ウイングドラモンは旅人をその背に乗せて空を高速で飛行していた。その表情は鬼気迫るものであり、今がどれほどの状況なのかを物語っている。
「っく……!」
だが、旅人を背にその背に乗せているために、ウイングドラモンにとっては高速でもなんでもないスピードになってしまっていた。そしてその事実がウイングドラモンをさらに焦らせる。
今の状況を鑑みればもっと高速で飛ぶべきだ。だが、これ以上スピードを上げて飛行して、背に乗っている旅人を振り落としてしまっては元も子もないだろう。
なぜこんな事態になっているのか。それは数分前まで遡る。
数分前。
未だ戦い続けているであろう自分たちの仲間の下へと行くために、旅人とウイングドラモンは空の上を飛んでいた。
お互いに焦る気持ちを抑えての行動。
だが、そんな時。
二人は一筋の光を見る。ついさっきも見たその光。つい最近までは旅人がカードを使わなければ見ることができなかったその光。
「進化の光!」
「どっちだ!?」
ドルガモンが進化したのか。それとも敵が。
嫌な予感を感じ始めたウイングドラモンはさらに急ごうとして――。
「あ!おい!あれ!」
遥か上空に超高速で飛翔する赤い竜を目撃した。そしてその遥か下を飛ぶ黒い敵も。
もちろん旅人もその姿を見ている。旅人が見間違うはずもない。赤い竜は間違いなく完全体のドルグレモンだ。先ほどの進化の光はドルグレモンのものだったのだ。
己の相棒が未だ戦闘中だということに気づいた旅人は、ウイングドラモンとは別の意味で嫌な予感を感じ始める。
そしてその数瞬後。その旅人の嫌な予感は現実となる。
「……ウイングドラモン!急いで引き返せ!」
「え?でも……」
“いいのか?”と尋ねるウイングドラモンに旅人は“早く!”と焦り急かす。旅人にはドルグレモンが引き起こすであろう、この先の展開が読めたからこその焦りだった。
手のひらを返したかのような旅人の行動にウイングドラモンは疑問に思いながらも、その直後に旅人の言ったことの意味を正しく理解したウイングドラモンは頬を引き攣らせた。
空から落ちる数十メートルを越えるであろう巨大な鉄球。それが音速を超えるであろうスピードで落ちていく。
そんなものが地面に落下した時の余波の凄まじさなど語るまでもない。
もはや一個人に使うような技ではない。超広範囲を殲滅するその技が今、目の前で行われている。
「あの糞バカ野郎ー!」
「ドルのやつ覚えてろよー!」
ウイングドラモンはすぐさま進行方向を反転し、余波が届かないであろう遥か上空まで逃げる。
旅人も急いで『転移』のカードを懐から取り出そうとする。
だが、遅い。二人の行動は一瞬遅かった。
或いは旅人をその背に乗せていなければ、ウイングドラモン一人ならば何とかなったかもしれない。
或いは旅人が『転移』のカードをその手に初めから準備しておけば、二人とも何とかなったかもしれない。
だが、すべてはもう遅い。
数瞬後に起こった凄まじい衝撃波。
それによって旅人とウイングドラモンは吹き飛ばされた――。
巨大なクレーターと地平の先まで荒れ果てた地となったその場を見て、数分前までそこが緑豊かな山岳地帯だったと理解できるものはいないだろう。
「……終わった」
そんな時。地上の遥か上の空を飛ぶドルグレモンは戦闘が終わったことによる安堵の息を吐いていた。
戦闘が終わったことにより、一息ついて休みたくなったドルグレモンだが、今はそんな状況ではないことを思い出す。
旅人を助けに行かなくては。その思いを持って、ドルグレモンは空を行こうとして――。
「ハッ!?」
突如として後ろに現れた蒼い竜の襲撃を受けた。
自身の上から迫り来る太く蒼い何かがその竜の尾だと気づいたのは、ドルグレモンがその尾によって吹き飛ばされた後だった。
何とか防御体勢をとることができたドルグレモンは体勢を直しながらも新たなる襲撃者の姿を見て――。
「はい?」
「……」
「……」
思わず肩の力が抜けた。
そこにいたのは旅人と――ドルグレモンにとって初めて見ることとなる――ウイングドラモンだった。二人は泥だらけであり、ドルグレモンには二人が心なしか怒っているように見えた。
しばらく考えて、ウイングドラモンはコアドラモンが進化した姿だと気づいたドルグレモンは、続いてなぜ二人がそんなに怒っているのかが分からずに首を傾げる。
「ドル、何か言うことは……?」
「旅人無事だったんだね!良かった!」
「そうか。無事に見えるか。そうかそうか。……ウイングドラモン!ゴー!」
「おう!」
「はい~!?」
いきなり襲いかかるウイングドラモンを前に、襲われる理由が分からないドルグレモンは困惑するしかない。
ちなみにこの時点でドルグレモンは知らないことだが、カードさえあれば旅人も攻撃に加わる気満々だった。
「どうしてこうなるの~!」
「うるせぇ!人の心配返せ!」
「このあとこの荒野からカード探すんだぞ!お前は考えて戦うことを覚えろ!」
この追いかけっこが終わるのはこの数十分後。
ドルグレモンが空中で土下座したところにウイングドラモンの尾が直撃して、旅人とウイングドラモンの溜飲が下がってからのことである。
「見つかったか?」
「いや、ねえ」
「こっちも~!」
旅人とウイングドラモンの八つ当たりが終わってしばらくの後。
旅人たち三人は荒れ果てた荒野の中を、目を皿にしてひたすらに歩き回っていた。
理由はもちろん、旅人のカードを探しているのだ。ドルグレモンが倒したスカルサタモンが旅人から奪ったカード。それらはスカルサタモンをドルグレモンが倒した際にこの辺に散らばったはずである。
あれだけの衝撃だったのだから、カードなんて消滅しているのでは。
そんな諦めにも似た雰囲気が三人の間には漂っていた。
「旅人~ないよ~」
「そんなこと言ったって……カード見つからなければ、お前ずっとそのまんまだぞ」
「え!?それは嫌~!」
「進化したんだからいいと思うけど……アイツの考えは分かんねぇな……」
ドルモンという姿に戻りたい一心で気合を入れ直すドルグレモンを見て、ウイングドラモンはポツリと呟いた。
ウイングドラモンにしてみれば、せっかく進化したのに態々戻ろうとするドルグレモンが理解できないのだ。
必死に探すドルグレモン。土の下に埋まっている可能性もあるために、地面を掘り返すドルグレモンの前足は、本来の色からかけ離れた土色に染まっている。
そんな折――。
「あ……これじゃねぇか?旅人、あったぞ!」
「え?」
「本当か!?」
体のサイズが巨大になってしまったが故に掴んで確認することはできないが、ウイングドラモンは土のしたに薄く白い角ばった何かがあるのを発見した。
急いで集まった旅人が掘り出してみると間違いなくそれは三人が探し求めていたカード、それも白紙のカードの一枚だった。
「やった!旅人!早く!早く!」
「いや、まずはカード集める方が先だろ」
「え~そんな~」
ごねるドルグレモンを無視して旅人は白紙のカードをその手に持つ。
初めに見つかったのが白紙のカードだったのは、旅人たちにとっては幸運だっただろう。
なにせ――。
「set『カード回収』」
変化させた白紙のカードの力で、他のカードすべてを回収することができたのだから。
旅人は一瞬後に己の手元に集まったカードを見て、欠けたものがないかどうか確かめる。
カードのどれもが土で汚れていたところを見ると、ほとんどのカードが土に埋まっていたらしい。
取り出した布でカードを拭きながら、白紙のカードとあるカードの二枚取り出すと、旅人は泣きべそをかき始めているドルグレモンに使ってやることにした。さすがにその姿が哀れになったのである。
「ほら、いつまで落ち込んでる。set『退化』『二重』」
一瞬後。ドルグレモンは見慣れた姿であるドルモンへと戻る。
落ち込んでいたことによる反動か、それともよほど嬉しかったのか。自分に起こった変化を確かめたドルモンは感極まった様子で泣き始めた。
「わあ……!旅人~ありがと~!」
「はいはい。そろそろ帰るか。ウイングドラモン……頼めるか?」
「ああ!んじゃ、帰ろうぜ!」
飛びかかってきて、じゃれつくドルモンを何とか引き剥がしながら、旅人はウイングドラモンの腕に座る。
一瞬後。落ちそうになるドルモンを笑いながら、ウイングドラモンは飛翔した。
ちなみにその後の学術院までの帰り道のこと。
「旅人」
「ウイングドラモン、どうかしたのか?」
「それだ」
「どれだよ」
いきなりのウイングドラモンの言葉に旅人は呆れたように呟いた。
だが、そんな旅人を無視してウイングドラモンは話を続ける。
「お前、俺のこと種族の名前で言うだろ?」
「まぁ、そうだな」
「それで、そいつはいつもドルって言ってるよな」
“そいつ”と言ってウイングドラモンが見たのはドルモンだ。
先ほどから振り落とされないように必死にウイングドラモンに掴まっている。
正直帰るまでは進化した状態のままで良かったのでは、と旅人は思わなくなかった。
「だから……あー」
「……?」
「俺もなんかそういう名前で呼んでくれよ。なんか距離置かれてるみたいで嫌だ」
「と言われてもなぁ……。ウイングドラモンだから……ウイ?いや、ドラモンからとって……ドラ?……なんだその目は」
「いや、旅人って……」
ウイングドラモンに優しく慈愛を込めた目で見られている旅人は頬を引き攣らせる。
流石にそんな視線に気づかないほど旅人も馬鹿ではない。
「何だよ。はっきりと言えよ……」
「旅人ってネーミングセンスないしね~。オレだってドルだよ?頭文字とっただけっていうね。本当にもうネーミングセンスの欠片もない名前だよ」
「う……」
思いがけない方向から放たれた言葉の槍に旅人は貫かれた。
触れられたくなかったことに触れられた――半ば自分から触れさせたのだが――旅人は咄嗟に反論しようとして、反論することができないことに気がついた。
一方で言葉の槍を放ったドルモンは、軽口のつもりで自分の名前について愚痴る。
ちなみにドルモンとしては、ドルという名前はそれなりに気に入っている名前だったりするのだが、それとこれとは別である。
ドルモンは以前から名前に対して旅人に一言言いたかったのだ。
「ハハッ……そうか……オレ的には単純だけど。それなりにいい名前だと思ってたんだ。でも……ドルって名前、本当は気に入ってなかったのか。そうか。……そうか。……そう……か……」
「そこまで落ち込む!?」
「おい、旅人?」
「まあ、気にしなくてもいいよ。何かあるか、時間が経てばそのうちに直るから」
若干薄情な雰囲気を見せるドルモンだが、“言い過ぎたかも……”と内心ではダラダラと冷や汗をかいていた。
一方でこんな旅人を初めて見るウイングドラモンだったが、ドルモンが気にしていないようだったので、初めて見る旅人の一面に驚きながらも気にしないことにする。
「……ドル……ドルモ……モン?そうだな……これからは……モンって名前にしたほうがいいかもな。なぁ、モン?」
「ごめんなさい!言い過ぎたことは謝るからそれだけはやめて!」
落ち込んでいるのか、怒っているのか分からないようなことを呟く旅人を前にドルモンは即座に謝った。
ここが空の上でなければ土下座していただろう。それくらいドルモンの謝罪は必死さを感じさせた。
「おい、俺の名前の話はどうなったんだよ?」
「オレなんかが……決めていいのか?オレみたいにネーミングセンスない奴が……」
「それはもういいから!俺はお前だから頼んでんだよ」
「お前はドルと違っていいやつだなぁ……」
「どういう意味!?」
だんだんと立ち直り始めた旅人は、自身のネーミングセンスについて極力触れないようにして、必死で考える。ドルモンやウイングドラモンが文句など言えないようないい名前を。
ふと。そこで旅人はあることを思い出した。
ウイングドラモンのドラモンというのはつまるところ人間の世界でいうドラゴンのことだ。そして人間の世界ではドラゴンにはもう一つの言い方がある。
それは――。
「リュウ……なんてどうだ?」
リュウ。すなわち竜。
言ってから、我ながらいい名前だと旅人は自画自賛する。ドラゴンのような姿をしているウイングドラモンにはぴったりの名前だろうと。
「リュウ……ね。いいじゃんか!よし!俺はリュウだ。……旅人、ありがとな!」
「気に入ってもらえたようで何よりだよ」
ネーミングセンスの乏しい旅人から出た名前とは思えないような名前に、ウイングドラモンは驚きながらも、気を良くする。
旅人が付けてくれた名前をウイングドラモンも気に入ったようだった。
ウイングドラモンが、自分が付けた名前を喜んでくれたこともあって自然と旅人も嬉しくなる。
「……」
「……ドル、どうしたんだ?」
だが、そんな旅人をジト目で睨む者がいた。
ドルモンである。
先ほどから明るい雰囲気を出す旅人やウイングドラモンと打って変わって暗い雰囲気を出している。
「納得いかない」
「何が?」
「なんで
「おい、バカ!揺らすな、落ちるっ!」
ドルモン的には、自分の名前が頭文字を取っただけの単純な名前だというのに、ウイングドラモンの名前がそれなりに考えられて付けられた名前だということが気に食わなかったらしい。
思わず素の一人称が飛び出るほどにドルモンは、混乱――というよりもショックを受けて――している
「ハハハッ!いいだろ、俺の名前!旅人が付けてくれたんだぜ!」
「黙れ!」
「おい、ドル、いい加減に……」
「あっ……」
いい加減に鬱陶しくなった旅人が怒鳴ろうとした瞬間。
ドルモンとウイングドラモンが間の抜けた声を上げた。
一瞬後に旅人を襲う浮遊感。激しく旅人を降っていたドルモンが勢いのあまり旅人を突き落としてしまったのだ。
ちなみに旅人が落ちる直前に見たドルモンの表情は、“やっちまった……”とそんな声が聞こえてきそうな表情だった。
「ドルゥウウウ!」
旅人の鬼気迫る怒声を聞いて、ドルモンはダラダラと冷や汗をかく。
心なしかウイングドラモンもジト目で自分を見ているようにドルモンは感じた。
ちなみにウイングドラモンは旅人がカードを使って飛べることを知っているのであんまり心配していない。空の高度的にもそんなに焦ることはないと思っているし、いざとなれば全速力で駆けつければいい。
それで十分間に合うほどの速さをウイングドラモンは出せる。
「……どうしようね?」
「俺は知らんぞ」
「いや、でも……オレだって落ちるとは思わなかったし……」
「そうか。ドル……最期の言葉はそれでいいんだな?」
背後に旅人の声が聞こえた瞬間。ドルモンは固まった。
その怒気たっぷりの声を聞いて、思わず振り返りたくないと思ったドルモンは悪くないだろう。
だが、いつまでもこうしている訳にもいかない。勇気を出してドルモンが振り返えった瞬間――ドルモンは顔面に走った衝撃とともに浮遊感に襲われた。
「……夕日が綺麗だな~」
思わずそんなことを呟いたドルモンの眼前には、飛び蹴りの体勢で向かってくる旅人の姿。
この数分後に旅人対ドルモンの大乱闘が始まり、学術院に帰るのがさらに遅くなったのは言うまでもないことだった。
はい。というわけで学術院からのお出かけ編はこれにて終了です。
せっかく進化したというのに、結局ドルグレモンはドルモンへと戻りました。
ドルモンのそれはある意味病的なまでの執着ですね。
そろそろ旅人たちも学術院に留まることに飽きてきた頃です。
というわけで次回からは一度学術院へと戻り、そこからのお出かけ編2が始まります!
忘れていたので追加。カード説明
『カード回収』――白紙のカードの変化。遠くにあるカードを自分の手元に集める カード。ちなみに使用したことにより戻ってきていないカード は集まらない。