『クラス対抗戦』はIS学園で新入生が最初に経験する校内
「転校生の噂聞いた?」
この質問に聆藤はドキリとした。何でこんな時期に、と疑問を呈する織斑一夏に対して聆藤は腰の膨らみに無意識に手を触れた。
学園への転入は条件が厳しく、特に国家の要請が必要なため、つまり国家代表候補生である可能性が高かった。このタイミングで送ってくるということは、織斑一夏が発覚してから送り込むことを決めたのだろう。詰まるところハニートラップの類い、その可能性は極めて大として公安警備局はもとより公安総局も背後関係を洗っていた。そんなことは露知らず織斑一夏はセシリア・オルコットと会話を続けていた。話題がクラス代表戦に移った時だった。「その情報、古いよ」という声が耳に入ってきたのは。腕を組んでドアにもたれ掛かっていた彼女に、織斑一夏は思わずといった形で口を開く。
「すげえ似合わないぞ」
無神経な発言にあっという間に怒りのボルテージを高めた彼女に聆藤は冷ややかに目を向ける。気がつく様子もなく織斑一夏との会話にのめり込む彼女に鉄拳が降ってきた。堅牢な出席簿は彼女にあたり、驚いた彼女はすぐさまクラスに戻っていった。
その日の夜、聆藤はアリーナの構造物の確認をしていた。毎年行われているという学年別トーナメントと異なり、警備は基本的にざるだ。学内のイベントで、外部が呼ばれないためで警備はいつもと変わらない。そのため狙うとすればこれ以上無いタイミングであり、
翌朝公開された『クラス対抗戦』の
組み合わせ表。一回戦の織斑一夏の相手は凰鈴音だった。絶句している織斑一夏を放っておいて自分の席につく。
日本の仮想敵国の中国の第三世代IS。その情報の価値は計り知れない。ISの戦闘能力は国防に直結する、現代社会の偽らざる本音で各国が喉から手が出るほど欲しがる第三世代ISのデータ採取は絶対だ。まさしく国益に関わる情報で学園に入り込んでいる工作員も同じことをするだろう。だから慎重を期さねばならない。決意を固め、手順を考えていた。
クラス代表戦当日、第二アリーナは超満員だった。お祭り騒ぎのアリーナを横目に見て最上階にある放送席の左側に腰を下ろした。右の腰のホルスターには拳銃をしまい、ISはNATO軍規格の戦術データ・リンクのリンク27との相互リンクを可能とした戦術情報処理システムのOYQ-16を起動する。有事には司令部に介入を要請するつもりでいる。最上階の放送席付近は周りを見下ろすのに丁度よく何かあれば飛び込む覚悟を決めていた。
アリーナのゲートから登場すれば大歓声が包み込む。専用機持ち二人は周囲の熱に熱せられたのか、紅潮しているのが見えた。はじめての大舞台といえるクラス代表戦は大きな糧になるのは間違いない。なにも起こらないことを祈っていた聆藤のささやかな願いはあっさり裏切られることになる。
試合開始を伝えるブザーがなるのと同時に二人は動き出した。《白式》の《雪片弍型》は弾き飛ばされる。一撃を与えた《甲龍》は軽やかに身をこなし次を狙う凰鈴音に対して、体が流されながらも三次元躍動旋回で辛うじて墜落を回避する。ようやく正面に捉えた瞬間、白式に降り注いだのは、不可視の砲弾だった。
「衝撃砲……か?」
ポッツリと呟いた聆藤とほぼ同じ頃、ピットで見ていたセシリア・オルコットと篠ノ之箒も同じ会話をしていた。空間自体に圧力をかけるそれは、日本では、射程の延長が難しく、さらに発展性のなさとエネルギーロスの大きさから使いづらいと計画段階で放棄されたそれだった。中国はそれを徹底して不可視にすることで長所にしたのだ。砲身さえも不可視では、射角予測は困難で実戦では戦術的汎用性の高いブルー・ティアーズとは異なり、局地戦に特化した典型的な初見殺しの兵器だ。もし量産配備されれば遠距離砲戦で潰すしかないのは明らかで具体的にはミサイルの飽和攻撃などで対処するしかない。苦さを噛み締める聆藤はデータをリアルタイムで衛星を中継して沖合いに展開している国土保安庁籍の特務艦に送り出していた。
試合は進み、確実に織斑一夏が追い込まれていた。一度撃ち込まれれば回避に徹するしかない白式は半端な離脱と突入を繰り返し試みた結果、瞬く間にエネルギーを浪費していった。『
自棄っぱちの、一か八かのかけに出ようとした瞬間。聆藤は席から立ち上がりピットへ駆け出していた。
聆藤が気が付いたのは軍用の装備のお陰だった。正式名称を戦略ミサイル防衛、略してSMBと呼ばれるそれは日本版
雪片弍型の渾身の一撃が届くか否か、というタイミングでアリーナは激震に包まれた。白煙が舞い上がるなか、聆藤は軽く舌打ちをしながらハイパーセンサーをパッシブからアクティブ両用に切り替えた。
―アリーナ中央部に高熱源体検知 脅威判定大 ISと思われる 対空戦闘の必要あり―
感情の無い明朝体の警告文が展開されると同時にピットに駆け込みヘッドホンを片手で抑え、コンソールに飛び付いた聆藤は同時に警告されている内容に目を剥いた。
―現地域に電波障害発生 遠距離通信及びOYQ-16は使用不能 IS学園への不正アクセスを確認 アリーナ内隔壁及びシールドが閉鎖中―
「やられたっ!!」
思わずヘッドホンを地面に叩きつけた聆藤は、驚いた周りを無視して物理的な対処を試みることにした。九試甲戦・改の42.8ミリ無反動銃を展開すると閉鎖されたピットの隔壁に突きつけた次の瞬間、やめんか!!という怒鳴り声で聆藤の作業は中断された。
外の映像を映すリアルタイムモニターを見れば間一髪で
「織斑先生、制圧の許可を」
駄目だと、一言で却下する織斑千冬に食らい付いたのはセシリア・オルコットだった。
「で、でしたらせめて政府に助成を」
懇願をぶったぎって伝える声には苦渋が溢れていた。
「既にやっている。だが電波障害で繋がらない。それにだ」
そういって指差した先には『遮断シールド レベル4』の文字が。そんなまさかと声をあげる彼女に対して聆藤は漬け込む場所を見つける。
「先ほど、政府に要請したんですね?」
確信を持った質問に織斑千冬も疑惑の目を向ける。ならばと続け明確な決定を伝える。
「現時刻を持って日本国政府より治安出動の指示か出ました。国土保安法及び執行を定める警察官職務執行法に基づいて鎮圧します」
待て!!と制止する彼女を無視して、隔壁に改めて銃を突きつける。 遮断シールドが展開しているのは観客席のみでピットは隔壁のみ。いけると断じた聆藤の肩に手がかかった。勝手は許さんと目で訴える彼女に冷たい通達を伝える。
「政府への要請は、今この場において私に一任されています。緊急事態では治安出動まで私の結論に委ねられています」
よってと言葉を続け絶句した彼女を放置して隔壁に向き直り、実戦用の強装弾が放たれた。乾いた炸裂音と共に金属をたたく高い音はピットを包み込み、みんな耳を抑える。黙々と作業を続けようやく隔壁を破壊した聆藤は状況の把握に努める。既に何度か一撃必殺の間合いをかわされているらしく、エネルギーの消耗は著しい。二人は戦力にならないと切って捨てると単独で向き直る。
やめろと織斑千冬の制止と驚いて固まっている二人を無視して、一気に懐に飛び込む。ビームの弾幕はシャワーを思わせる密度だが、かわすだけなら簡単だった。余裕をみて脚部ユニットから無誘導ロケット弾を放つ。直撃する前に全弾迎撃されるが、爆発で舞い上がったのは、塵や土ではなかった。
銀色にきらめくグラスファイバーの破片が目標を覆う。チャフは目隠しの役割を果たし、レーダーが使えなくなる。同時に使われていた赤外線画像識別装置は作動していたが一緒に撃ち込まれた高赤外線放射式フレアにより、識別できなくなったセンサー群を嘲笑うかのように九試甲戦・改はハープーンミサイルと同じポップアップ/ダウン運動を行う。ようやく識別したらしい目標はでたらめに放つがチャフの影響は抜けていないのだろう。掠めることさえない。急降下する機体は接触ギリギリで少し軸線をずらす。ごく稀にさっきまでいた空間を貫き、空を切るビームに恐れることなく突き進み、右腕のシールド内部のブレードを展開し躊躇いなく、腰の部分を切り飛ばした。装甲の関係上、どうしても薄くならざるを得ない部分をハイパーセンサーの補助のもと狙い断ち切ったのだ。さすがに全部は切り飛ばせなかったが残りは三分一くらい。機体はいきなり制御を喪失。そのまま機銃弾の洗礼を受けてついに、真っ二つに割れる。機銃を撃ちながら再度突入して上半身を蹴り飛ばす。鈍い音が響き、コマのように回転しながら飛んでいった上半身を放置して残った下半身にむけ、再度展開した無反動銃を突きつけながら近づき、中へ射撃を撃ち込んだ。無惨にも内側から破壊された下半身を放置して、上半身に向かう。同じように射撃を加えれば完全に動かなくなるまでそう時間はかからなかった。
「鎮圧完了」
小さく呟き、あんぐりと口を開けたままの織斑たちと沈黙に支配されたアリーナを放っておいてピットに戻っていった。
ピットに戻れば《打鉄》が問答無用でアサルトライフルを突きつけてきた。
「なぜ独断専行をした?」
質問者は織斑千冬で声には怒りが満ちていた。
「私の職務遂行の為です」
淡々とした返事に余計怒りが増したのだろう。口調は鋭さを増した。
「周りには他の生徒がいたが?」
「関係ありません。それに十分配慮していたつもりです」
なに?と疑問を呈する彼女を放置して言葉を重ねる。
「篠ノ之箒は私が破るときここにはいませんでした。セシリア・オルコットは専用機持ちで簡単には死なないでしょう。あなたも同じですから」
言葉を失った織斑千冬の目を見つめ返し、先に視線を切ったのは彼女だった。突きつけられた銃を退かしてそのまま踵を返して部屋に向かう。気がつけば電波障害も終わっている。沖合いの特務艦に残りのデータを送り部屋に入ろうとした時、声をかけられた。
「待ちなさい」
有無を言わせぬ強い口調だが声には聞き覚えがある。そこにいたのは水色の髪の生徒会長、更織楯無だった。
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