三層に重なった原子力空母の原子炉の格納容器に使われるという分厚い隔壁をくぐれば、カタパルトの推進を背中に受け、勢いを落とさず空に舞い上がり後ろを確認してみると、先程まで待機していたピットが大きな口を開いているのが見える。巡航速度とはいえ、飛行しながら片手で、かつ急上昇しているにも関わらず、マニュアル操作でスラスター系統を一切の出力のロスや機体のブレをなくすという離れ業をやってのけるが傍目には、普通に飛んでいるようにしか見えず、称賛はなかった。停止する瞬間も急停止ではなく、静止であった。指定高度に到着すると、三十メートルほど離れた空間で同じように武装を展開して滞空するセシリア・オルコットがいた。セシリア・オルコットはおもむろに口を開き自らの口上を述べる。
「貴方のその傲慢なる振る舞い、目に余ります。英国代表候補生として成敗しましょう」
ここで乗らねば決闘を吹っ掛けた意味はない、と恥ずかしさを圧し殺し、口上を述べる。
「私利私欲のため、妄りに私闘をおこすその行為、秩序ばかりか治安も乱します。国家の実力組織に属するものとして制裁します」
互いに口上を述べ終えると静かに目線を合わせ、開始の合図を待つ。アリーナの観客席は静かな熱狂に包まれており、明らかに異質な空間を作り出していた。
「これより、セシリア・オルコットと聆藤彰等の決闘を始める」
熱気は風船のように著しい膨張を遂げると、後はあっさり弾けるときを待つ。決して動じること無く、開始のタイミングを計る。そして―
「始め」
織斑千冬の、決して大きいわけではない、しかし深く染み渡るような声は意外に響いた。二人は、ほぼ同時に学園東側に全速力を傾ける。東側は沖合いに向かう最短距離だからだ。オペレーション・コントロール・ルームでは織斑千冬が考察を述べる。それに答える山田真耶も同じ意見だった。
「共に沖合いを目指したのは、場所を取るためだろうな」
「ええ、学園施設への攻撃は実質不可能です。となるとどちらが先に沖合いに出て広く場所を取るかが重要です。特にオルコットさんは遠距離戦に特化しています。先にとるにしても、先に行きすぎたら袋叩きに遇いかねません。聆藤君は難しい距離感を強いられますね」
そんな会話は露知らず、互いにものの十秒足らずで海岸線を抜け、沖合いに出る。先に沖合いに出たのは聆藤だった。時折後ろから打ち込まれる青いレーザーは牽制の域を出ず、脅威にはならない。その推察は正しく、距離をとれば問題はなかった。しかしオルコットの狙いはそれであったといえる。織斑一夏との戦闘と異なり回避を続ける聆藤に苛立ちを覚えながらも高度をとりつつ、上からの射撃で進路を誘導しいくぶんか直線的になったところで青い猟犬を六匹野に放った。
「逃げ足の早いこと、一夏さんは向かってきましたのに。ではこれならいかがでしょう」
聆藤は自分に向かってくる幾つもの猟犬の突撃を横目で見ると一気に急降下を開始した。逆落としのような急降下は機体の急降下限界速度いっぱいの一歩手前でまっ逆さまに落ちて行く。そのまま、水面ギリギリまで落とすと、そこから引き起こしを掛けた。機体と聆藤にかかるGは凡そ9G。人体が耐えられるというギリギリのところを駆け抜け機体の軌道は水平に戻る。聆藤の急降下を角度の緩い緩降下で高度を落とし真後ろについてビットは攻撃を開始した。四つの青く細い線と、それよりはるかに太く、圧力さえ感じるような青い一撃が降り注ぐなか、聆藤は回避に徹していた。時折直撃を受けながらも逃げ回る聆藤に観客はひどく落胆の様相を呈してきたが織斑千冬や山田真耶はオルコットの方に落胆の眼差しを向けていた。
観客席でざわめきが起こる。聆藤がシールドの機銃を水面に打ち付けたのだ。水しぶきがむすうに立ち上がり、ビットの追跡を阻害する。追跡の阻害を最優先に、もしかしたらで巻き込まれ落水できればよいと割りきった阻害攻撃は幾分か有効に作用する。水面を這うように進みながら細かい切り返しを幾度も繰り返す聆藤に対してセシリア・オルコットは不満を貯めていった。その不満は逃げ回る聆藤にか、仕留めきれない自分にかは分からなかった。適度に返される反撃の段幕はあてずっぽうらしく掠りもしないがそれが余計に焦りを生む。痺れを切らしたオルコットは上空からの射撃を優先するようになる。
「かかった」
誰にも聞こえないような小さな声で呟き、作戦の第一段階が終了し第二段階へ移行するとき、と決めると、一気に上昇しながら百八十度反転を試みる。学園から遠ざかっていた聆藤たちは今度は学園に急接近しつつある。降り注ぐ青い火線は上下左右のあらゆる方向から打ち込まれる。オルコットはブルー・ティアーズの最も得意な戦いかたを理解していたといる。それに対して聆藤は急加速、急減速、急上昇、急降下に急旋回と自分の持ちうる技術を駆使して回避を続ける。オンにしている共通回線から聞こえるのは聆藤にたいするオルコットの不満。
「一夏さんとは大違い」
そんなこと知るか、と怒鳴りたい衝動をぐっと押さえながら学園近くに来ると外周をぐるっと回り駆け抜ける。学園施設への損壊は厳禁。そのルールがオルコットの射撃をためらわせる。いくら数かあろうとも、当たらなければ意味がない。嫌がらせじみた場所の取り方はオルコットの冷静さを確実に奪いつつあった。
オペレーション・コントロール・ルームでは織斑千冬達が溜め息をついていた。
「オルコットは上手く嵌められたな。聆藤め、随分と狡猾な手段をとる」
「それに対してオルコットさんはさっき押しきれなかったのが痛いですね」
「あぁ、聆藤を甘く見ていたのだろうな。見事にしてやられている。自信があったのも頷けるな」
オペレーション・コントロール・ルームでの冷静な分析をよそに決闘は決着のときを迎えようとしていた。三方向からの同時射撃に逃げ場を失ったように見えた聆藤は、学園直通線の駅構内に逃げ込む。土日休日ともなれば生徒で賑わうが今は誰もおらず、ただ沈黙を守っている。そこに聆藤は、列車以上の速度で滑り込みながら列車と同じくらいのところで停止した。追い込んだと思ったオルコットは勝利を確実なものとするため中へ侵入する。聆藤に動揺はなかった。
「逃げ場はありませんわよ」
「逃げられないのは貴女ですよ」
一瞬の動揺は誰にも気がつかれずにすんだが、その代償は余りにも大きかったと言えよう。
その言葉と同時にオルコットに向けた片手のシールドが六つの火を吹き出す。ばらまかれる細い火線の束は大雑把な狙いしかつけていなかったがこの狭い空間では十分だった。回避させようとしても場所の無い駅構内では満足な回避運動は不可能。四つ全てのビットが粉砕されるまでさして時間はかからず駅構内は爆炎に包まれた。慌てて後退して高度をとろうとするオルコットに冷酷に告げる。
「ブルー・ティアーズの最大の特徴は意識の外からの同時攻撃、しかしここでは攻撃は一方向に限定され、なおかつ特別ルールにより俺に確実に当てるしかない。偏向射撃が可能ならともかく、直射しかできない今、俺にたいする攻撃は不可能。ブルー・ティアーズが長所をいかせない狭く閉じた場所、ここを探していた」
「くっ」
見事なまでに誘導され、嵌められた自分の不甲斐なさと、こんな狡猾な手段を考えた聆藤に対する悔しさを織り交ぜ、思わず苦悶の声が上がる。急上昇を試みたところで、開戦直後の加速力比べで機動力に勝ることがわかっている九試甲戦・改にすぐに追い上げられ高度を取られると上に向けての射撃は体勢を崩しながらでは当たるわけもなく空を切る。苦し紛れに放ったミサイルは脚部のミサイルユニットから放たれたチャフとフレアで明後日の方向に散らされれば、例え馬鹿でも絶体絶命を自覚できる。聆藤は位置関係を確認しながら逆落としに急降下を行い、シールドの内側に格納されたブレードを開きブルー・ティアーズに突き立てる。
「ファイア」
呟きの直後に、連発して撃ち込まれた中口径の演習用弱装弾はシールドエネルギーを確実に蝕み、八発めでイエローゾーンに届き、閉所での取り回しを重視した短めのマガジン、十二発目最後の一発の直撃を受けるとゼロを表示し、それと同時に終幕を告げるブザーがなった。
織斑千冬がマイクを手に取り聆藤の勝利を告げる。
「勝者、聆藤」
と。
歓声より沈黙が走り抜けたアリーナを気にする素振りさえなく、ピットに戻ってISを待機状態に戻した聆藤は、待っていた織斑にぶん殴られた。無警戒のなかをいきなりの殴られた聆藤はよろけることなく、踏みとどまりとっさに中腰に構え第二撃に備えた。織斑は顔を真っ赤に怒らせ第二撃を放ったが、なぜ怒っているのかわからないというそぶりの聆藤はあっさりかわすとそのまま足払いを決め床に叩きつけた。ドシン、という音ともに激痛に顔を歪める織斑一夏に対して聆藤はそのまま腕をねじりあげ、訓練で習った通りの方法で拘束する。そのままの体勢で質問しようとすると良くとおる横から声が聞こえる。
「何をしている」
驚きと困惑をごちゃ混ぜにしたような声をあげる織斑一夏に対して聆藤は事実を端的に述べる。
「千冬姉!!」
「いきなり殴りかかられたので予防措置を取ったまでです」
感情の触れ幅をゼロにしたような感じで聆藤は織斑の言葉を無視した。
「織斑、なぜ聆藤に殴りかかった」
織斑千冬が質問する。
「だってこいつ、ほぼ勝ちが決まったのに何発も撃ち込んでいたんだ。男として許せるかよ」
聆藤を睨み付けながら、主張を述べる。聆藤はあきれてものも言えないと主張を放棄していた。はあと溜め息をついた織斑千冬はとりあえず手を離せと聆藤に指示をだし、弟に諭す。
「いいか、織斑。あのときオルコットは武器を捨てていなかった。あそこで止めを刺さねばひっくり返されたかもしれないだろう。そういった意味では聆藤の攻撃は正しかった。私もあの状況ならそうしただろうよ」
不満げな顔をしつつ、納得できるとかいう態度をとってそのままピットを出ていった。
「すまなかったな、聆藤。今回の決闘といい殴ったことといい、申し訳ないな」
「いえ、謝罪は結構ですよ。今回の決闘も俺の力を示すいい機会でしたし、彼の思いを知るには大切なことでしょうから」
欠片ほども思っていないことを述べ、場をとりなす。これくらいはサービスだと割りきり発言する。
「これからも迷惑を掛けるだろうがよろしく頼む」
「ご心配には及びませんよ。それが仕事ですから」
そう述べる聆藤の目はどす黒い濁った色を湛えていたが織斑千冬は気がつく素振りを見せなかった。
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