ダークエリアを旅人たちはひたすらに進んでいた。敵が出てきてはスレイヤードラモンが蹴散らし、安全確認が必要な場所ではスレイヤードラモンが確認する。
――ほぼ、スレイヤードラモンしか働いていなかった。
「で、今のところ三層くらい下に来たわけだけども。あとどのくらいだ?」
「九十四層だな」
「……今なんて?」
ウィザーモンの言葉に思わず聞き返した旅人たちだったが、現実は変わらない。変わりようもない。思わず天を見上げる旅人たちだったが、そこにあるのは空ではなく天井だ。
危険な思想と力を持つ者たちが簡単に出てこれないようにするためにそんな構造になっているのだが、この緊急の状況においては面倒くさいことこの上ない構造だった。
「時間ないんだよな?」
「だが、他に方法もない――こともないが、危険が伴う」
「具体的には?」
「一歩間違えば、おさらばだ……もちろん人生からな」
「……地道にいこうか」
こんなところで命を賭けたくもない。そう思った旅人たちは地道に行くことを選択する。もし本当に時間がないなら、ナムが何か言うだろうという考えもあったことにはあったのだが。
とにかく、必要もないのに命を賭ける趣味は旅人たちにはないのである。
「さて……行こうか」
「しんど~」
「ドルは何もしてないだろ」
そう言いながら、次の階へと降りる入口へと飛び込む。ここまで訪れた階層もほぼ素通り状態で、きっとこれからの階層も素通りするだろう。旅人たちに、もはやここに訪れる前の期待などどこにもなかった。早くこの退屈な進行が終わることを祈る旅人たちである。
だが――その祈りが通じたのか、この苦行の終わりは唐突に訪れた。
「止まれっ」
「リュウ?どうかしたのかッ!」
何もない場所で突然止まったスレイヤードラモンにナムを除いた全員が怪訝な表情をする。だが、スレイヤードラモンに遅れる形で旅人たちも気がついた。何者かが隠れてそこに存在していることに。
気がついてからの旅人たちの行動は早い。すぐに戦闘態勢をとれるように構えて警戒し、その何者かを睨む。
一方で旅人たちの予想に反して、その何者かは簡単に姿を現した。その者はコートをスーツの上に着用し、その状態で銃を持っているというある意味でミスマッチな格好をしている。だが、それでも強者特有の存在感を放っていて、その姿を笑うような者はいないだろう。
「ほう。気がつきますか。さすが……と言っておきましょう。それにしても……やれやれ、まだこの辺にいたのですね」
「ッ!誰だっ」
「私はアスタモン。グランドラクモンの
そう言ったアスタモンだが、旅人たちはいまいち信用できなかった。隠れて接近してくる相手を信用できるはずもない。
だが、そんな旅人たちに構わずナムはアスタモンについて行く。目的の場所ではナムがいなければ話にならない。何も疑う姿勢を見せずについて行ったナムを見て、仕方なくアスタモンついて行くことにした旅人たちだった。
「強そうだな。アスタモンは究極体なのか?」
「いえ、完全体ですよ。竜の勇者を継ぐ者。それでも、並の究極体に引けは取らないと自負していますがね」
「グランドラクモンにお願いされたと言ってたな。親しいのか?」
「いえ、名前を知っていた程度ですよ。ですが、あの“老害”に
「……」
アスタモンはグランドラクモンを彷彿とさせるような丁寧な言葉で、物腰の柔らかそうな紳士的な態度をとっている。だが、いかんせん言葉の内容と雰囲気自体は真っ黒だ。
丁寧な言葉でここまで黒いことが言えるのか、と引き攣った頬を隠せない旅人だった。
「どこ行くんだ?下層への入口はあっち――」
「一応言っておきますけど、あれで最下層辺りまで降りるとなると百年単位の時間がかかりますよ」
下層への入口一つ一つの距離はたいしたことないくせに、そこまでの時間がかかるのはさきほどウィザーモンが言っていた異世界法則というものが関係している。
ようするに、実際の空間の距離とかかる時間が比例しないのだ。
「……」
「あれで最下層辺りまで目指すという素敵な行いがしたいのなら、お帰りの際にお願いしますね。まぁ、素晴らしく頭の良い貴方がたなら、良い行動をとってくれると思っておりますよ」
無駄な行動を止めてくれたのはありがたいのだが、嫌味ったらしく聞こえる真っ黒な言葉が旅人たちに感謝の念を抱かせるのを止めさせた。
しかもよく見れば、アスタモンは口元が弧を描いている。どうやら、旅人たちの反応を見て楽しんでいるらしかった。だが、それがムカつくからといって口で返せば、おそらくさらに真っ黒い言葉に晒される羽目になるだろう。口が達者ではない旅人たちは黙るしかなかった。
「っていうか、だったらどうしてウィザーモンたちはあの道で降りようとしたんだよ」
「ふむ。僕たちも知らなかった、としか言い様がないな」
「ほんと、ダークエリアは入るのも、出るのも難しいって聞いていたけど……これほどとはね。まあ、実験できてよかったじゃない」
「……ナムは知ってたんじゃないか?」
「知ってた。だから、グランドラクモンからの使い。待っていた」
「一応言っておきますけど、私はあの老いぼれの手伝いをしているだけであって、部下ではありませんからね?」
ようするに情報開示をせずに、しかもそれぞれがそれぞれの理由で行動した結果、無限地獄のような素敵な苦行に片足を突っ込む羽目になったのである。しかも、一歩間違えばそれこそ世界滅亡に繋がったのだから、笑えない。
そして今、旅人たちの目の前には底の見えない穴が存在していた。底の見えないその穴は旅人たちに純粋な恐怖を抱かせている。
「この穴を降りると最下層辺りの層まで行けます。文字通り奈落の底へと超特急で行けますよ」
「笑えないな……具体的には?」
「さて。グランドラクモンが作ったものなのでわかりませんね」
「……」
今のアスタモンの口は間違いなく弧を描いて歪んでいることだろう。短い付き合いだが、見なくてもそれがわかってしまった旅人たちである。
できればわかりたくなかった。そう思ってもわかってしまうのだから、仕方ない。
「それでは、私はここまでです。世界をよろしくお願いしますね」
「ん?アスタモンはいかないのか?」
「ええ。私はこれから地上に出て下見を。今度部下たちと地上に侵こ――いや、なんでもないですよ」
わざとなのか、それとも天然で洩らしたのか。言いかけた不吉そうな作戦を旅人たちは全力で聞かなかったことにした。どうやら世界は天災から救われても、人災によって混乱に陥る運命にあるらしい。
「くれぐれもよろしくお願いしますね。私も無駄な行為は嫌なので」
よろしくしたくない旅人たちだった。
あれからどれくらい時間が経ったのか。一分か、一時間か、一日か。
穴へと飛び込んだ旅人たちは、これが無限に続くのかと錯覚するほどに浮遊感に苛まれ続けていた。アスタモンの通常の方法では百年単位の時間がかかるという言葉は嘘ではなかったらしく、旅人たちは依然として終わりの見えない穴を落ち続ける羽目になっているのだ。
もっとも、この旅人たちの常識の通じないダークエリアで、時間と距離がどれほどの関係性を持つのかは不明だが。
「ぐぅ……」
「ドルのやつよくこの状況で眠れるよな」
「オレも眠りたい……暇」
とはいえ、出口が見えないということには変わりがなく。そんな穴をひたすらに落ち続けてるというのも退屈なものである。
そんな状況が続き、ようやく穴の終わりが見え始める。視界に入り始めたか細い光。だが、確かに見ることのできるその光は、この穴の終わりを示していた。
ちなみに時間感覚が麻痺した旅人たちにはわからなかったが、落ち続けていた時間は旅人たちの世界の時間で二日ほどであったりする。
「やっとか……疲れた」
「でも、疲れるのはこれからよ?」
「……言わないでくれ」
ようやく見えた終わりに、旅人たちも浮き足立つ。
そしてその数分後。旅人たちは地面に叩きつけられた。地面には細工がしてあったらしく、スプラッタな光景になることはなかった。見事なほどにあんまりな出口ではあったが、永遠とも思える落下体験は旅人たちの精神を疲弊させている。今ならどんな出口だろうと感謝の念を抱くことだろう。
「ここは?」
「九十八層目。神殿。ここ」
「九十八?何でそんなに中途半端――」
「きっと百層目が罪で、九十九層目がグランドラクモンの城なんじゃないかな?」
ウィッチモンの解釈にナムは頷く。この下にグランドラクモンの城があるらしかった。
だが、ナムの話ではここから下に降りるのは大変時間がかかるのでやめた方がいいとのこと。上層の方が下層に比べて次の層との行き来にかかる時間は短いらしかった。
残念だが、グランドラクモンの城訪問を諦める旅人。今回の目的をさっさと終わらせることにしたのだった。
「やれやれ。さっさと行くぞ。あそこの神殿だ」
目の前にある巨大な七つの神殿。まるで円を描くように、同じ円周上に建てられてるその神殿を表す言葉は荘厳という二文字以外見つからない。
そしてそれらを繋ぐように地面を走る光の軌跡。地面を走るソレは、おそらく封印の魔法陣か何かを描いているのだろう。旅人には理解できなかったが、かろうじて何らかの図を描いているということだけは読み取れた。
「ここが“憤怒”の神殿だ」
「殺風景だな」
初めに憤怒の神殿を訪れた旅人たちだったが、神殿というにはあまりにも殺風景過ぎる内装に首を傾げた。旅人たちの予想では、荘厳な外装と同じように豪華な内装を予想していたのである。
だが、実際は外装と対になるかのような内装だった。必要最低限のものしか置いていない。
「でも、台座はあるね」
「ドルモン。あんまり不用意に触らない方がいいわよ。いろいろと意味があって置いてあるのかもしれないし」
「ウィッチモンの言う通りだ。今までの苦労を世界と共に水に流したくはないだろう?」
「……離れる」
そんな質素な神殿の中で、異色を放っているものがひとつ。豪華という言葉では言い足りないほどの装飾で飾られた台座が神殿の中心にポツンと置かれていた。
まるで王の帰還を待つ玉座のようでもあるその台座。そこに旅人はナムの指示でカードを置く。もちろん、七大魔王のカードのひとつ――デーモンのカードを。
どうやら、これらの神殿は同じような作りのくせにそれぞれ対応する魔王がいるらしく、間違えて置いてはいけないらしい。それを聞いた時、旅人たちは一様にこう思った。
なら、もっとわかりやすい違いがある神殿にしろ、と。
「これでいいのか?」
「いい。次」
「はいはい……」
次いで同じように、暴食の神殿にベルゼブモンのカードを。
傲慢の神殿にルーチェモンのカードを。
強欲の神殿にバルバモンのカードを。
怠惰の神殿にベルフェモンのカードを。
色欲の神殿にリリスモンのカードを。
嫉妬の神殿にリヴァイアモンのカードを。
それぞれ配置する。それと同時にナムの呼びかけで外へと出た旅人たちはこの層に落ちてきた場所へと戻った。ここからはナムの仕事である。
ちなみに旅人たちは勘違いしていたのだが、ウィザーモンたちは何もしないらしい。下準備とやらのために奔走しただけで、どうやらここへは単なる見学のために来たらしかった。
「ッ!これは……」
「すごいな。七大魔王勢揃いだ」
「正直実験がなくても、これだけで来た価値はあったかもね」
体中が薄く発光し始めたナムは手を組んで、祈るような体勢を取る。そして、それと同時に神殿から光が立ち上り、同時にそれぞれの神殿の建物の丈夫に巨大な七大魔王の姿が現れた。
意思がなくても、その身に宿した力はオリジナルと遜色ないのだ。七大魔王勢揃いのこの光景は、問題ないとわかっていても思わず逃げ出したくなるような光景である。
「――ん?」
「どうしたの?」
「……気のせいか。なんでもない」
そんな中で、旅人は声を聞いたような気がして思わず振り返る。だが、当然だがこの場には旅人たち以外の誰かは居らず、旅人も空耳だと気にかけなかった。
もし、旅人がここでこの声についてもっと気にしていたのなら――或いはまた別の未来があったかもしれない。どちらがより良い未来だったのかは、わかりようもない。だが、少なくとも“IF”の話であることには違いなかった。
「……七大魔王探し。いろいろとあったな……喧嘩したり……どうかしたのか?」
「い、いや!なんでもないよね、リュウ!」
「そ、そうだな!ドル!」
旅人が言った“喧嘩”とは、ベルフェモンのいた世界でのことである。だが、スレイヤードラモンとドルモンにとっての“喧嘩”はあの七大魔王が見つからなかった世界でのことであるのだ。
別に悪いことはしてないし、旅人は気づいてすらいない。だが、その認識の食い違いをわかった上で、思わず秘密にしていたことがバレてしまったかのような居心地の悪さを味わってしまうドルモンたち二人だった。
「――ッ!」
そんな雰囲気だったからか。とにかく旅人たちは油断していたのだ。
もうこの事態は終わったことだと。すべて終わった気になって気楽に構えていたのだ。だから、見逃した。予兆は幾つもあったのにも関わらず。
油断がなく構えていれば良かったとか、予兆を見落とさずにいれば良かったとか、いろいろあったかもしれない。或いは、万全でもどうしようもなかったかもしれない。
まだ、事態は終わらない。それだけが、真実だった――。
「ッ!たび――」
「あ――」
「まずぃ――」
その瞬間に、世界が消える。
まるで元から無かったかのように、元からそう有ったかのように。真っ黒に、真っ白に。
すべてが消える。
生き物も。空も、大地も、海も。時間も、空間も。
世界のすべてが――。
さて、いよいよ最終決戦の始まりです。
詳しくは次回に。
それでは、また次回に。よろしくお願いします。