍色に染まっており、ぽつぽつと滴が垂れてきた。あっという間に、顔についた返り血を洗い流した。パトカーのサイレンは響いて来ることはなく、ぼんやりと母屋に入っていた彰等は祖父の用意してくれていた柿を冷蔵庫から取り出し、楊枝をさして食べた。
自分にはもうなにもない。不安も、迷いは勿論、後悔さえない。なんだ、簡単なことだったのかと結論を下せばあとに残るのは、これからのことだったの。パトカーはまだ来ないが、おそらくこれが最後の柿なんだろうということは何となくわかった。
真っ白い色をした実用一辺倒のスマートフォンが電子音を奏で同時にセットされているバイブレーションが机を細かく振動させ机の上のガラスのコップの中身が嵐の様相を呈する。最近は無かったが、また仕事であることを知らせる。今度は何をするのか、ある程度予想は付いたが三コール以内にスマートフォンを手に取り、通話を押せば「おはよう」などというごく普通の社交辞令さえなく言葉が飛んでくる。
「098、仕事だ。説明は直接行う。指定する場所に本日1500に来るように」
たったそれだけの事を述べると、通話は切れてしまった。彼の雇い主は、彼の事を三桁の数字で呼ぶ。勿論同僚たちは名前で呼ぶし、戸籍上も名前が登録されているが、ここに所属している間は名前で呼ばれることはほとんど無い。物言わぬ箱となったそれを机に置いてうごかなければと意思を決定して行動を開始する。
今は十三時丁度。行動に余裕は有るがのんびりして間に合うところではない。急な呼び出しはいつものことと、クローゼットに腕を突っ込んだ。
指定の時間に、指定の場所に行けばすでに数人が先に座席に着いていた。決して上等とは言えないパイプ椅子に腰掛けているのは内事本部長を最上に、内事第一方面部長、外事本部長、外事第八部長、内務監察課長、技術本部長などの幹部たちである。
「さて、本日君を呼んだのは他でもない。例の事案について計画が決まった。そのためだ」
「君は四月からIS学園に転入してもらう。
「君の仕事はNo.01、織斑一夏の身辺警護だ。
「彼の身の危険は知っての通りだろう。遂に
暗い笑いを湛えて内事第一方面部長が内情を暴露する。
「彼のできるだけ近くにいて、例え自らの命を危機と認められる場合も、身を呈して守りたまえ。
「
「君の新しい戸籍は既に製作済みだ。
「君は更織の部下として学園では活動してもらう。
「表向き、国務総省国土保安庁広報課として伝えてある。それを忘れないように
「それから、武器の携帯を認める。必要があれば使用をためらうな。必ず
やはりか。彼は予想できていた。今まで、
やる気をなくすこともあった。指揮を執ったのが市ヶ谷の新任管理官の発言だった。警察庁から廻された補佐官と大人げなく角を付き合わせそれを無線で聴こえていることに気がつかないのだからやってられない。そんな空気が蔓延した組織が追いかけた二ヶ月前の出来事を思い出していたら内事本部長の言葉が聞こえた。
「本作戦名はオペレーション イージスと呼称する。君の献身に期待する。質問は認めない。その他は追って連絡する。以上だ」
「あぁ、それとあと一つ。やってもらいたい事がある」
そのやってもらいたいこと、の説明と指示を受けると改めて部屋を出るようにと指示がでる。扉を指差すのは、バックアップ担当の物品管理室二課長だ。 それに従い敬礼の後きびすを返し部屋を出る。
オペレーション イージス、ギリシャ神話で女神アテナがゼウスより授かったあらゆる邪悪を払うと言われる楯。警護対象者の楯、言い換えれば肉壁を強いられるわけだが、やるときに躊躇いは無いだろう。自問し解が出たところで軽やかに、パタンと扉を閉めてから足早に庁舎を地下へ向かう。
新築されたばかりの三号棟の地下通路を抜け地上に出れば大回りをしてから庁舎を正面から見る。庁舎入り口には大きく石を彫って《国務総省 国土保安庁》と記入されていた。歪んだら此の国の最後の砦と言われる武蔵新都市を束ねる本丸がそこには、あった。
東京が我が国の首都となってから早くも一世紀と半世紀くらいが既に過ぎ去り、間もなく二世紀めに届くかというころ。後の世から白騎士事件と呼ばれる大事件が起こった。死者0人。大事件なのに死者はなし。妙な事件だった。誰もが狐につままれた、そんな事件は世界をひっくり返したのだった。二千を越える大陸間弾道弾や巡航ミサイルが日本を襲ったのだ。当然日本は即時、全自衛隊に出動が命じられた。但し出動の名目は、治安出動だったが。全自衛隊は破壊措置命令に従い総力を挙げ迎撃せんとした。しかし、数は圧倒的だった。誰も不可能だと、間に合わないと思ったとき白い騎士が空を舞った。
ミサイルを一振りの剣で切り落とし、届かなければ荷電粒子砲で破壊した。あれは誰だと、なんなのだと怒号がおこる。あれは奇跡だと。
そして世界は歪んだ。IS、インフィニットストラトスは捉えようとした軍を撃退した。死者0で。女尊男卑となった世界は核という危ういバランスで成り立ったいた世界を、ぶち壊したのだ。ISは如何なる近代兵器より優越し得る兵器。それが各国の考えだった。そんな圧倒的戦術兵器の開発者、篠ノ之束博士。彼女は日本国政府の保護というなの監視を逃れ失踪した。それから二年の時が過ぎた。
篠ノ之束博士の親友、織斑千冬の弟、織斑一夏がISを起動させた。そのニュースは大きな驚きを持って迎えられた。女性しか動かせない。その通説をひっくり返したのだ。どこの国も第二の男性操縦者を探し始めた。だが見つからなかった。聆藤彰等、唯一人を除いて。彼が起動できることが発覚したのは検査対象が公務員に範囲が拡がったときだった。誰もがあきらめたその時、まばゆい光を放った光景を見て検査員は焦った。すぐさま秘密裏に隔離され身柄処置が行われた後、長々とした会議が開かれた。内容は処置をいかにするか。解剖してもいいしモルモットとしてもいい。そこ介入してきたのはIS学園生徒会長の更織楯無だった。いい加減進まない小田原評定となりつつあった会議に冷水を投げ込み人道的処置として委員会に報告。日本で身柄を預かるとして各国の介入を阻止したのだ。
講評お待ちしています。