鈍色の盾   作:シラー

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大変遅くなりました。
幾つか問題があったため福音事件は全カットしました。申し訳ありません。事件解決後にジャンプします。


国の闇

「相変わらず黙りですか」

 

腕時計を見た男は感情を感じられない声で問いかける。自分のスマートフォンに突然送られてきたメール。破壊された沿岸、近くの公安を振り切って指定された場所に来るようにかかれたそれはおそらく表沙汰に出来ないのだろう。そこまでわかってもそれ以上踏み込むことを躊躇してしまえる程度には事態に慣れたらしい。

メールが来てから三時間。福音事件の収集も全てを後回しに、山田麻耶にお願いして都内を中心に駆け回って監視の公安を振り切り、扉が閉まる寸前の電車から飛び降りたり中央分離帯のある道路でタクシーを交換したり、ようやく一台の車に連れ来られた彼女は直ぐ様服を着替えさせられた。勿論下着もすべて。発信器は小さいというよりシールにまで小型化された現代では当然のことだろうがそれでも不快でしかない。

そこまでしてようやく話ができると思いきやまた別の車に連れ行かれる。都合四時間近くたってからこの施設に来た車はまたどこかにいってしまった。

こいつらは何者だというより、何をするつもりだという方が大きい。

 

「いい加減疲れたでしょう」

「私はまだ平気だが」

「我々は人類最強(ブリュンヒルデ)ではないのでね」

 

強気な返答に皮肉げな回答は彼女にとって不快だった。それ以上に不安だったのは唯一の家族、弟のことだった。

 

「ひとつ、例え話をしましょうか。ある、ありきたりな国家の話です」

 

窓の明かりのない部屋で、窓がカーテンで覆われているというわけではない、窓そのものの存在を感じられない部屋で織斑千冬は何人かの人間と睨みあう。

こいつらは何を話そうとしている? 疑問などという生易しいものではない明確な恐怖として頭の奥で反芻された。背筋が凍る。ぞわりとしたものが背筋をはい回る感覚に教われた。

 

「とある、その国は憲法で軍隊、つまり国民を守る盾と剣を持つことを禁じられました。何故なら大規模な喧嘩に負けたからです。負けた側は勝った側の云うことを無条件で呑まないと行けなかった。呑まねば消される。地図からも歴史からも。そういう戦いに負けたんです」

「なんの話をしている?」

 

誰も何の反応もせず、彼女の疑問は無視された。

 

「そしてその瞬間から負けた側は勝った側のお人形になり下がりました。これで問題の大半は融けた。誰もがそう思いました。だけどそれで終わりに成る程世界はお花畑ではなかった。

実はその負けた側の隣にいたのはもっと危険な存在がいたんです。その存在は勝った側と全く思想を異にする存在だった。いつ大規模な喧嘩に発展しても可笑しくない、そんな状況に挟まれた中で中立、どっち付かずを演じるのは難しいというより危険でしかない。しかも勝った側は反共の防波堤として、巨大な不沈空母に見立てたわけだ。そのお隣も国の中にいる獅子身中の虫を使ってというより煽って自分達の子分にしようと試みた訳です」

 

一旦言葉を切った男は強い警戒の眼差しを向けている、尖りきった視線を感じた。

こいつらは何者だ? この部屋に連れてこられた時からの悩みはもはやどうでもよかった。何か自分は巨大な闇に踏み込んだという自覚が押し寄せてきた。奈落の底をのぞきこんだような、ただ無自覚に信じられてきた世の中の常識が足元から崩れていくような、言葉に言い表せないモノに呑み込まれる。こんなことは初めてだ。

 

「それで? その獅子身中の虫をどうやって押さえ込んだんだ?」

 

不敵な笑みを浮かべ問いかる声には明らかな力があった。いまだに疲労を見せない彼女に此方も此方で相変わらず感情を感じられない声で例え話を続ける。

 

「簡単なことです。内通者を作り、内紛を煽り、それを世間に見せつける。それも最も盛り上がるタイミングで。身内さえ暴力を振るい、殺害さえ躊躇わず、冷たい地中に埋める。残虐にして残酷、無慈悲で危険。そんな目に見える事実はさして歪める必要はありませんでした。

問題はその先です」

「その先?」

 

思わず問い返した声に彼は律儀に返す。それはつい、というより想定されたことだったのだろう。

 

「勢力を弱め過激な手段を文字通り恐れなくなった敵は武力を持つことに躊躇う理由は無かったでしょう。爆弾制作、警官を集団でリンチし、銃を奪うために交番を襲う。何のために銃を使うのかといえば銀行強盗。そんな連中相手にどうやって国を守るか。その国の警察組織はかつて存在していた巨大な組織の残りかすを使って有るもの建て直しました。それは」

「公安警察か」

 

言葉を奪う唐突な発言に一瞬、鉄面皮が揺らぎその奥にある不快と不満を不穏と言う接着剤で混ぜ混んだような、人としての顔が覗いた気がしたが、それはすぐさま元の鉄面皮に覆われた。

 

「よくご存じですね」

「別に自慢にならんだろう。何せ政権が変わってから子供さえ知る事実だ」

 

仮にも数十年ひとつの政党で維持されてきた政権がひっくり返って政治オンチの政治家は人気取りの制作が精々だった。その程度と言われた政権がとんでもない爆弾を爆発させたのは誰にとっても予想外の事態で、同時に国の破滅を導くスイッチであることを政権側が知らなかったからだろう。それは公安警察、よりにもよって非合法手段さえ辞さない隠密部隊、「サクラ」だった。

「汚濁から清流へ」。そんなキャッチコピーの政権は公安警察を格好の敵をとして目をつけていたらしい。民主主義の敵とレッテルを張られた公安警察はその能力を瞬時に失い、あとに残ったのは自身の支持率を維持するためひたすら警察叩きに踊る政治家と部数向上を目的に政治家に同調するメディア、そして泥の海に沈んだ桜の代紋のみ。その果てに誰が、何を見たのか。ぼんやりと靄のかかった視界の中でも彼らの絶望は彼女にもわかった。仮にも尽くしてきたはずの、例え省益、庁益を国益にすり替え欺いていたとしても、祖国に裏切られた公安関係者が亡霊となるのは時間の問題だったのかもしれない……。

 

「もともとこの国には警察力強化に反発する派閥があった。だが国家の敵を殲滅する組織は必要。しかし悪名高き特高の後釜はいかにも体裁が悪い。とすれば旧内務省によらない軍事組織の結成を求めたのは当然の回帰。自分の足でたてなければ国家足る資格無し。戦後の荒波を乗り越えるに足る組織はこうした下地をもとに生まれました」

 

そんな余計と云う他ない詮索は行きなりめくり上がった真実という幕によって一方的に封じられた。

 

「軍隊は不要、そう断じられた歪な国家にあってその組織は巨大な暗幕の裏でしか動くことが許されなかった。だからそれ自体を隠すためには表舞台に立つことの出来ない巨大な暗幕が必要でした」

「暗幕の裏を隠すための暗幕。それが防衛省、自衛隊か」

 

国土保安庁の中央情報局所属の情報官、そう教えられていた男は少なくともそんな生易しい立場ではない。時折自分を眺める、IS学園の生徒会長と似た目をしている。なにもない、真っ暗な絶望の先で救いを得た、人として当然の幸福をあきらめた、そんな目だった。

 

「えぇ。年単位どころか数年の単位で動く莫大な予算は多少のちょろまかしがあってもわからない。公安さえ黙らせられる圧倒的な武力。()の情報を集めていても不思議ではない組織。そして全国どこにあっても不思議ではなく、兵器があっても、頻繁な移動があっても訓練の一言誤魔化せる言い分」

「それを満たせたのは警察予備隊、保安隊か」

 

当時の総理の力業で行われた破防法の施行。日米安保反対を叫び、反政府運動による大規模な破壊活動とそれに伴う死傷者。そんな時代が本来存在さえ認められるはずのない組織の存在を後押ししたのだ。

()と認めたものを事が起こる前にその芽を摘み取る。摘み取れないのなら隠蔽を含め全てを公に出来ないルートで押さえ込む。

彼女は教職になってから聞いた噂話を思い出した。

 

「自衛隊は、保安部は秘密組織を飼っている」

 

都市伝説とその場の話と忘れていたはずのそれが脳裏に焼け着いた。その直後に沸き上がったのは疑問だった

 

「公安暴露で表に出なかったのはなぜだ?」

 

口許に微かに浮かべた笑いは多分に自嘲が混ぜて、答えをとした。

 

「出てくればアメリカもまとめて滅ぶからよね」

 

唐突に割り込んだ声は陰鬱な空気に射し込んだ日差しのようだった。

 

「国家の防衛を掲げた非公開治安組織はいつの間にか自らの存在を守るためにその力を行使するようになった。いい加減表に出つつあった公安警察はとにもかくにも、全く表に出てこなかった組織が出てくることは、黙認していた政府は勿論、同盟国のアメリカさえその足元から揺るがしかねない。太平洋を挟んだ大国は帝国(パクス・アメリカーナ)を維持するために公安を生け贄に捧げた。変わりにその全てを前政権に押し付け、清算させる一方で国務総省という新しい器を用意した。そこに元から正当性から危うい自衛隊もまとめるためにある程度の危機を演出。恐怖を煽る一方で逃げ道だけは用意しておく。口煩いだけの政府を自縄自縛に追い込み役に立たない国家安全保障局はそれ見たことかと騒いで潰し、桜の代紋を再び輝かせ、自衛隊を、非公開治安組織は防衛省の公的機関として改めて発足させる。

台本の書き手はCIAを含めたアメリカの親日融和派と憲法違反と叩かれた公安機関。国務総省はそのカバーとして作られた仮の器。要はアメリカの片手を取って踊っているに過ぎない」

 

「どう? 違ったかしら。」と自慢げに聞いてくる声には明らかに場違いな朗らかさだ。

 

「どうやって嗅ぎ付けたのです? あなた方の犬は撒いたはずですが」

「女の勘」

 

躊躇いなく勘と言い切る自信に、一瞬茫然としたようすだったが直ぐ様反応を示す。

 

「要件は終わりました。そうそう、弟さんに付いているのは警護ですから、ご安心下さい。あとはそちらでお引き取りください」

「ひとつだけ聞かせろ」

 

弟の言葉に反応してか殺意の混じった世界最強(ブリュンヒルデ)の声でさえ彼の鉄面皮を貫くには至らないらしい。この期に及んで表情を一切変えない男にどんな人生を生きてきたのかという疑問が湧くがそれを振り切って聞きたいことを聞いた。

 

「なぜ私にこんな話をする」

「非公開の治安組織は非公開であることに意味があるんです。()()を守るにせよ。巨大な爆弾の公安では足りない。貴女もよくご存じのはずだ」

 

死んだはずの公安が密かに動いている。表に出れば今度こそ公安警察は再起不能に陥る。その意味を理解した彼女は最早なにも返さず出ていった。ゆっくりと閉じられた扉はこの内に抱え込んだこの国の闇のように重かった。

 

 

 




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