「ッ!空から落ちるのは慣れてんだよ!」
二人は地面に叩きつけられる寸前で、未だ効果が残っていた旅人の『風』のカードの力によって優しく地面に降り立った。
一方で地面に打ち付けられて真っ赤な花を咲かせることを期待していたデビドラモンたちはその事実に憤る。だが、だからといって反撃を許すようなまともな性格をデビドラモンはしていない。そのまま未だしぶとく生き残っている旅人たちへトドメを指すためにデビドラモンは一直線に向かっていく。
「っち……Set『防壁』!」
そんなデビドラモンたちが自分の下へと殺到する直前に、旅人は『防壁』のカードを使ってガードする。究極体や完全体相当のデジモンの一撃ならまだしも、成熟期相当のデジモンの攻撃ならばしばらくはもつ。
これで時間稼ぎにはなるが、カードの効果も永遠ではないし、十体のデジモンの攻撃に曝されれば、作った防壁もやがて破壊されてしまうだろう。
「おい!旅人!ここから出せよ!」
「今考えてる。少し黙っとけ。っていうかお前、羽もうないだろ。飛べない竜はただのトカゲだぞ」
「うるせぇ!」
コアドラモンは実質殆ど戦力外だ。重傷と言えるその身の怪我ももちろんだが、何より得意とする空中戦ができなくなったのが痛い。
旅人たちは戦力の殆どを失って、対して敵は戦力の殆どを失っていない。
思わず泣きたくなるような悪状況だった。
だが、そんな中でも旅人は諦めずに待っていた。一番初めに使った『転移』のカードが己の下へと戻ってくるその時を。
「たぶん、もう少しで『転移』のカードが戻ってくる。そしたら……」
「また逃げるのか!?さっきの場所移すって言葉も俺を動かすための嘘だろ!?」
「あ、バレた?」
「ッ!弱いからって馬鹿にしやがって……!」
“ちょっとウザイ”それが旅人の内心での思いだった。
いつかのドルモンの悩みの時もそうだったのだが、当人にとってはどれほど重要なことでも、それ以外の人にとっては無用なことであることも多い。
そんなことを深刻そうに振り回されても、周りの人は困惑してしまうのが性である。
「はぁ。いいじゃん」
「弱いことがか!?」
「違う……いや、まぁ違わないけど……弱いってことはこれから強くなれるってことだろ?弱いことを認めて、さらに努力すれば、より強くなれるかもしれないだろ?強くなれるチャンスだと思って前向きに考えろよ」
「……!でも……俺は……」
先ほどよりは大人しくなったコアドラモンだが、それでも尚グダグダ言っている。“理解は出来るけど、納得はできない”とそういうことだろう。
そんな様子のコアドラモンを見て、旅人は“めんどくさい奴だな”と何度目になるかも分からない溜め息を吐いた。
だが、そこで旅人はあることに気づく。それは、旅人たちの行く末を左右する重大事実だ。仕方なしに、旅人は残ったカードを構え直した。
「っておい!何してんだよ!」
カードを構えて目の前に立つそんな旅人にコアドラモンは驚いた。
今まで逃げるという消極的な作戦をとっていた旅人が戦おうとしていることに驚いたのである。
「いや、ちょっと『転移』のカードが戻ってくるまで防壁が持ちそうにないから……ね。お前はこの防壁が解けてから向かってくる奴だけ相手してればいいから。んじゃ、ちょっと頑張るか」
「……!」
「あと二枚……なんとかなるかね?」
もはや『風』のカードの効果は失われている。
目の前の防壁が破壊されるまでにはまだ数分はかかるだろうが、その数分で待ち望んでいるカードが戻ってくるとは楽観的に過ぎる考えだろう。
旅人は残りのカードをどう使うかを考える。だが、どう考えても残った二枚のカードでは十体ものデジモンを相手取るには厳しかった。
「逃げないのか?」
「……どうやっても逃げれないだろ?」
「俺を置いていけば……」
別にどうというわけではない。弱肉強食という自然の摂理。“それに従えば助かるのでは?”とコアドラモンは言っているのだ。
ドルモンに言われたこともあり、コアドラモンは自分が旅人のパートナーであるかどうかに疑問を持っていた。なにせパートナーと言いながら、具体的な証拠もなく、具体的なことは何もしていない。疑問に思って当然である。
というか、なぜ今まで疑問に思わなかったのか、疑問に思うレベルである。
そんなこともあってコアドラモンは、“殆ど他人の自分なら置いていってもいいのでは?”と言っているのだ。
だが――。
「アホか。一応、お前はオレのパートナーだろ?っていうか別にパートナーじゃなくても置いてかないよ」
「え……」
「それに、これ以上の悪状況での行動は慣れてる。そんな心配しなくても何とかなるさ」
そう言ってから、そんな状況に慣れている自分の運について考えそうになった旅人だがすぐさまその思考を破棄した。下手に考えると嫌な結論を導き出しそうだったからだ。
嫌な感情というのは意外と馬鹿にならない。このような状況ではネガティブな感情で行動するよりも、ポジティブな感情で行動した方が生き残る可能性が高い。
一方でコアドラモンは、旅人の言葉の心配という部分にハッとしていた。
そう、心配していたのだ。それは裏を返せば、不安に思っていたということでもある。
不安に思うということは自信がないことの裏返し。この状況下では己の強さに自信を持てていないということだ。
「それにな、オレは……いや、オレたちは。こんなところで旅を終えるつもりはない。お前だってこんなところで終われない理由があるだろ?だったら……」
「俺は……いや、俺も。こんなところで終われないし、終わらない!」
「……だよな」
旅人の言葉にコアドラモンは、自分にはまだ終われない理由があることを思い出す。
あの友との約束を守るためにも。コアドラモンはここで終わるわけにはいかないのだ。
「……やる気を取り戻したようだから言うけどさ。この状況をくぐり抜ける方法。……聞く?」
「……もちろんだ!」
殆ど動かない体を無理矢理に動かして、コアドラモンは旅人の横に並び立つ。
横たわったまま守られるという弱者のような状況は、コアドラモンの望むところではないのだ。
軋む防壁が遂に突破される。その瞬間、旅人とコアドラモンの攻撃が始まった――。
「行くぞ!set『強化』ァ!」
「おぉおおおお!『ブルーフレアブレス』ゥ!」
カードの力で強化されたコアドラモンの青き炎がデビドラモンを焼き尽くす。
デビドラモンはその大半が防壁を突破するために近くに集まっていた。
そのことが仇となり、『強化』のカードの力で攻撃範囲、威力共に増大したコアドラモンの必殺の技がデビドラモンすべてに直撃したのだ。
「ギャアアアア!ガァアアアアアアア!」
断末魔の叫びを上げながら、デビドラモンはのたうちまわる。
コアドラモンの青き炎によってデビドラモンは外皮が溶けたのか、その奥の心臓らしき鈍く光るナニカが炎の熱に晒されて溶け出していた。
次々と倒れ、消滅していくデビドラモン。
“これで終わった”とコアドラモンが安心した瞬間――。
「ッ!まだだ!」
「ッガァ!」
強襲。
コアドラモンの攻撃を生き残ったデビドラモンの一体が、コアドラモンに攻撃を仕掛けたのだ。
生き残ったデビドラモンは二体。一体は旅人を狙って、もう一体はコアドラモンを狙っている。
コアドラモンは更なる怪我を負いながら、デビドラモンに追撃されて、一対一に持ち込まれてしまった。
旅人も加勢したいが、余裕がない。今、旅人の持っているカードは攻撃に使えるカードではない。さすがの旅人もカードの力なしで成熟期相当のデジモンにダメージを与えることはできない。つまり、倒す方法がないのだ。
旅人がコアドラモンの方へと行って、怪我をしていて戦うという行為をすることで精一杯のコアドラモンに、旅人を狙っている方のデビドラモンも押し付けるわけにもいかないだろう。
「っく……!」
「この……!」
旅人はチラリとコアドラモンの方を見た。
やはり怪我が響いているのか、いつも以上に動けていない。殺られるのも時間の問題だろう。
“しょうがないか”と旅人は内心で呟いて、手持ちの最後のカードを使うことにした。このカードは旅人が使うよりも、コアドラモンに使った方が現状打破の可能性が高いと踏んだのだ。
また、自分は元気だからもう少しもつだろうが、重傷のコアドラモンは早く決着をつけなくてはまずいという思いもあった。
「set『加速』」
「ッ!何だ!?」
いきなり自分のスピードが上がったことにコアドラモンは驚いたようだったが、それが旅人のしたことだとすぐに分かったのだろう。
それが事実か確かめるためか、それとも礼を言うためか。目の前の相手からは気を抜かずにコアドラモンは一瞬旅人をチラリと見て――。
「なっ!」
コアドラモンは愕然とした。
コアドラモンは今まで自分のことばかりで気づかなかったのだが、旅人もまた劣勢だったということに気づいたのだ。
旅人もまた自分のことで手一杯であるはずなのに、残り一枚の最後のカードを自分に使わせてしまった。
これは協力ではなく、庇護や守護の部類だ。それは、コアドラモンは旅人に対等に見られていないということであり、またコアドラモンの強さは旅人に信用されていないということでもある。
その事実がコアドラモンを惨めにさせた。
「な……に……やってんだよ!俺はッ!」
コアドラモンの心の中に今までにないほど、
自分は何をしていると。この程度の敵に手こずっている自分が、どの口で自分のことを強いと言うのかと。
旅人は劣勢でも冷静に戦いを見極めて、他人をサポートすることすらできている。対してコアドラモンは自分のことで精一杯で、他人のことを考える余裕はない。
“これでは弱いと馬鹿にされても仕方ない”とそう思いながら、心の中に生まれたある思いを今は関係ないこととして切り捨てて、コアドラモンは自分を見つめ直す。
「……弱いなら強くなれるか……」
コアドラモンは、未だ猛攻を続けるデビドラモンの攻撃を何とか凌ぐことしかできない。
だが、そんな劣勢の最中であるハズなのに、今までと違ってコアドラモンは自分でも驚くくらいに冷静になっていた。
「たまには……こういうのも悪くはないか!」
「ギャァアアアア!」
デビドラモンの攻撃を反撃のチャンスを伺いながら、コアドラモンはひたすらに避け続ける。
その刹那の攻防の中で、コアドラモンは自分の武器を再確認した。
コアドラモンという種族である自分の武器。広大な空と何者も追いつけない疾さ。そのうちの一つ今は使えない。
“だったら……残っている武器を最大限に使うしかない!”とコアドラモンはただそれだけを望んで、傷の痛みも何もかもを無視して戦い続ける。
「もっと……もっとだ……!……もっと――!」
疾く。
その思いが。そしてコアドラモンが今は関係ないと切り捨てたある思いが。
「コアドラモン!進化――!」
進化を呼ぶ。
成熟期から完全体へ。強大な竜という存在を体現するかのような蒼き巨躯。巨大な翼と背に背負った槍。両手に持った黄色い玉と白い鎧のような胸当て。
コアドラモンよりも大きく鋭い姿となったその竜の名前は――。
「ウイングドラモン!」
その一瞬のうちに起きた突然の事態にデビドラモンが戸惑った。その一瞬の時。ウイングドラモンの姿が掻き消えた。
デビドラモンがその事実を認識する間もなく。デビドラモンは突如発生した衝撃波によって切り刻まれた。
デビドラモンは最後まで何が起こったか理解することなく、この世から消えたのである。
コアドラモンがウイングドラモンへと進化を遂げていたその頃。
その事態に気づけないほど、旅人は追い詰められていた。竜――俗にドラモン系デジモンと呼ばれる――と人間の旅人では体力その他諸々の地力の差がありすぎるのだ。
むしろここまでもったことのほうが驚きに値するくらいである。
「っく……そろそろ…『転移』のカードが戻ってくる……はず……」
「ギャオォオオ!」
「しつこい!」
もはや打つ手がなくなった旅人は、使ったカードが手元に戻ってくるのを待つことしかできなかった。
だが、そんな中でもデビドラモンは待つことなく攻撃を旅人に仕掛ける。
その攻撃を避け続けていた旅人はそろそろ体力の限界だ。今までどれだけカードに頼りきっていたかを知った旅人だったが、だからといってどうこうなるわけでもない。
「ッ!やっと来たっ!」
だが、その時やっと旅人の下へと一番初めに使った『転移』のカードが戻って来た。
急いでコアドラモンと合流して、あとはひたすらに逃げる。
そんな消極的で情けない作戦を旅人が実行しようとしたその時――。
「……は?……うぇっ!」
青い影が旅人の目の前を通過したかと思うと、デビドラモンの姿が掻き消えていた。
直後に発生した謎の衝撃波によって旅人は吹き飛ばされる。
突然の事態に旅人は地面に打ち付けられながらも、呆然とするしかない。
「……何ポカーンとアホズラ晒してんだ!」
そんな旅人の前に現れる巨大な――といってもドルゴラモンほどではないが――蒼い竜。
どこか聞き覚えのある声のその竜に敵意がないこととその竜がデビドラモンを倒してくれたことを旅人は悟る。
問題はその竜が何者なのかだということなのだが――。
「どちら様?」
「……俺だよ。俺」
「オレモンさんか。助けてくれて……」
「違う!」
つい冗談を言った旅人だったが、流石に旅人だって気づいている。目の前の竜は旅人の知っているコアドラモンが進化したデジモンだということに。
「いや、流石に分かってるよ。コアドラモンだろ?お前」
「今は進化してウイングドラモンだけどな」
「また進化したのか……」
“随分と成長の早いことで”と旅人は若干の呆れを感じながらも、進化したウイングドラモンをまじまじと見る。
旅人の視線の意味に気がついたのか、ウイングドラモンは“まあな”と苦笑するだけだった。
そんなウイングドラモンの反応に、旅人は首をかしげる。旅人はウイングドラモンがもっとあることを全面に出した感情的な返答をすると思っていたのだ。
「お前……本当にアイツか?」
「何だよ……俺だっていろいろあるんだっての」
「……そか。って違う。さっさと行かないと……ドルが……」
「了解……ああ、そうだ、旅人!」
歩き出したところで旅人はウイングドラモンに呼び止められた。いきなりに大声で呼ばれたことに少々驚きながらも、旅人は振り返ってウイングドラモンを見る。
振り返った旅人が見たウイングドラモンは、いつになく真面目な顔をしていた。
「あの時、俺の心は折れていた……お前がいなかったら俺はあそこで終わっていたかもしれねぇ。お前がいなかったら、俺はこの姿になれなかったかもしれねぇ」
「……?それが」
「お前がいたから俺は今ここにいる。だけど――」
何か言おうとした旅人の言葉を遮る形でウイングドラモンは話を続ける。
どうやら、これはウイングドラモンにとって絶対に言わなくてはならないことらしかった。だが、ウイングドラモンは黙っていて、その何かを言う気配がない。
やがて、口を開いたウイングドラモンだが――。
「いや、何でもねぇ。ドルガモンのところに行くんだろ?」
「あぁ、そうだ!急がないと!」
結局、何を言いたかったのかを誤魔化した。そんなウイングドラモンを気にすることなく、旅人は急ぎ駆ける。
ウイングドラモンに乗って行くという手段を取らずに走って駆けていく旅人は、本人も気づかないレベルで少し慌てているのだろう。
そんな旅人をウイングドラモンは、ただ見ていた。
「……だけど、お前は俺のことをなんとも思っていないんだろうな」
旅人には聞こえないほど小さな声で。ウイングドラモンは言えなかったことを呟く。
あの時。“オレたちはこんなところで旅を終えるつもりはない”と旅人は言った。
だが、ウイングドラモンは気づいていた。その“オレたち”の中に自分は含まれていないということに。
「ああ……だったら……」
初めてウイングドラモンはそのことが嫌だと思った。
信頼されていないようで。認められていないようで。自分のことをパートナーだと思われていないようで。
だからウイングドラモンは。
かつて己の過ごした地の者たちのように。旅人に己という存在を認めさせたいと思った。
かつて約束を交わした友のように。旅人に己の強さを信頼されたいと思った。
「認めさせてやる。俺がお前のパートナーだってな!」
今この時。強さとか関係なく。ウイングドラモンは旅人と、パートナーという対等な関係でありたいと思ったのだ。
「旅人!そんなペースじゃ事が終わっちまうぞ!」
疲れた体を引きずって走る旅人はかなり遅い。成人男性が早歩きで歩いているのとほぼ同じペースだ。
そんな旅人を笑いながら。ウイングドラモンは己の背に旅人を乗せて――飛翔する。
はい。というわけでコアドラモン進化回でした。
次回はドルガモンサイドの戦いです。