サンゾモンとゴクウモンと別れてから三日が経った。
その三日間すべてを山越えのための準備に費やした旅人たち。正しく準備万端といった感じである。
「さて。これから森を抜けて山を越えるけど……言いたいことは分かるな?」
「各々勝手な行動をとらない!でしょ~?」
「そう。そう……なんだけど、お前に言っているんだぞ……聞いているのか?ドラコモン!」
「んぁ?聞いてるって!強い奴を見つけたらなりふり構わず挑め……だろ?」
ドヤ顔で言い切るドラコモンを思わず殴りたくなる衝動を抑えて、旅人は進むことにした。“これ以上戦闘バカに構っている時間が勿体無い”とそう考えてのことだ。
それからしばらく経って、旅人たちが歩いている地面がだんだんと緩やかな傾斜になり始めていった。よく見ると、草木の中に明らかに今までとは違う種類の草木が混ざり始めている。
いよいよ本格的に山に入ったのだ。
「あんだけでかい山なら強い奴の一匹や二匹いるよな!な!」
「さぁ……いるんじゃないか?」
ドラコモンのそんな戯言を聞き流して、旅人とドルモンは歩く。
数時間も歩き続けると、辺り一帯の気温が下がり始め、地面や木の幹に白いものが混ざり始めた。
触るとほんのり冷たく、一つ一つが綺麗な結晶となっているその白いものは――。
「……雪か。どうりで……少し肌寒いはずだ」
「ほんとにね~」
そう雪だった。
始めは溶け残ったものが僅かにある程度の積もり方だった雪も、更に数時間も歩いていれば辺り一面白銀の雪、むしろ雪以外に何も見えないというほどに積もるようになっている。
その時の時間はもうすぐ日が暮れる時間帯。日が傾き始めているため、気温がどんどんと下がっている。
そんな中で旅人はガタガタと震えていた。元々動きやすい軽装を好む旅人は、このような場所ですらもそれほど厚着をしていない。単に厚着用の服を持っていないだけなのだが。
ちなみに旅人が人間の世界にいたときは、寒い時期は暖かい地方へと移動するという、渡り鳥みたいな生活をしていた。
「寒い」
「そりゃ、そんな格好してたら寒いでしょ」
そう呆れたように言うドルモン。ガタガタと震える旅人と対照的にドルモンはこれといって寒いといった様子を見せない。
理由は単純でドルモンには毛皮があるからだ。ドルモンにとってはこれくらいの寒さなど凍えるに値しない。ドルモンが苦手なのはどちらかというと、寒いではなく暑いである。
「ドルずるいな……その毛皮ちょっと貸してくれね?」
「ずるくないよ!っていうか、そんなことしたらオレ変態じゃん!こんな寒いところで服脱ぐとか嫌だよ!」
「……は?今なんて?」
衝撃の事実がドルモンの口から飛び出したように聞こえて、旅人の中の時が止まった。
聞こえた事実が嘘であることを祈って思わず聞き返した旅人だが、残念ながらドルモンの言った言葉は変わることがなかった。
「だから!こんな寒いところで服脱ぐとかオレ変態じゃん!」
「オレ毛皮貸してって言ったんだけど……」
「だから~!」
何度訪ねてもドルモンの言うことは変わらない。ドルモンにとっては自分の毛皮は服扱いするものらしかった。
では、ドルモンにとっての裸とは一体なんなのか。
非常に気になった旅人だったがとんでもない事実が発覚しそうで聞くことができなかった。
「まったく……!」
「服って何だっけ……いや、毛皮使った服もある……いやでも……」
少々怒った様子のドルモンと服というものの定義について悩む旅人。
「あれ?」
ふと、そこで旅人は何かに違和感を覚えた。
右を見る。ドルモンがいた。左を見る。雪がひたすらに雪原が広がっている。行く先を見る。遠くに旅人たちがこれから超えることになるであろう山々があった。後方を見る。緑の物体が雪に埋もれかけている。
そこで旅人は何かを忘れている気がして、必死に頭を働かせた。
考えること数分。ハッとして旅人はもう一度後方を見た。そこには先ほど同じ、雪に埋もれかけた緑の物体――。
「ってドラコモン!」
思わず旅人は叫んだ。
旅人が先ほど覚えた違和感はこれだったのだ。雪に埋もれた緑の物体。言うまでもなく、ドラコモンである。
旅人やドルモンは気づかなかったが、数分前にドラコモンは寒さにダウンしていた。
ここまでドラコモンが一言も話さなかったのは、ずっと寒さに耐えていて話す余裕がなかったからだ。
「おー旅人か。ここ結構気持ちいいぞ……だんだんと眠くなってきた……」
「おい!本当に大丈夫か!?」
「寝ちゃダメだよ!」
慌てて駆け寄る旅人とドルモンだが、ドラコモンは既に丸まって眠る態勢に入っている。
寒さに弱いというドラコモン――ドラコモンは一応爬虫類っぽいので、らしいと言えばらしいのだが――の意外な弱点に唸る旅人とドルモン。
だがこのままいけば、ドラコモンは眠ってしまう。そうなれば、旅人たちはドラコモンというお荷物を持って移動することになってしまうだろう。
「ぬがー……起きろ!おい!」
「起きて~!」
“そんな疲れることだけは嫌だ。だいたいお前だけにそんな楽をさせてたまるか!”と旅人は必死にドラコモンへと呼びかけ続ける。
だが、ドラコモンは起きない。本格的に眠り始めた。
それを見た旅人は、“かくなる上は……”とドラコモンのある部分に手を伸ばした。
そんな旅人をドルモンは“え?あれやるの?嘘だよね?”と言いたげな顔で見ている。
「あ」
「ヌガァアアアアアア!」
瞬間、ドラコモンが絶叫しながら飛び起きた。
それを見た旅人はドルモンを抱えて、すぐさま退避した。それと同時に旅人たちのすぐ後ろでビーム弾が着弾する。
旅人が触ったのは、ドラコモンの顎下にある逆鱗だ。ドラコモンはその逆鱗に触られることをひどく嫌う。
理由は単純で痛いからだ。もっともその痛みは半端なものではない。逆鱗を触られたドラコモンがその痛みによって意識を失い、ビーム弾を乱射してしまうようになるほどだ。
「『ジ・シュルネン』『ジ・シュルネン』『ジ・シュルネン』『ジ・シュルネン』……」
ドラコモンが放つビーム弾によって辺り一帯が焼き払われていく。数分前まで白銀の雪景色だったその場所は、所々茶色の地面が見えるようにまでなっていた。
そんな光景を前に“いくらなんでもこれはまずかったんじゃ?”と旅人を見るドルモン。
一方で旅人も“少し早まったかもしれない”と冷や汗を垂らしていた。
「ガァアアア!『ジ・シュルネン』『ジ・シュルネン』『ジ・シュルネン』『ジ・シュルネン』……」
「どうするの~」
「分からん!後のことは考えてなかった!set『防壁』」
そんな考えなしの行動をした旅人を、とりあえず後で一発殴ることに決めたドルモンだった。
だが、だからといって現状が変わるわけではない。ドラコモンが正気を取り戻すまでまだしばらく時間がかかる。その間ずっとカードの力で隠れている訳にもいかないだろう。
「解決になってないし……止めるか。ん?……なんか地響きが」
「……するね。そこはかとなく嫌な予感がするんだけど……」
未だ暴れ続けるドラコモンを止めようと、旅人が動こうとした瞬間。まるで地面が唸っているかのような地響きに、旅人とドルモンは顔を見合わせた。
だが、別に雪崩などが起きて始めているわけでもない。地響きが鳴っている以外は、辺り一帯不気味なほどに変わりなかった。
「何が……ッ!」
「下っ!?」
旅人が一歩を踏み出した瞬間。地面が無くなった。
ドラコモンの無差別攻撃に耐えられなくなった地面が崩落し始めたのである。
今更逃れる術はない。崩落する地面を前に、足場を失った旅人たち三人は地の底へと落ちていったのだった。
「ッ!set『風』!」
“これ以上落ちてたまるか!”と旅人はカードの力を使って空を飛ぶ。
旅人にとって幸運だったのは、崩落のショックによってか、ドラコモンが無差別攻撃を止めて気絶していたことである。もし、ドラコモンが落ちながらも攻撃を続けていたのならば、旅人はカードを使う前に蜂の巣にされていただろう。
落ちていくドルモンとドラコモンを抱え込んだ旅人は、空を飛びながら現在の場所を把握していく。
そんな旅人の耳に、ドルモンの驚いたかのような声が届いた。
「旅人これって……?」
「あぁ。たぶん……ドラコモンが崩したのは、地面じゃなくて天井だったわけだ」
旅人たちの眼前に広がっている光景。それは地下にある大都市とでも言うべき光景だった。
天井には空が描かれており、旅人たちが落ちてきただろう穴が不自然に目立っている。
建物は石造りの巨大なものが多い。遠くに見える一際大きい塔は、数百メートルはあるだろう。
そんな光景を前に圧倒されていた旅人とドルモンだが、今現在いる場所が空中だということを思い出して、近くにあった道らしき場所へと降りた。
「ここ……どこ?」
「さぁ……とりあえずドラコモンを起こしてから……」
“ここがどこだか調べるか”そう言おうとした旅人の言葉は続かなかった。
ザッザッザと規則正しく聞こえるその足音を前に旅人も言葉を中止せざるを得なかったからだ。
「侵入者発見!」
「……の前にまた追いかけっこかな」
「だね……」
現れたのは、黒いチェスの駒のようなデジモン。手に槍と盾を持ち、旅人たちを睨んでいる。
“これはまずいパターンだよなぁ”と旅人とドルモンはボンヤリと考える。二人はどちらもドラコモンをすぐさま抱えることができるようにし、足に力を入れ、いつでも走り出せるように準備し始めた。
「こちらポーンチェスモン!市街地にて二足歩行の見慣れない者と額に石を持つ獣型らしきデジモン。そして気絶しているとみられる緑色の竜型デジモンを発見!今すぐ応援をお願いします!」
「……マズイな」
「まずいね」
一二もなく頷きあった旅人とドルモン。旅人がドラコモンを抱えて、二人は脇目も振らずに走り出した。
要するに逃げたのである。
「……ハッ!侵入者が逃走!今すぐ追跡します!例え相手が侵入者であろうとも前進あるのみ!オォオオオ!」
一方でその黒いポーンチェスモンは逃走した旅人たちを見るや焦りだした。
焦ったポーンチェスモンは“報告なんてしている暇ではない!”と急いで通信を終え、旅人たちを追い始める。
「追ってくるよ~!」
「当たり前だろ!」
「待て!侵入者!」
ひたすらに走り続ける旅人とドルモン。いくら逃げてもポーンチェスモンは追って来た。
やがて疲れ始めた旅人は、その手で抱えるドラコモンを捨てて逃げたい気分になる。
“もういいよね?こいつが悪いんだよね?”と旅人がドラコモンを捨てようとした瞬間、ドラコモンが起きた。
起きたドラコモンはしばらくの間、何が起きているのか理解できていなかった。
だが、やがて事情を理解するやいなや、ドラコモンは急に謎のやる気を出し始めたのだ。
「お!俺がやる!俺が!」
「一応聞くけどさ、何を!」
「俺があいつを倒すってことに決まってんだろ!さっさと下ろせ!」
「ダメに決まってんだろうが!前科持ち!」
今は不法侵入という罪だけだが、これでポーンチェスモンを倒してしまったのならば、さらに罪が加算されることになるだろう。
とはいっても、出口の見えないこの地下都市でいつまでも逃げ回っていることなど、できはしない。
先ほどポーンチェスモンが呼んでいた応援が来ることも考えれば、これ以上この
「なんでオレたち逃げてるの~!」
「不法侵入して、そのことについて怒られるのが嫌だから!」
だが、今しがた起きたドラコモンは別として、旅人もドルモンもそろそろ限界だった。
“捕まってから弁明したほうが楽なんじゃないのか”と考えるくらいには。
今のところ旅人の中にある案は、それ以外にもう一つ。『転移』のカードで山まで戻ることである。
「うぉッ……!」
「うぇっ!」
「ドル!」
決断が迫る中、走り続けていたために前方が不注意だったドルモンは、建物の中から出てきたとあるデジモンとぶつかってしまう。
頭の痛みを抑えながらドルモンは、自分とぶつかってしまった者を見る。
見た目は魔法使いのような風貌をした人形。そのデジモンは――。
「ウィザーモン!?」
この世界のフォルダ遺跡にて、旅人たちと待ち合わせをしていた張本人。ウィザーモンだった。
「イテテ……ん?ドルモンと旅人じゃないか!久しぶりだな!」
「ウィザーモン!?え?だってウィザーモンって学術院にいるんじゃ……」
突然の再開に旅人たちは、“どうしてこんなところに?”といった風な顔で混乱している。
もっともドラコモンだけはウィザーモンとは初対面なので、旅人たちが何に混乱しているのか分かっていないのだが。
一方でウィザーモンも、そんな旅人たちを見て“訳が分からない”といった風な顔をしている。
「何を言っているんだ?ここは学術院だろう。入るときに……」
「やっと追いつきました!さあ、侵入者め覚悟!」
ちょうどそのタイミングで追いついてきたポーンチェスモンが旅人たちに向けてやりを構える。
一方でポーンチェスモンの言った言葉を聞いて、ウィザーモンは呆れた様子を見せている。
「旅人……相変わらずだな。一体どこから入ってきたんだ?しかも、こんな夜遅くに」
「相変わらずってのが、納得いかんが……あそこ。ついでに言えば今回はオレじゃない」
「でも元を正せば旅人が原因だよね?」
そう言って旅人が指差した先をウィザーモンが見上げた。
見えるのは天井にポッカリと空いた穴。ウィザーモンは思わず引き攣った笑みを浮かべた。
「山の中腹……いや、結構早くに落ちて来たのか。とんでもなくショートカットしてきたな……」
呆れたように言うウィザーモン。
一方でウィザーモンと親しげに会話する旅人たちを見ているポーンチェスモンはどうしたらいいか分からず、動くことができない。
やがて旅人たちのこの一件を終わらせるべく、ウィザーモンはポーンチェスモンへと向き合った。
「ポーンチェスモン。こいつらは私の客人だ。事故で正規の手段で入ることができなかっただけのようでな」
「は、はぁ。まぁ、ウィザーモン先生がおっしゃるのなら……」
「私の名前で滞在証を出す。後ほど正式に報告するので心配しないでくれ」
「りょ、了解いたしました!」
納得してはいないようだったが、ポーンチェスモンはビシッと敬礼して去っていった。
一方で旅人とドルモンは、ポーンチェスモンの言った言葉の中に気になる単語を聞き止めていた。
「ウィザーモン……
「ああ。ここで研究するうちにここでの講義を少し受け持たせてくれるようになってね。僕にとってもいい経験になっているよ」
「ふ~ん……」
いつの間にか偉そうな役職へと就いていたウィザーモンに驚きながらも、旅人たち三人は、ウィザーモンの後をついて行く。
ちなみにウィザーモンを見たドラコモンが戦ってみたくて多少ウズウズしているのだが、全員がそれに気づかないフリをしている。
数分後、旅人たちは巨大な学校のような建物の中に存在する、ある一室の前へと来ていた。
「ここが僕の研究部屋だ。この学校の講師としての部屋でもあるから、気をつけてくれよ?」
誰が何について気をつけるのかを明確に言わない辺り、ウィザーモンも言っても無駄だと思っているのかもしれない。
それはともかくとして。部屋に着いたというのに、何故かウィザーモンはいつまでも部屋に入ろうとしなかった。
「どうした?」
「いや、旅人。先に入ってくれ」
「……?まぁ、いいけどさ……」
少々挙動不審なウィザーモンの態度を疑問に感じながらも、旅人は扉を開けて部屋へと踏み込んだ。
瞬間――。
「なっ!」
部屋の中から風の刃が旅人に向かって飛んでくる。
運良く旅人は避けることができたが、もし当たっていたらたいそうスプラッタな光景になっていたことだろう。
肝を冷やした旅人とは反対に、ウィザーモンは“やはり”といった顔で頷いている。
「その顔は分かってたって感じだな」
「最近何故かウィッチモンの機嫌が悪くてな。ウィッチモンがこの扉にさまざまな魔術的トラップを仕掛けるんだ」
「で?」
「僕が開けなくても、作動する無差別式だということが分かった。危ないから止めさせないとな……一応これからも注意だけはしておいてくれ。あと、別に威力はそんなでもない……筈だ」
“どうせお前のせいなんだろう?”とウィッチモンの機嫌が悪い理由を察する旅人。
ちなみに当たらずとも遠からずである。
少々遅れて投稿の第五十四話。
はい、言いたいことは分かります。前回の次回予告と違いますね。
えぇ。あれです。結構長くなったのでまた分割したんです。
次回も学術院でのお話となります。……たぶん。
それではまた次回に。