鈍色の盾   作:シラー

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三連休中に一話出すとか嘘ついてすみません。遅くなりました。
ようやく福音戦の本戦が始まります。


日本の一番長い夜

「それは貴女の独断のはずだ。少なくともその権限は貴女にない」

「それはどうかな。聆藤に対してお前も知っているように私は、IS学園で特殊な地位にある。ならばだ。現状、私が決定権を持っているとしても問題はないな」

 

屁理屈に近い理屈に聆藤はとりつく島もないというように冷たくいい放つ。

 

「それは、私ではなく、上の人間にお伝えください。私はメッセンジャーに過ぎませんから」

 

互いに一歩も譲らない、そんな状況を破ったのは織斑千冬に届いた一通の通達だった。その差出人はIS学園最強を自認する生徒会長、更識楯無という、少なくとも無視しようのない通達であった。一触即発の空気のなかでは、ひどく軽いように聞こえたその音はタイミングからして不愉快なものであることを僅かながらに察した聆藤は僅かに表情を曇らせた。

 

「私だ。どうした」

 

そう、応じた織斑千冬は一度目を閉じた後、聆藤を静かに見据える。それに対して聆藤もまた姿勢をただした。

 

「今さっき更識から連絡が来た。()()()()()は本事案における優先権を我々(IS学園)に認めるそうだ」

 

この一言をきっかけに動き出したIS学園関係者に対して聆藤は拳を強く握りしめた。すっと目を細める織斑千冬を聆藤は睨み付け瞑目した後、口を開いた。

 

「わかりました。第一段迎撃は貴女方に任せましょう」

 

しかし、といって続けた聆藤に不審の目が行く。

 

「私も参加します。公僕として私が監督しましょう」

 

その()()という言葉に反応したのは織斑ではなく篠ノ之箒だった。

 

「私達だけで勝てる!! 」

 

その断言に聆藤は先程までの怒りは消え去り冷静に返す。

 

「傲慢だな。AI制御の最新鋭第三世代機相手に実践経験皆無の第四世代機と自身の能力さえ把握できない第三.五世代機で本気で撃破ないし処分できるとでも? 」

 

聆藤の遠慮のない()()という言葉に顔を強ばらせた織斑と篠ノ之に対して待ったをかけるのは常識的な山田真耶だ。

 

「待って下さい。ISは世界に467機しか無いんです。処分なんて勝手なことを言わないで下さい!! 」

「そうだよ、いくら当事国でも勝手すぎるよ」

「よせ、シャルロット」

 

山田真耶と歩調を会わせたのはシャルロット・デュノアでそれを止めたのはラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 

「一億を越える人命とIS一機、どちらが重いか考えれば当然の判断だ」

「だけど……それじゃあ搭乗者は?」

 

国として当然のその判断を諭すようなラウラ・ボーデヴィッヒにそれでも納得できないようすのシャルロット・デュノアは問い返す。ラウラ・ボーデヴィッヒは問われた質問に小さく返した。

 

「……死ぬ、だろう」

「そんなっ!!、そんな話があるかよ」

 

織斑一夏のあげた当然の声を聆藤は一蹴する。

 

「織斑。一億二千万と一人。国家として当然の判断だ」

 

声を失った一同を見回して聆藤は改めて達する。

 

「貴女方の常識論は理解しています。しかし、背後には一億二千万の人命。ご理解頂けますね。」

 

なにも返せない山田真耶を放置して聆藤は向き直る。

 

「よろしいですね」

 

有無を言わせぬ声で念を押した聆藤にの声を合図にするように部屋の中に国土保安庁と背中に印されたジャンパーを羽織った職員が続々と入っていく。その光景に対して織斑千冬は、苦虫を噛み潰したような表情をすることしか出来なかった。

 

そうして始まった第一段迎撃は完全な失敗だったといえる。織斑一夏と篠ノ之箒共に軽傷で済んだが、問題は聆藤だった。エネルギーの切れかかった二人を背中に抱えての撤退は予想を遥かに越えた難易度だったといえる。

聆藤はその卓越した操縦技術で致命傷こそ逃れていたが、シールドエネルギーを貫かれ、左腹部に貫通銃創を受けていた。消えかかる意識のなかで、時折ISの痛覚遮断機能を切って痛みで目を醒ましながらの逃避行は聆藤に多大な負荷を掛けていた。国土保安庁の第二段迎撃作戦など参加が危ぶまれるほどに。

 

 

 

 

同日 18時19分 国土保安庁

Op(オペレーション)アンチトード(解毒剤)」臨時作戦指揮所

 

いくつかの画面が照らす車内はある程度の喧騒に満ちていた。それでも秩序だったそれは喧騒にはほど遠いものだろう。

旧陸上自衛隊時代に正式採用された82式指揮通信車に似た車両は陸事保安部と車両側面に書かれているがその実態は公安警備局の保有する偽装車両の一つだ。実際の82式指揮通信車より多少車高が高く、車両の上には通常の通信用アンテナ、パラボラアンテナに加え、IED(即席爆発装置)爆発妨害のための電波妨害装置、IED防御に特化した車体の特徴を備えている。その車両の中では小さな呟きと無言の嘆きが支配していた。

 

「解毒剤か」

 

敵を毒と定義した作戦名に付けた人間の性格の悪さが出ているが、その言葉遊びに付き合う暇は少なくとも今はなかった。

作戦の指揮を執る公安警備局特殊要撃部隊(SIF)隊長の高崎(たかさき)三佐だが、高崎は内心、不安を懐かずにはいられなかった。国土保安庁の総力をあげて敵を処分する。命令である以上それに抗う理由を認めなかったが、それでも最新鋭の機体に加え、多くの作戦を成功させてきた自分の部下が全力で戦い、負傷を強いられたというのは不安を煽る要因でしなかった。

それは移動指揮車でリアルタイムの状況を把握していたからこその不安だったといえる。

 

「目標を再捕捉、作戦開始ライン接触まであと11分」

 

第一段迎撃失敗後、衛星、軍艦のレーダー、光学観測の追跡を振り切って見せた()は再び姿を表した。それも此方を挑発するように作戦開始のギリギリを突いて。

 

「近いな」

「衛星とのリンクを開始、軌道データ来ました。データ再入力を開始、補正計算を行います」

 

指揮官の呟きは聞かなかったことにして車内のオペレーターは自分の職務に没頭することにした。

 

SMB(戦略ミサイル防衛)作動確認、HORY1(九試甲戦・改)及びHORY2(シュヴァルツェア・レーゲン)とのデータリンク開始」

「データリンクを確認、感度は良好。異常無し」

「再計算出ました。最終予想進路は誤差の範囲内。行けます!!」

 

その掛け声を以て非常回線をすべて開き、待機中の全展開部隊に通達する。

 

「全隊に通達、総員戦闘配置」

「了解、地対空迎撃戦用意」

 

命令にしたがい、各部隊が散っていく。ディスプレイの写し出す監視カメラの動きはその部隊が精鋭であることを無言の元に示していると言えた。

 

「HORY1に対するエネルギー供給は現状を維持、コアのエネルギー保持限界まであと30(さんまる)。背部ワイヤーアンカーの換装は既に終了」

「HORY2は現在、超電磁砲とHORY2との超長距離精密射撃システムの最終接続を実行中。完了まであと80(はちまる)

 

「間に合うか?」

 

不意にこぼれた疑問は敵の想定以上の侵攻速度を端的にまとめた表現だ。誰もなにも言わない中で空気だけが秒単位で重くなっていく。

 

「来ました!! 目標、作戦開始ラインに接触」

「了解、これよりアンチトード作戦を開始する」

「各員は所定の指示にしたがい作戦を遂行せよ」

 

位置情報を示した大型ディスプレイにはリアルタイムで全部隊からの報告が途切れることなく入っていく。始まるまである程度秩序だっていた指揮車内は喧騒と怒号に満ちて行く。

 

フェイズ1(第一段作戦)始動。第一次攻撃、初め!!」

「了解、目標識別。目標位置への攻撃準備完了。誘導弾による第一次攻撃開始する」

 

第一次攻撃は沖合い四地点に展開する()()付近にいた海事艦や公海上を航行中の米海軍からの集中攻撃だ。誘導兵器が、砲爆撃が、ぶつけることが出来るありとあらゆる兵器がセットされた地点に向けて空を飛ぶ。大気を切り裂き、轟音をともない、有るものは超音速で。また、有るものは亜音速で。

巧妙にタイミングをずらされた攻撃は例えISの迎撃能力を以てしても難しいだろう。一瞬の判断が生死に繋がる戦場では人間が万全であることの方が難しい。だが、それを苦もなくやり遂げるモノがこの()には積まれていた。

 

「護衛艦隊、攻撃開始。SAM(艦対空誘導弾)SSM(艦対艦誘導弾)及びヴォルカノ弾(射程延長弾)による第一次攻撃はあと20(ふたまる)で終了」

「目標到達まであと40(よんまる)……30(さんまる)……20(にーまる)……10(ひとまる)……3,全弾迎撃されました。目標に損害無し」

 

全弾迎撃。想定以上の迎撃火力に狼狽えるなと言う方が無理だ。それに追い討ちをかけるように敵は攻撃を仕掛ける。

 

「目標、高度上昇!!」

「エネルギーが収束していきます!! 」

「まさか!!」

 

カッ、というそれは辺りを一瞬、明るくする。それに続いた報告は悲鳴というよりは驚愕に近い。

 

「護衛艦ゆうなぎに直撃弾!? 」

「損害不明。いえ、ロ、ロストしました!! ゆうなぎが撃沈!! 」

「あの距離から6000トン級の護衛艦が一撃だと……」

 

前部の127ミリ主砲塔基部に直撃した一撃は一瞬で主砲弾薬庫の装甲を障子紙を破るように貫き、堅牢を誇る軍艦を誘爆させたのだ。爆発の衝撃は艦を激しく揺さぶり、艦橋構造物に反射して艦底に集中した。その集まった衝撃は艦の背骨たるキールを枯れ枝でも折るようにへし折った。ダメージコントロールなどなんの意味ももたらさない圧倒的な力は艦長以下乗組員106人全員、まとめて深海へ引きずり込んだのだ。

 

「これが米軍最新鋭機の実力……」

 

怯えの混じったオペレーターを叱咤するように声をあげる。

 

「構うな。動員できる全戦力を突貫運用。なんとしてでもHORY1を送り込む」

 

立ち直りつつある指揮車内は断続的に指示を出して秩序の統制に勤める。

 

「後方の第四師団も攻撃を開始」

「第一高射団、攻撃開始」

「米軍のF-35攻撃開始」

 

続けざまの後方からの攻撃で少し余裕が出来る。前方の護衛艦隊からも報告が入る。

 

「第二次攻撃準備完了。いつでも行けます」

「HORY1、安全装置解除、発進準備よし。」

「HORY2、超長距離精密射撃は照準補助装置のシステムアシストを開始。SMBとの相互アクセスを開始しました。同時に電磁加速投射砲への電力供給は間も無く必要最低量に到達。理論上のプラズマ膨張圧対応限界点まで20(にーまる)

「了解、HORY1は発進開始せよ」

 

現場からの報告を受けた指揮車が今度は現場の臨時管制へ指示を出す。

 

「Run Way Special Zero clear for take off」

 

管制の基本に従い英語で下される指示に対して聆藤もまた、自身のコールサインは勿論、英語で返した。

 

「HORY1。Roger、cleared for take off」

 

痛む傷を止血して、簡単に縫って強引に固定、あとは本来使わない大量の痛み止めとISの痛覚遮断で朦朧としていた意識を無理やりクリアにしてという、本来あり得ないほぼ無謀といえる出撃を聆藤は断行。この事件での本当の意味での作戦が決行されたのはまさにこの時だった。

そしてこの日、日本は白騎士事件より悪夢に近い、日本にとって一番長い夜を迎えることになる。




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次回は政治の話です。

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