第三十九話、いよいよ第三章後半戦です。
旅人たちのところにコトネが来る少し前。
バグラ軍のアジトたる城があるジュピターゾーンの奥地。そこでは、クロスハートとブルーフレアの同盟軍とバグラ軍との最終決戦が行われていた。
ちなみにタイキたち人間組と戦う力を持たないデジモンたちは、空を飛ぶ鯨型戦艦デジモンである空母ホエーモンに乗っている。
「このまま一気に初手をもらう!ジークグレイモン!」
「オメガシャウトモン!バリスタモン!ドルルモン!スターモンズ!スパロウモン!」
「グレートクロス!」
タイキたちはシャウトモンが進化したオメガシャウトモンにメタルグレイモンが進化したジークグレイモン。さらにお互いの面々をデジクロスさせ、現状の最強形態シャウトモンX7へとデジクロスさせる。
それぞれのデジモンたちの特徴を引き継ぐその巨人は、見るものを圧倒させるほどの威圧を出していた。
そしてシャウトモンX7の出現が引き金となったのか、次々とバグラ軍のデジモンが攻めてくる。
そんな中、一際異彩を放っていたのは、妖美な女性形魔王であるリリスモンの周りにいる数体のデジモンたちである。
「あ、あれはっ!アルカディモンに、グランクワガーモン……ホウオウモンまで!伝説の中で目にするような魔獣ばかりじゃ!」
「とうとうここまで来たようね!ま、上出来といったところでしょうけど……少しおイタが過ぎたようね!」
伝説の中で現れるような強力なデジモンたちを前に、クロスハート一の知恵者であるジジモンが悲鳴を上げている。
「奴らにとってはここが最終ラインだ。流石に出し惜しみなしだな」
「いくらシャウトモンX7でも、この数相手に……!」
ブルーフレア軍のジェネラルである蒼沼キリハの冷静な分析を前に、アカネが悲鳴にも似た声を上げた。
一方のリリスモンは、ここで全総力を持って終わらせる気のようだ。その気迫からしてリリスモンの、ひいてはバグラ軍の本気さを伺わせた。
「リリスモン!今日こそ決着をつけてやるぜぇ!」
「ふんっ!やっておしまいっ!」
「ッ!マズイ……X7避けろ!」
リリスモンの声に悪寒を感じたキリハがシャウトモンX7に指示を飛ばす。怪訝に思ったシャウトモンX7が避けるために上空へと移動した瞬間――。
「グゥアアアアア!」
「近くにいたデジモンたちがっ!」
その周りにいたデジモンたちが、何もなかったかの如く、消えた。
その場の誰もが、何が起こったのか理解できていない。ただ、あの攻撃をしたであろうデジモンはジジモンにアルカディモンと呼ばれたあの怪人だということが分かるだけだった。
「くそっ!今のは一体……」
「ははっ!そのままやられておしまいっ!」
上空へと逃げたシャウトモンX7に対して、態勢を整える暇など与えないとばかりに、金色の鳥デジモンであるホウオウモンと首長竜のようなデジモンであるプレシオモン、そして黒いクワガタムシのようなデジモンであるグランクワガーモンが襲いかかる。
三方向からの逃げ場を潰すかのような襲撃。
“しまった”と失策を呪いながらもシャウトモンX7が迎撃する構えをとり、その光景に“殺った”とリリスモンが嗤った瞬間――。
「『ブレス・オブ・ワイバーン』」
「『アージェントフィアー』」
「『黄鎧』」
その襲撃は突如現れた三体のデジモンによって阻止された。
襲撃を阻止したのは両手に刀を持つ黄金の龍であるオウリュウモンに、何故か薔薇をイメージさせる騎士デジモンのロードナイトモン、そして竜の如き力強さを見せる騎士デジモンのデュナスモンである。
「よしっ!間に合った。タイキ……僕もこれから出る!」
「アルフォースブイドラモン!目はっ!」
「大丈夫!クロスローダーの力であらかた治った!」
そうこうしている間に、さらに獣を思わせるような騎士デジモンであるドゥフトモンと盾と剣を持つ騎士デジモンであるクレニアムモンまで合流していた。
それを見る間もなく、クロスローダーを掲げたタイキは、アルフォースブイドラモンを彼らの下へと呼び出した。
「よしっ!リロードっ――!」
「ばっバカなっ!あの戦いの後に……これほどの生き残りがっ!」
「アルフォースブイドラモン!」
神の騎士団ロイヤルナイツ。
今この場において、長き因縁と戦いに幕を下ろさんと集ったのだ。
ちなみに約一名ほど関係のないデジモンもいることにはいるが。
「集められたのは……これだけか」
「未だ多くの騎士は行方不明で……デュークモン様やスレイプモン様は別のゾーンでバグラ軍と戦っております!」
「問題ない!かつての襲撃はこんなものではなかった!」
苦いものを感じるアルフォースブイドラモンだが、今はそんなことを感じている場合ではない。デュナスモンの、鼓舞するかのような言葉を聞きながら状況を見据える。
壊滅したと思っていたであろうロイヤルナイツの半数近いメンバーの突然の援軍に、リリスモンは混乱していた。
そして頭であるリリスモンが混乱しているおかげで、下の統率が疎かになっている。今が攻めどきだ。
「シャウトモンX7はリリスモンを。他は我々が叩く。特にあの真ん中にいるアルカディモンは厄介な攻撃をしてくるんだ。戦い慣れた僕が相手したほうがいいだろう」
「OK!任せたぜ!しゃあ!行くぜ!ブラザーズ!」
「食い散らかしておしまいっ!」
戦争が始まる。オウリュウモンが文字通り、先陣を切り進んでいく。オウリュウモンの攻撃を避けてバラバラになったところを各個撃破という作戦である。
「姫様の命でなっ!悪く思うなッ!」
超高速で進むオウリュウモンは、全身が刀といっても過言ではなかった。そんなオウリュウモンを真正面から受け止めようと思うデジモンはいるはずもなく。
結果、思惑通りにバグラ軍の主力は散ったのだった。
「ラララ~私が華麗に蹴散らして差し上げますよ~」
「っふ!この前の借りは返させてもらうとしよう!バグラ軍!」
「やれやれ、老兵には堪えますなっ!」
舞を踊るかのように動くロードナイトモンの攻撃は、言葉通り華麗なものだった。
対照的にデュナスモンは持ち前のパワーで、圧倒的に敵を蹴散らしていく。
クレニアムモンは堪えると言っているが、全然堪えている気配はない。少しずつだが、堅実な戦い方で敵を倒していく。
「ドゥフトモン……準備は?」
「大丈夫だ。行くぞ!アルフォースブイドラモン!」
「ああ!ふっ!」
そんな中で、アルフォースブイドラモンはアルカディモンへと向かっていく。
リリスモンはそれを、バカを見るような目つきで眺めていた。
アルカディモンには必殺技『ドットマトリックス』がある。対象を一瞬で分解していまうという、不可視の魔技。先ほどシャウトモンX7を攻撃した技だ。そしてそれがある限り、馬鹿正直に真正面から行くなど、愚の骨頂である。
リリスモンには、アルフォースブイドラモンがあっけなくやられる瞬間が目に浮かんでいた。
「はぁあああ!」
「ギャッ!」
「はんっ!ばか……め……あれ?」
だが、リリスモンの予想に反して、アルカディモンの攻撃はアルフォースブイドラモンには効かなかった。それどころか、アルカディモンが逆に殴り飛ばされたほどだ。
おかしい。そんなはずはない。
立て続けの混乱におかしくなりそうな頭を支えながら、リリスモンは再びアルカディモンへと向かっていくアルフォースブイドラモンを見る。
『ドットマトリックス』は確かに発動している。こうしてアルフォースブイドラモンのデータが分解されて――。
「戻ってる?まさか崩壊したデータが、瞬時に復元しているとでも言うの!?」
「アルカディモン!貴様の跳梁もここまでだっ!『ドラゴンインパルスX』」
自身の攻撃が効かないアルカディモンはそのままアルフォースブイドラモンの突進十字切り『ドラゴンインパルスX』によって葬られた。
ある意味因縁とも言える戦いは、思いのほか呆気なく終わったのである。
「アルカディモン。貴様の敗因は『ドットマトリックス』を私に見せたこと。そして……私にワクチンを作る時間を与えたことだ。」
遠くから対ドットマトリックスワクチンをアルフォースブイドラモンへと転送していたドゥフトモンは次の仕事へと向かう。
まだ戦いは終わってないのだ。
「っく……かつて天界を蹂躙した伝説の魔獣たちがこうも容易く……」
「リリスモン!よそ見してんじゃねぇよ!」
目の前で起こった現実に唖然としているリリスモンに、シャウトモンX7が“隙き有り”とばかりに襲いかかる。
この自分が劣勢に追い込まれている。
認められないその事実を心に押し隠して、リリスモンはシャウトモンX7と相対すした。
「ちょ、調子にお乗りでないよっ!」
作り出した巨大な魔法陣。そこから今までシャウトモンX7が見たこともないような漆黒の攻撃が飛び出してくる。間違いなくリリスモンの最強クラスの攻撃である。
しかし、向かい来る攻撃を前に、シャウトモンX7は不思議と怖くなかった。
あの攻撃には恐怖を感じない。あの攻撃では己を傷つけることなど叶わない。何より、あんな
そんな気概と共にシャウトモンX7は止まらずに向かい続けた。
「っと、止まりなさいよ!私の最強魔法が命中しているでしょうっ!
「はぁあああ!『クロスバーニングロッカー』」
駄目だ。もう並みの魔王級デジモンの力を大きく超えている。
そう感じたリリスモンが咄嗟の判断で出した魔法盾も砕かれた。これ以上戦闘したら、己は負けるということをリリスモンは分かってしまった。
ならば、リリスモンがすることなど一つである。
「あっ!まちやがれっ!」
「無理に追撃しなくていい!」
逃走である。バグラ軍の城へと逃げるリリスモンを追わんとする者をタイキが止める。
その城には、まだタクティモンもバグラモンもいる。下手に噛み付いたらどのようなことがあるか分からない。そう判断してのことだった。
この後、コトネとスパロウモンが代表して、人間界に旅人たちを迎えに行くことになったのである。
時は戻って。浅草を観光した一行は、再びスカイツリーの傍に戻ってきていた。
ちなみにテイルモンやスパロウモンは、アイスが食べたいと言って消えたコトネの付き添いでどこかに行った。アイスに釣られたドルモンも同じくである。
「……疲れた。いろんな意味で」
ベンチに座っている旅人の姿は、先ほどまでとなんら変わっていない。
だらっとしているその姿はだらしない格好というものの体現をしていた。
「……。スカイツリーねぇ?」
遠くに見える巨大な塔。それは旅人がいた世界の日本には無かったものである。正確には旅人がいた世界の時代には、だが。
自分が見たことのない光景。今までの旅人にとっては、それは心躍る光景だった。
しかし――。
「……」
何も感じない。正確にはそれ以上の陰鬱とした気分で台無しになっている。
最近はいつもこうである。ドルやナムたち、誰かといるときはいい。フェスティバルゾーンや今回のように何かやることがあるときも。
だが、一人になると途端に気分が沈む。
そしてそうなる原因を旅人はもちろん分かっている。
「戻ったらどうするかな……」
――無関係な世界で!無関係に!無責任に!関わってきたのか!――
旅人の脳裏にマグナモンの声が蘇る。別に無責任だったわけじゃない。考えなしだっただけで。
世間ではそれを無責任というのかもしれないが、旅人には違いがよく分からなかった。
下を向いて、上を向いて。忙しなく体の向きを変える旅人を、戻って来たドルモンはアホを見るような目で見ていた。
「……何その目」
「アホを見る目」
「そっか」
静かな時が流れる。風は心地よい微風であり、ベンチから見える風景も川という数少ない都会の中の自然を感じさせるものだった。
「……」
「……そうか。……あれ?」
「……」
そこで旅人は違和感を覚えた。
今の一連の会話。ドルモンの言葉の中に何か変な言葉が入ってなかったかと。集中して一連の会話を思い出す。
ドルモンが戻ってきて、旅人はドルモンの目つきのことを聞いた。その返答が確か――。
「って誰がアホだっ!」
「今更っ!?」
ここまで所要時間二分である。振っておいて難だが、遅れてやってきた話題に驚く事となったドルモンだった。
ちなみにドルモンの頭の中では旅人の即ツッコミを期待していた。その方があることを誤魔化せるからである。
「……ったく。誰がアホだ。誰が」
「オレとしては、その分のタイムラグがアホの証明だと思うけど。で?」
「で……って何が?」
ドルモンは何かを促しているが、促された旅人は何のことかわからない。
ドルモンは普段旅人がするときと同じ仕草で溜息を吐くと、そのまま川を眺めながら――旅人を見ないようにして――話し始めた。
「どうせ前言ってた悩みとかでしょ。話してよ。オレの悩みだけ知ってるってずるいじゃん」
「っ!」
一瞬、思わず旅人の呼吸が止まる。ドルモンはこういう時だけ鋭い。
正直な話、こういう時だけ鋭くなるのはやめて欲しかった。心臓に悪いから。
そう思う旅人だが、元々旅人の態度は外から見れば分かりやすいものなので、ドルモン限定というわけでもない。知らぬは本人ばかりなりである。
「……はぁ。分かった。話すよ。お前が寝てる時……結晶の時だぞ?そんとき戦ったマグナモンに言われたんだよ。オレは今まで無関係なことに無責任に関わってきたのかって」
「うん、それで?」
「それ言われたらな。なんか……状況に流されるだけのオレが旅するのって……迷惑なんじゃないかって。迷惑をかけているオレが、あてもなく、目的もなくぶらぶら旅してるのは……どうなんだって」
旅人は下を向き、ドルモンの顔を見ないようにして話す。
旅人からドルモンは見えないが、雰囲気からしていつもと変わらない雰囲気で聞いているようだった。
「状況に流されて、ろくに状況も理解せずに無関係なことに関わって。それで人様に迷惑をかける。オレって最低な奴じゃないのかって……そう考えちゃうんだよ」
「うん。それで?」
「え?いやだから……」
言葉を重ねて説明しようとする旅人にドルモンは変わらずに返す。それのどこが問題なのと。
一方で旅人は呆けるしかない。自分の悩みをまるで無いものとして扱われたような気がしたのだ。
ちなみにそれは少し前の自分が、ドルモンにした扱いと一緒なのだが、旅人は気づいていない。
「オレって最低じゃねって話でしょ?旅していいのかって話でしょ?うん。それで?」
「いや、それだけなんだけど……」
「どこが問題なの?」
話を聞いていなかったのかと、旅人は若干の怒りを抱くが、こちらを振り向いたドルモンはいたって真面目な顔をしていた。
ドルモンは嘘や冗談で言っているのではない。本当にどこが問題なのか分からないのだ。
「だって旅人って結構元からそうだよね。今更でしょ」
「いやいや、そんなことは……」
ないと言い切れなかった。そんなこと旅人は気にしたことがなかったから。気がついていなかったとしても反論はできない。
「それに結局どうしたいの?」
「どうって?」
「旅をやめたいのか。やめたくないのか。……っていうか本当にどこを悩んでいるか分からないんだけど」
それを聞いて旅人は考える。
旅をやめたいか。もちろんNOだ。たとえ人様に迷惑をかけていたとしても――。
「あれ?」
「どうしたの?」
「いやいやいや、ちょっと。ちょっと待って」
考えれば考えるほど、今まで何に悩んでいたのか分からなくなる。
どうした旅人。お前の頭はこんなものか。お前の悩みはその程度のものか。
そんなふうに己を鼓舞して考えるが、考えるほどに答えは霞を掴むかのように消えて行くのだった。
「どのみち旅人は旅をやめても同じような目に遭いそうだけどね。目的ある旅なら人に迷惑かけてもいいの?目的のない旅なら人に迷惑かけちゃダメなの?違うよね。どっちにしても迷惑をかける人はかけるし、かけない人はかけない」
「……」
「それに……旅人は前に言ってたよね。旅をする理由。それって……」
ドルモンは最後まで言わなかった。最後まで言わなくても分かるだろうと、そう判断してのことだ。旅人だって一から十まで言われなければ、答えを出せないほど馬鹿ではない。
始まりはただ偶然だった。たった一つの出会い。それが今に至るまでの全てを決めた。
旅をする。それは旅人のすべてとも言えるものだ。今までもきっとこれからも。
マグナモンの言葉を思い出す。自分はなぜ悩んでいたのか。旅人はもうはっきりと分かった。
「そっか……そうだな」
マグナモンに言われたことをなぜこうも気にしていたのか。
別に最低云々は関係なかった。ただ無関係なことに中途半端に関わることが悪いと言われた。それは言い換えれば自分のすべてを、ひいては旅をすることは悪いことだと、否定された気がしたからこうも悩んだのだ。
別にマグナモンは旅人が旅をしていることを知っていたわけではないのだ。ただ、言葉尻から旅人が勝手に勘違いして、勝手に落ち込み、勝手に悩んだだけである。
「今まで悩んでいたオレって……」
「旅人って馬鹿だからどうでもいいことで悩むよね。ここまで長く悩んでいたことって久しぶりじゃない?」
「うるさいな。……いろいろと悪いタイミングが重なったせいだよ」
気がついてしまえば単純なことである。旅人は“本当にどうでもいいことで悩んだ”と苦笑する。
本当に笑い話のような悩みだったとドルモンも笑った。
結局、終わってみればそれだけの話だったのだ。
その後しばらくして、テイルモンたちが戻ってきて、デジタルワールドへと戻る時が来たのだが、そこであることが発覚した。
「そういえば、旅人しゃんのトロピカルジェットアイスはどんな味だったんでしゅか?」
「アイス?オレ食ってないけど……」
「え?おかしいでしゅね……ドルしゃんが旅人しゃんへと持ってったはず……」
その言葉を聞いて、旅人がドルモンの方へと向くと、ドルモンは明後日の方向を向いていた。
ご丁寧に吹けていない口笛付きで。
何となく大体の事情を理解した。ドルモンが旅人の悩みについて相談に乗るなど、旅人もおかしいと思っていたのだ。おそらく、届けるはずだった旅人用のアイスを我慢できずに食べてしまい、話を逸らそうとしたのだろう。
シラを切れば分からないのにと、ドルモンの間抜けさに旅人は溜息を吐く。今日は相談料として、その行いは見逃すつもりだった。
「まあいいか」
「旅人が怒らない?やばいどうしよう!」
「そこで焦んのかよ!」
結局、いつも通りの二人だ。