第四十九話~懐かしの世界~
「シュシュッ!ポッポ!シュッ!ポッポ~!」
車内に謎の擬音が響く。
窓の外から聞こえる音をそのまま言葉にしているようなその擬音語は、聞くものすべてにある共通の念を抱かせる。
曰く――。
「シュシュッ!ポッポ!シュッ!ポッポ~!」
「うるさい!」
――“黙れ”と。
上手くもない鼻歌を歌っていたのはドルモンで、“うるさい”と怒鳴ったのは旅人。
いつかどこかでしたようなやり取りに二人はデジャヴを感じていた。前もそうだったが、歌っている方は気持ちいいかもしれない。だが、いかんせん聞いている方は雑音にしか聞こえないのである。
「人がせっかく考え事をしていたのに……」
「旅人寝てたよね?目、閉じてたよ」
「目を閉じながら考え事をしていたんだよ!」
現在旅人たちは、これまたいつかどこかで見たような列車型デジモンであるトレイルモンに乗って旅をしている。
いつかどこかで見たような、ではない。見たことのある、だ。つまり――いくつかの世界を渡った旅人たちは、遂に元の世界へと戻ることができたのである。
「久しぶりだからいいじゃん!」
「いいわけあるか!今回は、ウィザーモンたちはいないんだよ」
「じゃ、カード使ってよ」
この世界へと戻ってきた旅人たちは、ナムがどこからか引っ張ってきた――その光景は正しく引っ張ってきたという表現しかできなかった――トレイルモンに乗り込んでの移動を開始した。
目的地はもちろん、旅人がウィザーモンたちと待ち合わせをした場所。フォルダ遺跡だ。
もっともその待ち合わせは数ヶ月前の約束なのだが。普通に考えれば、数ヶ月も相手が待っているわけはない。それでも待ち合わせ場所まで行くのは、律儀というべきか。なんというべきか。
「……set『無音結界』」
「やった~!シュッシュッ!ポッポ!」
「音量下げろ!オレたちには聞こえるんだよ!」
“何故白紙のカードを使ってまで苦行をしなければならないのか”そう思いながら、旅人はとても悲しい気持ちになった。
『無音結界』は一定範囲内の音を一定範囲外に漏らさないようにするカード。つまり、一定範囲内にいる旅人たちはモロ聞こえなのだ。
「……うるさい」
「こらぁ!姫様がうるさいと言っておる!黙らんか!」
「ヤダ!」
そんなこんなで旅人は、ドルモンにどうこう言うことを諦めた。面倒くさくなったとも言う。もっとも、リュウダモンは未だやめさせるように頑張っているのだが。
そんな中で、高速で変化する窓の外の景色を眺めながら旅人はぼんやりと考えている。旅人が先ほどドルモンに言った“考え事をしていた”という言葉は嘘ではないのだ。
もっとも、目を閉じて考え事をしていたために、若干ウトウトし始めていた部分もなかった訳ではないのだが。
「シュッシュッ!ポッポ!」
「……」
旅人が考えていたこと。それはこの世界を去る前、旅人とドルモンを襲撃してきた者たちのことだ。旅人が考えていることは“彼らの正体”と“何故自分たちを襲ってきたか”その理由だ。
ウィザーモンたちとの約束の手前、この世界に戻ってきたのはいいが、このままでは旅人たちは確実にまた襲われるだろう。あの二人は通り魔なんかではなく、確実に旅人とドルモンに狙いを絞って襲ってきていた。
前回は運良く助かった。ほとんど負けに近い状態でナムたちに助けられただけだが。そのことを鑑みれば、運が良いと言えるかどうか微妙なところだ。
そして、助かったといっても実際にその時ドルモンは一度死んでいる。
「問題は……次なんだよな」
「シュッシュッ!ポッポ!シュッ……ゥゲホッ!ゴホッ!」
“次襲われたら?”それが旅人を悩ませていた。
この数ヶ月で旅人とドルモンは以前よりも強くなっている。旅人は使えなかったモノを扱えるようになっているし、ドルモンは新しい進化ができるようになった。技術や経験はともかくとしても、地力は確実に上がっている。
だが、それで“あの襲撃者たちに勝てるか”というと分からないのだ。
一人は謎の多いカードを使うことのできる男。カードについて、おそらくは旅人よりも使いこなしている。旅人が多少新しい力を扱えるようになった程度でその差は変わらないだろう。
もう一人はあのアルファモン。別世界にて別のアルファモンの強さを目の当たりにした旅人だ。アルファモンの強さはよく分かっている。
それだけではなく、旅人は以前ドルモンから聞き出した“アルファモンと戦った時、気が付いたときには切られていた”という言葉が引っかかっていた。
頭から煙を出しながらも必死に考え続ける旅人。だが、旅人が無い頭でいくら考えても良さそうな答えは出なかった。
やがて――。
「あぁもう!分からん!」
「シュ……っていきなりどうしたの?」
「何でもない!」
“考えても始まらないか”と旅人は考えていた問題を明日の方向に放り投げた。ようするに面倒くさくなったのである。
人はそれを問題の先送りと言う。
難しいことは抜きにして、窓の外の風景を楽しむことにした旅人。ドルモンの鼻歌を子守唄――下手くそだったが――にして、いつの間にか眠っていたのだった。
――次は~終点~終点~フォルダ遺跡跡~フォルダ遺跡跡~……やっと解放される……――
「んあ?」
トレイルモンの車内アナウンスで旅人は目が覚めた。
車内アナウンスの最後の部分については聞き逃した旅人だったが、その部分がトレイルモンの心情が正確に表された部分だったということに、乗客全員が気づいていた。
もっともトレイルモンをそこまで追い込んだ主犯格は、何食わぬ顔で呑気に紅茶を飲んでいるのだが。
「やっとか。ウィザーモンたち待って……」
「ないよね?普通に考えて」
「……」
トレイルモンから降りたドルモンと旅人は、遠くに見える遺跡を眺めた。
たった数ヶ月の間だというのに遺跡の外観が大きく変わっているように見えて、旅人は懐かしさの前に違和感を覚える。
だが、旅人はどこに違和感があるのか分からない。
「なぁ、あの遺跡って……あんなんだっけ?」
「え?いや、う~よく分かんない」
ドルモンも旅人と同様の違和感を覚えたようだったが、これまた旅人と同様にどこに違和感を覚えているのか分からないようだった。
そんな会話をしている旅人たちとは別にナムとリュウダモンは真剣な表情で会話をしていた。
「これは……どういうこと?」
「分かりませぬ。しかし……」
何の話をしているのか、旅人たちには聞こえなかった。だが、無表情のナムにしては珍しく、愕然とした表情でリュウダモンと会話をしていた。
やがて、愕然とした表情のままでナムは旅人に向き合った。
“何かある”と。見たことのない表情で向き合うナムに、旅人がそう感じたのも無理はない。
「私。ここまで」
「は?」
「事情が変わった。リュウダモン!」
そう言うと一瞬でナムとリュウダモンは消えた。
てっきり事情か何か説明されるものだと思っていた旅人は、ナムのその行動に一瞬フリーズする。
最後にナムが見せていた焦り様は、普段無表情のナムの非常にレアな表情だったのだが、そのことが理解できないほど旅人たちは突然の事態についていけてない。
“最後の消え方って転移だよなぁ”とどうでもいいことを考えるくらいには、旅人はナムの行動が理解できていなかった。
「……どゆこと?」
「さぁ?」
今一何が起こったか分からない二人。
確かなことはナムたちとはここで一時的に別れるということだけだった。
「まぁ、いっか。さっさと遺跡行こうか」
「そだね~」
だが、ナムが理由も告げずに――告げたとしても、その理由は意味の分からないことが多いのだが――いなくなるのはいつものことだ。
いつもと違ったナムの取り乱し様を二人は気にしないことにした。
いつもと違うナムの様子を目撃しながらも放っておくあたり、二人とも大概ドライである。
そうこうしながらフォルダ遺跡へと向かった二人。二人とも先ほど遺跡に対して感じた違和感など忘れていた。
「いやぁ、久しぶりだな。この遺跡……遺跡?」
「遺跡っていうより……残骸?」
そんな二人を出迎えたのは、崩壊した遺跡。かつて旅人たちが入った出入り口は土で埋まっており、入ることはできなくなっている。周りにあった石柱はすべて崩れ落ちており、ただの形の整った石になり果てている。
この光景を見てここが元々遺跡だったと分かる者はそういないだろう。旅人たちだってこの遺跡に以前来たことがあったから、ここは元々遺跡だったと理解できたのだ。
「……一体この数ヶ月で何があったんだよ」
「さぁ……」
この様子ではウィザーモンたちは既にここにいないだろう。
旅人とドルモンは懐かしのこの世界にたどり着いてすぐに途方に暮れてしまうことになったのだった。
時は既に夕暮れ時。現在は、もうすぐ夕日が完全に地平の向こうに隠れてしまうだろう時間帯だ。
「……」
「……」
そんな時間帯で、変わり果てた遺跡の姿に愕然とした旅人たちはひとまず空をボーっと眺めていた。時間が時間だったために動く気も起きなかった二人は、ここで野宿をすることにしたのだ。
食料は数日分あるために問題ない。寝床など後で作ればいい。ゆえにやることのなくなった二人はボーっと空を眺めていたのだ。ある意味で一番無駄な時間の使い方である。
「何か……うまくいかないな」
「ウィザーモンたちが待っててくれてるとは、思わなかったけどね」
「そりゃ、そうだけどさ」
完全に陽は沈み、空には満天の星が輝いている。とても綺麗な夜だ。
そんな中で突如、遠くでカチャリと石を蹴飛ばしたような音がした。天の川らしきモノをボーっと見ていた旅人とドルモンも当然それに気がつく。
続いて聞こえ始める足音。数は一つ。
“誰かが近づいてきている”そのことを理解した旅人とドルモンはボーっとしたふりをしながら警戒し始めた。
そうしてだんだんと近づいて来る足音。しばらくしてその足音の主が現れた。
「うぉお!誰だオメェら!」
「いや、こっちのセリフだ、それは」
現れたのは、モヒカンの緑色の鬼。ご丁寧に木の棍棒まで持っている。旅人たちがいたのはその鬼にとって予想外だったらしい。本気で驚いている。
そんな鬼に警戒していた旅人たちは一気に気が抜けた。
一方でそんな様子の旅人たちが気に食わなかったのか。その鬼は勢いよく名乗りだした。どうでもいいことだが、テンションが高い。
「オレ様はゴブリモン!泣く子も黙るオーガモン様の一番弟子だぁ!」
「……へー」
「ほ~」
名乗られても態度を変えない旅人たち。その姿にゴブリモンは、馬鹿にされたと感じて余計に腹が立つ。
旅人たちとしては、そんなつもりは一切ないのだが、ゴブリモンのあんまりな名乗り方についそう答えてしまったのだ。
そして旅人たちの気のない返事は、どう贔屓目に見ても馬鹿にされているように聞こえることだろう。
「てめぇら……!」
「ちょ、ちょっと!待てって!」
まさかいきなり暴力に出ると思っていなかったからか。棍棒を振り上げるゴブリモンに驚いた旅人が制止の声を上げるが、もう遅い。
ゴブリモンが棍棒を振り下ろそうとした瞬間――盛大にゴブリモンの腹が鳴った。
「……」
「……」
「なッ……何だその目はッ!」
思わず可哀想なものを見る目でゴブリモンを見てしまった旅人とドルモンは悪くないだろう。
「腹、減ってるのか?食べ物欲しいか?」
「オレ様をそんな目で見んじゃねぇ!施しなんざいらねぇよ!」
「キノコあるよ?食べる?」
「いるかぁ!」
と言いつつも、結局旅人たちから食べ物を分けてもらうゴブリモンだった。
もっとも、ドルモンに関してはいらないものを押し付けただけなのだが。
そんな哀れなゴブリモンに食料を分けたついでに、旅人たちも晩御飯を食べることにする。
先ほどまでの雰囲気はどこへやら。そんな食事中の話題はやはりゴブリモンについてである。
「へぇ?仲間とはぐれちまったのか」
「っち……あんな奴ら知るかよ。オーガモン様の仇討ちもしようとしねぇような奴らなんか」
その言葉に、旅人は記憶の隅に引っかかるものを感じた。だが、旅人がその引っかかるものを思い出す前に、話は先へと進んでいった。
「オレ様たちゃ隠れ里ってところでいろいろな悪さをして生活してたんだ」
「ん?」
ゴブリモンの言葉にまた旅人は引っかかるものを感じた。
隠れ里。それは旅人とドルモンがこの世界に来て初めて訪れた町だ。少しづつだが、旅人の中の記憶が掘り起こされていく。
たしか、あのときは――。
「だが数ヶ月前のある日……他所の奴らによってオーガモン様は殺られちまったんでぇ!」
「……」
そこまでいって旅人は完全に思い出した。
数ヶ月前。それは旅人たちが隠れ里に訪れた時期と一致する。ついでに言えば、旅人たちは――正確にはドルモンが――隠れ里にいた期間にオーガモンを倒している。
「だから、オレ様がオーガモン様の仇を討つんでぇ!そいつらはもうどっか行っちまったみたいだ。だから、こうしてオレ様は仇討ちの旅をしてるんだ!」
「へ~。でも相手は誰かわかるの?」
「分かんねぇ。だが、相手はドルモンって言う奴と旅人って言うデジモンらしい!」
“へ~そうなんだ~”と呑気に言うドルモンに“いい加減に気づけ!”と旅人は内心怒鳴る。
仇討ちの相手が目の前にいるのに気づかないゴブリモンは、馬鹿というべきか、アホというべきか。いや、両方だろう。旅人には判断がつかなかったことだが。
「オレ様たちゃ、本来臆病な種族だ。オレ様のような奴は除いてなぁ!だから、オーガモン様の仇討ちをしようとするオレ様についてこようとする奴はいなかった!」
「そんな……」
だんだんとドルモンはゴブリモンに感情移入し始めている。
ドルモンが、自分自身がその仇討ちの対象と知った時の反応を見てみたかった旅人だが、黙っている。バレた時の面倒くささを思ってのことだ。
「すまねぇ、すっかり愚痴っちまったな……そういや、お前ら名前何ていうんだ?」
“マズイ”と旅人は思った。だが、同時に“チャンス”だとも。旅人は何だかんだ言って、真実を知った時のドルモンの反応を見てみたかったのだ。
「オレ?オレはドルモン。こっちは旅人!」
「へぇ?ドルモンと旅人って言うのか!」
“あれ?”と旅人は首を傾げた。旅人とドルモンの名前を聞いていたのに、ゴブリモンは反応しない。そんなゴブリモンの反応が旅人の思っていたものと違ったのだ。
「……」
「……ん?」
だが、しばらくするとゴブリモンは少し首を傾げて、黙り込んだ。
遅い。何もかもが。
「あー!ってテメェらか!」
「何が?」
ドルモンはまだ気づいていないらしいが、ゴブリモンはやっと気づいたようだった。アホだ。
そんな中で、まだ事態を掴めていないドルモンに向かってアホなゴブリモンは棍棒を振り下ろした。
「って!何するの!」
「やかましい!人を騙しやがって!オーガモン様の仇!」
「何言ってるの……オーガモンの仇って、ドルモンと旅人って言う……」
そこまで言ってドルモンも気づいたらしい。アホである。
だんだんと表情が変わっていくドルモンのその様子は、傍から見ていた旅人にとって、とても面白いものだった。
「あ!旅人……オーガモンって!」
「いや、オレは気づいてたよ」
やれやれといった旅人の様子にドルモンは“裏切り者!”といった目を向ける。というか、誰も彼もがアホだった。
だがその間、忘れられていたゴブリモンは、怒りが限界まで訪れていつつあった。
「て、テメェら……」
「ん?」
「オレを!無視してんじゃねぇぞ!ゴブリモン!進化――!」
「は?」
ゴブリモンの姿が変わる。緑の体はそのままに、東洋の伝説に登場するオニのような姿へと――。
進化する。
そうなると驚くのは旅人たちだ。旅人が渡り歩いた世界はともかくとして、“
実際にこの世界に数ヶ月いて、カードという特別な方法を持っているドルモンと謎が多いリュウダモンを除いたこの世界のデジモンが、このような急激な進化をしているところを旅人は見たことがなかった。
「――オーガモン!」
ゴブリモンは自らが尊敬し敬った者と同じオーガモンへと進化した。新しい己の体の調子を確かめるように体を動かしている。
一方で“似ているだけの違う世界に来てしまったのか?”と旅人の頭は混乱の極みにあった。
そんな様子の旅人を見て好機と思ったのか。オーガモンは、その手に持った骨棍棒を振り上げて旅人へと向かってきた。
「旅人ッ!」
その瞬間、ドルモンがオーガモンに体当たりをする。よろけたオーガモンは狙いを旅人からドルモンへと変えた。そちらの方が脅威だと認識したのだ。
慌てた旅人がカードを取り出そうとする。
だが、それよりも早く、ドルモンはオーガモンと相対した。
ドルモンは獰猛さを秘めた鋭い目でオーガモンを睨み、そして――。
「ドルモン!進化――!」
進化した。
旅人は驚きを通り越して呆然とした。
ドルモンがカードなしで進化したことにではない。ドルモンがカードなしで進化したことは何回かある。
旅人が驚いたのはその進化した姿が――。
「ラプタードラモン!」
旅人の知らない姿だったからだ。
第四章突入しました!
あと、第三章が終わったので第二章を加筆修正しました。一話だいたい五百から千五百文字くらい増えています。
投稿したときは良いと思っても、少ししてから読み返すと意外と直すところあるものですね。一応何回か読み直してから投稿しているのですが……恥ずかしいです。
話の大筋は変わっていないので、読み直さなくても大丈夫ですが、よろしかったらどうぞ。
感想や批評、誤字脱字、評価等は随時受け付けております。
それではまた。第四章もよろしくお願いします。