鈍色の盾   作:シラー

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どこで切るか迷った末に変なところで切ってしまいました。すいません。


雄弁な金、沈黙の銀

石原(いしはら)君、彼からの報告。どう思う」

「本部長、いささか抽象的すぎませんか」

 

さすがに自分の非を認めたのか、笑ってごまかした。

 

「いや、済まない。学園への襲撃。学園からはなんの通達もないが、彼から送られた映像と報告は驚きだよ。そこで、技術畑の君を呼んだわけだ」

「そういうことなら。まず、ご存じの通り学園のネットワークは高度で、強固なセキュリティが組まれてます。完全に閉鎖された学園ネットワークは外部から隔離されており、直接の侵入は不可能です。そこに侵入して、あまつさえプログラムの書き換えまで行うとなると侵入ルートは限られます」

「直接の? 間接的には可能ということか?」

「はい。おそらくは。ただし、学園に持ち込む機材の大半は学園によるセキュリティチェックがあります。ここに持ち込むには相当な苦労がありますよ」

 

小園は体重を椅子にかけた後、ふと思い付いたように口を開いた。

 

「そうだ。コアは?」

「は?」

 

石原が礼を失したのも仕方がなかっただろう。それくらい衝撃的だったのだから。

 

「ISのコアだ。コアネットワークからならISの保守整備を行う関係で学園のネットワークに直接入り込める」

「まさか。コアネットワークはそれこそ、セキュリティは非常に強固ですよ。それにブラックボックス扱いです。そんなの作った本人でしか……」

 

まさかと言わんばかりに石原の顔は驚愕に溢れていた。

 

「気が付いたか」

「しかし、事実でないことを祈りたいですね」

「そうだな。だが大抵の場合、この手の祈りは無意味なことが多い。無人ISを完成させ、コアネットワークから学園のセキュリティを掻い潜り、プログラムを書き換える。そんなことができるのは、開発者の天才(天災)だけだろうよ」

 

目を細めた石原は提案をする。

 

「特別手配をかけますか?」

「必要ない。どこの国も躍起になっている今、火に油を注ぐ必要はない」

 

必要ないといいながら、小園は「ただし」と付け加える。

 

「国防の機密が好き放題に流れているのは由々しき事態だ。大至急レポートにまとめ、市ヶ谷(国家安全保障局)へ伝えろ。国防における情報漏洩による欠陥の可能性『大』とね」

 

石原はすぐさま引き下がり、レポートにまとめることにした。それにしてもと石原は思う。あの人は恐ろしいのだ。潔癖なところがあって、工作員を数で数えることを嫌がるが、牽制などの根回しは確実に行う。確実に逃げ手を遮り、追い込んでいく。小園は幹部でも若手の幹部だ。だが、誰もあの人を甘く見ない。公安総局も、国土保安庁も。CC(ダブルシー)計画もあの人が、推し進めたという。CC(ダブルシー)計画の大規模さからみて、公安警備局だけでは進まないだろう。恐らく、米国のペンタゴン(国防総省)DC(大統領府)まで承認済みなのは間違いない。国家ぐるみの陰謀の際、あの人は常に前線に身をおいてきた。その恐ろしさは良くわかっている。

 

 

 

一応、公式記録上は事件ではなく、システムに欠陥が確認されたため安全上やむ無くクラス対抗戦を中止したことになっているIS学園は、まもなく開催される『学年別トーナメント』に対する警備体制を大幅に引き上げていた。今回の学年別トーナメントは校外からの来客が多く訪れるので、クラス対抗戦と異なり、隠蔽のしようが無いからだ。そんなときに訪れる転校生の存在は教職員たちにとって少なからずの頭痛の種だった。

 

IS学園といったところで、所詮構成の大半は日本人だ。クラス対抗戦での無人機襲撃事件は記憶の彼方に置き去りにされ、聆藤の冷酷さをこれでもかと強調するその話は日に日に拡大の一途をたどっていた。聆藤は、単なる国家代表候補生ではなく、国家の実力組織に属する実働部隊であるという事実は忘れ去られ、いつの間にか興味本意の話題に刷りかわっていくのは当然のことだったのかもしれない。

ISという兵器は国家に属し、いかなる場合でも、国家の意志、即ち国益が優先される。そこに一兵士の感情は斟酌されず、回りの力関係や、それが与える影響から鑑みて冷徹に弾かれるそれは、国家という絶対的に近い組織の確固たる意志だ。その枠組みから逃れるためという名目で『箱庭』を作ったIS委員会はいろんな意味で()()()()だった。そんな箱庭に自覚なしに入って学べば、それに染まっていくのは時間の問題で、聆藤にたいする風当たりは否応なく強くなっていた。一方の聆藤も聆藤でまるで興味がないことだった。与えられた任務をこなす。いつの間にか、覚えてしまっていた自分を殺すそれは、最早作業の一つに近かった。『必要なときに躊躇うことの無い行動力』、『自分は勿論、周囲を客観的に見て決して激情に支配されない冷静さ』、『任務に於いて同僚の死は勿論、自らの死さえ結果のひとつと飲み込み、作戦を行える合理的な思考』、『いかなる場合でも彼我の戦力差を見極め、撤退か続行か即断する判断力』、聆藤をスカウトした公安警備局の職員は聆藤をどれを取っても一流で天性の素質を持つ工作員として高く評価した。もはや「慣れた」の一言で死を受けいられる聆藤は明らかにこの学園においては『異物』だったといえる。

 

この日も朝からISスーツの平和的な会話をする学生を横目に見ながら自分の席に着く。聆藤を避ける空気はいつものことで、習慣になればいつの間にか馴れていく。聆藤にはそれよりも強く警戒していることがあった。バディの河村から連絡があって、ドイツ及びフランスの代表候補生が政府専用機で一昨日入国し、駐日大使館にいるという報告が入ったからだ。動きがあるとすれば今日か明日。結託しているドイツとフランスに対して国務総省は、フランス代表候補生の性別偽装が発覚と同時にペルソナ・ノン・グレータ、つまり外交官待遇拒否を発動し、日本の外交カードとすることが決まっていたのだ。だからこそ聆藤は警戒していた。SHLで山田真耶が転校生二人を紹介する。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。よろしくお願いします」

 

誰かの呟きは思いの外クラスに響いた。

 

「お、男?」

 

直後、クラスを襲ったのは対音響閃光手榴弾の爆発に耐えられるよう訓練を受けている聆藤の顔がひきつるくらいやかましい音波攻撃だった。喧騒ではなく、大歓声。収まった後も次から次へと歓喜の輪は広がり続ける。聆藤に対しての空気は歓声と共に消し飛んだらしい。

しかし、聆藤は込み上げてくる冷笑を必死に堪えていた。中性的に整った容姿に金色の髪を後ろで束ね邪魔になら無いようにしている。優しいではなく、根本的に根が甘そう(善良)な雰囲気を纏っている。

長髪云々は置いておいても、アレが男で工作員と言うのなら、フランス政府の対外情報庁は相当な阿呆の集団らしいと。あんな間抜けな工作員が第一線にいるのなら、イギリスやドイツ、アメリカ、ロシアは勿論、日本の情報機関は笑いが止まらないだろう。

 

「皆さんお静かに。まだ終わってませんから」

 

山田真耶の制止の後に、意識をとなりに向けると、どこかで見た既視感を感じた。一度もあっていないことは確実な彼女は蛍光灯の明かりを反射して薄く光る銀髪は、腰ほどまで伸ばしている。白磁のように白い肌にアンバランスな黒い眼帯。そこで気がついた。眼帯が『ロナルド・レーガン弾道ミサイル防衛試験場』での演習で『友軍』だった大尉と同じであることに。

 

「なるほど、予想通りの部隊か」

 

誰にも聞こえないように、口のなかだけで呟く。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

ただ一言だけ述べた彼女は黙ってしまう。

纏っている空気は如何にも軍人だが、少なくともSIFのような血と硝煙を無数に掻い潜った実戦経験者ではない。どちらかというと、陸上保安部第一空挺団に似ている。いわば血を流さない精鋭。それでもこの学年では優越しうる技量を誇るのは間違いない。冷ややかなその目は訓練によって得られた自信であり、その目の奥に力に対する盲信が見えた気がした。聆藤は訓練キャンプで同じ班に分けられた奴のことを思い出す。

 

ポテンシャルは高く、SIF入りはほぼ確実視されていた彼は、「強くなる」が口癖だった。ある時、繰り返される戦場に呑まれいきなり撹乱した。ばらまかれた9ミリ弾は土を、木をえぐり、隊員二人を襲った瞬間。それは、訓練された兵士のとしての条件反射だったのだろう。参加していた聆藤は躊躇わず腰からグロック17を抜いて引き金を引いた。一撃で眉間を貫いた感触は今でも忘れられない。寝食を共にして、一緒にいた彼を躊躇わず隊員の被害極限のためという理由(エゴ)をつけて撃ち抜いたのだ。流れ出た血はゆっくりと土に染み込んでいく。隊長が本部に繋げて、指示を乞えば、すぐにヘリが飛んで来て遺体を収容すると飛び去っていった。彼の顔を見たのはその時が最後だった。訓練中に隊員が撹乱。味方に損害を与え、あげくに射殺された事件はすぐさま隠蔽され箝口令も敷かれた。聆藤はその後同期で一番早く、SIFに配属された。

それ以降どんな残酷な現場に遭遇しても何にも感じなくなった。両手にこびりついた感触はいくらたっても消えることはない。父親の時はなにも感じなかった筈なのに聆藤は込み上げてきた涙を押さえられなかった。

 

アレはいずれ壊れる。あまりにもあっさりと。聆藤は目を細めた。その視線は聆藤と交差するより前に前の席にいる織斑一夏と交差したまま動かなかった。危ない。そう聆藤が思い、行動を取る。とっさにとった手段はものを投げるということだった。予備動作が殆んどなく投擲された三色ボールペンは見事に彼女の片手に直撃。聆藤を初めて見つけたという風な彼女の目は怒っていた。それを挑発するように揶揄する。

 

「貴国のREO(交戦規定)は平時においては民間人に対する暴力行為を認めているのか」

「お前は聆藤だな? 」

「質問に答えてもらおうか」

「非戦を国是とするお前たち(張り子の虎)でなにができる」

「そうだな。例えば、ペルソナ・ノン・グレータとかかな?」

「それは外交官の話だ。学園生徒には無理だ。それさえもわからないのか」

「別にお前を拒否するわけではない。例えば駐日大使辺りだな。原因は学園での民間人への攻撃、いかがだろうか」

「狡猾な」

「それが外交だよ。ウサギさん(シュヴァルツェ・ハーゼ)

 

彼女が激したのがわかったが、聆藤は無視した。牽制はこれでいい。後はもう少し考えてもらえるとありがたいのにと思った。

 

間を置いて織斑千冬が手を叩くとSHLの終わりを告げた。次の授業はISの模擬戦闘。織斑や()()()()()()()()()は更衣室へ駆け込むが聆藤はそのままグラウンドに出る。聆藤は機体限界点測定も兼ねて、いつもISのエネルギーの消費した状態で外での授業を受けているからだ。それでも授業が終わるまでエネルギーを持たせる彼の技量は卓越していることを示している。それに気がついているのは専用機持ちの織斑以外だけだ。特にセシリア・オルコットは良く理解していた。一度掌で踊らされて徹底的にやられたら記憶は新しい。彼女は今の状態で聆藤と戦う愚かさを誰よりも理解してたと言える。

 

かつては日本代表候補生だったという山田真耶とセシリア・オルコット、鳳鈴音のコンビが遊ばれているのを眺め、シャルル・デュノアの『ラファール・リヴァイブ』の説目を聞き流す。聆藤にとっては当たり前のことにすぎず今さら聞くことではなかった。後の実習はラウラ・ボーデヴィッヒの班並みに空気が重苦しかったが無難にこなし、終わらせる。ラウラ・ボーデヴィッヒとは視線さえ合わせることの無い徹底的な無視を互いに貫いていた。




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