数時間前までおよそ森林破壊といった現象と無縁の山に一つの人影があった。現在のその山はいたるところで木が切り倒されており、平和な山は現在進行系で森林破壊の現場となっていた。
「ぁあ!ぁぁアああアア!はぁはぁ。っぐ!アアアアアアアアア!」
森林破壊をしている人影――旅人――は剣を振り回して目に付いた木を所構わず切り刻んでいた。
その姿は猟奇性を感じるものであり、人間の世界では通報間違いなしである。旅人は動けなくなるまで剣を振り回し、疲れたら倒れて、回復したらまた振り回し……を繰り返している。
流石に三日もそれを繰り返している旅人を見て何を思ったのか、旅人が倒れた隙に旅人を助けた女の子が近づいて来た。
「楽しい?」
「……ふざけてるのか?喧嘩売ってんのか?」
「そんなことはない」
そこで会話が途切れる。嫌な沈黙が辺りを包んだ。旅人が立ち上がった時に、女の子は動こうともしなかった。
三日も暴れていて頭も少し冷えたのか、旅人が動こうともしない女の子に言葉をかける。
「……そんなところにいると当たるぞ」
「大丈夫」
「いや、大丈夫って……」
“アホか。どう見ても範囲内だろ”明らかに剣の当たる範囲にいる女の子を旅人はアホを見るような目で見る。
しかし、その女の子はさらなる爆弾を投下する。
「貴方みたいなへっぽこの攻撃なんか当たらない」
「喧嘩売ってるんだな?」
訂正。少しも冷えていない旅人はそのまま女の子に斬りかかった。少しは理性が残っているのか、寸止めするつもりではあったのだが。
「っへ?」
気がつけば旅人は空を舞っていた。旅人は何が起きたのかを理解しないうちに地面に落下する。
「っく……ふざけるなぁ!」
すぐさまソレが目の前にいる女の子がしたことだと気づいて、頭に血が上った旅人は女の子に剣を振り下ろす。
傍から見れば……いや、普段の旅人から見ても明らかに大変なことをしているのだが、それを指摘できる者はいない。
旅人が剣を振り回す。かなりのスピードがあるにもかかわらず女の子は難なく避ける。
「ぐぐぐ……」
「もう終わり?」
「あぁもう!set『炎』」
一時間が経過したあたりで、業を煮やした旅人がカードを使い始める。
しかし、女の子はカードの力さえ難なく避ける。それは旅人がカードと体力を使い切るまで続いた。
結局暴れに暴れた旅人のせいで、山の景観は緑から茶色へと変化していた。
原因の旅人は疲れはててぶっ倒れている。女の子の方は横でどこからか取り出したリンゴを食べていた。
「……なぁ」
「何?」
「なんで助けたんだ?」
ありもしないプライドを粉々に砕かれた旅人は、もう怒りさえ鎮静したのか、動く気さえ起きていない。
しかし、冷静になった分、ただ疑問が頭に浮かび上がった。
「……理由はない。ただ貴方はあそこで死んでいい人間ではない。だから助けた」
「死んでいい人間ではないとか!オマエが決めるのかよ!英雄と言い!オマエと言い!なんで皆勝手なことを言うんだよ!」
「……」
喋ったことで感情が昂ぶったのか、旅人はダムが決壊したかのように叫びだす。
勝手に自分の未来を決め付けられているような気がしてするのだ。ただひたすらに腹が立った。そんな旅人を女の子は変わらず冷めた目で見続けていた。
「死ねばよかったんだよ!オレなんて!ドルが!アイツが!オレを……弱いオレを守って死んだんだぞ!アイツが諦めなかった時に……一人で勝手に諦めてアイツを一人で戦わせた……オレなんて……死ねばよかったんだ……」
「……貴方は……死にたいの?」
「死にたい訳が無い。でも……どうしたらいいか……分からないんだよ」
叫び始めた当初の勢いはもはやなく、今の旅人の言葉は懺悔に近く、贖罪を望む罪人のようでもあった。
「……こんなんだったら……旅なんかでなければ良かったのかもな。いや……いっそのことドルと……」
「出会わなければ良かった?」
言葉として続けられなかった言葉を女の子が引き継ぐ。
旅人はその言葉を聞いて目を見開いた。
「……私には貴方が何に苦しんでいるか理解できない。でも……貴方が最低な奴だってことは理解できる」
「最低か……そうかもな。ドルは……オレが殺したようなもんだもんな」
もう旅人は自分で思考することさえ満足にできていない。ただ言われたことを自分に当てはめて、そのまま都合がいいように改変している。
「違う」
「……え?」
「私が最低と言ったのは、別。貴方はドルモンの意志を無駄にしている。ドルモンは貴方に生きて欲しくて、貴方に未来を残したくて一人戦った。貴方はそんなドルモンの意志を分かってない」
女の子は話す。ドルモンの最後の意志を無駄にしている。だから最低なのだと。
「だからって……どうしようも……ないだろうが……」
「……ドルモンはまだ死んでない」
「え?ちょ、ちょっと待て!どういう……」
「この結晶。」
まだ希望はある。その言葉に旅人は一も二もなく飛びついた。女の子が取り出したのは仮面の男が最後に投げつけた結晶だった。それを旅人の方へと渡す。
「この結晶にはドルモンのデータ核が封じられている。だから条件を満たせば復活することは可能」
「なんでそんなことが分かるんだよ!第一ドルは死んだって……」
「貴方はその瞬間を見たの?」
見てはいない。あの仮面の男に言われただけだ。
しかし、現実としてドルモンはこの場にいない。旅人はドルモンが死んでいると思っていた。
裏を返せばそれはドルモンのことを信じていないということでもある。
「いや……でも!」
「第一、デジモンは死んだら彼の地へと行ってデジタマへと変化する。彼の地へと旅立ってない時点で完全に死んでない」
女の子がもたらす情報は旅人にとって希望になるものばかりであった。
しかし、旅人はその女の子が何故そんなことを知っているかが理解できない。
「……なんでそんなことを知っているんだよ」
「言えない」
それ以降そのことについてはどう聞いても言えない。の一点張りで旅人は聞くのを諦める。
もっとも旅人にとってはドルモンが復活する可能性がある。それだけが分かっただけで十分だったのだが。
「……その条件って何だ?」
「言えない」
「言えないって……」
「正確には言っても意味がない」
その言葉にどんな意味があるのかは知らないが、その言葉の重さだけはしっかりと感じ取った旅人はそれ以降追求を諦める。
「……そうか。まだ可能性は……あるのか」
「ねぇ」
「ん?何……って!それ……」
旅人は驚く。振り返ったところで女の子が空間に人一人ぐらいの穴を開けていたからだ。
そこから見える景色は間違いなく人間の世界のものだった。
「これを使えば帰れる。デジモンと関わらずにすむ。貴方の記憶も消す。全てが無かったことになる。そうすれば苦しまなくて済む」
「苦しまなくて……すむ」
「そう」
その言葉を聞いて、旅人の中にドルモンとの思い出が駆け巡る。
卵から生まれたとき、初めて進化したとき、食べ物を取り合ったとき、この世界に来たとき。ありとあらゆる日々が思い浮かぶ。
「……悪いけど……それは……受け入れられない」
「なぜ?」
「さっきアンタも言っただろ?ドルはオレに未来を残した。そしてオレはアイツの想いを無駄にしようとした。……未来で待っているアイツに謝らないといけないんだよ」
「それが理由?」
もちろん本音は違う。旅人はその事を分かっている。目を閉じて自分が閉じ込めているであろう本心を言葉として引きずり出す。
「……いや。ホントのところはアイツにまた会いたいっていうだけなんだろうけどな。アイツは最後までオレの相棒だった。どんなに辛くても、苦しくても。オレはそれを無かったことにしたくないんだよ」
「そう」
「そうなんだ。……ありがとな。おかげでオレがどうしたいのか分かった。……未来で待っててくれ。ドル」
そう言うと旅人は立ち上がって結晶を収納袋の中に大切にしまう。それを女の子はジッと見つめていた。
「名前?」
「そう、名前。お前の名前は何?って聞いてるの。」
兜をかぶった龍が合流した翌日の朝。女の子の名前を聞いていないことに気付いた旅人が女の子に名前を尋ねる。まぁ、それに応えたのはその女の子でもなく、別の奴だったのだが。
「リュウダモンだ」
「お前じゃねえよ」
「何?最近の若い者は……礼儀というものを知らんのか!名前を言われたら、名前で返す!礼儀であろう!」
「……すいません。旅人です」
兜をかぶった龍――リュウダモン――の言葉にイラッときた旅人であったが、言っていることは正論なので素直に謝罪する。
リュウダモンは嫌味を言うのだが、その嫌味が正論である点が、ある意味でタチが悪い。
「まったく最近の若い者は……儂が若い頃はもっと……」
「リュウダモンうるさい」
「はっ!」
「……でお前の名前は?」
話を元に戻そうとする旅人だが、依然としてリュウダモンが邪魔をする。
リュウダモンにとってはその女の子は崇拝されるべき対象であるらしく、旅人の言葉遣いは許せないのだ。
「お前?姫様に向かってなんという口の聞き方を!」
「リュウダモンうるさい」
「はっ」
「……」
その場に沈黙が落ちる。
“なんで名前一つ聞くだけでこんな雰囲気になるんだ”旅人は虚しさと悲しみに唸るしかない。
「……ナム」
「っへ?」
「名前。私。ナム」
「そ、そうか。ナムか」
ナムの名前を聞いたまでは良かったのだが、
それきり会話が途切れた。無駄に静かな雰囲気の中、ドルモンやウィザーモンたちの有り難みを初めて思い知った旅人であった。
「どうするの?」
「え?」
「貴様!姫様の御言葉を聞き返すとはなんたる無礼を!」
「リュウダモンうるさい」
「はっ」
リュウダモンのセリフをナムが邪魔する。
それが一連の流れであるとばかりに手馴れているように旅人は感じた。ある意味旅人とドルモンの口喧嘩に近いと言えるだろう。
「貴方のこれから。どうするの?」
「あぁ、えーっと……」
「はっきりせんかぁ!」
うーんと悩む旅人をリュウダモンが急かす。“もうちょっと考えさせてくれ”とは、旅人がすぐさま思い浮かんだことである。
「……まぁ、とりあえずはドルを元に戻す方法を探すよ。目先の目的としてはウィザーモンたちとの合流かな?」
「……そう。この先に
「はい?」
ナムが示した先には妙なモヤのような、テレビのノイズのような穴らしきものが開いていた。
「……なんで?え?ナムって方法知らないって言ってなかったっけ?」
「無礼者ぉ!姫様を呼び捨てだと?いい加減に……」
「リュウダモンうるさい。正確には言えないと言った。この先に方法がある。でもそれで条件が満たされるかは貴方しだい。」
その言葉に旅人は“やっぱり答えは自分で見つけるしかないんだな”と事実を再認識した。
もう旅人の覚悟は決まっている。後はタイミングである。
「オレしだいね。これって何時まで持つんだ?」
「すぐ。今の私にはこれを維持する力はない」
その言葉を聞いて旅人は覚悟を決める。
同時にウィザーモンたちに合流は無理そうだと心の中で謝りながら。
「……そうか。まぁ……あたるも八卦、当たらぬも八卦……か。行くか」
「行くの?」
「あぁ。行く。いろいろとありがとな。しかしこんなこともできるって……お前って何者なんだ?」
“どうせ答えないんだろう?”そう内心で旅人は考えたし、事実ナムは答えなかった。
「今は言えない」
「今は……か。まぁいいや。それじゃあな」
そう言って目の前の穴に飛び込む。
それを見届けたナムとリュウダモンも続いて
光の中を落ちていく。白い光に包まれているような気もすれば、暗い闇の中を昇っていく気もする、不思議な感覚を旅人は感じていた。
感覚的には海の中に近く、視覚的には宇宙に近いな――旅人は宇宙を写真でしか知らないのだが――と旅人は感じていた。
「……そろそろか?」
視覚も感覚も何もかもが変わらない中、何故か旅人はすぐそこに出口――正確には出口ではなく入口なのだが――があることを感じ取っていた。
光があるいは闇が一際大きくなる。気が付いたときには感動するほどの綺麗な青空と遠くに見える緑の大地だった。
「へぇ?……ん?」
感嘆の息を吐いて旅人は惚ける。そして一拍置いて現在の状況を再確認した。目の前は青空。遠くには緑の大地。そして現在進行形で落下中である。
「……マジか。あぁ……アイツもいい景色のところに落としてくれたなぁ……っておい!アイツオレを殺す気か!」
一人ツッコミをしている時点でかなりの余裕があるのだが、旅人もさすがにマズイと感じたのかカードを取り出す。
いつかの不発墜落事件を思い出し、嫌な気分に陥りながら。
「set『風』……よし、ちゃんと使えているな?」
『風』の力がちゃんと発揮されているのを確認し、旅人は風をコントロールしながら落下速度を落とす。余裕が出たため、景色を楽しみながらしばしの空の旅を楽しむ。
ふと目の前を見知らぬものが落ちていった。
「アレってナムとリュウダモンか?アイツ等も来たのか……。ん?」
旅人の後を追って穴に飛び込んだナムとリュウダモンは穴から出て落ちていく最中である。
「っておい!何やってるんだよ!」
風を操作して慌ててナムたちを追う。もはや空の上に落とされたことなど旅人の頭から消えていた。
旅人が必死で追う中、その当人たちは極めて冷静だった。
「リュウダモン」
「了解しました。姫様!リュウダモン進化――!ギンリュウモン!」
「っへ?」
旅人の目の前でリュウダモンが兜をかぶった東洋風の龍へと進化する。ギンリュウモンと呼ばれたデジモンはナムを乗せて飛翔する。
「……カードなしで進化とか」
「進化は貴方の特権じゃない」
「いや、そうだけど……。今はそんなに急に進化はしないってウィザーモンが言っていたんだけど……?」
事実そうだった。ドルモン以外でこれほど急激に進化したのを旅人は見たことがない。
そんな中でカードも使わずに進化するというのは変な感じだった。もっとも、世界が違うのだ。そこらへんも違うのかもしれないが。
「言えない」
「またか。でも……」
「貴様ァ!姫様を困らせるとは何事かぁ!」
「リュウダモンうるさい」
「はっ!」
“どこに行ってもブレないなぁ”まだ会って数日しか経ってないものの、旅人はこの二人のことを理解し始めていた。
「……まぁいいや。それより一緒に来て良かったのか?」
「いい」
「……そっか」
再びの沈黙。“ウィザーモンたちを連れてきたかった”と切実に感じている旅人を置いて、ナムたちは地上へと降りていった。
というわけでこれで第一章は終わり、第二章・原作世界編(仮)へと続きます。
原作世界はいくつか回る予定です。
では第二章もよろしくお願いします。