鈍色の盾   作:シラー

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大変遅くなりました。年明けて1ヶ月、経っちゃいました。不定期更新ですがこれからも読んでいただけたらありがたく思います。



近づく脅威

 九月某日、その日は聆藤彰等の復帰初日となった。公式には不幸な事故という五文字で語られた事件は早くも風化し、国民はその無関心ぶりを発揮して平穏を取り戻していた。

 IS学園でも既に二学期が始まり、目前に迫った学園祭と生徒会長肝煎りの織斑一夏部活動対抗争奪戦が布告された学園はお祭り騒ぎの状態で異様なほど浮き上がっていた。そうした騒ぎに無関心を貫いた聆藤は、職員室への挨拶の後、自室へ歩みを進めていたが、部屋に入る直前に無造作にショルダーバッグの中に手を突っ込んだ。冷たいプラスチックの冷たい手触りを確認してショルダーバッグの外にそれを向け、バッグを前にして扉を開ける。

 扉が開いたその瞬間、聆藤は二度引き金を引き絞ったした。狙いは扉の右側。手応えがない、どこかにぶつかった音さえしないそのなかで、首筋に突き付けられた(ランス)は例え聆藤であっても一歩下がらずを得なかった。そのまま襟首を捕まれ引き摺られるような重さに体制を崩しながらも、背中を見せることなくサイレンサー付きの拳銃を捨てることなく部屋の対人感知式の自動照明を的確に撃ち抜いた。

 かなり適当な射撃でも、腕は衰えていなかったらしく銃弾は性格にLEDに命中し覆いごと砕け散る。ガラスの破片が降り注ぎ、反射的に目を覆い視野が失われたが、明かりが消えた部屋の中ではさして障害にはならなかった。視野を失う前のざっくりとした位置をもとに鋭い蹴りを食らわす。思っていたより遥かに浅い手応えに体が泳ぐ。バランスを取り戻して聆藤が追撃を仕掛けるより早く、聆藤は背中から腕を引き伸ばされるように押さえこまれ部屋の壁面に叩き付けられた。肺からすべての酸素が抜けるのを感じると、反射的に酸素を求めて呼吸が荒くなる。思考力を奪われるより早く足首のサバイバルナイフを抜こうと動きを起こすが、襲撃者の動きはそれより早く、何より重かった。

 

「動かないで」

 

 聞き覚えのある声に聆藤は皮肉を返す。

 

「ずいぶん手荒い、出迎えですね……生徒会長殿。いったい何のご用でしょうか」

 

 荒れた呼吸はすぐには戻ってくれなかった。むせかえりながら、横目に監察するも相手はISの部分展開では、いかに聆藤が特殊部隊の出身でも勝利は不可能だっただろう。身じろぎすればするほど締め付けの力の強くなる圧力の前に、聆藤は降参を示すため拳銃を離した。落下音と共に体にかかっていた圧力が抜けるのを感じて聆藤も力を抜く。

 拘束は解かれても緊張の解けない二人は睨みあった。先端を開いたのは更識楯無だった。

 

「単刀直入に窺うわ。学園祭、日本国()()はどうするつもりかしら」

 

 驚いたようすもなく、聆藤は答えた。

 

「ご安心下さい。()()()は貴校への介入を致しません。勿論、貴女に信頼していただかねば成りませんが」

「それが()()の意思かしら?」

「そう受け取っていただいて構いません。我々国土保安庁は国連決議を尊重しています」

 

 アラスカ条約を、事実上の一国二制度を屈辱と受け止めている日本がいったいどの口で言うのか。楯無は吐き出しかけた毒を飲み込み、更に探る。

 

「貴方はどうするの?」

「私は職務がありますから」

「それは、私の指示に従うと言うこと?」

 

 聆藤の無言を肯定と受けとり、楯無は冷やかな視線で突き刺した。それを受けてなお平然としている聆藤に怪訝に感じ、踏み込む。

 

「貴殿方は何を掴んだのかしら」

「教えるとお思いですか?」

「今の貴方は私の部下よ」

「無条件で貴女に教えるほど()()と貴方方との間は平和ではなかったはずだ」

 

 思わず息を飲んだほど、聆藤に気圧された楯無はここで妥協を選ぶことにした。それでも食い下がる。

 

「一つだけ教えて。亡国は動くの?」

 

 二人の間の沈黙はごく短い時間だった。

 

「私には分かりかねますよ」

 

 最後まですっとぼける聆藤に形だけの礼を述べて部屋から出ていった。

 聆藤は四月と同じように仕掛けられた盗聴器やワイヤレスマイクなどを壊しながらラジオに見せかけた盗聴電波受信機を手に取る。中に仕掛けてあるらしい余計な中継器を撤去したり、受信を確認していた。だから部屋に織斑が入ってくるより先に、聞こえた声に聆藤は驚かざるを得なかった。

 

『お帰りなさい。ご飯にします? お風呂にします? それともわ・た・し?』

 

 ひきつった聆藤の笑いは織斑千冬が見たら爆笑していたかもしれない。それくらい聆藤にとって衝撃的な事だった。さらには今の発言に込められた聆藤への牽制もあることを見抜いていた。要は私が守るからお前はいらないという通告にほかならず、面子(メンツ)を真正面から泥を塗りたくられたに等しかったが、それこそ今は聆藤と楯無の二人の共通項でしかなかった。

 聆藤の呆れの奥で更織楯無と織斑一夏の会話は進む。

 

「訓練、やろうか」

 

 唐突な内容に織斑一夏の目が点になり戸惑いながらも返事を返す。

 

「これからですか?」

 

 今はもう日が沈んで外は真っ暗になる。街灯の多少明かりが頼りだが、こんな時間に滅多なことがない限り訓練などしない。そもそも許可も降りないだろう、という意味を込めた織斑一夏の質問はあっさり無視された。

 

「大丈夫よ」

 

 何が大丈夫なんだろうかという冷ややかな目線にも挫けず、更織楯無は空虚な元気さを見せ続ける。

 

「この学校ではね生徒会長がOKなら大抵はOKなの」

 

 困惑したままの織斑一夏は重ねて問う。

 

「だいたい何でこれから訓練を?」

 

 それに対する更織楯無の返答は簡潔で簡素だった。

 

「君が未だに弱いからよ」

「俺がですか?」

 

 声に含まれたトゲをあえて無視するように織斑一夏を煽る。

 

「とても弱い。ましてやその程度の実力で我が身を守ろうなんてアリがピラミッドを作るくらいには」

 

 無理なこと、という挑発に織斑一夏は耐えきれなかった。

 

「いいでしょう、今からやりましょう」

 

 簡単にのせられた織斑一夏の沸点の低さに呆れ返りながら聆藤は見に行くことにした。理由は幾つかある。ひとつは今の、つまり銀の福音(シルバリオゴスペル)事件以降の織斑一夏の実力を知る必要があったから、もうひとつは学園最強、すなわち生徒会長たる更織楯無の直接の実力を知りたかったからだ。

 指定されたアリーナでは光が限界まで絞られていた。大型投光器は電源ごと落とされ、管制室の窓でさえ防護シャッターが締め切られている。

 織斑一夏の実力を見極めるにはピットの隣、重点防護区画に指定されている管制室が一番だ。分厚い隔壁と学園のメインコンピュータに直結した回線のみを持ち、備え付けの情報端末以外の接続を拒絶している管制室のシステムは外部とは事実上接続不可能だった。各国保有の専用機を試験する都合上、機密の塊を漏洩させるわけにはいかないという当然の理由がある。とはいってもIS学園に送られる武装やシステムなどはIS学園のセキュリティチェックを抜けなければ搬入さえ不可能とされる一方で、軍機或いは外交公電扱いとなれば如何に一国二制度であっても素通りさせてしまっていた。それは聆藤の『九試甲戦・改』も同じだった。搭載された光学センサー、赤外線センサー等の計測から推察される各種機体の基本スペックは一通り本部送りになっているとはいえ、ISは搭乗者の技量、精神状態に極端に左右される。つまりは『白式』の基本スペック以上の性能を発揮出来るかもしれない、というのが聆藤の推察だった。

 

「そこで見るつもり?」

 

 更織の冷たい声に振り向いたのは織斑一夏だけではなかったものの非友好的な視線であった事は一人を除き共通していた。

 

「聆藤?」

 

 驚いた声に懐疑の視線を被せるシャルロット・デュノアとセシリア・オルコット、ラウラ・ボーデヴィッヒに聆藤は視線を切った。

 もうすぐ寝る時間というところで叩き起こされ、回らない頭で訓練するから手伝ってほしい、という織斑一夏の願いにNOを突きつけられるわけもないセシリア・オルコットとシャルロット・デュノアに巻き込まれ連れてこられたラウラ・ボーデヴィッヒは巻き添えを食った側だが、聆藤から見れば餌に釣られてほいほい出てきた三人組(トリオ)に過ぎない。指定されたアリーナの管制室に更織が居るのを見て瞬時になぜ呼び出されたのかに思い至る。簡単に手のひらで踊らされた二人と巻き込まれた一人は反対側の通路から近づいていた聆藤に一切気付かなかったが当然更織楯無は気が付いていた。

 刺すような更織の視線を鉄面皮で無視して管制室に入ってきた聆藤は部屋のコンソールを叩き、先程まで更織がセットしていた訓練プログラムを立ち上げる。

 

「シューター・フローですか」

「なんだよ聆藤、復帰して挨拶もなしか」

 

 意味がわからないという態度を見せた聆藤に織斑は食って掛かる。

 

「いいや、何でもない」

 

 なげやりな態度にぶつけようとした憤懣も消えたらしい織斑一夏を放置してシャルロット・デュノアとセシリア・オルコットの機は宙を翔ていく。

 福音事件の最中、砲撃と呼ぶには(いささ)か過激な衝撃を受けて伸びて(気絶)していた聆藤は『白式』の第二形態(セカンド・シフト)の能力を見たことはない。だからこそこれは渡りに船だった。夜空に駆け回る二機に目を奪われた織斑一夏を横目にみて聆藤はディスプレイに目を凝らした。

 

 

 

 

 部屋備え付けのテレビに映る映像はある戦場の姿だった。ぱっと見でわかるほど滅茶苦茶に破壊されているのは船だろうか。幾つもの黒煙が海風に棚引き、線から面へと広がっていく。青い海で異様なその姿は明らかな傾斜が伺えた。

 

「この船は……まさか、サザンクロスか」

「その通り。イギリスの誇るクルーズ船。全長二二〇メートル、デッキは七層、アメリカのノーフォークからイギリス領ジブラルタル、ポーツマスまでを結んでいる」

「その船がなぜこんな姿に!」

 

 見るも無惨な姿をさらすクルーズ船に驚きを隠せないのは現役のドイツ軍少佐だ。「何があった?」と映像を見せた人物への声はあからさまな不信が見える。

 

 この部屋に今いるのはたった三人。一人は現役の軍人で少佐の階級を持ち国家代表候補生を兼任するラウラ・ボーデヴィッヒ、もう一人はフランス代表候補生にして性別偽装をおこした張本人のシャルロット・デュノア、そして壁にもたれ掛かかって顎に手を当てているのが国務総省国土保安庁の指揮下におり行方不明のまま消えてついさっき行きなり姿を表した問題の聆藤だった。

 

「この映像は一週間前。大西洋航路を航行中にサザンクロスは襲われた」

「なぜ我々二人に見せる。そして何を積んでいた」

 

 意味深に寒気のするような薄ら笑いをする聆藤にナイフを向けて声を張り上げる。

 

「答えろ!」

 

 ボーデヴィッヒの声には聆藤の答えは簡潔に返す。

 

「襲ったのは亡国企業(ファントムタスク)、そして積み荷はイギリスの BT(ブルー・ティアーズ)試作参号機『サイレント・ゼフィルス』だよ」

「イギリスは既に完成させていたの?」

「あぁ、既にね。太平洋のロナルド・レーガン弾道ミサイル防衛試験場で各種試験のため移動中だった」

「そこを襲われたのか」

「何でそんな大切なものを民間船で運んだの?」

 

「わかるか」とボーデヴィッヒに目を向けた聆藤に視線を反らし、小さな声で答えた。

 

「軍が信用できなかったのだな」

「ご名答」

 

「オルコットには言うなよ」と釘を刺した聆藤は二人に説明を始めた。

 福音事件の外堀がようやく冷めてきて、イギリス軍内部で開発されていた『サイレント・ゼフィルス』を試験場に移送するためにイギリス軍は運び役に民間人を装った情報士官に託すという三流喜劇並みの愚行を犯した。米軍の最新鋭機が()()()()()に外部より不正アクセスを受け、暴走したという事実はどこの国も制御不能に陥りかねないとして恐怖を抱えざるを得ず、イギリス軍としてはNATO(北大西洋条約機構)の基地間輸送機のチャーターさえ躊躇ったのだろう。水も漏らさぬはずの隠蔽工作の末、輸送計画は亡国企業(ファントムタスク)に筒抜けとなり、航行中のクルーズ船を襲い護衛戦力を殲滅、実力で制圧し強奪に成功すると船の機関部を破壊して撤収までやってのけたのだ。

 慌てたイギリス軍情報部はそれこそ泡を吹いて亡国企業(ファントムタスク)の行方を追ったものの、霧のように消え、取り逃すという失態を犯した。

 

「それで、何で我々に?」

「少佐には少し手伝ってもらう。おそらく学園祭で連中が動く」

 

 そういってショルダーバッグをボーデヴィッヒに放り投げた。ボーデヴィッヒは受けとると中を改めると目を細めた。

 

「日本はここで戦場を作るつもりか?」

 

 まさか。そういって聆藤は口を閉じると今度はデュノアに向き直る。胸ポケットから封筒を取り出すと机の上に滑らせた。封筒には亡命要項の文字がある。

 

「デュノア、()()()()は知ってるぞ」

「なにを言って」

「今のフランス政府はお前に価値を見いだしているのかな」

「……なにを言っているの?」

 

 理解したくない、そういう風で聆藤の目線から反らしたデュノアに聆藤はさらに突きつける。

 

「フランスにとってのお前の価値は果たしてどこにある? 性別の偽装、今やフランスのアキレス腱だ。どちら(日本かフランス)に付くか決めろ。フランスからお前は消される(殺される)。間違いなく」

「聆藤! お前はなにをさせるつもりか分かっているのか!」

「少佐こそ理解しているのか。フランスもアキレス腱をさらし続けるほど阿呆なのか? 日本もスパイを生きて返すほどの優しくはない」

 

 ボーデヴィッヒの激怒を無視して聆藤は重ねて問う。

 

「日本本国はお前をフランスに引き渡すつもりだ」

「馬鹿な! 仮にも国家代表候補生だぞ!」

 

 驚きを隠せないデュノアとボーデヴィッヒをみて聆藤はまた一歩、デュノアの内側に踏み込んだ。

 

「フランスはこのままだと世界に恥をさらす。その恥を自分達で処分しなければフランスは一生笑われる。それに騙された日本も。

 委員会もコケにされたんだ。決してお前を許さん。それにしても、三年間か。あの阿呆(織斑一夏)に余計な知恵をつけられたようだが、持っても一年。その後は帰国命令で事故死(暗殺)だろうよ」

 

 突きつけられた現実を前にして恐怖に色が染まる。ボーデヴィッヒも口を挟めない。

 

「だが国務総省(我々)なら守れる。もちろんそれなりに条件がある。だが、フランスの手にかかって死ぬか、それとも日本の保護下で生きるか」

「どうして日本が僕をかばうのさ?」

 

 声には言い様のない憤りがある。揺らいだ母国、フランスへの信頼をみてとった聆藤はさらに楔を打ち込む。

 

「国務総省はもう本国政府を当てにしていない。そして無能な政府に見きりを付けたのは日本だけではない」

シリビアンコントロール(文民統制)の原則を無視するつもりなの? 日本は」

「下の実務者達は既に事態収拾に動いてる。フランスの官僚達は今回の件の全ての責を現政権に押し付け、解体する気だ。お前には生き証人になってもらう」

「結局は人身御供というわけか」

 

 その質問にあえて答えず聆藤はデュノアに返答を迫る。

 

「お前はどうする? お前が決めるんだ」

 

 デュノアの目の前が暗くなるのを感じた。迷い以前に自分の立場が安全だと思っていたのだ。不安定以上に危険視されているなど思っても見なかったことで時間がほしくなっるのは当然だった。

 

「少し時間をくれない?」

 

 聆藤は軽く頷く動作をして了承を示す。

 

「デュノア、余計なことを話すなよ。日本本国が知ればお前は即座に国外追放だ」

 

 ついでにデュノアの同居人に釘を刺すと聆藤は部屋を出ていった。

 

 

 




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