鈍色の盾   作:シラー

14 / 32
初めて6500文字越えました。


専守防衛

―太平洋 クェゼリン環礁付近

ロナルド・レーガン弾道ミサイル防衛試験場―

 

 

聆藤はこの日、クェゼリン環礁の上空1万5千フィート(約4572メートル)でISを展開、待機していた。無線からは二分ほど前に『演習開始』の指示以降何も聞こえず、頼りになるのは基地の防空システムの要、高性能多機能レーダー(フェーズド・アレイ・レーダー)とリンクしたリアルタイムのディスプレイの画像と自機の統合型戦術管制システムのFCS-53Bが映し出す画像のみ。

自機のFCS-53BはXバンド・レーダー、Cバンド・レーダーを搭載していたFCS-4にさらに低空からの小型、高速、高脅威の目標、即ちISの対応を速やかに行えるよう、Sバンド・レーダーを組み込んだ新型、FCS-5の極小版だ。

戦術データリンクのOYQ-16E(IS搭載型戦術情報処理装置)は、接続されているが、此方からの通信は厳禁で『やめ』の指示が出るまで無線封鎖は続行だ。『離島防衛演習』の名目で行われているこの演習は、ISの攻撃能力ではなく、受け身の防衛能力を計ることを目的に行われている。参加するISは日米とドイツ、イギリスの四ヵ国だ。それぞれ赤軍、攻撃と青軍の防御に分けられている。防御側の聆藤は自分より高度をとる『友軍』のドイツ軍人、クラリッサ・ハルフォーフ大尉との相互リンクはコアネットワークを介した回線のみ。深藍(ふかあい)の髪と眼帯が印象的な彼女とは一時間前に初めて顔を会わせただけで、彼女が友軍ね、と言われても連携など不可能だと思っていた。そんな関係ないことを思い浮かべていたからだろうか、なんの前触れもなくFCS-53Bが警報を発した。

 

―高高度及び低空より侵入する小型機を確認

IFF(敵味方識別信号)演習赤軍コードを発信

演習敵(エネミー)と判断 数八―

 

数八という、ランチェスターの法則に当てはめれば『4:64』という戦力差に目を奪われたが、すぐに思考を切り替える。彼女のコールサインは『ラビット()11(ワンワン)』。ドイツで、『兎』と言えばどこの部隊か丸分かりだ。因みに聆藤のコールサインは『ラビット22(ツーツー)』。可愛らしいと揶揄したら「実弾演習の的にする」と脅されたのは二十分前。

コアネットワークのオープンチャンネルを開く。向こうもほぼ同時に探知したらしく指示が飛んでくる。

 

「ラビット22、下をやれ」

「了解、ラビット11、援護は?」

「必要ない」

 

お互いの視線が遠距離でありながら一瞬、確実に交差していても余計なことは言わなかった。「こいつとは合わない」と互いに思ったのは間違いなく、しかしそれだけを述べて、(エネミー)に銃身を向ける。しかし、それよりも相手の方が早かった。

 

―敵機より小型目標分離 AAM(空対空ミサイル)が発射されたもよう 超低空より亜音速で接近中 数三十二―

 

やってくれると悪態をつきながらも、オープンチャンネルを開き、まだ探知していないだろう『ラビット11』に伝える。

 

「相手に初手をとられた。AAM、数三十二。速度は亜音速、ならそれに紛れて突っ込んで来ると思われる。ソフト・キル、ハード・キルの両方を展開、近接防空に徹する。巻き込まれるな」

「わかっている」

 

敵は基地のレーダー支援を得られない以上、誤爆を防ぐために敵のミサイル攻撃は恐らく、撃ちっぱなし(ファイア・アンド・フォーゲット)ではなく、セミアクティブ・レーダー・ホーミングだろう。なら、基地のレーダー支援を得られるこちらが一時的に優位を取れる。怖いのはミサイルにチャフが詰め込まれていた場合で、迎撃が遅れて、近くで炸裂すれば電子機能は、無意味になる。だから近接防空の勝負は自機の戦闘システム(FCS-52B)による精密誘導の行える半径三十キロ圏内に到達してからの五十秒足らずだ。それまでにできる限り落とさねばならない。こちらも撃ちっぱなしの対空ミサイルを放つ。

 

「対空戦闘。長距離AAM、攻撃開始」

 

脚部のコンテナから噴煙を吐き出しながら、飛翔する中距離AAMは最大射程220キロ、海上で数メートルの高さを這うように突き進み、レーダー探知を遅らせ、探知されても最速マッハ7.5の高速で相手の迎撃火力を振り切る。さらにミサイルのシーカー自身が捜索、探知して捕捉、自動的に追尾する高性能ミサイルだ。中間誘導は慣性誘導のみで、此方からの制御は必要なく、イルミネーターを占有されないため、飽和攻撃に対して脆弱なセミアクティブ・レーダー・ホーミング方式よりも多数の目標迎撃に有効で、最後の終末誘導とアクティブ・レーダー・ホーミングを採用。高価であるが、機動を制限されないため、軍の主力兵器に位置付けられているそれは、所定の性能を発揮。目標を発見すると目標を見失うことなく、組み込まれたアルゴリズムに従い、目標めがけて突撃していった。

赤軍(攻撃側)は誤爆を防ぐために、セミアクティブ・レーダー・ホーミングを採用していたのが最大の失策だった。目標へのレーダー照射のために高度をとっていたため、早期に発見されAAMの迎撃を受けたのだ。しかもセミアクティブ・レーダー・ホーミング方式ではミサイル一発に、イルミネーターを占有され、回避機動を取ることが難しかった。発見される事はともかく、ISのハイパーセンサーなら、探知できるという予測は、呆気なく外れた。高度数メートルで這うように進んできたミサイルは海面に乱反射され、レーダーでの探知が遅れた。気がついたときには時遅く、迎撃体制に切り替えたが、マッハ7.5を撃ち落とすことが間に合わなかったのだ。誘導していたミサイルもろとも、弾頭に搭載されていた数十キロ程度のオクトーゲン(高性能火薬)は近接信管の作動によって生じた爆発に飲み込まれレーダーから消えていった。

 

まもなく距離八十キロに近づいてくる敵に対して今度は砲填兵器による迎撃だ。ハイパーセンサーの助力によって気温や湿度、光学観測、レーダー探査の全てを行い大気の状態を判断。後はFCS-53Bが弾道を計測、コンマ0.1秒以下で表示される管制に従い、銃身を固定。

 

「機種識別完了。ECM(電子対抗手段)開始。自動追尾よし。照準よし。HE・ヴォルカノ弾(榴弾型特殊射程延長弾)装填完了。方位0-1-3、攻撃始め」

 

彼女に聞こえているだろうと予想しながら引き金を引く。ガク引きではなく、ゆっくりと。

 

「ファイア」

 

一瞬おいたように感じると同時に乾いた音と共に吐き出される弾丸。大きな弧を描きながら目標目指して飛んで行く。着弾まであと八秒。

 

音がなかなか届かない遠距離に一つの爆炎が生じた。それを視認するより早く、必要最低限の確度をずらす。

 

「次弾装填、方位0-1-2、ファイア」

 

ズドン、という響く音を奏で飛んでいく弾丸は、スラスターによる姿勢制御とFCS-53Bによる誘導を受け、目標めがけて飛んでいく。終末誘導はGPSで誘導され、命中率98.6パーセントを誇る42.8ミリの砲弾はほぼ確実に命中する。詰め込まれたオクトーゲンはミサイルや軍艦の砲弾の炸薬としても使われる爆薬で分厚い弾殻をぶち破り、破片を広範囲に、かつ高速でばらまく。ミサイルは基本的に直線で飛んでくるから、進路予想は比較的あたる。撒き散らされた破片はミサイルの予想進路上にバラまかれ、ミサイルを襲った。 連続する幾つかの閃光はミサイルが破壊され誘爆したからだろう。三発撃ったところで距離はどんどん近づいてくる。距離三十五キロ圏内に到達しつつある敵に対して今度は弾丸をHE弾(榴弾)からAPDS弾(操弾筒付徹甲弾)に切り替える。戦車の砲弾や軍艦などのCIWS(近接防空火器)の銃弾に使用される操弾筒付徹甲弾は装甲を貫くのに特化した砲弾だ。タングステン製の弾体で初速は約1000m/sに達するそれは、命中すればISでさえ、シールドエネルギーを消耗させ絶対防御の発動一歩手前だ。毎分四十発の速射性能を発揮して、弾幕を張る。圧倒的な破壊力を有し、弾道も安定しているため、近接防空にもってこいの砲弾はFFCS-52Bの支援のもと、テンポ良くリズムを刻んでいく。

直撃を受けたISは勿論、ミサイルもあっさりとレーダーから消えて、墜落されたことを認識させる。

 

聆藤は「まずい」と思っていた。低高度から侵入を試みた敵は打ち落としつつあるが、残りの一機がミサイルの誘導を諦めたのがわかったからだ。海面を這うように進まれると、レーダー照準の誤差が出る。なら、手動で合わせることを試みたいがここまで近づかれると、弾道計測のための試射ができない。聆藤は焦っていた。敵が撃ちっぱなしのRAM(近接防空ミサイル)の発射を試みているのがわかったとき、聆藤は切り替えた。発射されたRAMは急速に距離を詰めてくる。回避運動とフレア、チャフを花火のように打ち上げて、誤魔化しにかかる。それでも付いてくるミサイルはしぶとく、聆藤は低空に降下して振り切りにかかる。聆藤が銃を真上に向けた。上空では同じく回避運動やフレアなどで逃げ回るクラリッサ・ハルフォーフ大尉が見えた。正面の敵と相対しているクラリッサ・ハルフォーフ大尉の真上から落下してくる敵機を見つけると偶然、聆藤の頭を抑えていた敵機との軸線に乗ったのだ。チャンスを逃したら勝てない。

 

「ファイア」

 

二回連続で木霊したの砲撃の音に合わせて砲弾は真っ直ぐに飛んでいき、相手に吸い込まれていった。

 

 

 

クラリッサ・ハルフォーフ大尉は驚愕していた。

その精密すぎる射撃は驚きだった。ミサイルまで直撃させているのが、ハイパーセンサーが示している。こちらはミサイルを切り捨てて、ロングレンジ射撃でようやく撃ち落としているのにこの差はあまりにも理不尽だった。いくら速射性能が高いとはいえ装備においてこちらの方が新型で、スペックも上回るというのになぜ当たらない? いや、理由はわかっていた。理解していたが、受け入れたくはない事実だった。彼の方が、自分の射撃技術を上回るということを。

関係のない思考は、戦場において致命的な失策だった。例えそれが演習であっても。

 

―敵機直上 急降下により急速接近―

 

警報に気がついたときは遅かった。あわてて急降下を試みたが斬り付けられるのはやむ無し、損切りを覚悟したとき。斬りかかった敵機は爆炎に包まれていた。

 

 

 

 

 

「航海長操艦、両舷前進原速 赤黒なし 進路210度 」

 

艦長の桧垣(ひがき)は航海長の復唱する声を聞きながら護衛艦『はたかぜ』の艦橋から離れる佐世保の岸壁を眺めた。ここを出港した後は、演習航海を行いながら、伊豆大島沖で僚艦との対水上戦訓練を行い、犬吠埼沖で()()を受け取ることになっている。その後は横須賀に向け南下するが、下田沖で米軍の駆逐艦『ズムウォルト』と合流することになっている。艦の操艦を航海長に任せ、艦橋脇にあるウィングに登ると海からの風は心地よく感じられる。

 

「やはり海はいいな。船ならこうでなくては」

 

ぼんやりと独り言を述べていると隣で副長の佐島(さじま)が答える声がした。

 

「全くです。CICでは息が詰まります」

 

副長は言葉を続ける。

 

「ようやくC2計画も大詰めですね。ここまで長かった」

「あぁようやく、我々も大人に成れるということだ」

「全くです。しかしそれさえもアメリカの言いなりとは、情けない話です」

「同感だよ。これでは属国です」

 

副長のシワのよった顔を見て、自分が諦めた顔が浮かんでいるのを桧垣は認識した。

 

「この国は属国だよ。ずっとね。かの国の『要請』と言う名前の命令が無ければ自国の警察機関さえ造れず、ようやく生まれた実力組織も専守防衛という鎖でがんじがらめにしてしまった。副長、専守防衛とはなんだと思う」

「専守防衛、ですか。専守防衛とは敵がいて、敵による明らかな軍事攻撃が行われてから初めて成り立つものです。しかし現代戦では先制攻撃こそ、最大の防御なのは現代軍の装備を見ても明らかです」

 

佐島はその先を言わなかった。それがこの国のタブーだと理解していたからだ。しかしそれを桧垣はあえて無視した。

 

「その通りだ。最初の一撃で決着がついてしまう。それを理解しても最初の一撃を行えないこの国は、張り子の虎だよ。撃たれてから撃ち返す。それでは遅い。この国が専守防衛を貫くのなら、我々は無抵抗を貫かざるをえない」

 

なにも言わなかった佐島が意を決したように言葉を引き継いだ。

 

「それは、事実上の攻撃権の放棄です」

 

それっきり沈黙してしまったウィングから檜山は降りていくしか、重苦しくなった空気を戻す方法を思い付かなかった。

 

 

 

「間もなく潜水艦『かいりゅう(ストライカー)』とのランデブー時間です」

「ソナー室、推進音は? 」

「未だ確認できず」

 

砲雷長と副長を兼任している佐島が苦い笑いを噛み殺しながらこちらを向いている。犬吠埼沖合い320キロの公海上では護衛艦「はたかぜ」が、停船していた。艦橋直下にあるCIC(戦闘指揮所)はディスプレイの明かりのみで薄暗く、静まり返っていた。声は必要最低限で、後は機器の冷却ファンがごうごうと回る音だけだ。艦長の桧垣は幾度も繰り返した訓練で『はたかぜ』の性格を隅から隅まで知り尽くし、与えられた特命を確実にこなすために全精力を傾けているが、肝心のストライカー(かいりゅう)が見つからないのでは話にならない。情報収集及び有事即応艦の指定を受け、大軍縮を乗りきり、艦橋、武装は勿論、通信設備から機関まで手を入れる大規模近代化改装(FRAM)を受けても、船体の老朽化は避けられず、不調がままあるとしても許されることではない。

水雷、砲術、ミサイルなど艦の火器管制を一手に担う砲雷長は水測員の上官で、おそらく今夜辺り雷が飛ぶのだろう。「水雷長は大変だな」、と呟いたその声は鋼板と断熱材を交互に挟んだCICの壁に吸い込まれていった。

 

 

政権交代とそれにともなう防衛省及び自衛隊の解散は後に大軍縮と呼ばれることになるが、唯一評価できる事は、日本に限らず、どこの国でも行われていることだった。皮肉にも、既存の兵器を遥かに越える超兵器の開発によって世界規模の軍縮は成されたのだ。ただし、その軍縮はより多くの不幸を招くことになったが。

 

とにかく、『情報収集及び有事即応艦』指定から丸々九ヶ月に及ぶFRAMの結果、外観は大きく変わり、スマートだった艦橋はずんぐりとした多角形で、ステルス性を重視した『あきづき型』と『あたご型』の中間になっている。その後ろにコンパクトで傾斜を持たせたマストは護衛艦旗をはためかしているのだろう。今までマストの中程で回っていた回転式のレーダーから、『フェーズド・アレイ・レーダー』を前後左右一面ずつ、それぞれに張り付け、全面に張り巡らされた電子の目は、捉えた目標を逃す事はない。同時に火器管制システムをバージョンアップではなく、機器ごと切り替え飛躍的に向上した同時追尾・迎撃目標数は、『あたご型』を上回り新鋭艦にひけをとらない。かつて同時二目標の追尾、迎撃がやっとだった『ターター・D・システム』を中心にしていた『はたかぜ』は今や『はたかぜ』であっても、もはや『はたかぜ』ではなく、海上自衛隊時代の『はたかぜ』を知る桧垣からすれば驚きの連続だった。桧垣が『はたかぜ』艦長を拝命したのが半年前で、FRAMを受けた『はたかぜ』の艦長就任を喜んでいたら、いつから目を付けられていたのか、名前を聞いたこともない組織に恐喝よろしくお願いされ、機密保持の誓約書を十枚前後書いたと思えば、友人に監視がつけられ、挙げ句の果てにスマートフォンやパソコンも四六時中監視され、艦内のクルー達も護衛艦乗りの空気ではなく、一度だけ『ある作戦』で見掛けたことのある旧陸自の幕僚監部調査部第二課と名乗った男とそっくりの空気を纏っていれば、その道のプロであり、自分はどうやら録でもないやつらに目をつけられているらしいと普通にわかる。幾度か命令を確実に遂行すれば、余計なことに首を突っ込まない自制心と、確実に遂行するだけの集中力を得るには、時間はかからなかった。

 

 

結局発見できたのはその十分後だった。

 

「推進音探知、距離1500」

 

ほっとした空気がCICのあちこちで漏れたかのがわかった。後はアレを受け取り、駆逐艦『ズムウォルト』と合流して横須賀に向かえばいいだけだ。




感想、評価お待ちしいます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。