魔王リリスモンの襲撃より数分前。夜の街を月明かりが照らしていた。
「はぁ……これからどうしよう……」
そんな静かな街をドルモンはトボトボと落ち込んだ雰囲気で歩いていた。
どうでもいいが、ドルモンは下を向きながら歩いており、明らかに前方不注意だ。
「やっぱり戻ろうかな……でも……うぅ~」
途中で立ち止まっては頭を抱えて呻きだし、しばらくそうしていたかと思えば溜め息を吐いてまた歩き出す。
その一連の行動を数メートル単位で繰り返しているドルモンは、人間であれば間違いなく不審者の烙印を押されることとなるだろう。
「……」
本音を言うのならば戻りたい。でも、と。
ドルモンの中にある一つの懸念がその本心の行動を邪魔する。旅人は知らないことだが、ドルモンはあの夢の中の姿には一度なっているのだ。
一度なってしまっているというのにどうして確実にならないと断言できようか。
「やっぱり無理!……いや、でも……」
つまりはそういうことだった。
あの夢はえも言われぬ謎の説得力があるのだ。否定材料がないことでドルモンはあの夢をただの夢と否定できなくなっている。
そんな行動を繰り返して数回。前方不注意が祟ったのか、ドルモンは前にいた者にぶつかってしまう。
「うわっぷ!……あ、ごめんなさい」
「いえいえ。ちょっといいかしら?」
ぶつかった者を見ようとドルモンが見上げた先には随分と妖美な格好をした人間に近い巨人の女性――あくまで人間やドルモンと比べると――がいた。
その女性はどこか優しそうな笑みを浮かべながらドルモンを見下ろしている。
「何~?」
「別に大したことじゃないわ……このゾーンとフェスティバルゾーンのコードクラウンを渡してもらいたくてね!」
「っ!うわっ!」
その女性はおぞましい笑みを浮かべたかと思うと、腕から黒い靄のようなものをドルモンに向けて打ち出した。
その女性こそが、色欲の七大魔王にしてバグラ軍最高幹部のリリスモンである。
悪寒を感じたドルモンはすぐさま行動し、なんとか避けることに成功したが、状況は絶望的だった。
「イテテ……お前はっ!」
「はっ!タクティモンを追い込んだとかいうからどんなものかと思えば……全然たいしたことないじゃない!」
「うわっ!」
次々と攻撃を仕掛けてくるリリスモンに対して、ドルモンは避けることしかできない。
リリスモンの攻撃が当たった街の建物は、腐敗するかのように塵となって崩れていく。
「なんか思ったよりも弱いわね……まぁいいわ。陛下が興味を示していることだし……ついでにあなたも連れて行くとしましょうか!」
「……っく!」
陛下というのはバグラモンのことだろう。ドルモンはリリスモンの言葉からバグラモンに興味を持たれていることを察した。
それが何故誘拐へと繋がるかは理解できなかったが。
「いい加減にコードクラウンを出しなさい!それとも……ん?そういえば報告にあった人間がいないわね」
そんな中でドルモンを脅威とみなしていないのか、リリスモンは彼方此方を見渡している。
どこかの建物の中に隠れているのかしら。
そう思ったリリスモンが試しに近くの建物に見境なく攻撃してみれば明らかにドルモンの顔色が変わった建物が一つあった。
「なるほどね……見っけた!」
「あ……待て!」
リリスモンは怖気の走るような表情でニヤリと笑うと、ドルモンの制止を振り切って、特大の攻撃をその建物に放つ。
着弾。消失そして崩壊。
崩壊の土煙によって辺りは見えないが、リリスモンは確かな手応えを感じていた。
「……はっ!?」
だがその直後、地面から飛び出した影がリリスモンを襲う。
完全なる不意打ち。だが、リリスモンは咄嗟の直感に従い、その不意打ちを避けてみせたのだ。
誰が攻撃したのかと、リリスモンは攻撃者を確認して目を見開いた。
「っく……何っ!お前はっ……ロイヤルナイツ!」
「っふ!ここで会ったが百年目だ!リリスモン!」
思わぬ仇敵の登場にリリスモンは動揺を隠すことができない。
一方で技を発動しながら建物の崩壊から抜け出たデュナスモンは動揺するリリスモンに向かい合う。
「っ!この死に損ないめがっ!」
「今ここでお前との因縁を断つ!覚悟することだ!」
軍団を引き連れず一人で来た今が好機と考えたデュナスモンはリリスモンとの戦闘を開始したのだった――。
一方でデュナスモンに抱えられて脱出した旅人は、リリスモンがデュナスモンに気を取られている隙にドルモンを回収して、安全地帯まで走っていた。
「ぜっはっぜっは……はーはー……ふー。ここまで来れば取り敢えず大丈夫か?」
「……」
「つーかドル重い!起きているなら自分の足で走れ!」
ドルモンは答えない。
喋れないのではなくてどちらかというと喋りたくない。
ようするに気まずいのだ。
「えーっと……何か話さねえ?おーい……」
「……」
気まずい。夜起きたら両親の夫婦の営み作業を目撃してしまった時くらい気まずい。いや、オレ親いないけど。
そんなくだらないことを考えている旅人は何とかドルモンとの会話を試みる。
ちなみにドルモンが喋らないのは戻るかどうかでグダグダ悩んでおきながら、アッサリと再会したことに対する恥ずかしさである。
「おーい……やっぱり何か悩んでんのか?」
「っ!旅人、どうしてっ!」
「え?あ……いや……」
ここで素知らぬ顔でパートナーなんだから当たり前だろ。みたいなセリフの一つや二つ言えれば別なのだが、残念ながら旅人にそこまでの甲斐性はない。動揺したまま、真実をゲロってしまう。
「すみません!さっき寝たふりしてました!」
「う……」
「う?」
「うわぁ~!」
ドルモンは走って逃げた。当然である、相当恥ずかしい。聞かれていないと思っていた独り言が聞かれていた。
例えるなら、音痴な人が誰もいない部屋で歌っていたら、実際は家族に聞かれていたみたいなものだ。
「あ……おい!待てって、悪かったから!」
「無理!」
実に平和な追いかけっこだが、この時上空ではリリスモンとデュナスモンが命懸けの戦いをしている最中だ。
ちなみにこの追いかけっこが三十分間終わらなかったことはほんの余談である。
「……ぜっぜっ」
「はっはっ……」
上空の戦闘音をBGMにした追いかけっこを終えた旅人達は荒れ果てた息を整える。
“ここら辺でやっぱり聞くべきかなぁ”と旅人は息を整えながらドルモンの悩みを聞くタイミングを測る。一方でこのまま有耶無耶にしてしまおうかと思う自分がいないわけでもないのだが。
「……なぁ、どういう意味なんだ?ドルがオレを殺すって」
「っ!やっぱりしっかり聞いてたんだ」
「スマン……バッチリ聞いてた」
だが、いつまでも放っておくわけにもいかないだろう。
意を決してついに聞いた旅人に、しぶしぶドルモンは驚くほど小さな声で喋り始めたのだった。
「いや、もういいよ。最近夢を見るんだ」
「夢?」
「そう夢。
「それって……いや、でも……」
“たかが夢だろ?”とそう続けた旅人をドルモンは首を横に振って否定する。
そう、たかが夢だ。しかし、ドルモンにとってはたかがではない。毎日繰り返し見て、細部まで鮮明に覚えている夢を“たかが”とは言わない。
「旅人は知らないけど、
「え?そんなことは一度も……」
「アルファモンに負けたとき、結晶になる前。
「……」
今まで知らなかった事実に言葉が出ない旅人。
実際、ドルモンが復活してからもあの戦いは半ばタブー扱いで話にすら上がらなかったのだ。
あの濃厚な死の気配を纏った屍とも言うべき姿に自身の相棒がなった。それは旅人の心に深い傷をつける。
「見る夢はもう一つあってね。そっちは旅人じゃなくて
「ドルが……死ぬ?」
自分が死ぬというのは現実感の湧かない旅人だが、自身の相棒が死ぬということはほんの少し前の出来事もあって、確かな現実感を伴って己の心に重くのしかかった。
「ちょっと違うかもしれないけど、多分そう。声も、手も、足も、全てが消えて行く……闇に溶けて無くなる。あの感覚を知ってる。あれは間違いなく、死の感覚」
「いや、でもドルは死んだことなんかないじゃなんか!それで知っているっておかしいだろ!」
半ば叫ぶようにドルモンの言葉を否定しようとする旅人。
一方で取り乱す旅人を見て逆に冷静になったのか、ドルモンは冷静に――ある意味無慈悲とも言える――話を続けようとする。
今まで悩み続けたことを話しているのにドルモンはひどく冷静だ。それが尚の事旅人をイラつかせている。そしてドルモン自身も自身の精神状態が不思議でならなかった。
「……もしかしたらあの結晶になったとき……もう既に
死んでいたのかもしれない。
その言葉は小さくとも、しっかりと旅人の耳に届いた。
しかし、ドルモンの言っていることは旅人にとって到底納得できるものではない。
「ふざけるなよ……お前は!生きて!ここにいるじゃないか!」
「どうかな。よく分からないや。……でもこう思うんだ。あの姿はきっと……死の姿。命をただ喰らい続ける、死の化身。
「死にかけたことが関係しているだけかもしれないじゃないか!」
「そうだね。そうかも。それでも……怖いんだ。前みたいに本能に負ける恐怖とは全然違う。もっと根源的な……恐怖。戦うことも。進化することも。うぅん、生きることさえ、全てはあの姿に……死に向かっている気がして……怖い」
そう言うドルモンの体は震えている。冷静に言葉を紡ぐ精神とは裏腹に肉体は恐怖に支配されている。
「だからって……」
「ごめん。本当はどうしたらいいか分からないんだ。生きたい。生きていたい。旅人と一緒に旅を続けたい。でも怖い。あの姿になる恐怖がずっと続くならいっそ死にたい。死んでしまいたい。オレは……
「それは……」
言えるはずがない。旅人はそのような感覚を味わったことがないのだから。それでも何か言わなくてはいけない。その気持ちが旅人を焦らせる。
そんな中でドルモンは何を言うわけでもなくただ黙って旅人を見ている。
「だから……旅人。もう……」
もういいよと悩む旅人を見ていられず、ドルモンが旅人にそう言おうとした瞬間――
「あぁもう!もう訳わからん!つーか似たようなこと前にもあったよな!お前は鳥頭か!」
「っへ?いや、旅人には言われたく……」
いきなり叫びだした旅人にドルモンは呆気にとられる。
その旅人は頭をぐしぐしと掻いてドルモンの肩を掴んで思いっきり座らせた。そんないきなりの行動にドルモンは呆気にとられたまま逆らうことができない。
「いいか!自分だけが悩んでいるみたいに言うな!オレだって悩みがあるんだよ!」
「え?旅人に悩み……そんなバカな……」
「お前がオレのことどう思っているのか一度よく話さないといけないみたいだな」
「はは……それで?」
“これはマズイ空気だ”と、ある意味での空気読みスキルを発動させてドルモンは話を元の路線へと誘導させる。
一方でドルモンを抗議の視線――俗に言うジト目――で見ていた旅人もため息を一つ、続きを話し始めた。
「こっちだって自分の悩みだけで精一杯なのに、お前の悩みまで背負えるか!取り敢えず、オレはお前と別れるつもりはないぞ。いつか、お前と別れる時が来るかもしれない。でもそれはいつかであって、今じゃない」
「は、はぁ……?」
「進化が嫌なら進化しなければいい。戦いが嫌なら逃げ続ければいい。生きるのが嫌ならし……あ、これはダメだ。うん。生きててくれ」
「……」
絶えず喋り続ける――俗に言うマシンガントーク――旅人を呆然といった体で見上げるドルモン。旅人の言っていることが理解できないわけではない。
ただ、矢継ぎ早に言葉のシュートを決める旅人についていけないのだ。
「お前が苦しまないように希望も聞く。だから、その悩みに納得できる答えを自分で見つけてくれ」
「要するに丸投げじゃん。でしょ?」
「うっ……オレは別に戦いたいわけじゃない。戦力が欲しいんじゃないんだ。進化もしなくていいし、戦わなくていい。逃げるだけならどうとでもなる」
「繰り返してるよ……。つまり丸投げだよね」
“うっ”と言葉を詰まらせる旅人をドルモンは生暖かい目で見つめる。
元々旅人の頭のできはよろしくないのだ。そんな旅人が言える言葉など、たかが知れている。
「丸投げだよね?」
「あぁそうだよ!丸投げだよ!悪いか!」
「悪くはないけど……」
まぁ、旅人だししょうがないか。悩みはなくなった訳じゃない。でも、もう少し……そのいつかが来るまでは。旅人と一緒にいたい。
そう思えたドルモンだった。
だが、返事がないドルモンを見て焦ったのか、旅人は尚も無駄な言葉を重ね続ける。
「っぐ……つまり、オレはお前がいてくれないと困るんだよ!」
苦し紛れに言ったこの言葉。この言葉は聞く相手と解釈次第によっては大変な意味を持つことに旅人は気づいていない。
そこまで必死になり、言葉を紡ぐ旅人がドルモンはたまらなく可笑しかった。
「っぷ、あははっ!旅人~その言葉は解釈次第で大変なことになるから気をつけたほうがいいよ~!」
「って!いい加減にしろよ!」
「あははっ!」
再び始まる追いかけっこに、いつもの雰囲気が戻る。ようやく普段通りに戻った気がした旅人とドルモンだった。
ちなみにくどい様だが、上空ではデュナスモンとリリスモンが命懸けで戦っている。
最近初期の頃と主人公たちのキャラが違う気がする……。
読み返してみたら忘れていた伏線モドキもあってさぁ大変。プロット通りに進めているはずなのに気が付けばズレているという……他の方ってそういう時どうしているんでしょうか。
では次もよろしくお願いします。