鈍色の盾   作:シラー

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少な目です。


未公開の事実と非公開の真実

土曜日の午後、聆藤は毎週の習慣である武装の零点補正の為の試射をアリーナで行っていた。この時間、全面解放されるアリーナでは多くの生徒が実習を行っており、なかなかに賑わっている。それでも例外は存在し、一番アリーナの射線を長く取っている聆藤の周りと反対側の織斑の廻は明らかに人口密度が異なり、極端に薄くなっていた。

人がいないほうが作業を行いやすいとポジティブに考えることにして、聆藤は非常にデリケートな作業である命中率と集弾率に直接からむ零点補正は聆藤が直接行っていた。少しのずれでも遠距離では弾道は大きく逸れるため、しっかりを合わせる必要があり、緊張する作業だ。それでも、同時に二つの作業はお手の物で、ある程度の意識は別のところに向いていた。必要がありシャルル・デュノア。フランス代表候補生の()は今のところ尻尾を出してはいなかったが、聆藤は気を張らざるを得なかった。言葉を交わした事は今のところ無いが、あれは工作員として素人もいいところなのだろう。聆藤のあからさまに近い尾行に対しても気がつく様子はなく、一体何の目的なのか、理解できない事実は未知の恐怖であり、聆藤は首をかしげる一方であまり休まる時間はなかった。聆藤にはもうひとつ、神経を張詰めていることがあった。

ドイツの代表候補生のラウラ・ボーデヴィッヒのことだった。公安警備局から送られた参考情報では、原隊において階級は少佐、更に隊長職をこなしている。ただし実戦経験はなく、専ら本土での顔役を勤めることが多く、海外派遣もNATO軍の合同演習のみ。また数年前にいきなり、その存在が確認され、それ以前の足跡は一切不明とある。聆藤は怪しいと言うよりも危険を感じ取っていた。この裏にはどうしようもないなにかがあると。彼女とは初日の挑発以来、互いに一切の沈黙を守っており不気味であることはクラスの誰もが感じていた。今のところいきなり砲撃を受けたことは無いが、だからといって無警戒でいられる訳もなく、確実に聆藤の緊張の糸は張詰めていたり、緩んだりを繰り返していた。

 

織斑達の実習している場所は聆藤からみて対角線に位置している。どうやら初めて銃火器を扱うらしい織斑一夏の様子を見た。シャルル・デュノアが専用機のラファール・リヴァイブの自己紹介を行いながら使用許諾(アンロック)を解除した五五口径アサルトライフル《ヴェント》を貸し与えていた。

五五口径アサルトライフルは今もっともポピュラーなIS搭載火器といえる。この場合の口径とは銃身の内径が五五口径、即ち『100/55』という事で約18ミリの弾丸を使用している。銃身長こそ短めで、遠距離射撃は論外と言われるが、それでも近距離の集弾率は高いことで有名だ。この銃は第二次世界大戦からの傑作機関銃として知られる米軍のM2 12.7ミリ重機関銃より威力の高いことで良く使用されている。しかし、即応弾の少なさや内部機構の複雑さ、それに伴うメンテナンスの頻度、部品数の多さから正規軍の一般部隊からは敬遠されているのが現状だ。耐久試験でもM2より早く排莢不良を繰り返し、失格の烙印を押された兵器でISという特殊な兵器にのみ使えるものだといえる。聆藤は扱いづらいと武装の選択肢にも入っていなかった。

 

急なアリーナのざわめきは聆藤も敏感に感じ取る。ざわめきの内容は「ドイツの第三世代機」、「トライアルの段階」という言葉が聞こえるのを受けて、意識をそちらに向けた。

そこにいたのは真っ黒な機体に乗ったドイツのラウラ・ボーデヴィッヒだった。すぐさま、移動する機体を三次元立体化して、運動量から推察される機体の重さ、稼働限界時間、武装の予測、さらに放出される熱量から予想される出力を読み取り、データ測定を行う。すぐさま可視化された具体的なデータは部屋のパソコンへ転送。バックアップの二つのみとして、会話している二人の口の動きから会話を読み取る。完全には出来ないが、ある程度は読み取れる。

オープンチャンネルで会話しているらしい織斑一夏の顔が不快さを見せたのがわかった。

 

(貴様がいなければ教官が大会二連覇を達した事は明らかだ。だから貴様の存在を決して認めない)

 

ラウラ・ボーデヴィッヒは織斑一夏に怒りをぶつける。

 

(それは違う)

 

遠くから様子を見ている聆藤の目は、どこまでも冷ややかで、思っていることを想像させない表情は周りに若干の恐怖を抱かせた。勿論本人にそんなつもりは無いが。それより何よりドイツと織斑の関係は複雑だった。

 

第二回IS世界大会(モンド・グロッソ)において織斑一夏は拐取(かいしゅ)された。勿論、公安総局や公安警備局から警備部隊が投入されたが、主力は外務省経由で表向き極秘裏に依頼された別のカウンターテロ組織だった。拐取した組織は『亡国企業』。各国の情報機関が追い回しているが、なかなか尻尾を出さない組織だ。

誘拐のタイミングは警戒シフトの切り替えのタイミングだった。施設上階から監視していた狙撃グループの三人が射殺され、六人が負傷。いきなり目を奪われ、こちらの警備が混乱したタイミングで強襲。近接戦の余裕もなしに、撃ち込まれたサプレッサーで音の消された銃弾は、襲撃を察知して、織斑一夏のところにあわてて駆け寄った四人を正確にとらえ、打ち倒すとそのまま誘拐したのだ。おまけに投げ込まれた音響閃光手榴弾は軍用であったらしく、追跡を試みた部隊の三半規管を揺さぶり、目を眩ましたのだ。見事なまでのヒットアンドウェイの作戦は、あっさりと拐取を許した日本と開催国ドイツの面子を丸潰れにした。と言うのは非公開の事実だが、それは真実ではなく、そこには隠された目的があった。

最大の理由として、普通に考えて一国の軍事組織がいくら大規模なテロ組織とはいえ、自国内で簡単に要人認定されている織斑一夏の拐取を許すかということだ。そんなことを許せばドイツ軍や日本の公安警備局は、無能呼ばわりされるのは間違いないからだ。それは、外交上看過し得ないことだった。なのになぜ。その疑惑はあからさまには動かなかったが各国情報機関は最初から違和感を感じていた。しかし亡国企業なら仕方がないかも知れないという考えはどこも共通した認識だったのも深く追求しなかった理由であり、裏の裏の思惑が露見しなかった最大の理由だったかもしれない。ともあれ裏での暗躍していた彼らは一切の露見なく、比較してある程度の自国の利益を得たといえる。

更にドイツの無実を示したのはドイツ連邦所属の大半の特殊部隊は会場や、選手警護に回っており、警戒の厳しいだろう織斑一夏の拐取を行える部隊はいなかったからで、それは日本も同様だった。投入できた戦力はドイツへの配慮で少数に過ぎず、抵抗できる戦力ではなかった。直接的な警護を担った更織を除いて。

この事件でもっとも貧乏くじを引いたのは更織だったのだろう。死傷者を多数だして、重要な織斑一夏を誘拐され、あまつさえドイツのてを借りねば見つけることさえ出来なかったのだから。各国情報機関からは嘲笑を受け、カウンターテロ組織としての威信は地に落ちたのだ。それ以降、肩身が狭くなった更織の間をついて公安警備局や公安総局が勢力を拡大しつつあり、更織の影響力の低下は著しかった。さらに更織は国務総省からの攻撃で、同じく指導力を失いつつある現政権に巻き込まれる形で、IS学園警備という比較的全うな名目で、権力の行使を押さえるために、学園に追い払われてしまったのである。もっとも、このシナリオを書いた彼らにも大きな想定外があったが。この想定外は非常に大きな影響を与え、彼らの関係に亀裂をいれることになったが真実を表沙汰に出来ないという点においては、一致しており闇に葬られたのだった。

おそらく、彼女の織斑一夏に対するあの敵意は真実を知らないからだと思われた。もし、真実を知っていれば織斑一夏にあれほどの敵意を向けるはずがないからだ。

 

喧嘩を売った彼女に織斑一夏は意外と冷静だった。「また今度」という返事と共に踵を返そうとした途端、轟音と共に大口径砲が何のためらいもなく放たれた。その砲弾は織斑一夏に当たるより早く間に割り込んできた彼女によって弾かれたのが見えた。彼女に向けられた六一口径アサルトカノンは、既に砲弾の装填と安全装置解除がされており、攻撃可能な状態だ。

 

「早いな」

 

聆藤は展開速度からみ見た戦術的汎用性の高さに驚いていた。『ラファール・リヴァイブ』という『九試甲戦・改』と同じ第二世代機で代表候補生、その実力はなかなかに高いというのが聆藤の直接の感想で、将来大成すればフランスの安全保障の主軸になるのだろう。もっとも、フランスが切り捨てなければの話だが。この時点で彼女の技量が優れていも、いかんともしがたい事態であり、彼女の経歴に傷がつくことは間違いないと見ていた。

 

「フランスの第二世代機で私の前に立ちはだかるとはな」

「量産化どころか試作で精一杯の第三世代機よりまし、だろうからね」

 

まさに一触即発のその空気を割ったのは本日のアリーナ担当教師だった。

 

「そこで何をやっている!!」

 

教師の割り込みに興が削がれたらしい彼女は、アリーナゲートへと去っていく。聆藤もデータは思いの外取れたため、局へ送り出すために部屋に戻ることにした。




『拐取』とは誘拐と略取の併称。使ってみたかったので今回使いました。
一応予定では誰もアンチはない予定です。あくまで政治的、軍事的に突き詰める事を第一にしたいなぁと思ってます。
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