なんだかんだ言っても、無事にウィザーモンと再開することができた旅人たち。
再会できた理由には多大な偶然が含まれているのだが、それはともかくとして現在。旅人たちはウィザーモンの研究部屋に訪れている。
「っていうか、物が多いな……」
「ああ、そこら辺にある物は貴重な物もある。壊すなよ……あと、盗むなよ」
「こんな貴重そうな物盗まないって。なぁ?ドル?ドラコ……」
そう言って振り返った旅人が見たものは、欠伸をしているドルモンと水晶玉らしきものにそっと手を伸ばしているドラコモンの姿だった。
戦いにしか興味を持ちそうになかったドラコモンが光り物に手を出しかけている事態に旅人は思わず口を開けて呆然としてしまう。
「……お?おお!そうだよな!盗むわけがないよな!」
「お前今……」
「あっはっは!な、何を言ってるんだよ!ぬ、盗む訳ない……だろ!人聞きの悪いことを!」
それで誤魔化せると思っているのだろうか。はっきり言って、吃りながら言うドラコモンの言葉には説得力がない。
ジト目で睨みつける旅人とウィザーモンを前に、ドラコモンは土下座した。
「すみませんでした!」
「はぁ。もういい。旅人、コレが滞在証だ。失くすなよ。……それから僕の名前で出しているんだ。くれぐれも変な行動を起こすなよ」
「どういう意味だよ……まぁ、分かった。悪いな。あれ……そういや、ウィッチモンは?」
ふと、ウィザーモン大好きなウィッチモンがいないことに疑問を持った旅人は、そのことをウィザーモンに聞いた。
旅人としては、ウィッチモンはウィザーモンと共に行動しているものとばかり思っていたのだ。
その疑問について聞かれたウィザーモンは、少々遠くを眺めながら旅人に答えた。
「ああ……先ほどウィッチモンは機嫌が悪いといっただろう?今は別行動中だ」
「そっか……」
“あのウィッチモンが別行動するほどの機嫌が悪いって……一体何やらかしたんだ?”と旅人はウィザーモンを見るが、肝心のウィザーモン自身はウィッチモンが機嫌の悪い理由がさっぱり分からないようだった。
「まあ、今夜は遅い。ここで寝ていけ」
「え?いや、この街泊まるとことかないのか?」
「あるにはあるが……そもそもこんな夜遅くには空いていない。僕の借りている部屋はここだけだしな」
そう言ってウィザーモンが向いた先には、申し訳程度の生活用品が転がっていた。ウィザーモンは学校の一室をすっかりと私物扱いしているらしい。
研究室でもあるということだが、研究道具や研究品などで足の踏み場がほとんどない。ここで複数人が寝ることなど不可能であろう。
これでは全員がここで寝ることなどできないという旨を旅人はウィザーモンに伝えたのだが、伝えられたウィザーモンはそのことを何とでもないようなこととして言ったのだった。
「ドルモンともう一匹……ドラコモンといったか。アイツ等だけならなんとかなるだろう?」
「え?オレは?」
頭数に入っていないことに旅人は疑問の声を上げるが、対してウィザーモンは“何を当然なことを”といった顔で旅人の疑問に答える。
「君は寝る必要がない。一晩かけて僕に聞かせてくれ。この数ヶ月間今まで何処で何をしていたのか。何、魔術で眠気を覚ましてあげるから大丈夫だ」
「もしかして、結構怒ってる?」
「まさか。どうせ何かトラブルに巻き込まれたのだろう?そのことを聞かせてくれと言っているんだ!」
ウィザーモンの言葉を前に、旅人の頬はだいぶ引き攣っていた。
思わず助けを求めてドルモンとドラコモンを見た旅人だったが、残念ながら二人とも夢の世界へと旅立った後で役に立たなかった。
そんな中でも、ウィザーモンは旅人を急かす。既に眠気覚ましの魔術もかけ終えたようだった。
逃げ道を塞がれた旅人は、溜め息を吐いて諦める。退路はウィザーモンと再会した時点ですでに絶たれていたのだ。
「さあ!早く!」
「……やっぱり来なければよかったかも」
その後朝までかけて、旅人は数ヶ月間の旅路をウィザーモンに聞かせ続けるハメになるのだった。
カーンカーンと朝を告げる鐘が学術院の街に響き渡った。
その音で、朝が来たことを理解した旅人とウィザーモン。あれからずっと夜通しで話し続けていた旅人も、あれからずっと夜通しで聞き続けていたウィザーモンも、時間感覚というものが狂っていた。
「もう朝か……しかし、ロイヤルナイツの生き残りの襲撃に、果ては異世界での戦いまで……君は僕が思った以上のことに巻き込まれていたみたいだな。君のアームズデジクロスとやらと白紙のカードについてもぜひ聞かせてくれ!」
「それはいいけどまた今度な。っていうか時間はいいのか?」
「僕の今日の講義は昼近くだ。まだ時間はある」
そう言ったウィザーモンは、まだまだ旅人から聞く気満々である。
旅人としては、“そろそろ勘弁してくれ”とそんな気分なのだが、そう都合よくはいかない。だが、旅人としても限界が近づいてきている。
旅人はウィザーモンによってかけられた眠気を覚ます魔術によって眠くなることはなかったのだが、眠らなかったせいで体力が回復していない。妙に体全体がだるかった。
“どうやって説得するか”とそう旅人が悩んでいた時、ノックの音が部屋に響く。自身の好奇心の邪魔をしたその音に顔を顰めながらも、すぐさまウィザーモンが部屋に入る許可を出した。
ウィザーモンの許しを得て部屋へと入って来たのは、昨日のポーンチェスモンだ。声からウィザーモンの不機嫌さを悟ったのだろう。おずおずといった感じで入ってきた。
「失礼します、ウィザーモン先生。あ……昨日の侵入者……じゃなくて、ウィザーモン先生。ダルクモン先生がお待ちになっていますよ」
「……しまった。忘れていた……旅人、僕はこれから用があるから出る。好きに行動するのは構わないが、この部屋を荒らすなよ!」
ポーンチェスモンから言われた事実に、ウィザーモンは慌ただしく去っていった。
後を追って、ポーンチェスモンも部屋を出て行く。
ウィザーモンの行動があまりに迅速だったために、思わず旅人はポカーンと口を開けて固まってしまった。
「オハヨ~」
「ねみぃ……」
その慌ただしさに惹かれてか、ちょうどドルモンとドラコモンが目を覚ましてきた。
だが、二人とも目が閉じかけていたりして、まだ眠そうである。
眠くなれる二人のことを若干羨ましく思いながら、旅人は今日の予定を考えるのだった。とりあえずやることは、滞在の間の部屋を借りることと情報収集だ。
「さっさと行くぞ」
「ん~」
「おー」
部屋から出た三人は街を歩く。
途中、収納袋から取り出した食料を食べて腹ごしらえとし、街の散策を続ける。
だが、どの建物も似たような外見で、所々に看板が付いていることを除けばほとんど違いがない。無個性な街である。迷子になりそうな街を歩き続ける三人。
どこがどうなっているのか分からないという現状は着々と三人にストレスを溜めていった。だが、そんな状況にも終わりが訪れる。ドルモンが街の住人から興味深いことを聞いてきたのだ。
「塔?」
「そ!調べ物があるならあの塔へ行けばいいんだって!」
その情報に変化の乏しいこの街に飽き飽きしていた旅人と戦いがなくて飽き飽きしていたドラコモンは“このままの状況が続くよりはマシだ”とそう考え、塔を目指して歩き始めた。
二人とも心なしか元気になっている。その様子たるや、水を得た魚のようである。
「ちょっと待ってよ~!」
そんな二人に置いていかれないようにドルモンも二人の後を追う。
歩き始めてしばらくして旅人たちはその塔に辿りついたのだった。
昨日はその大きさに圧倒された旅人だったのだが、その塔は近くで見るとより一層大きく見える。
塔はこの街の中心にあり――旅人たちは気づかなかったのだが――その塔を丸く囲むように街は発展していた。
「でっけー」
「とりあえず……入るぞ」
とはいえ、ずっとここで驚いていても先に進まない。
先陣を切って門から中へと入った旅人が見たものは、吹き抜けの上までずっと積み上がっている本の山だった。
その何億何兆と積み上がっている本の山は、明らかに人が読むことを考えて積み上げられていない。何を考えてこのように本を積み上げたのか、責任者に問いただしたくなるような光景である。
「おぉ……すごいな……」
「ヨウコソ、ガクジュツインデータベースヘ。ワタシハコノシセツノアルバイトヲシテオリマス、ハグルモンデゴザイマス」
旅人たちが凄まじい光景に圧倒されていると、そこに歯車のようなデジモンのハグルモンがやって来て話しかけてきた。
ハグルモンは旅人たちに一冊ずつ本を手渡すと、頼んでもいないのにこの施設についての説明をし始めた。どうやら、これがハグルモンの仕事らしい。
「コノシセツハ、オテモトノブックガタタンマツヘトヨミタイホンヲダウンロードシテゴリヨウクダサイ。ホンノモチダシハフカノウデス。タンマツハタイカンジニオカエシクダサイ。ホカニハ……」
いきなり始まった説明を前に、慌てて聞き始める旅人たち。
一番始めの部分を聞き逃しそうになったものの、なんとかこの施設の概要を聞き取ることに成功したのだった。
“手渡された本で読みたい本を検索してダウンロードする”というのがこの施設の特徴である。要するにデジタル化された図書館のようなものだ。
この様式はこの世界全体でのものか、それともこの街だけの特徴なのかは旅人には分からなかった。だが、“だったら、あの中心に積み上げられた本の山は一体何なんだ”とは旅人の純粋な疑問である。
「俺は本なんか読んでいるより戦いたい……」
「強くなる本でも読んどけ。んじゃ、しばらく自由行動で」
「本なんか読んで強くなれるか!」
喚くドラコモンを放っておき、旅人とドルモンは近くの椅子に座って本を検索する。
旅人が検索するのはアルファモンについての記述がある本。ドルモンが検索するのは進化についての記述がある本。
意外なことに二人とも真面目な本を探して読んでいた。
一方でドラコモンは数分も経たないうちに本を読むことに飽きた。枕のつもりだろうか。ドラコモンは手渡された本の上に顎を乗せて眠り始めている。どうでもいいことだが、淀が本についている。壊れないのだろうか。
「……アルファモンについて書いてある本多っ!」
そんな中で、アルファモンについて調べていた旅人だったのだが、想像以上にアルファモンについての記述がある本が多いことに驚いた。
検索結果に表示された、アルファモンについての記述がある本は数百冊にも及ぶ。これらすべてをいちいち読んでいられるほど旅人は暇ではないし、そもそも旅人にそんな根気があるわけがない。
そんな中で、“どうしたものか……”と頭を抱えて悩んでいる旅人の下へとやって来る者がいた。
「おや、人間に旧式のインターフェース持ちデジモンと純潔の竜型デジモンのセットとは……これまた珍しいギャ!」
「……」
言葉の内容は訳が分からなかった旅人だが、自分たちのことを言われているということだけは分かった。本から顔を上げた旅人が見たその声の主は、旅人も何度か見たことのあるデジモンだ。
小さな黄色い恐竜。この世界でも、異世界でも両方で見たことのあるそのデジモン。
だが、旅人の知っているそのデジモンとは違い、いくつかの余計なオプションを体に纏っている。
その袖を引きずるようにして着ている白衣。頭にかぶっている博士帽。そして胸元に光るバッチ。
いかにも研究者といった風貌のそのデジモンは――。
「……アグモン?」
「違うギャ!私はデジタルワールド大学デジタルモンスター学博士号を持つ天才アグモン!人呼んでアグモン博士だギャ!」
「オレは旅人って言うんだけど……どう見たってアグモンだろ。……アグモンじゃないのか?」
アグモンと目の前の博士的生物の違いがわからない旅人だったのだが、アグモン博士はアグモンと呼ばれることに忌避感を抱いているようだった。
旅人がアグモンと言うと、アグモン博士は怒って旅人に何度も訂正するように言う。
そんな光景が何回も繰り返されて、ようやく旅人とアグモン博士は落ち着いて話すことになったのだった。
「旧式のインターフェース持ちは珍しいギャ!君のパートナーなギャ?」
「無理にギャを付けなくても……。まぁ、そうだよ。ドルはオレの相棒。ドラコモンは……どうだろ?よく分からん」
「個体名前持ちとはさらに珍しいギャね……」
「個体名前?」
アグモン博士の言った聞きなれない単語に、つい旅人は聞き返す。
個体名前。文字通りの意味を持つであろうその単語がどういう意味を持つのか。
矛盾しているようではあるが旅人には理解できなかった。
「知らないギャ?ま、簡単に言うと個人の名前ギャ。大抵のデジモンは自分の名前として自分の種族の名前を名乗るギャ。逆に種族の名前ではなく、個人の名前を名乗る者は変わり者が多いんだギャ!そのような個人の名前のことを個体名前と言うんだギャ!」
「へーそうなのか」
「デジモンという生き物は、己の種族こそが己のアイデンティティといっても過言ではない生き物だギャ!だからこそ、己の種族の名を自分の名として扱う……というのが定説だギャ!」
アグモン博士は博士と名乗るだけあって流石の知識だった。役には立たない雑学のような知識だったが、旅人が思わず感心してしまうような話だった。
その後はドルモンも交えて、三人でいくつかの話をしていたのだが、そこでふと旅人は思いつく。
すなわち、“アグモン博士なら、アルファモンについて何か知っているのでは?”と。
ちなみにドラコモンは先ほどから起きることなくずっと寝ている。
旅人がアルファモンについて尋ねると、アグモン博士は少し申し訳なさそうな顔をしながら話し始めた。
「アルファモン?申し訳ないんだギャ……アルファモンについては情報が少なすぎるギャ」
「え?でも本はたくさん……」
「それはアルファモンが三大ターミナルの悲劇を終わらせた英雄の一人だからだギャ!それほど有名なアルファモンだけど、アルファモン自身の情報はほとんど残ってないんだギャ!」
“それでもいいギャ?”と旅人に問うアグモン博士に、旅人とドルモンは頷いて先を急かす。教えてもらえるだけでも儲けものなのだ。文句などあるはずもない。
そんな二人の様子を見たアグモン博士はしっかりと頷くと話し始めた。
「さっきも言ったけど、アルファモンについての情報は本当に少ないギャ。先の悲劇と神話の中でのみ語られる存在。その活躍や伝説が後世に伝わることはあれど、その当人については一切後世に伝わることはない……まさに、伝説の中にのみ存在する存在ギャ!」
「伝説の中にのみ存在する……か」
それを聞いて旅人が思い出すのは、異世界にてアルファモンが出現したときだ。
あの時、その場に居合わせたマグナモンは驚くほど取り乱していた。
またそことは別の世界では、世界の危機だというのに、他のロイヤルナイツが命を賭けて戦っていたというのに、アルファモンは最後まで現れることはなかった。
本来はそれほどの存在なのだ。アルファモンとは。
「そうだギャ!アルファモンは所属するロイヤルナイツにおいて抑止という役目を担うほど強いという話だギャ!」
「抑止……ロイヤルナイツの?マジか」
「他にも、アルファモンが戦場に立つと同時に争いが終わるとか、アルファモンの攻撃は何人たりとも見ることは叶わないとか……そんな感じの一文が伝説に書かれるほど、アルファモンは神速の強さを誇るらしいギャ!」
「神速の強さ……」
ポツリと呟いたドルモンが思い出すのは、自身がアルファモンと戦った時のことだ。
自身が一瞬でバラバラに切り刻まれたあの最後の一撃。自身の最強形態で見ることも、動くことすらも出来なかったあの一撃は、正しく神速というにふさわしいだろう。
「三大ターミナルの悲劇の時には、仲間と人間のパートナーとともに死の化身を倒し、暴挙を続けるイグドラシルを破壊し、すべてのXプログラムを封じ込めた三大ターミナルを閉鎖して世界に平和をもたらしたと言われてるギャ!」
「ん?Xプログラム?」
Xプログラム。アグモン博士が言った言葉を旅人は驚き、呆然と呟いた。
Xプログラム。その名を旅人は知っている。その名は――。
「ま、こんなところだギャ!申し訳ないギャ、アルファモンについてはこのくらいしか分かっていないんだギャ!」
「ありがと~!参考になったよ~!」
「いいギャ!いいギャ!私は用があるからもう行くギャ、また君たちの話も聞かせてくれギャー!」
アグモン博士が去っていく。
ドルモンは手を振って見送っているが、考え事をしていた旅人はアグモン博士が去ったことにすら気づかなかった。
アグモン博士から伝えられた情報の一つ。それが何を意味するのか。今の旅人には考えても分からないことだった。
ウィッチモンとの再会はもう少し待っていてください。
次回は――おや、ドラコモンの様子が?です。
それではまた次回に。