「
決闘を申し込みます。この場にいる全員が証人ですわ」
彼女の口調は基本的に落ち着いているように見えるが所々声が上擦っているのが明確に理解できた。なぜ、どうしてこうなった。今の織斑千冬の内心は困惑し教師という顔が無ければ頭を抱えていただろう。時間は少し遡る。
端的に言えば、織斑一夏はやらかした。最初は入学式直後のホームルームで。副担任であると自己紹介した山田先生による指示のもと行われていた自己紹介で自分の名前だけ述べ以上です、と終わらせようとした時、明確な怒りを込めて振り下ろされた出席簿の角の直撃を受け悶絶しながら
「げぇっ 関羽!!」
そういわれた織斑千冬は躊躇い無く更にもう一撃を振り下ろす。パァン、という乾いた音と共に脳天に激痛が走ったらしい彼は両手で着弾点を押さえつつ苦悶に満ちた顔で痛みをこらえている。そんな弟を放っておいて織斑千冬は場を改めるように自らを紹介しすれば一瞬の間をおいて黄色い大歓声が教室を包み込む。鬱陶しそうに周りを見回す織斑千冬を尻目に歓声は拡大を続けた。それを放置して今度は弟に叱責を向けた。お前は自己紹介すらまともにできないのかと。それに対して彼は名前を呼んだ。千冬姉、と。当然振り下ろされる第三擊はまたしても直撃。アホウ、と辛うじて織斑一夏への罵倒を飲み飲んだ聆藤は行き宛を失った罵倒を已む無く小さくため息として吐き出すしかなかった。聆藤からすれば織斑一夏と織斑千冬が姉弟と判明するのはやむを得ないとしても、その発覚はもっと後になる予定だったからだ。さすがにここまで考え無しだとは思わなかったが仕方無しとして切り替えざるを得なかった。
二度目は一時限目の終了後の休憩中だった。教室内でたった二人の男子に視線が集中しているのを織斑は理解していた。それもやむを得ない事だろうと割りきっていた聆藤に対して織斑はおどおどしていたと言える。不安そうに周りを見ながら聆藤の席まで歩いてくると織斑は爽やかそうに口を開く。
「えっと、俺は織斑一夏っていう。男子二人しかいないけど三年間よろしくたのむよ」
先ほどのホームルームでの自己紹介もそれくらいまともに行えばいいのにと思ったことは顔に出さず聆藤は差し出された片手を取り続けて自己紹介された人物として当然の義務を返す。
「俺は聆藤彰等だ。漢字は耳片に命令の令に藤の花で聆藤。表彰の彰と等しいで彰等っていう。こちらこそよろしくお願いするよ」
聆藤は自分でも寒気のするような笑顔と声で自らの事を周りに知らしめる。今は意味無くとも、今後は何かかかるかもしれないと自分に自力の努力による再起を促した。
簡単な自己紹介を終えたところで彼は声をかけられた。ちょっといいかと。此方に声をかけたのは一昨々日の黒い車の中で行われた秘密会談で名前の出てきた少女だった。篠ノ之箒、ISをたった一人で基礎理論から組み立て、造り上げ世界を歪める遠因で原因を作った天才、否、天災である篠ノ之束の妹。少し前まで重要人物保護プログラムの保護のもとにいた。聆藤も何度か警護の任務に就いて警備作戦に参加していた。
そもそも、我が国に重要人物保護プログラムなど存在しない。どこの省庁も責任を負うの事を嫌がり消極的な綱引きの上、貧乏くじを引き当てたのは、いや押し付けられたのは内閣官房だった。時の総理は優柔不断で押しに弱いという、総理失格の人物が総理に成ったのが運のツキで慌てて特措置法を作る余裕もなく、已む無く極秘に内閣官房長官の意向として、警察庁に命じて作らせた偽の戸籍は担当者や、それを知る国務総省、国土保安庁上層部は特別重要人物保護法と皮肉を込めて読んでいるにすぎなかった。そうやって慌てて作られた偽の戸籍は杜撰すぎたらしく迷惑な客が週ごとに近づきつたあった。
それに気がついた警察庁は国務総省に泣き付き、仕方なく思い腰をあげ、囮も混ぜるために幾多かの戸籍を設置し誤魔化しにか入るが、それなのに、どこからか重要人物保護プログラムの最重要機密情報を奪って毎度襲ってくる
国務総省は内閣府からの命令で投入せざるを得なかった国土保安庁の非公開情報機関、
そんな裏事情は露知らず、久しぶりに会っただろう織斑一夏と旧交を暖める彼らは時間を見ていなかった。聆藤にはあまり聞き馴染みの無い休み時間の終了を告げる鐘がなれば席に着かず物思いに耽っていた織斑一夏の頭に本日第四擊が
三度めは授業中だった。わからないことがあるのは仕方がない。だがそれがすべてとは如何なる了見だ。聆藤は呆れ空を見上げ大きく息を吐いた。参考書を電話帳と間違えて棄てたと述べた彼の脳天に直撃する第五擊。もはや恒例に近いこの状況にため息は出きってしまったらしい。恐らく、彼の警備役はゴミを漁らされるだろう。捨てたという参考書は基本的に普通の人が得られる物ではない。それを片すためにゴミ漁りを強いられる警備役がかわいそうだと思った。勿論、自分が漁らずに済んで良かったとも思っているが。一週間で覚えろとあの分厚い参考書を押し付けられた彼は机で項垂れていた。自業自得だろう。山田先生は聆藤にも質問が無いか確かめる。
「問題ありません。そのまま続けてください」
そう述べる聆藤に安心したらしい山田先生は授業を継続した。
四度目は二時限の休み時間で、これまで三度事件が有ったのだからもう一度くらい何かあるのではと思っていた聆藤の予想を裏切らず事件が起こった。
休み時間中、織斑一夏に声をかけたのは貴族であり、両親の死後苦労して資産を守り抜いて国家代表候補生にまで上り詰めた努力家、と報告書に記載されていたセシリア・オルコットだ。それにしては、随分と攻撃的だと思い如何したのかと思えば織斑一夏は彼女を知らないと述べ、更に代表候補生とは何か、とまで聞き出した。何を聞いているのか、知らないなら知らないなりに努力をしろ、とさすがに頭を抱えた聆藤だったがそれ以上に彼女の逆鱗に触れたらしい。あまつさえ知らない事を恥じ入るのではなく自信満々に述べるその根性は聆藤の想像を遥かに越えていた。ひきつった笑いを張り付けるしか出来なかった聆藤に対して彼女のは怒りの炎が聆藤に飛び火した。
「あなたは知っているでしょうね」
言外に知らないことは許さないと、明確なまでの意思表示をするその激情に聆藤は知っていると、述べ鎮火作業を行う事にした。辛うじて延焼を押さえた積もりだった聆藤の鎮火作業は失敗する。彼が代表候補生とは何か、という質問で油を注いだからだ。具体的にはガソリンだったかもしれない。とにかく彼の努力は報われること無く炎は業火となって延焼範囲を広げつつあった。
エリートである事を殊更強調する彼女に聆藤はそろそろ呆れつつあった。エリートは偉いだろう。それに応じた努力もしてきたのだろう。その努力を貶されたように感じる彼の質問も問題だがそれ以上に関わることを止めたらいいのに、そう思い始めた。しかし、それが出来たら苦労しない、プライドが高いというのも難儀な性格をしてると思った。
そんな混沌とした状況で彼はとんでもないことを抜かし始めた。なんと入試で教官を倒したというのだ。そんなわけ無いだろう。聆藤は渡された映像を見て知っていたのだ。あれは誰がどう見ても教官を倒したというより教官が自滅したと述べるべきだろう。それを真に受けた彼女は怒りの炎を更に巨大化させ誰に燃え移るか、周りが知らぬ振りを始めたほどの彼女の激は授業開始の鐘で弱くなった。しかしそんな事で鎮火するわけもなく一時凌ぎに過ぎないのは明白だったといえよう。
五度目はその直後の三時限目だった。今回、教鞭を執るのは山田先生ではなく織斑千冬で問題もおこるまいと思っていた聆藤の予想の斜め上をいった。
さぁ授業だ。そう思った直後にあぁ、と今思い出したように再来週のクラス代表戦の代表者を決めるというのだ。クラス代表戦への説明が行われるがクラスの空気は既に授業という空気は消し飛び、誰が行うのかという方に傾いていた。自他推薦問わない、そう伝えると空気は一瞬で色めき立つ。最初に推薦を受けたのは当然と言わんばかり注目の的の織斑一夏だ。されに続いて何人かが彼を推薦する。それに焦ったのか織斑一夏は聆藤彰等を推薦した。聆藤は冷たい目をしながら眉間に手をおきため息を吐いた。キャーキャーと黄色い声が上がるなかそれは机を思いっきり叩いた音で沈黙に代わった。机を叩いたのはさっきの休憩時間で大火災を巻き起こしたセシリア・オルコットだ。彼女は全く納得のいかないようすで矢継ぎ早に自薦した。おまけに文化的後進国という余計なことを言い出した彼女は、身の程を知らぬ犬に噛みつかれた。織斑一夏はほぼ反射的な反応だったが噛みつかれた貴人は一瞬で何を言われたのか理解しかねた様子だったが理解すると同時に過去最大級の噴火を起こした。
「決闘ですわ!!」
もはや収集不能なこの情況に山田先生は頭を抱え、織斑千冬も頭痛を押さえきれない様子だ。
決闘。それを吹っ掛けた方も方だが、それに乗っかった方も方だと呆れ返っていた聆藤にも炎は容赦なく襲いかかった。
「あなたもですわよ、聆藤。まさか逃げませんわよね」
殆どいつの間にかレールにのせられた聆藤はブレーキの壊れた車で坂道を高速で走り抜けるようなどうにでもなれというなげやりな気分になりつつあった。そんな気分も一瞬で吹き飛んだが。
織斑一夏はハンデを如何にするか、というところでクラス中の爆笑を浴びて困惑していた。成る程彼女たちは男女間戦争が発生したらという根拠不明なものを信じているのだろう。これは織斑一夏が正解だ。
まずISとは基本的に点であって面ではない。これは戦術的優位を取れても、戦略的優位を取りにくいといえる。更に数が限られている。成る程たしかにISは最強だろう。しかし基本的に如何なる物でも数が揃わなければ意味がなく、兵器として失格だ。核の相互確証破壊でさえ敵を滅ぼし得るだけの核が必要だったのだ。核より数の少ないそれは小国の抑止力になり得ても大国の抑止力にはなり得ない。さらにISは国境紛争などの戦争未満、戦闘以上の事案には投入しにくいという嘗ての戦艦のように使いづらく成りつつある。使えば戦争というそれを好き好んで使うやつはそうはいない。何よりISの操縦者は死なないのだ。人を殺せる兵器であるとの自覚が薄い。その自覚のなさはいざ実戦と成ったとき、大きな足枷になるだろう。国土保安庁の試算では例え年単位であっても戦術的優位を得るのは難しいが戦略的優位なら取りやすい、しかもさらに続けば国家の体力の低下から来る質不足は大きくなり最終的には質、量共に圧倒されISが負けるという結果になっている。そこを考えること無くただ与えられた情報を漫然と受け入れるのは愚かな行為であると聆藤は自覚していた。
とにかく聆藤が考え込んでいる間にも話は進み、決闘の日時まで決まっしまった。そこで聆藤はクラス代表はやりたくないが、頼り無しと謗られれば今後に影響は大きいとして手を上げた。
「織斑先生、一つよろしいでしょうか」
若干不機嫌そうな織斑先生に許可をもらい自分の意見を述べる。
「織斑先生、クラス代表はやりたくありませんが決闘だけ受けても構わないでしょうか」
この質問に虚を突かれたらしいがそれでもすぐに質問を返す。
「それはどういう意味だ。お前はオルコットに勝てるのか?」
聆藤は自信をもって答える。
「問題ありません。むしろ勝てて当然でしょう」
この挑発は効いたらしい。
「どういう意味ですの、あなたが
聆藤は更に挑発を重ねる。
「そう述べたのが聞こえなかったかな。そうだね、なんなら決闘らしく、口上でも述べたらいかがかな」
怒りで一周回って冷静になったらしい彼女はそれを承諾する。
「分かりましたわ。そうさせて頂きます」
カツカツと聆藤の前まですすむと指を聆藤に突きつけると口上を述べる。
「
それに対して聆藤も落ち着いて返す。
「いいだろう。私、聆藤彰等は日本国国務総省国土保安庁に属する者として、この決闘を受諾する。この場にいる全員が証人だとも」
彼女の方から織斑千冬に向き直り、伝える。
「織斑先生、宜しいですね」
苦虫を噛み潰したような表情で織斑千冬は頷いた。
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