学園の話ではなく、米軍と日本の話のみです。
米国 ハワイ諸島 オアフ島真珠湾
海軍第七艦隊司令部 最高作戦指揮所
ちょうどIS学園の臨海学校が行われている頃。太平洋を挟んだ向こう側では、大きな事件が進行していた。
「これより第九次『
「総員配置完了。実験を開始します」
実験開始から十分。予定通り進んでいた実験は、突然頓挫する。ん? というオペレーターの声が聞こえたのは警報がなる直前だった。
けたたましい、耳障りな警報が突如として鳴り響く。各所に設置されている赤色灯が回りだして異常を知らせる。状況報告!! と怒鳴った声は一瞬呆けていたオペレーター達をたたき起こした。
「パイロットとの通信途絶!! 」
「『
「 副、予備及び衛星を経由した非常回線も向こうから強制的に遮断されていきます」
「パイロットの生死不明、バイタル確認不能」
「米軍の統合防衛コードから切り離されました」
「同時に全外部システムからも切り離されたもようです」
一番上に座る中将の階級章を付けた長官が声を張り上げ指示を下す。
「艦隊司令部へ緊急通達。付近の全艦艇は戦闘配置のまま現海域より直ちに退避させろ」
「了解。衛星画像、メインスクリーンに出ます」
誰も何も言わない沈黙が指揮所の中を満たす。そこに映っているのはただ立っているだけの
長官が座席の脇にある受話器を取ってどこからかにかける。二三言、話したと思えばすぐに受話器を下ろして指示を下す。
「強制停止信号、パイロット脱出信号を出せ」
オペレーターが指示の下、機体に信号を送る。
「だめです。此方からの命令を受け付けません。非常時用の自立モードに移行しているもようです」
脇に立つ参謀長が意見を具申する。
「長官、ここは最悪の場合も考えるべきかと」
「あぁ。
「惜しいですがやむを得ないかと」
「先程、大統領の承認は得た。問題ない」
参謀長との密談の後、長官は決断を下す。
「現時刻を以て『
その掛け声とほぼ同時だった。メインスクリーンの映像が砂嵐に覆われたのは。
「何が起こっている!! 」
参謀長が問いを発する。
「第七艦隊司令部のサブコンピューターに侵入者。侵入者不明、現在逆探を実行中」
「防壁を展開、侵入を食い止めろ」
「早すぎます。間にあわない!! 」
「防壁を突破されました!!」
「人間業じゃないぞ。これは」
「逆探に成功、この座標は……」
どうした、と声を失ったオペレーターに怒鳴る声が響く。
「『
「現在、十四番から二十七番までのファイアウォール突破!! バックドアを経由して内部に侵入されました」
「システムを強制停止させろ」
「命令を受け付けません」
その報告を聞いて参謀は呆然と呟いた。
「なぜバックドアから入れる?
「まさか、基幹ネットワークが汚染されていた? 」
誰かの小さな呟きは深刻すぎた。
「内部からアクセスコードが変更されていきます。解除できません」
「アクセスログを読んでます。そのまま第三システム、基地防衛システム、基地内生命維持システムに侵入、艦隊補助システムが乗っ取られました!! 」
このままでは不味い。とっさの判断は普通なら見事な判断だった。だが、今回に限っては相手が悪すぎた。
「
「了解、カウントどうぞ」
「3、2、1」
カチッという鍵の回るおとの後オペレーターの悲痛な声が響いた。
「ダメです。電源が落ちません」
「二十二桁、四十八桁。続いてCワードクリア!!」
「このままでは、スフィア
スフィア
「現在、国防総省への直通回線を探しているもよう」
「回線を物理的に断線させろ」
「了解。E-22、爆破!! 」
ズシン、という腹に響く音は施設のどこかで爆発があったことを感じさせる。ほぼ間違いなく有線通信は遮断されただろう。
「侵攻は? 」
「停止したようです」
小さく息を吐き出し、椅子に腰掛けながら指示を出す。
「統合参謀本部を呼び出せ。国防長官にデフコンを上げるように要請しろ」
「了解」
しかし残念なことに事態は米軍のみで対応できるような段階を越えていた。
それは捕獲部隊の展開を行っている最中だった。
「『
「どこに向かってる」
「真っ直ぐ西へ向かっています。まもなく超音速飛行に到達!!」
「どこへ行くつもりだ」
「予想進路出ました。日本を横断するルートです」
吐き出した言葉は返答を期待していなかったが、オペレーターは律儀に返答してきた。それは無性に腹立たしさを増幅させたが顔に出すほど愚かではなかった。
「現時刻を以て目標の識別を変更。目標は
「了解!! 」
速やかな命令は明らかに独断だが、ここまで問題が大きくなれば隠し通すことは不可能だ。それでもなにもしないより
ただし、それは結果からいえばほとんど無駄な努力だった。何故ならばいきなり停電したからである。
「主電源喪失!! 」
「非常電源と予備電源は? 」
「だめです、反応なし!! かっ、完全に沈黙しています」
回りを見回すオペレーター達の顔が非常灯の薄暗い明かりの中で強張っているのがわかる。
蒼白になった長官は小さく呟いた。なぜだと。
わかりませんと返したオペレーターは続けて聞こえるように、嘆くように言葉を絞り出した。
「今、確かなことは我々最高作戦司令部は、なにもできないということだけです」
『米軍IS、暴走』
この事実が日本国政府に伝えられたのは少なくとも日付変更線を越えてからだった。
日本国 国土保安庁
国防第二予備施設 第二防衛司令部
第一大会議室
市ヶ谷防衛省庁舎を追い出された国土保安庁は武蔵新都市浦和庁舎地下に国防予備施設第一防衛司令部を作る一方で、別の場所に第二予備施設の建築を行っていた。その構築の計画は公安警備局が強固に推進し、国務総省大蔵局と結託し、各種予算案に少額を水増し。水増ししたその分をかき集めていた。塵も積もればなんとやら、その通りに集められた予算をつぎ込んだ第二予備施設はまさしく秘密基地だった。
「こちらが三分前の衛星画像です。光学観測では最大望遠です」
スーツをしっかりと着込んだ若手官僚が、スクリーンの画像を指しながら、会議室に陣取る国務総省の高官に説明する。進行役はスクリーンの左側に座る公安警備局の寺坂内事本部長だ。寺坂は部下の言葉を引き継ぐ。
「暴走したというISは米軍とイスラエル軍が軍事目的で共同開発した第三世代ISです。機体名は
「その銀の福音? とやらの予想進路は? 」
「は、予想円の中心には現在ISが臨海学校を行っている島がありまして。誠に申し上げにくいのですが、このままの速度だとあと二時間ほどで通過、その後は三十分ほどで本土へ到達するとの予測がでております」
寺坂のしぼんでいく声に合わせて、あちこちでため息が漏れ、重苦しくなっていく。
「とにかく早急な対応が必要ということだな」
「Jアラートは? 」
「国民保護に基づく特別非常事態宣言はどうなっている」
仕切り直しを図った国土保安庁長官の声で会議は活性化されたが、その持続はあまり持たなかった。
「それが」
どうした、と高官が詰め寄る。
「……内閣が拒否してます」
はぁ? という声がどこからでも漏れてくるなかで寺坂はキリキリする胃をの痛みを押さえる。アホらしいほど自分達の面子と利権維持にこだわる内閣は、お仲間として有名な日本IS委員会と共に断固拒否の体制をとっていたのである。
「い、いくらなんでも、冗談だろう。国家の一大事だぞ」
「国民への発表はいつするつもりだ」
「事後でよいと……」
呆れ果てた高官らは天を仰いでいる。寺坂も聞いたときは天を仰いだからその気持ちはよく分かるが、彼らは日本を維持している実質的な最高位権限者だ。呆けていてもらっては困るというのが寺坂達の本音だ。
「内事本部長、準備はしているのか? 」
「はい。既にJアラートを通しての特別非常事態宣言発令は一切問題ありません。あとは内閣の決断だけです」
「公安警備局から何かあるか」
聞かれた公安警備局長は発言する。
「我々公安警備局としては
「局長、失敗したら不信が爆発するぞ。それだけで済めばいいが、冷遇間違いなしだ。リスクが大きすぎるよ。しくじれば我々の首どころか国務総省が吹き飛ぶよ」
「リスクは恐れるべきです。しかし、だからといってなにもしないわけにはいかないでしょう」
「反戦の空気に火を付けるぞ。それこそ国土保安庁は解体の危機だろう」
「この事態になにもしないほうが、解体の名目を与えると考えます。国民は、いや、政治と我々は『白騎士事件』、『羽田発の悲劇』の二回に渡って正面から向き合うべき事を見てみぬフリで過ごしてきた。そのツケです」
小さな声で自分達の先送りが招いた結果を見る。その上で、力強く断言する。
「火事はボヤであるうちに火元から消すべきです。それが出来なければ、この国は滅びます」
言い過ぎたか、というよりもあのときなにもできず見ていることしか出来なかった自分達が情けないだろう。そう言い聞かせ、次官の顔を見る。一瞬後、先程まで厳しい目をしていた次官が目元を緩ませるのが見えた。
「そこまで言うのならやりたまえ」
次官!! という悲鳴が聞こえるが国土保安庁長官が統合防衛本部長に、司令部で詰めるよう指示を出すと統合防衛本 部長はすぐさま会議室を出ていく。会議を始めるときの倦怠感とは無縁の動きは、容易に周りにも影響を与える。
久しぶりに活力に満ちた会議は、何も出来ずに右往左往するだけの内閣危機管理会議に比べ、時間の浪費には程遠かった。
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