ラウラ・ボーデヴィッヒという少女は自分が何を撃ったのか知らなかった。それは知る必要がないという国務総省の意思であった。
だからこそ、彼女の頬に熱と衝撃が押し寄せたとき、彼女の表情は呆然としか言いようがなかった。
彼女を現実に引き戻したのは耳のイヤホンから聞こえる通信の声だった。
『目標付近にて爆発を確認』
『衝撃波来ます』
ざーっという砂嵐におおわれたスクリーンは爆発の威力を物語る。
混線した状況に咄嗟に、割り込めたのは偶然だった。
「わ、私に何を撃たせた!! 」
そんなことは聞かずともわかっていた。それでも聞かずには居られなかった。それでもあえてというように、耳に聞こえる通信は彼女を無視する。
「レーダー、センサー群共に観測不明。復旧までお待ちください」
「警戒を解くな」
「監視衛星が光学で捕捉。映像出ます」
それは海が割れていた。大きく陥没した海は同心円に大きく広がっていくのがわかる。モーセよろしく放出されたエネルギーは『
『ナノ・テルミット』。開発を放棄したと声明を出したはずのそれは実戦というこれ以上ないデモンストレーションだったのだろう。
ISを一撃で粉砕しうる兵器。核によらないキレイな戦略兵器。これから始まる混乱はおそらく日本に莫大な利益を吐き出すだろう。さらに国務総省が保有する兵器は政府に対する交渉材料としても有効だ。譲歩を迫るにはこれ以上ない
自分が撃ったから? 恐ろしい。自らが起こした大破壊を理解したくない。それでも彼女は直視した。
「HORY1は?」
問いに対して帰ってくるのは当然の結果だ。
「ビーコン確認不能」
「レーダーにも反応無し」
「目標は殲滅された模様。HORY1、反応途絶」
完結された結論に嗚咽が漏あふれる。
「……あ、あああっ……あああああっ!」
しかしその嗚咽は慌てたようなオペレーターの声によって遮られた。
「爆心地付近に高エネルギー反応!」
「まさか!」
「あの爆発に耐えたのか!」
臨時指揮所で混乱が起こりながらも衛星画像が写し出される。
そこには天使がいた。まさに『シルバリオ・ゴスペル』、すなわち福音に相応しいその姿は見るものを魅了する。だがその手に持つものはラッパでもなんでもなかった。
「あれは、聆藤か!?」
「まさか!」
驚きが波紋のように広がる。『シルバリオ・ゴスペル』の右手を前に突き出して聆藤を捉えていた。
「しっ、シルバリオ・ゴスペルに損傷確認できず! 無傷です!」
「盾にしたのか!」
「そんな事をあの一瞬で!?」
聆藤はぐったりと項垂れている。意識を失っているのか若しくは……。嫌な予想が立ち込めながらシルバリオ・ゴスペルを伺う。
次の瞬間、シルバリオ・ゴスペルは白い球にくるまれた。ラウラ・ボーデヴィッヒはそれが海水であることに気がついた。濃密な海水は球のなかで濁流となって視界を遮る。それは幻想的に過ぎた。戦場に相応しくない、神々しい空間を押し広げる。誰もが瞬きさえ忘れ、見いられた。見いられたのはどのくらいだったのだろうか。一秒だったのか、一時間だったのか。しかしそれは永遠には続かない。それが弾ける。月明かりに照らされて、きらびやかに舞い落ちる。それが完全に霧散してからようやく、引き込まれていたようやく彼らが動き出す。
誰かが小さく呟いた。
「せ、セカンドシフトなのか?」
驚愕に見開かれたその目は現実を受け入れられないのか瞬きさえしていない。
指揮車に波及する驚きは当然、ラウラ・ボーデヴィッヒにも届く。
「この短時間で?」
それはシルバリオ・ゴスペルがまさしく化けたといえる事実を突きつける。それは同時に聆藤の敗北であり作戦の失敗であり何より日本国という一国がたかだか一機のISに敗北を決した瞬間だった。
『総員迎撃を』
咄嗟の命令は全て聞き届けることは出来なかった。押し寄せた光の束は正確に指揮車周辺に直撃すると全てを凪ぎ払った。装甲車の装甲など無意味と嘲笑う。さっきまでの一撃など比にならない、強力な遠距離砲撃は指揮系統を容赦なく破壊した。
『司令部! 司令部!』
『指示を! 状況はどうなっている!』
無線では混乱が瞬く間に広がるのが手に取るようにわかる。その聞こえるはずのない無線に突如声が聞こえた。
『RaRaRa……』
それは軍用の秘匿通信が破られたことを明瞭に表していた。
「れ、レーザー通信を併用、交戦に備えろ! もう一撃来るぞ!」
シュヴァルツェア・レーゲンのディスプレイには凄まじい勢いでエネルギーの収束を認めていた。慌てて無線に怒鳴った声は聞こえたかわからない。警告より早く押し寄せた光の束によって恐慌が無線を支配したからだ。
悲鳴が、叫びが押し寄せる。焼き払うその攻撃は一瞬で壊滅的損害を与えた。車体の殆どを失った第3.5世代戦車に対空誘導弾を放つはずの車両のあった場所は跡形もない。放射された熱量は重金属製の装甲を軒並み溶かし、気体として蒸発させたのだ。大気は熱せられ、生きるものは消え去った。
地獄としか表現の仕様のないそれは恐怖を起こす。
『緊急退避! 緊急退避!』
『阻止線崩壊! 指示を乞う!』
『司令部壊滅! だめだ! 巻き込まれるぞ!』
押し止めていた士気は先の砲撃で呆気なく崩れ落ち、通信では情報が錯綜する。
『護衛艦がやられたらしいぞ、逃げろ!』
『本部へ連絡を』
ラウラ・ボーデヴィッヒは呆気に取られた。正規軍が壊れた瞬間を目撃していたのだ。そして敵の攻撃が今度は自分に向けられたことをうっすら感じとる。
「くっ、衝撃にそなえろ!」
近くへの警告は意味なさない。再び押し寄せる奔流に機体もろとも叩きつけられた。地面に撃ち込まれたアンカーは次から次へ弾けて飛ぶ。エネルギー兵器にほとんど意味をなさないAICとISのシールドエネルギーを全て回して対抗する。抉られる地面に、へし折れる支柱。溶け落ちた塹壕に大気が焦げる。辛うじて防ぎきったのは偶然だった。その砲撃は後ろの山を半壊させる。崩れ落ちる山肌は真っ赤に染まる。戦局はもはや絶望的だった。
国防第二予備施設 第二防衛司令部
第一大会議室
「先程、イギリス政府より波動砲計画への参加すると申し入れが有りました」
「外務省を通してか?」
外交局長の声が小さく聞こえる。
「いえ、国連の
外務省が政権にすり寄って久しい現状、政府を通さないで実務者によるやり取りはほとんどどこの国でも行われているありふれたことに過ぎない。最初は違和感しかなかったやり取りでもなれてしまった自分がいる。寺坂は恐れるより早く呆れ返っていた。
アメリカとイスラエル共同開発のISが暴走してから約四時間。米軍機の墜落を装い、周辺海域中心に、勿論当該海域を含んだ一帯を無理やり閉鎖して救助・調査名目で護衛艦を差し向け、在日米軍にも出動を要請する。同時に各地に散っている陸事保安部が大気圏迎撃演習を行うというとんでもない苦し紛れの作り話で周辺をほとんど閉鎖し、ミサイル等の攻撃を誤魔化したものの、さて何処まで突き通せるかという程度の嘘だった。
それでもなんとか辻褄を会わせるため海域を担当する海上保安庁管区本部には長官じきじきの命令が届き口裏を合わせるようにしてもらったのは二時間前。
混乱の最中でパニック抑止の偽情報としてはなんとかマシな部類だろう。だがここまで関わる人間が多いと何処で綻びが出てしまうかわからない。
沖会いすぎてテレビに映らないからとカメラはほとんど来てないが、もしこの海岸に来たのなら一発で発覚するだろう。そんななかに届いた緊急の申し入れは裏で事態を把握する
「それで?
「イギリスが日米英独、イスラエルの共同開発研究の名目だそうです。主幹事役はイギリスが負うとのことです」
「民間の宇宙開発事業社4社を合併させ、ペーパーカンパニーを設置。表向き民間事業ですがその実態は各国の合同出資による軍事産業開発事業団です。ほぼこちらの要請通りですね」
公安警備局は勿論公安総局も母体が防衛省、警察庁時代からいくつものペーパーカンパニーを保有している。これは潜入捜査や大規模事件の情報操作の為、さらには作戦の指揮施設として小さな町工場だったり、個人タクシーだったり、あるいはベンチャー企業を装ったりしている。
特に生命保険会社をよそおったペーパーカンパニーは国内にいる諜報員の監視など重大な活動のための会社だ。こういったペーパーカンパニーは何処の国でも行っていることに過ぎない。今回使用するのはそういったペーパーカンパニーのひとつということだ。そう結論付け、大きく息を吐く。
それよりも深刻なのは暴走ISのほうだ。シミュレーションによれば成功率は約七割、よほどの好条件が揃えば八割届くかどうかという程度だ。その程度の作戦しか回せないくらいには国務総省は疲弊していた。
山を挟んだ向こう側には織斑千冬以外IS学園の教員、生徒共々軟禁されている旅館があった。前科のある織斑一夏はただ一人で一室に実質的な監禁措置を受けていた。勿論部屋のそとには監視役の隊員が見張っている。その部屋のなかで彼は落ち着くことは出来ていなかった。
少し前から木霊する爆発音はこちらまで聞こえており、余計に落ち着きをなくす一因だった。
織斑一夏にとって我慢はなかなかに困難だった。鋼の自制心を持っている聆藤であればおそらく、護衛を通して状況を確認させるなどを行うだろうが、今の彼にその余裕はない。特に軽傷ですんだからからこそ、自制が効きにくかったのだ。
だからこそ、山が半壊し、崩落するその惨状を見て、堪えることは不可能だった。
「なんなんだよもう! くそっ!」
さほど広くない部屋の扉は外から施錠してあるだけでたいした強度はない。力ずくで扉を蹴破る。外に出るとそこは戦場だった。
「前線指揮所は! 連絡がつかないのか?」
「そうだ。本部へ回せ! 現地じゃない。武蔵新都市だ! 早くしろ」
「在日米軍はどうした! なぜB2がいる!」
「航空隊は? やられたのか」
「状況報告!」
呆然としていた織斑一夏が駆けていく隊員とぶつかる。その先には土石流に飲み込まれた建物があった。あそこには誰がいたか?
「千冬姉ぇ! クッソ! 聆藤は何をしているんだ!」
悪態をつきつつ弾かれたように飛び出した織斑一夏。事態は新たな局面を迎え収束へ向かおうとしていた。
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