“世界というものに偶然はない。あるのはただ必然のみである”という考えがある。それはあながち間違いでもないだろう。世界というものはさまざまな小さな歯車が噛み合い動き続ける、精密で精巧な機械のようなものだからだ。ゆえに人間の目からは偶然の結果に見えても、それは必然の結果なのである。
機械というものは、一つでも歯車が噛み違えたのならば途端に不具合が出る。それは世界も同じだ。世界とは精密かつ精巧の極致たる存在である。
だがしかし、だからこそ。世界というものは脆いのだ。
「……」
つまり、一見何でもないようなことが、重大なことを引き起こすこともある。その逆も然り。
繰り返すが、世界というものはさまざまな歯車が噛み合っている。だが、歯車はその世界だけで完結するということは少ない。その歯車の中には、一見繋がりのないように見える別世界の歯車が――混ざっていることだってあるのだ。
「……?」
その日。そこでは一体のデジモンが卵から孵った。そこは広大なデータの海。その世界ではまだ未発達と言っても差し支えないその海は人間にはこう呼ばれる。
インターネットと。
「……!」
生まれたばかりのデジモンは気づく。目の前にある小さな歪みに。
そのデジモンは、生まれたばかりの好奇心でもってその歪みへと飛び込んだ。その先の――何処かへと向かって。
それには別世界の歯車が深く関わっていることを――その別世界の当人たちはまだ知らない。
ブラックウォーグレイモンとの邂逅からはや一ヶ月。次に訪れた世界も旅人たちが元いた世界ではなかった。
ナムが再びゲートを開けるようになるまでの間。しょうがないので、観光もどきをしている一行だ。
ちなみに現在の位置は東京都のお台場。今回の世界は人間の世界――それも日本――だったのだ。最初に出た神奈川県辺りから東京都まで時間をかけながら歩いてきたのである。
そんな中、ちょうど朝と昼の境目である現在。たまたま電気屋の前を通ったドルモンはあることに気づいた。
それを確かめたくなったドルモンは旅人たちに先へ行っているように言って、店の人にバレないように電気屋の中へと入り、ショーウインドウの近くにあったパソコンを覗き見る。
すると、突然、パソコンが光り輝き、そこから――。
「……!」
「のわっ!」
一体のクラゲのような一つ目のデジモンが飛び出してきたのだ。
ドルモンの顔に体当たりしたクラゲのようなデジモンは、そのままドルモンの手の中に収まる。
「……?」
「え~と……君は?」
思わず尋ねるドルモンだが、クラゲモドキに答えようとする気配はない。答えないのではなく、答えることができないのだと、ドルモンはすぐに思い当たった。クラモンはしゃべることができないのだと。
“どこから来たの?”と聞けば、“あっち”とパソコンの方をクラゲモドキはその大きな目で差した。
“帰りたい?”とドルモンが問えば、クラモンは大きな目を伏せてイヤイヤと体全体を使って表現した。
“どうしよう?”ドルモンがそう悩んだその時。
ドルモンの背後に一つの影が――。
「……あ。わ、わん!」
思わず犬の真似をしたドルモン。だが、その影には効果はない。
犬だろうとなんだろうと毛の生えた動物に売り物の、しかもパソコンという精密機器の周りをうろちょろされるなど、その影――電気屋の店員――にとっては迷惑以外の何ものでもないのだ。
「コラァああああ!どっから入りやがった!この犬公!」
「わ、わぁんわぁん!」
店員に箒で叩かれそうになった瞬間、ドルモンはクラゲモドキを抱えて逃走する。
鳴き声こそ犬の真似をしているが、焦るあまり二足歩行で逃げていることにドルモンは気づいていなかった。
ちなみに後日。二足歩行で走る謎の犬が新聞で取り上げられることになる。その結果、その犬の情報提供者たるこの電気屋は口コミによってたいそう繁盛することになり、この時の店員によってその犬は幸運を呼ぶ犬として祀られることになるのだがそれはほんの余談である。
電気屋から逃げ出したドルモンとクラゲモドキ。だが、ドルモンは焦りのあまりどこをどう走っていたのか分からなくなっていた。つまりは迷子である。
旅人たちもどこへ行ったか分からない。ドルモンはしばらく考えて“何とかなるか”と楽観的に考えることにしたのだった。
辿りついた公園でしばらくボーっとしていると、クラゲモドキがドルモンの方を見ている。
その瞳は“遊ぼうよ”と――少なくともドルモンにはそう見えた――言っていた。
「よし!遊ぼう!」
「……!」
遊ぶといっても、犬とクラゲが公園で遊んでいるところを誰かに見られたのならば、また走ることになるのだが、幸か不幸かドルモンは気づいていなかった。
シーソーにブランコに滑り台。公園にあるものを一通り使って遊ぶクラゲと犬。傍から見たら奇妙な光景であった。
クラゲモドキが妙な泡を目から出して、ドルモンとシャボン玉遊びをしたり。ドルモンが出した鉄球をビー玉替わりにしておはじき遊びをしたりと楽しい――ドルモンにとっては――時間だった。
「あー!犬さんだー!」
「なんか変なのもいるぞ!」
「え?あれクラゲじゃないの?」
だが、そんな時間も終わりを告げた。近所の子供たちが公園へとやってきたのだ。捕まってたまるかと急いでクラゲモドキを抱えて逃走する準備をするドルモン。
だが、その必要はなかった。なぜなら――。
「やっと見つけたぞ……。あぁ……僕たちごめんな?うちのペットが何かやってたみたいで……」
旅人がやって来たのだ。
やって来た旅人は子供たちの間を抜けてドルモンの方へと向かってくる。
好奇心の塊である子供たちも、大人である旅人は怖かったのか。素早い動きで旅人を避けた。
その後も去っていく旅人とドルモン、ついでにクラゲモドキを何とも言えない空気で見送ったのは、子供たちだけの秘密である。
「何してたんだよ。っていうかこのクラゲは一体何?」
「さぁ。パソコンから出てきた」
「パソコンから?そんな馬鹿な……」
そう言ってクラゲモドキを顔の前まで持ってくる旅人。
旅人としては“お前なんだよ?”みたいなことを考えての行為だったのだが、クラゲモドキは何を考えたのか。旅人の顔に先ほどの泡をぶつけたのだ。
「ぬがっ!目に!目に泡がァ!」
別に大した威力ではなかったが、泡が目に入ったのだ。
目を押さえて転げまわる旅人を、クラゲモドキを大事そうに抱えたドルモンは睨みつけている。
「何するの旅人!クラちゃん怖がってるじゃん!」
「いや、何するのはこっちのセリフ……っていうかクラちゃんってなんだ!?」
「クラゲだからクラちゃん」
そのあまりの溺愛っぷりに文句を言いたい旅人だったが、ドルモンはすっかりとクラゲモドキのことが気に入ったようだった。
“怖かったよね~?”なんてやっている姿など、旅人に軽く殺意を抱かせたほどだ。
公園の外で待機していたナムたちと合流して。やはりナムたちもドルモンのその姿――というよりもクラゲモドキ――に驚いていたようだった。
「クラモン。何故?」
「パソコンから出てきたんだと……クラモン?」
「すっかりと若造の立場が奪われとるな」
からかうようなリュウダモンの言葉を旅人は無視した。
“まぁ、何はともあれ迷子は見つけたのだ。後は……”とクラゲモドキ改めクラモンを眺めて考える旅人。
クラモンにも帰る場所はあるはずである。ついてくるというのならばそれでもいいが、見たところそこまでの判断ができるほど成長してないようにも見える。
ならば――。
「ド……」
「ドルモン。そやつは元いた場所へと返すべきだろう」
「えぇ!?」
旅人は思わず押し黙った。
そのまま“発言しようとなんてしてないです”という雰囲気を纏う。言おうとしたことをリュウダモンに先に言われたのだ。今更言うことがあろうか。いやない。
“言おうとしていたことを奪われたなんて恥ずかしすぎる”それが旅人の気持ちだった。
一方でクラモンを抱きしめて抵抗しようとするドルモンだが、リュウダモンの一言に固まることとなった。
「ドルモン……そやつにも帰る場所があるのだ」
「ッ!……」
ドルモンはクラモンを見て、しばらく悩んでいた。だが、やがて小さく、だがはっきりと頷いた。
その後、メンバー全員でドルモンが初めクラモンと会った電気屋へと戻ってきていた。パソコンへはナムが戻せると言ったため、クラモンを返す役目はドルモンとナムとリュウダモンである。
一方で旅人は店員を引きつけておく役目だ。
「こんにちはー?」
「いらっしゃいませ!」
旅人が店員と話しながら店の奥の商品を見ていく。その隙にドルモンたちは初めクラモンと会ったパソコンへと向かう。
「もう戻せる」
「ドルモン……早くしろ」
「クラちゃん……さよなら。元気でね!」
ドルモンがクラモンを画面に押し付ける。見ようによっては激しく虐待している光景にしか見えない。数秒して、クラモンは画面の中へと戻っていった。
その後、全員が店から出たのを確認してから旅人も店から出る。
旅人が店から出たところで見たものはものすごい落ち込んでいるドルモンの姿だった。
「クラちゃん……」
「……」
“どうしたものか”そう考え込みながら歩き続ける。どのみちここにずっとはいられない。落ち込むドルモンをそのままにして数十分。ナムとリュウダモンが何かを話し込んでいた。何を話しているのかは旅人には聞こえなかったが、リュウダモンの方は珍しく冷や汗をかいているような雰囲気だった。
「やることができた」
「へ?」
「姫様と儂はしばらくやることができたと言っておる。後で合流するから先行っていろ」
そう言ってから猛スピードで遠ざかって行くナムとリュウダモンに旅人は呆気にとられるしかない。その場には落ち込んだドルモンと旅人の二人が残された。
“この状態のドルの面倒を押し付けたんじゃないんだろうな”と思わず旅人がそう邪推するのも仕方のないことだった。
時はちょっとだけ戻って。リュウダモンはナムに呼ばれていた。旅人たちには聞かせれない話なのだろう。少し距離が離れている。
「なんでしょうか姫様!」
「……さっきのクラモン。出てきたの。私たちのせい」
「はい?」
思わずリュウダモンは惚けてしまった。それが不敬に当たることは知っているが、元々ナムはそういうことを気にするタイプではない。
リュウダモンはもう一度ナムの言葉の意味を考える。“さっきのクラモンがこの世界に出てきたのは私たちのせい”とナムは言ったのだ。
「一ヶ月前。私たちはこの世界に来た。クラモン。その時の余波の歪みを通った」
「あ……しかし!一ヶ月も前ですぞ!それに世界を渡る際の歪みなど姫様はすぐに直すでしょう!?」
「あのクラモン。特殊な生まれ。その特殊さに邪魔されて歪みの修復が出来なかった」
“だから歪みの自然消滅を待っていた”とその言葉にリュウダモンは頭を抱えた。ナムは余程のことではない限りほっとくタイプだ。だが、逆に言えば余程の時は、頬が引き攣るような対応をするのである。
だが、そんなことを言っている場合ではない。あのクラモンは見るものが見ればすぐに分かるほど、心の内は無邪気さと狂気が同居している危険な存在だ。無邪気ゆえに何をしでかすか分からない。
「解決に動いてる者がいる。リュウダモンその手伝いを」
「はっ!」
リュウダモンは旅人たちの方を見る。ドルモンは未だ落ち込んでおり、役には立たないだろう。そもそも、あれほど可愛がっていたクラモンをドルモンがどうこうできるわけないのだが。
“自分たちでやるしかない”リュウダモンはそのことをはっきりと認識した。
「やることができた」
「へ?」
「姫様と儂はしばらくやることができたと言っておる。後で合流するから先行っていろ」
上手く聞き取ったかは分からないが、旅人とドルモンを置いて、リュウダモンとナムは走る。目指すはパソコンがネットに繋がっている場所。すなわち――電気屋だ。
「なっおまっ!……」
「やれやれ……姫様は本当に人使いが荒い」
たどり着いてすぐに店員をリュウダモンが気絶させる。先ほどのことでここの店員はこの一人だけだと分かっている。
もっとも誰か来てもまた気絶させればいいだけの話だ。
ナムがインターネットの中に入るためのゲートをパソコンに開く。そもそもとしてデジタルワールドとインターネットは世界の在り方的には似ているのだ。これくらいはできる。
「では行ってまいります!」
リュウダモンがネットの中に入っていく。その先、あのクラモンの下へと。
自分たちという歯車のせいでこの世界の歯車が狂わないように――リュウダモンは急ぐ。
ちなみに番外編三本目は再びのアドベンチャー(映画)の世界です。
前半の戯言は気にしないでください。もっともらしいこと書こうとして失敗したんです。
今回は珍しく旅人はあまり関わりません。
本音を言うと、クラモンと戯れるドルモンが書きたかっただけだったり。その部分はかなり少ないんですが……。
次回は途中参戦でリュウダモンが(少し)暴れます。