「……ふう」
その日。ウィザーモンは自室で自警団からの報告書を読んでいた。報告書の内容は先日のウェンディモンの誘拐事件についてだ。
ウィザーモンにとっては、“面倒くさいな”の一言につきる作業なのだが、人にものを教えるという今の立場上、こういった仕事はしなくてはならなかった。
ちなみに旅人とドルモンが解決に関わっていたことはウィザーモンにとって予想の範囲内。だが、ウィッチモンが関わったのはウィザーモンにとって驚きだった。
何だかんだ言って彼女はそういうのに巻き込まれないタイプだとウィザーモンは思っていたのだ。
もっとも巻き込んだのは旅人なのだが。
「む?……フフ、まったくあの二人は……相変わらず過ぎるな。ウィッチモンはもう少しおとなしくして欲しいが」
報告書にコアドラモンのことについて記載がないことに少し首を捻りながらも、相変わらずの様子の旅人たちにウィザーモンは笑う。
その時、コンコンとノックの音が部屋に響き渡った。ウィザーモンが入室の許可を出すと部屋に入ってきたのは、最近ウィザーモンの私用報告係になりそうな気配が見え隠れする自警団のポーンチェスモンだ。
「失礼します!ウィザーモン先生にお客様がお見えです!」
「ぼ……おほん。私に客?今日はそんな予定はないはず……」
今日はウィザーモンに来客の予定などない。それにも関わらず訪れた客人に、ウィザーモンは“どういうことだ?”と首を捻る。
旅人たちやウィッチモンならば、そもそも直接この部屋へと来る。わざわざ来客用の呼び出しをするということは彼らではない。
「さあ……」
呼びに来たポーンチェスモンも首を捻りながら、“分かりません”という顔をしている。
だが、ここでこう考えていても始まらないし、ポーンチェスモンが呼びに来たということはすでにその客人はこの建物内へ来て待っているということだ。
“まあ、会ってみればいいか”とそう考えて、ウィザーモンは部屋を出ていった。
ちなみに、言うまでもない話だが、デジモンは種族ごとの大きさにかなりの差がある。ゆえに公共の建物は、サイズによって複数作られるか、巨大なものが一つ作られる。ウィザーモンがいるこの建物は後者。巨大な建物の中に、サイズ別の部屋がいくつか分けられている。
そんなサイズ別に分けられている来客用の部屋のうちの一つ。そこにウィザーモンは案内されていた。
部屋のサイズとしては広め。巨大ではないが、平均的な人間サイズのが使うようなサイズの部屋というわけでもない。
「……遅れました。ウィザーモンです」
遅れたことによる謝罪の挨拶をしながら、ウィザーモンは部屋へと入る。
果たして客人は高級そうな椅子に座って待っていた。
紫のマントととんがり帽子。そして豪華な装飾の甲冑に、傍に置いた剣と水晶。魔法使いの風貌ながら、騎士といった印象を感じさせる。ウィザーモンも自身の故郷で、何人か知り合っているそのデジモンは――。
「我が名はミスティモン。我が将である旋風将より命じられて貴殿に依頼をしに参った」
「依頼……?」
我が将、そして旋風将という名に引っ掛かりを感じるものの、ウィザーモンはミスティモンの依頼の内容について聞く。まずはそこからだと思ったのだ。
「然り。詳細は――」
ミスティモンの語る旋風将の依頼。その内容を聞き、頬を引き攣らせることとなるウィザーモンだった。
険しい山々を高速で飛行する一つの影。そしてその影の手に掴まれ、誘拐されている哀れな獲物たち。
空を高速で飛んでいる影はコアドラモンで、コアドラモンに手に掴まれている哀れな獲物たちは旅人とドルモンだ。
「……」
「……」
三人の間には会話がない。
やる気に満ち溢れて空を飛んでいるコアドラモンはともかくとして、旅人とドルモンは会話をするのがだるいほど疲れていたのだ。
とある事件の解決に奔走していた旅人とその事件に巻き込まれていたドルモンは丸一日寝ていない。
二人は事件解決後に、帰って寝ようと思った直後にコアドラモンに拉致されたのである。
「見えたッ!そろそろ着くぞ!」
「あぁ……そう……」
そんなこんなで旅人たちは朝早くから日が傾き始めている現在まで、高速飛行を続けているのである。
「そういえばどこに向かってるの~……?」
「いい情報を手に入れたんだ!あの山の向こうの山の頂上にあるって!」
“そろそろ着く”とそう言ったコアドラモンだったが、コアドラモンが言った到着点はまだだいぶ距離がある。この速さでも夜にならないと着かないだろう。
その事実に旅人とドルモンはうんざりとする。高速で過ぎ去る風景とその身を切る風を前にして眠るどころではなかったのだ。この調子では今日も眠ることができないだろう。
「はぁ……どうしてこうなったんだ……」
「どうしてもこうなったと思うよ?」
「っていうか……」
「何~?」
「なんでもない……」
旅人はドルモンの態度に疑問を感じた。
ドルモンはコアドラモンに対して微妙な感情を抱いていたはずだ。だが、昨日の事件に巻き込まれていたせいで忘れているのか、自分の中でひとまずの折り合いをつけたのか。見た感じの雰囲気は普段のものに戻っていた。
もっともドルモンの性格上前者である可能性が高いのだが。
とりあえずはギスギスとした雰囲気が嫌いな旅人だ。“忘れているのなら忘れさせたままにさせておこう”とそう考えて旅人は何も言わなかった。
「あ!あった!着いたぞ!……どうした?」
山の頂上にある木造の遺跡のような建物。それを見つけたコアドラモンが嬉しそうな声を上げる。
一方で旅人とドルモンは限界だった。疲れているのだ。
コアドラモンの飛び方は旅人たちのことを考えた飛び方ではなかった。速さを重視して安定性を欠かせた飛び方。そんな飛び方で半日も空の上で揺られ続けた旅人たちは、吐き気その他諸々に苛まれていた。
「……うぇっぷ……大丈夫……」
「……多分……」
吐きそうになる自分を叱咤して、旅人とドルモンは久方ぶりの地面の感触を噛み締める。
空の旅や空からのフリーフォールを体験した旅人とて、このようなジェットコースター的空の旅は初めてだった。そういう意味では吐きそうになってまで貴重な体験をしたとも言える。
「だいぶ楽になった……んで?あれが目的か?」
「ああ。あそこで四大竜の試練を受けることができるらしいんだ」
「四大竜の試練~?」
試練に四大竜。その二つが合わさっているとは随分と仰々しい名だ。
コアドラモンは意気揚々として建物へと向かっていく。ようするにコアドラモンはそれを受けに来たのである。
そんなコアドラモンに内心で溜め息を吐きながら旅人とドルモンもその後ろへと続く。
「たのもー!」
「……どっちかって言うとこれ」
「道場破りの方だよね~」
建物の中は巨大な一つの間が広がっていて、明らかに人間に準ずるサイズの生き物のために作られたものではない。中には四つの巨大な竜の像があった。
聖なる獣のような桃色の竜。雷のような蒼色の竜。邪悪の化身のような朱色の竜。神のような黄金色の竜。
それぞれの像は生き生きとしており、まるで生きているかのようだった。
「これは……四大竜の像か?」
「これが……」
今は不在と噂される四大竜。像でありながら雄々しく強大な雰囲気を纏うその姿に三人は圧倒されていた。
「……あれ?」
「おっ?」
「どうした、二人とも……?」
ドルモンとコアドラモンの二人が何かに反応した。
一方で二人が何に反応したのか分からずに旅人は首を傾げた。
「今……」
「像が動いたような……」
「……気のせいだろ?オレには見えな……」
「あっほらまた!」
ドルモンとコアドラモンは見間違えではないとばかりに声を上げる。だが、やはり旅人は見えないし、気づけない。
まるでドルモンとコアドラモンだけに
「ッ!」
「なんっ!」
「ドル!コアドラモン!」
次の瞬間。光が世界を満たす。
その瞬間に旅人以外の二人はこの部屋から消えていた――。
「はっ!」
コアドラモンは暗闇の中で目を覚ました。
コアドラモンは自分がなぜこんなところにいるのか分からずに辺りを見回しす。
「ここは……おーい旅人ー?ドルモンー?」
いくら叫んでもコアドラモンの望む返事はない。
しばらくの思考の後、コアドラモンは一つの答えにたどり着いた。
すなわち――。
「そっか!これが四大竜の試練ってやつなんだな!」
これこそが試練であるということに。
コアドラモンがそのことに気づいたのと同時に、この空間に声が響いた。
雷鳴のような天に響き渡る声が。
――竜。その名は真理――
「ッ!誰だ!」
突如としてこの空間に響き渡った謎の声にコアドラモンは驚き、声を上げる。だが、その声の主が現れることはない。
――汝、竜の名を持つものとして相応しい者か?――
「っへ!試練の始まりってか?」
謎の声とそこに感じる威圧にコアドラモンは気圧される。
だが、コアドラモンにはここでリタイアするという気はない。僅かながらの恐怖と興奮を胸に、コアドラモンは己を奮い立たせる。
試練が始まった――。
一方でドルモンもまたコアドラモンと同じような空間にいた。
ドルモンもコアドラモンと同じく、ここが四大竜の試練を受ける場所だということに気づいていた。
もっとも、試練を受けに来たコアドラモンはともかく、自分まで試練を受けることには納得をしていなかったのだが。
「さっきの声からすると……」
ドルモンもコアドラモンと同じく、雷鳴のように轟く声を聞いた。そしてそれが試練開始の合図だということも理解している。
ドルモンとしては試練など放っておいてここから出たいのだが、おそらく試練を受けるまでここを出ることはできないのだろう。この手の理不尽には何を言っても無駄だと、ドルモンは理解している。
溜め息を吐いてドルモンは目の前の空間を見た。目の前の空間には明らかに先ほどまでいなかった誰かがいる。
「……誰~?」
「パートナー。相棒。まあ、同じようなもんだよな。お前は旅人のパートナーを名乗るコアドラモンが気に食わない」
「……」
「旅人の相棒は自分だけ。これまでずっとそうだったし、これからもずっとそうだと、そう思ってたのに。後からしゃしゃり出てきてその場所に居座ったアイツが気に入らない」
聞こえてくる声は先ほどの雷鳴のような声とは違う。新たな声の主も未だ姿を見せない。
だが、その声の主の言うことは、とにかくドルモンの気に障った。
話している内容だけではない。声が、話し方が、その声のすべてがドルモンをイラつかせた。
「誰だ?」
「ほら。今お前はこう思っただろう?出てこい。ぶちのめしてやるって」
「……そんなこと」
「思うわけはないって?ははっ……認めろよ。お前は自分で思っているほどおおらかじゃない」
声の主はまるでドルモンのことを分かった風に言う。
まるで自分のことを決めつけられているようで、ドルモンはそれがたまらなく嫌だった。
「ふむ……そうだな。いつか、お前の中で分かれていた黒いお前……いただろ?」
「なっ……なんで知ってるの!」
「知ってるから知ってる。そこはいい。あれは間違いなくお前自身だ。その
「……」
自分しか、それこそ己の相棒である旅人も知らないようなことを知っている目の前にいるはずの声の主に、ドルモンは気味の悪さを感じられずにはいられない。
声の主の言うことを“聞かねばならない”という先を急かす気持ちと、“聞きたくない”という二つの気持ちでドルモンは板挟みになる。
「だったら……分かるだろう?」
「……」
「あの黒いお前は、理由はどうあれ破壊に突き進もうとした。他の方法があるにも関わらず。あの黒いお前はお前自身。ということはだ……間違いなくお前は破壊という野蛮な手段を物事の解決方法としてかなり深いところで認識しているということになる」
「ッ!それ……は……」
ドルモンは声の主の言うことを否定しようとして、できなかった。
否定材料がなかったのだ。かつてドルモンの中にいたもう一人の自分。あのもう一人の自分はいつか来たる未来を、破壊という手段でもって解決しようとしていた。
そんな考えをする自分がいる時点で、ドルモンのことをおおらかな性格と言い切ることはできないだろう。
「だからさ……別におおらかぶることないだろ?」
「別におおらかぶってるつもりは……」
「じゃあ、いいんじゃん。コアドラモンをぶちのめしても。お前はそれが出来るだけの力があるだろう?どっか行ったと言えば、お前の相棒だって気にしないさ」
謎の声の言うことは甘い毒だ。気づかないうちにドルモンを侵していく。
「お前の気に食わないもの全部壊して。全部思い通りにすればいいさ。お前にはそれが出来る」
「確かに、
謎の声の言うことは抗い難い誘惑だった。実際、ドルモンは“それができたら……”と、そうした未来を想像している。
ここに来てドルモンも気づいた。やはり自分はコアドラモンのことを疎ましく思っているのだと。それは嫉妬であり、自分の領域が侵されかねない事に対する危機感だ。
だが、そこでドルモンはあることを思い出した。
「だろう?だったら……」
「でもしない」
「何……?」
謎の声の声色が怪訝なものとなった。
ドルモンはその姿を見ることはできてはいないが、もし仮に姿を見ることができたのならば、きっと“訳が分からない”という顔をしているのだろう。
「思い出したんだ。思っちゃったらしょうがない、肝心なことはそれからどうするか。前に君と同じような姿を見せない人に言われたことを」
「……それで?」
「確かに僕はコアドラモンのことが疎ましい。君の言うとおりだよ。でも……だからといって、君の言うとおりにするつもりはない」
ドルモンの声には先ほどとは違って強い意志を感じさせた。
「……なぜ?」
「僕のことは僕が決める」
「……っく。アハハハハ!」
突如として謎の声が笑い出した。
突然の事態にドルモンはついて行けず、呆然とする。
その後しばらくは謎の声は笑い続けたままだった。
「ああ……合格ー!」
「はい?」
「第一の試練。チンロンモンの真理、合格!ってことで次に行ってもいいよ」
「えー!?」
突如として告げられたその事実。
先ほどの笑い声といい、いきなりの事態が続き、未だドルモンはついていけずに呆然としている。
そんな様子のドルモンを見て、謎の声はしょうがなく説明することにしたのだった。
「聞いただろ?竜、その名は真理って言葉」
「うん……聞いたけど?」
「竜とは真理。各々の竜はありとあらゆる概念をその本質として持つ。破壊、再生、邪悪、善良……それを――」
「ごめん。分かりやすく言ってくれると助かるんだけど……」
「……」
声は極力分かりやすく説明しているつもりなのだが、それでも尚、理解できない――理解しようとしない――ドルモンに呆れた。
この試練は頭の良さは関係ない。とはいえ、よくこれでこの試練を乗り越えることができたものだと頭を抱えて唸っているドルモンを見て声の主は溜め息を吐く。
「はあ……。つまり、竜って生き物は確たる自分を持ち、自分勝手であれということだ」
「は~……そうなんだ。……ってオレも!?」
「そうだろ。まあ、この試練は入門編だ。言うなればサービスだ。サービス。自分自身と向き合い、自分というものを理解し、そして他人に左右されずに自分というものを持つってことを来たものに教え、分からせる試練」
ここへと訪れた者はまずこの声によって本心をさらけ出される。その本心を否定したり、言われるがままに声に従ってしまったりすると、竜の名を名乗る価値なしと判断されて失格となるのだ。
竜という強大な力を持つ種族であるからこそ。自分自身を理解し、他者に流されるようなことがあってはならないということを分からせる試練だったのだ。
「ほら、さっさと次行け。お前の復讐対象はもう第二の試練に行ったぞ?」
「え?本当に!?」
「ああ、あいつは……馬鹿っぽかったからな。グダグダ悩むようなタイプじゃないんだろ」
声の主の言葉にどこか納得したドルモンは、目の前に現れた扉を潜ろうとして、最後まで声の主の姿を見なかったことに気づいた。
「お前もくだらんことに気がつくね。俺はここの試練の進行役みたいなもんだ。実体はないし、そもそもデジモンじゃない」
「え?四大竜の試練っていうくらいだから……進行役は四大竜の誰かじゃ……」
「お前も知っているだろ?四大竜はもういない。というかこの試練自体、大昔に四大竜が後継者を作ろうとした時のものを経験した奴らが形式的に残したものだしな。……ぶっちゃけると四大竜はあんまり関係ない」
「本当にぶっちゃけたね……」
聞きたいことはまだあった。
だが、コアドラモンはもう二つ目に進んでいるらしいのだ。ドルモンは急いで先に進むことにした。
“コアドラモンには負けたくない”というドルモンのほんのちょっとの幼稚な対抗心だった。
「ま、次の試練はメギドラモンの強さだ。ある意味四つの試練の中でもっとも難易度高いかもな」
というわけで四大竜の試練編。
第一の試練はチンロンモンの真理、内容は作中での通りです。
結構悩みました。
次回は第二の試練にコアドラモンが挑戦です。
今週は頑張ればもう一回ぐらい行けるかな……