山に嵐が到来した結果、旅人たちは元いた洞窟から一歩も出られないでいた。
旅人のカードを使えば学術院へと戻ることができるのだが、現在ドラコモンが行方不明だ。ドラコモンを放って帰るわけにもいかない。そのためにカードを使って帰ることができないのだ。
それゆえ旅人たちは暇つぶしをしながら、仕方なく洞窟内で嵐が過ぎるのを待っていたのだった。
「そういえば知ってる?」
「何を?」
「この山には神様に近いデジモンが住んでいるんだって話」
“貴重な存在らしくて滅多に見られないらしいけどね”と続けたウィッチモンだが、その言葉に旅人とドルモンはたいそう驚いた。
なにせ神に近いとまで言われるデジモンだ。相当な強さ、或いは神々しさを持ったデジモンなのだろうと旅人とドルモンは想像する。
だが、そんな二人をガッカリさせる事実をウィッチモンは言うのだった。
「ま、神様に近いとはいってもあくまで怪物と比べて……って話だけどね。強さ云々じゃなくて、その希少性と能力の質によってそう言われるようになったみたい」
「能力の質?」
「そう、何でもその咆哮は嵐を呼び、翼のはためきは竜巻を作り出す……天候を変えるってところが神様っぽいみたいね。ほら、今の天気なんてちょうどそんな感じ……あ」
酷くなる一方の嵐を前にしてウィッチモンの言葉が止まった。
今の状況はその存在が作り出す天候にそっくりなのだ。この近くにその存在が住んでいるという噂もあることだし、今近くにその存在がいても不思議じゃない。
「天候ね……」
天候を変える力を持つと聞いて旅人が思い出すのは、異世界で黒い竜人と共に戦った神様のことだ。戦いになったためにそれどころではなかったが、実際にあの神はかなり神々しい雰囲気だった。
似たような存在が近くにいると聞いて旅人はそれがどのような存在なのか想像する。
どのくらい強いのか。勝つことはできるのか。いざという時どうするのか。
カードを取り出しながら戦いの準備を整え始める旅人は、しばらくしてハッとした。
“ちょっと待て”と。
相手がどのような存在であれ、始めから戦いになるとは限らない。
旅人だって博愛主義者や非戦論者ではない。面倒と目的外ゆえに戦いを好まないだけで、避けられない戦いだというのならば、旅人だって全力で望む。
だが、だからといって始めから戦いありきでの思考をしてしまうのはどうなのか。
「どうしたの?」
「いや、オレって何がしたいんだろうなって思って……」
旅人の目的は旅をすることだ。別に戦うことではない。
だというのに少し力のありそうな存在が現れるとその思考がデフォルトで戦いの方向へと流れていってしまうのは今までの悲しい経験ゆえか。
そうなってしまった己の情けなさとそうならざるを得なかった己の不運さにしばらく落ち込む旅人だった。
「っち!誰だ!出てきやがれ!」
ドラコモンは空に向かって吠える。
先ほどの真空の刃は自然現象ではない。明らかにドラコモン一人を狙っていた。ということは当然、攻撃を行ったその犯人がいることになる。
ドラコモンは真空の刃が飛んできた方向から、犯人の位置を割り出して睨みつける。
だが、ドラコモンがいくら待てどもその犯人が現れることはない。
「っち!視界が悪くなきゃすぐにとっちめてやるのによっ!」
「ならやってみよ」
「ッ!」
ドラコモンは感じた悪寒に従って横に飛びず去る。そんなドラコモンのすぐそばを再びの真空の刃が通り過ぎた。
あと一瞬躱すのが遅ければ、ドラコモンは切り刻まれていたことだろう。
「ソコだっ!『ジ・シュルネン』」
「ほう?なかなかどうして……感がいいな」
攻撃位置と感から敵の位置を再度把握したドラコモンは、敵がいるであろう位置にビーム弾を放った。
だが、襲撃者は感嘆したかのような声を上げたものの、ドラコモンの攻撃を食らった様子はない。
攻撃が外れ、舌打ちするドラコモンの前にやがて現れる一つの影。ドラコモンはその影のことを知っている。
赤い羽と緑の長い胴体を持つその龍は――。
「エアドラモン!?」
「ほっ!このワシを知っておるのか……これでも珍しいと言われているのだが」
ある程度自分が周りからどういう扱いをされているかを知っているエアドラモンは、自分のことを見て大して驚かないドラコモンを興味深い目で見ていた。
「俺の地元じゃ大して珍しくもないんだよ!」
「ほうほう、それは……ぜひ一度行ってみたいものだ」
ドラコモンの言う地元とやらに興味を引かれるエアドラモン。
ドラコモンの言葉遣いが悪いだけで、会話の内容自体は非常に和気藹々とした雰囲気だ。だが、ドラコモンもエアドラモンも一切気を抜くことはしない。今にも戦闘が始まるつもりで警戒している。
「……なるほど、勢いばかりの若造かと思えば……慎重な戦いもできるとな」
「はっ!空飛んでる腰抜けジジイに言われたくねぇよ!」
「ははは!活きのいい小童だ!久しぶりの実戦……楽しませてもらおう!」
それが戦いの合図だった。
突如として風が吹き荒れる。先ほどよりもずっと強く吹き荒れるその風を前にして、ドラコモンは吹き飛ばされないように踏ん張り続ける。
そんなドラコモンを見たエアドラモンは愉快そうに笑いながら、ドラコモンに向かって真空の刃を放つ。
「ほれほれ……どうしたその程度か?」
「ッ!くそっ!」
迫り来る真空の刃を、ドラコモンはわざと吹き荒れる風に吹き飛ばされることで回避する。
風に吹き飛ばされながらもなんとか地に足を付け態勢を立て直したドラコモンだが、状況はかなり悪い。
まずこの吹き荒れる風と視界を遮る嵐が厄介だ。これのせいでドラコモンは連続した戦いを行うことができない。
対してエアドラモンはこの天候を引き起こした張本人だ。この天候はエアドラモンにとって大した邪魔にならないだろう。
そしてドラコモンにとってもっとも厄介なことは、エアドラモンは空を飛ぶことができるということだ。
空を飛ぶということは三次元的な動きができるということ。遥か上空まで逃げられれば、地を這うドラコモンは攻撃を当てることはできない。
「っち……いい加減にしやがれ!ズリぃんだよ!」
「はてなんのことやら……分からんな?」
うまくいかない事実にイラついて出た言葉だが、もちろんドラコモンも本気でずるいと言っているわけではない。すべてはエアドラモン本人の力だし、そもそもこれは
劣っている者が何を言っても、すべて言い訳にしかならないことをドラコモンは知っている。“敵にあれこれ言うくらいなら、自分があれこれ言わなくてもいいくらい強くなれ”それがドラコモンの考えだ。
「っく!」
「ふん……つまらん。『ゴットトルネード』」
黄金に光り輝く竜巻がドラコモンめがけて向かっていく。
その竜巻に吹き飛ばされそうになりながらも、ドラコモンは必死になって地面に齧り付き耐えた。
ちなみにこれほどの悪条件下で戦い続けられているドラコモンはそれなりにすごいのだが、あくまで戦い続けられているだけだ。エアドラモンが有利なことは変わることがない。
「……くそっ!どこ行きやがった!」
なんとか竜巻に耐えたドラコモンは、エアドラモンの姿を見失ってしまった。竜巻に耐えることに気を取られすぎたのだ。
ドラコモンは辺りをキョロキョロと見渡す。
“嵐は依然として止む気配がねぇ。なら、エアドラモンも近くにいるはずだ”とドラコモンはそう考えて、ふと背後に何者かの気配を感じ取った。
「ッ!」
「ほほ!反応は悪くない。ま、無駄なのだが」
「あ、ぁあああ!」
エアドラモンの後ろからの強襲。それによってドラコモンはエアドラモンの細長い胴体に絡みつかれ、締め付けられる。
エアドラモンにギリギリと締め付けられるドラコモンは苦し紛れに暴れるが、対して効果はない。体力を無駄に消費した分、状況を悪くしただけだ。
「ほれほれ……もう終わりか?」
「っく……好き勝手……言う……なっ!」
「なら、もう少し締め付けてやるか」
「ぐっあぁああああ!」
抵抗に意思をやめないドラコモンを前にしてエアドラモンは締め付ける力を強くする。
それでもドラコモンは諦めない。だが、諦めなければどうにかなるという問題ではない。
エアドラモンはドラコモンの締め付ける力を強くした際、口を開けられないように締め付けた。エアドラモン自身これで終わりだとは思っているが、万が一ということもありうるからだ。
「終わったか……つまらん。これなら洞窟の方にいる連中の方が活きはともかく強そうであったな。そちらに向かうか」
だらりと力が抜け抵抗をやめたドラコモンをエアドラモンは放り投げ、洞窟の方へと向かう。エアドラモン自身久しぶりの実戦でもっと暴れたいという思いがあるからだ。
一方でドラコモンは完全に息絶えたわけではない。
本当にうっすらとだが、意識があったのだ。だが、それも無駄。僅かに残ったドラコモンの意識に反して、ドラコモンの体は動くことができず、その僅かながらの意識も朦朧としてきている。
だんだんと朦朧としていく意識の中でドラコモンは理解する。
自分は負けたのだということを。これで終わりだということを。
だが――。
「……ぅ」
“嫌だ”と。もうほとんど思考することもできない意識でドラコモンは確かに思う。
理解した?それは違う。ただ理解したような気になって諦めただけだ。負けた?否、自分はまだ負けていない。
「……ぁ……あ!」
「何だ?まだやる気か」
エアドラモンが呆れたようにドラコモンを見て、攻撃態勢に入っているがそんなことはドラコモンにとっては関係ない。
ほとんど動かない、死にかけの体をドラコモンは気合で動かす。その動きはあくびが出るほど緩慢で、おそらくまともに立つこともできないだろう。
だが、そんなこともドラコモンにとっては関係がない。
ここで諦めるということは、ここで負けを認めるということは、自分が弱いということを認めるということだ。
ドラコモンだって別に“自分が最強だ!”など思ってはいない。自分より遥かに強い奴が腐るほどいることなど、ドラコモンだって知っている。この間のゴクウモンがそのいい例だ。
“だが、自分は強くなければならないし、また強くならなければならない”ドラコモンはそう約束したから。
その約束だけがドラコモンを動かしていた。
――いつか僕が強くなったら……その時は……――
「ぁ……おぉ……!」
――ああ!約束する!絶対の絶対に……約束だっ!――
エアドラモンはそんなドラコモンを見ながらも、攻撃を放つ。
その刹那でもドラコモンは諦めなかった。“負けられない。諦められない。認められない。俺は――!”
「弱くなんか……ない!ドラコモン!進化――!」
「何っ!」
光とともにドラコモンの姿が変わる。成長期から成熟期へと。より強い姿へと進化する。
巨大な青い体躯。成熟期デジモンの中でもひたすらに高速で飛ぶことに特化したその翼。伝説に語られる竜という生き物そのものといった姿のそのデジモンは――。
「コアドラモン!アァアアアアアアアア!」
コアドラモンが咆哮する。その咆哮は何か意味があったわけではない。
だが、あえての意味付けをするのならば、その咆哮はコアドラモンの宣戦布告だったのだろう。己を負かしかけたエアドラモンに対しての。
一方でコアドラモンの咆哮を前に、エアドラモンは敵が先ほどまでとは違うということを感じ取っていた。
「……姿が変わる。なるほど。それが進化というものか」
「だったら……何だ!」
「ふん。気に食わない!ワシがこの姿になるまでにどのくらいの年月がかかったと思っている!?それほどの年月をかけて尚、これより上には到達することが出来ぬという嘆きを!一足飛びで超えていく貴様のような輩がっ!気に食わない!『スピニングニードル』!」
一瞬、エアドラモンの翼が羽ばたいたかと思えば、次の瞬間。コアドラモンに向かって、いくつもの鋭利な真空の刃が殺到する。
今までのモノよりはるかに疾く鋭利なソレはコアドラモンを切り裂く――。
「っふ!」
「何っ!」
はずだった。
コアドラモンは真空の刃が己の下へと到達する僅か数瞬の間に、大空へと飛び立ちそれを回避したのだ。
必殺の技を回避されたことに若干の怒りを覚えながらも、エアドラモンは即座にコアドラモンを追う。だが、追いつけない。
「なぜだ!なぜ追いつかぬ!今日初めて空を飛ぶ若造に!何故!」
「はっ!そんなの……お前が遅いからだ……よっ!」
追いつけぬと知ったエアドラモンは、嵐をより激しいものとする。
追いつけないなら、妨害することでコアドラモンのスピードを遅くさせようと考えたのだ。
「今更こんなんが効くかよっ!」
「っく……」
だが、それも意味がない。風さえ置き去りにするコアドラモンの速さを前にしては、エアドラモンが起こす程度の嵐では効果がないのだ。
先ほどまでとは違い、今度はエアドラモンが苦い顔をする番だった。自分の技は当たらない。敵の技は当てられる。格下と思っている者に追い詰められているそんな現状がエアドラモンをイラつかせ、冷静な判断力を奪っていく。
「このぉおおお!『スピニングニードル』!」
怒りと不満が最高潮に達したエアドラモンは、思わず立ち止まって己の必殺の技を最大威力で放ってしまう。だが、それは悪手だ。
エアドラモンは怒りと不満を我慢して、長期戦による経験の差を前面に押し出しての戦いをしなくてはならなかった。
一瞬。たった一瞬で勝負は決まった。
「そこだっ!『ストライクボマー』ァ!」
エアドラモンが立ち止まった隙にコアドラモンはエアドラモンの上を取る。技を放った後の硬直。そこにコアドラモンは一撃を叩き込んだのだ。
「ガッ!お……の……れ……!」
コアドラモンの強靭な尾による痛恨の打撃。それがエアドラモンの頭へと直撃し、エアドラモンは地面に落ちていく。
空から落ちていくエアドラモンを眺めて初めてコアドラモンは、己が勝ったことを実感するのだった。
天候の回復を待って出発した旅人たちが見つけたのは、見たことのない蒼い竜と倒れふしている緑色の龍だ。
“一体何があったのか”とそんな疑問を思い浮かべる旅人たちに答えるのは、旅人たちが知らない蒼い竜――コアドラモンだ。
「おっ!旅人か!どうだ?俺……進化したぜ!」
「お前……もしかしてドラコモンか?」
「いやいや。今の俺はドラコモンじゃなくてコアドラモンだ!」
探していたドラコモンがいつの間にか進化していたことに旅人たちは驚く。
そんな旅人たちの驚く様を見て、コアドラモンは“どうだ!”と自慢するかのように笑うのだった。
学術院から遠くにある荒野。元々そこは草原と森が広がる自然豊かな地だった。
だが、今は驚くほど何もない。ただ荒れ果てた地面が広がっているだけだ。
「グググ……」
そんな地に一体の巨大な影があった。竜にも見えるその影はゆっくりと荒野を進んでいく。
いつからこうなったのか。なぜこうなったのか。機械のような駆動音を辺りに響かせながら、その影は自問する。だが、一瞬もしないうちに“そんなことはどうでもよく、無駄なことだ”とその思考を破棄する。
「……ググ」
いつか遠き日に交わした約束。
データとしてのみ残る何の意味もないその記録を、何故か消す気にならない己に疑問を感じながらも、されど“そんな疑問を思考することも無駄であり、どうでもいいことだ”とその疑問を破棄して、その影は今日も荒野を行く。
その影が通った後には何も残ることはなかった。
というわけでドラコモンの進化先はコアドラモン(青)です。前回でバレバレですが。
ちなみにコアドラモンはカードを使っての進化じゃないので、ドラコモンに戻りません。
さてドラコモンの約束とは一体?
さらには最後の影は一体何者なのか!?あ、これはバレバレですね。
ちなみに最後の影についての出番はもう少し先です。
次回。学術院での日々。
はい。アバウトすぎですね。ですが、これならよほどのことがない限り次回予告と話の内容がズレることはない……はず。