爆音が鳴り響く。
俗世の喧騒から離れた、上下左右あやふやな空間にて行われている一つの戦闘。
片方は狂気と苦しみのままに暴れていて、もう片方は生き残りをかけて戦っている。
「っく、こなくそっ……『ドルディーン』」
「ついでにset『強化』ァ!」
落ちないようにドルゴラモンの肩に乗っている旅人は、ドルゴラモンのサポートを主として行っている。先の応酬で自分では、ミレニアモンをどうにかできないと理解したが故にだ。
ドルゴラモンが放ち、旅人が強化した破壊の衝撃波がミレニアモンへと迫る。だが、ミレニアモンは即座に背中の砲身から砲撃を衝撃波へと放った。
両者の着弾点から爆炎が立ち上り視界を塞ぐ。
「どうなった?」
「……っ!ドル……上だ!」
「グギャァアアア!」
そんな時に訪れたミレニアモンの上からの襲撃。
それを旅人の指示によってドルゴラモンは辛うじて避けることができた。
ちなみにその間、旅人は振り落とされないよう必死になっている。
先ほどのミレニアモンの砲撃は、衝撃波を相殺することはできなかった。しかし、威力と速度は減退させることができたために、ミレニアモンは衝撃波の回避と奇襲の準備をすることができたのだ。
「ドっ……距離を取れ!」
言われた通り、即座に距離を離そうとするドルゴラモンだが、ミレニアモンはなかなか離れない。
旅人が距離を取れと言った理由は単純だ。
ミレニアモンには腕が四つある。現在不調真っ只中のドルゴラモンとミレニアモンではスペックはほぼ互角かミレニアモンの方が上。
そんな状態で、四つの腕を持つミレニアモンとの接近戦。ほぼ同スペックの腕四つの生き物とと腕二つの生き物。どちらが有利か一目瞭然である。
そんな時にミレニアモンが放った拳をドルゴラモンが受け止める。だが、それは悪手だ。ドルゴラモンは受け止めるのではなく、受け流さなければならなかった。
ミレニアモンにはまだ三つの腕がある。ドルゴラモンがお返しとばかりに放った拳をミレニアモンは受け止めていた。
これで空いているドルゴラモンの拳はゼロ。対して空いているミレニアモンの拳は二つ。
「マズっ!」
ドルゴラモンは急いで腕を引き、ミレニアモンの体勢を崩そうとするが遅い。それより先に、ミレニアモンの二つの拳がドルゴラモンを殴り飛ばした。
そのあまりの勢いに旅人もドルゴラモンの肩に乗り続けていることができずに、ドルゴラモンから離れた位置で落ちた――。
「旅人!……ッ!」
「……ッ!やべっ」
そんな離れ離れになった二人が体を起こした時に見たものは、こちらに砲身を向けるミレニアモンの姿だった――。
瞬間、世界が白に染まり、音が消えた。
世界が光に染まる前、旅人が理解できたのは、己が何かに掴まれたことだけだ。
だがそれも一瞬のこと。直後、旅人の意識は薄れていった。
世界に色が戻る。そこにあった光景は、勝利の雄叫びらしきものを挙げているミレニアモンと
「ググ、ギャギャァアアアアア!」
「っぐ……ァ……」
あの時、ドルゴラモンは旅人ごと回避することはできないと踏んで旅人をその手に掴み、そのままミレニアモンの攻撃を受けたのだ。
緊急時だったため力が入ってしまい、そのせいで押しつぶされた旅人は気絶してしまったのである。
一方ドルゴラモンはドルゴラモンで、旅人に余波が行かないように手を隠しながら残る全身でミレニアモンの攻撃を受けていた。
結果ドルモンにまで戻ってしまい、今にも死にそうになっているのだ。
「ぁ……ぁっぐ!」
「グギャギャギャ!」
まるで苦しむかのような重いミレニアモンの声。ドルモンには今だけ、それが嘲笑の声に感じた。
このままでは死ぬ。だが、どうこうできる状況でもない。
一瞬、ドルモンの中に諦めの思いが浮かぶ。それに気づかないふりをして、ドルモンはなおも気丈にミレニアモンを睨んだ。
もう体は限界だ。根性云々でどうにかなるものではない。さっきまでならばまだしも、ドルモンとミレニアモンでは純粋たる越えられない差がある。
「ぐっ……」
倒れ伏す。顔を上がることすらできない。
そんな状況で、ドルモンはいつかアルファモンに言った言葉を思い出した。
――……生きたい。オレは……生きていたいんだ。生きて……命を持って……世界を、未来を、旅したいから!だから……諦めたくは……無いんだ……――
生き続けたいと、諦めたくはないと――そう言った。
その時、アルファモンはこう言った。
――何も知らぬガキが。そこで自分の無力さを知るがいい――
お前は何も理解できていない――ガキだと。
結局、アルファモンの言うとおりだったのだ。
あの時ドルモンは本当の意味で何も理解できていなかった。だからあのような啖呵を切れたのだ。
だが今は違う。失う怖さに死ぬ怖さ、そして生きる怖さ。いろいろなことを知った。生きていることより、死ぬことのほうが救いだと感じることもあった。
結局、現実を知らない子供が喚いていただけ。それだけの話。
目蓋が下がる。体から力が抜ける。ミレニアモンが近づいてくることが分かるが、ドルモンには抗う気持ちすらもう起きなかった。
暗闇に溶けて、体が消える。いつも見る――ここ数日は見なかったが――悪夢と同じ。
唯一違うのは、これが夢ではなく、現実であるということだけだ。
「フン……オロカシイ……ココデオワリカ」
聞こえないはずの声。それに驚いてドルモンはそちらの方向を見る。
もっとも、体がないので見ているような気がしているだけだが。
そこにはかつてドルモンが暴走したとき、ドルモンの精神世界で見た黒い竜がいた。だが、黒い竜にかつての面影は存在せず、体の所々が塵となって消えていっている。
「お前は……」
「ナニヲオドロク。オレハオマエ……オマエガシヌノナラバ、オレモシヌ」
「やっぱり……オレのっ?あれ……あ~」
黒い竜のある意味のカミングアウトに思わず声を漏らすドルモンだが、まず声が出ることに驚いた。夢では声など出なかったのにだ。
それを見た黒い竜はドルモンを小馬鹿にしたように笑った。ドルモンの醜態を見て――ではない。
ドルモンの態度がここでも変わらないからである。
「フン……ココハ、セイシンノセカイ。ココロノナカマデオノレヲ……イツワルトハナ」
「……ッ!」
「キョセイヲハルヒツヨウナド、ナイトイウノニ。バカナヤツダ」
バレている。まぁ、目の前の黒い竜が本当に自分と同一の存在というのならば当然なのだが。
そう思ったドルモンだが、やはり誰かに指摘されるということは大きいのであろう。
例えそれが自分らしきものであっても。
感情が爆発する。ドルモンが今まで溜め込んでいた感情が堰を切ったように溢れ出す。
「っく……あっ……あぁああああああ!」
「……」
「ぁああああ!ごめん!ごめん!ごめん!オレが、
「……」
「僕のせいで!ぁあああああああああ!」
黒い竜は何を言うでもなく、黙っている。まるでやることはないとばかりに。
声が枯れるほど叫び、懺悔するドルモンだが、もう遅い。もう全ては終わったのだ。
ドルモンにも分かっている。夢とは少し状況が違うが、己は確かに死に向かっていっていることに。
それでも言わずにはいられない。それが後悔というものだ。
「うっぐ……ひっぐ……あぁあああ……」
かつては旅人のためにドルモンは己の命を投げ出した。何も知らなかったが故に。
今は違う。生きること、死ぬことの怖さを知った。
前にも後ろにも逃げ道がなくなって、雁字搦めになっている。
だから何もできなかった。だから、ミレニアモンに勝てなかった。そうドルモンは自分に言い訳する。
そしてそんな言い訳する自分が嫌で自己嫌悪に陥る。結局、旅人を死なせる理由を作ったのはドルモンなのだ。
どう言い訳したところでその事実は変わらない。
そうやってドルモンが悔いているうちに黒い竜の姿も見えなくなった。いよいよ死が近づいて来たのだ。
「諦めるの?」
声が聞こえた。どこかで聞いたような、声。
“分からない”と。
声に出ているかどうかも分からない状態で、ドルモンはそう声に答える。
「じゃあ言い方を変えよう。諦めたいの?」
相変わらず聞こえる不思議な声。誰の声かは分からなかったが、質問にはちゃんと答える。
“もちろんNOだ”と。
ただ何を、どうしたいのかが分からないと。ドルモンはそう答えた。
「それは有り得ないよ。よく考えてみて。」
謎の声はその答えを即効で否定した。
この状況はある意味で一種の催眠状態に近い。ドルモンは薄れゆく頭で必死に考える。何をどうしたいのか。
そうやって考えた時に不意に浮かんだ情景。昔から変わっていない。変わるはずもない。自分と旅人が旅をしている光景。そんな未来。そんな未来を諦めたくないと――ドルモンはそう思った。
かつてドルモンがアルファモンに切った啖呵と何も変わらない。かつてのそれは何も知らなかったドルモンが言っただけのただのワガママ。
だがドルモンにとって、それは今も変わっていないし、変わりようもないことだったのだ。
「だったらすることは決まっているよね?」
「そんなこと言ったって……どうしようもないよ。もう僕に未来は……もう、ない。僕は未来を失ったんだ」
ドルモンはもう死んでいるのだ。死というのは逃れられない絶対の決まりであり、終わり。気合云々でどうこうできるようなものではない。
「そんなことないよ。……それにね。自分の中に生まれた感情はどうしようもないことだよ。目を背けったって仕方ない。必要なことは受け入れること。現実を受け止めて、それからどうするかが大切なんだ」
死も恐れる、生を恐れる。どんなことであっても、その思いが心の中に生まれてしまったのならば、それはどうしようもないことだ。であれば――そのことから目を背けたり、そのことを否定しても仕方がない。
大切なのはどうするかを考えることだと。声の主はそう言っているのだ。
「ドルモンだってさっき言っていたろ?諦めたくないって。それでいいじゃん。どうしようもなくても、無意味でも、そこから何かを掴める奴ってのは……きっと前に進める奴だ。……まだ可能性は残っているよ」
「……それは」
声の主から言われた言葉。確かに世の中どうしようもないことなどいくらでもある。だが、大抵のことはどうにかしようがあることだ。どうしようもない
ならば、自分だって。
そう決意したドルモンに声の主は最後の激励を飛ばす。
「……オレの命をあげるから。あ、オレの本体には関係ないし、命は受け継がれていくものだから、大丈夫だよ!」
「え?それって……」
「だからグダグダ考える必要なんかない。死なんてかるーく乗り越えて……未来を掴み取れ。ドルモン!」
それきり声は聞こえなくなった。変わりに目の前に再びあの黒い竜が現れる。体から下は完全に消滅したのか、黒い竜は首だけでドルモンを見ていた。
「フン。モドッテキタノカ」
「……なんとかね~」
「アノヨソモノニタスケラレタノダ。ツギアッタラ、レイデモイットクノダナ」
余所者。
あの声の主の存在は黒い竜も分かっていたらしい。若干忌々しげな声色となっている。
やりたいことは決まった。後はどうするか。方針が決まっても具体的にどうするかドルモンは考えていない。
ふとドルモンは黒い竜を見る。先程までと心境が違うからか。そこでドルモンはあることに気づいた。
すなわち――。
「君は……もしかして……怖いの?」
「……」
「死ぬことが、あの姿になることが、生きることが。だから……」
黒い竜は明らかに何かに怯えている、と。
黒い竜は答えなかった。だがきっとそうだった。黒い竜は言った。オレはお前だと。
それはつまり、ドルモンと黒い竜の考えることは同じということだ。ドルモンがあの姿になることを、死ぬことを、生きることを恐れたように。この黒い竜も同じようにそれらを恐れたのだ。
「っぷアハハ!」
「ブチノメスゾ」
「ごめんなさい」
ドルモンは急におかしくなって笑い出した。黒い竜に急に親近感が湧いたのだ。そしてそんな親近感が急に湧いた自分がおかしくて笑った。
一方で黒い竜は不貞腐れたような返事をしている。大当たりだった。
「じゃあやっぱり君は竜の本能とかそういうのじゃなくて……」
「……オマエダッテ、モウワカッテイルダロウ。オレハオマエダト。オレハ……イツカクルシムクライナラ、ハジメカラナカッタホウガマシダトオモウ、オマエノココロダ」
「それは……」
「ダイイチ、オレハオマエノモウヒトツノリセイデアッテ、ホンノウハベツニアル」
つまりはそういうことだった。あの黒い竜はドルモンが思っていたような竜の本能とか、関係なかった。黒い竜はドルモンの裏とでも言うべき存在なのだろう。
結局、黒い竜もドルモンも同じだったのだ。ただ、黒い竜はドルモンより自分のことを分かっていただけで。
いつか来たる自分の運命を。いつかその運命に苦しむくらいなら、始めから苦しんだほうがマシだとして、暴れていたのだ。
「でも……それって結局苦しいよね。まあ、大丈夫、何とかなるって!……多分」
「フン……タビトトニタヨウナコトヲ」
旅人の名前を出したあたり、もう隠そうとはしなくなったのだろう。
未だ黒い竜は怯えている。だが首だけという状況でも、その声から諦めの色がなくなったのは、ドルモンも感じていた。
やはり黒い竜もドルモンと同様で諦めたくないらしい。
「もうそんなことしなくてもいい。僕たちの未来は……僕たちで掴み取る。苦しまなくていい未来を。敵も、生きることも、死ぬってことさえ乗り越えて……掴み取るんだ。未来を」
「フン。ナラサッサトイケ。コンカイハ前ノように
「……急に変わったね」
「どこぞのアホがオレのことをちゃんと理解したからね」
黒い竜の首が
急に目つきが鋭いドルモンの姿がブレた。だんだんと消え始めている。
「……オレはお前が気づかなかった心が形を持ったもの。気づかなかったからこそオレは存在できたんだ。お前が気づいたのなら、オレは消えて……お前になる。当たり前のことだ」
それを、どこかで分かっていたのかもしれない。二人のドルモンは取り乱すことなく、妙に冷静なまま成り行きに身を任せている。いや、分かっているからこそ、取り乱さない。
別に死ぬわけではないのだ。ただ、今までが異常だっただけ。あるべきものがあるべきところに戻るというだけの話。
「覚悟しとけよ?オレは……甘ちゃんのお前よりもずっと重いぜ?」
「別にお前は
闇が晴れる。目の前のドルモンが消える。その先の未来を信じて。
ドルモンは目を覚ました――。
キリがいいところまで書いていたら、思ったよりも長くなったので分割しました。
せっかくいいところだったのに……。
まぁ、ともかく。そのせいで話に少し違和感を感じるかもしれませんが、(特に次の話)ご了承ください。
分割した部分は多分明日か明後日に投稿します。