アグモン博士と別れてから、しばらく経った頃。旅人たちは街を歩いていた。
朝歩いた時は気づかなかった旅人たちだが、アグモン博士が旅人たちに避難を促したのも納得できるほどに、街は浮き足立っている。
「ふわあ~ねむ……」
「妙に静かだと思ったら……お前、人が寝てないってのにあっさりと昼寝してやがって……」
そんな中でも変わらずに軽口を叩き合う旅人とドルモンだが、二人の間に明るい雰囲気はない。
理由は言わずもがな、ウイングドラモンだ。
朝と変わらず旅人たちの上空を飛んでいるウイングドラモンは、旅人たちが今までに見たことがないような雰囲気を纏っている。
何かで喜んでいるかのような。
何かで憤っているかのような。
何かで悲しんでいるかのような。
何かで悔しんでいるかのような。
そして――。
「なんか迷ってるって気がするよね~」
「その噂の機竜型デジモンと知り合いみたいだけどな」
ウイングドラモンが何か悩んでいるということは旅人やドルモンにも分かる。とはいえ、完全に事情を知らない旅人たちがあれこれ言っても始まらない。
結局、ウイングドラモンが話してくれるのを旅人たちは待つしかないのである。
「……旅人」
「ん?……リュウどうした?」
そして、事態は案外早く動き出した。しばらく歩いていると、ウイングドラモンが深刻そうな表情で旅人の前へと降り立ったのだ。
どうやら旅人に話があるらしい。ウイングドラモンはまっすぐ旅人を見ている。
ちなみに、そこでドルモンの方に視線が行っていない辺り、ウイングドラモンがドルモンのことをどう思っているのか明白に分かったりする。
「ちょっと別行動してぇ。……帰って来れるようなら、なるべく早く帰ってくる。……帰って来なかったら……俺のことは忘れてくれ」
「……おい、リュウ。ちょっと――」
“待て”と。そう旅人が言う前にウイングドラモンは飛翔する。
重力を遮断する翼を有するが故に、羽ばたくことなく飛翔したウイングドラモンは持てる限り最高速でその場を離れていた。
その速さは、旅人やドルモンをして一瞬で消えているようにしか見えなかったほどである。
「……どう思う?」
残された旅人は己の相棒に静かに問いかける。
ウイングドラモンの態度は旅人から見て、おかしいという他ない。
問いかけられたドルモンも、旅人と同じようにウイングドラモンの態度に奇妙なものを感じていた。
「帰って来れるようなら……ね。絶対帰って来れるって思ってないよ、アレは」
「だよな。アイツ……決死の顔してたし」
いつか見た己の相棒と同じ表情。結局、あの時は己の相棒は帰って来なかった。
その時の己の相棒と同じ表情をウイングドラモンはしていたのだ。旅人がどう考えても、ウイングドラモンが気楽に遊びに行ったとは考えられなかった。
というか、あのような表情で行く場所など、まず間違いなく遊びではない。
「どうするの~?」
今度はドルモンが旅人に問いかける番だ。
どうする。旅人がその問の意味が分からないということはない。ドルモンは旅人にどんな決断をするのかと問うているのだ。
事なかれ主義で優柔不断の気がある旅人に迫る決断。すなわち、ウイングドラモンを追うのか、追わないのかということだ。
追わなければ、おそらくウイングドラモンとは二度と会うことはできないが、要らぬ面倒な事情や争いに巻き込まれることはない。
追えば、おそらくウイングドラモンにとって触れられたくない場所に触れることになるだろうし、本格的にウイングドラモンの事情に首を突っ込むことになる。
それにウイングドラモンは結局最後まで自分の事情を旅人たちに話さなかったのだ。おそらくは相応の理由か何かがあるのだろう。
「ま、追うんだけどな」
「あ、やっぱり?」
「そりゃ、あんな顔して放っておける訳ないだろ。確かにオレは楽観的な性格しているとは思うけどさ……あんな顔した奴と無事に再会できると思うほど楽観的じゃないよ」
旅人もドルモンも、ウイングドラモンの抱えている理由が何かは知らない。
それでも自分たちの仲間と思っている者が死地に向かっているかもしれないのだ。
もしこれが見ず知らずの者やあまり親しくない者なら旅人たちも一言応援するだけになるかもしれないが、それが自分たちの仲間となるとそうはいかない。
何の理由も告げずに死地に向かう仲間を放っておけるほど、旅人たちはドライではない。
「一応戦闘も視野に入れて……まずは機竜型デジモン探しだな」
「それじゃ、行こっか。あ、会ったら一発ぶん殴っていいかな?あいつがいなくなるのはちょっと嬉しいけど……散々人の危機感煽っておいてあっさりといなくなるのはムカつく」
「危機感?ま、まぁ、一発くらいならいいんじゃないか?っていうか怒ってる?……ドルがそんな態度とるのって珍しいな」
「溜まってたものが吹き出したんだよ、きっと。ストレスのせいだね」
「普通そういうことは自分で言わないと思うけどな」
方針は決めた。
風のように現れて、風のように去った自分たちの仲間を探して。旅人とドルモンは走り始めた――。
旅人たちと別れたウイングドラモンは学術院を出てひたすらに飛んでいた。
途中で見つけた学術院の住人に聞いた話によると機竜型デジモンは周囲を破壊しながら進んでいるらしく、数日中には学術院の街がある山まで到達するだろうとのことだ。
ウイングドラモンはその機竜型デジモンというものを噂の範囲だが知っていた。
そしてその正体も――。
――本当に君は強いな~――
かつて己の故郷で、共に育ち、共に生きた、友と言うべき
きっと彼こそが機竜型デジモンの正体――正確には進化した姿――であるとウイングドラモンは察していた。
目を閉じれば、彼のことをウイングドラモンは昨日のことのように思い出せる。
誰よりも強くなれる
笑いながら、自分を強いと称えた彼。そんな彼にあの時自分はなんと返しただろうかと考えて――。
――お前だってこれくらいできるだろ。同じドラコモンなんだし……っていうか、それ絶対に嫌味だろ――
――あはは……僕はそんなことできないって――
“ああ、そういえば……そうだったな”とすぐにウイングドラモンはかつて友としたやり取りを思い出す。
時間にして数年前のこと。だが、数年前のことでもすぐに思い出せるほど、ウイングドラモンにとってはその友との日々は大事だったのだ。
「どうしてこんなことになったんだろうな……」
ウイングドラモンは一人呟く。
数ヶ月前。
故郷の古代からあるという森の中にある採石場の一角で突然彼は進化した。
かつての自分とは違う、緑色のコアドラモンに。
故郷の住民全員がその突然の事態に驚きながらも、結局は進化した彼を受け入れ、進化できたことを祝福した。
もし。もしすべての始まりはいつだったかといえば、間違いなくその時だろう。
その二日後。彼はまた進化する。背中に腕が生えた緑の地竜へと。
そこからはひたすらに地獄だった。彼は圧倒的な力でもって暴れ始め、故郷を壊滅に追い込んだのだ。
自分は命からがらに逃げ出したから助かった。
あの時ほど、自分の弱さを呪ったことはない。
ウイングドラモンは回想の中で思い出したかつての自分に対して呪詛を吐く。
「どうしたら良かったんだろうな……」
その後、風の噂で緑の地竜が機竜へと進化したということを聞いた時。
ウイングドラモンは猛烈に自分が情けなくなった。
変わってしまった友をどうすればいいのか。友が変わってしまった時、どうすれば良かったのか。
悩んで悩んで、それでも答えが出なかった頃。ウイングドラモンがまだドラコモンだった頃。
ウイングドラモンは進化する前に交わしたある約束を思い出す。
彼が強くなったら。その時は本気で戦おうと。そんな幼い頃の約束を思い出したのだ。だから、ウイングドラモンはひたすらに鍛えた。
自分の友は強くなったのだ。強くなって待っているのだ。だったら、今度は自分の番だと。
そう
その道中で、人間について知った。だから、強くなるために旅人に近づいた。
「……くだらないよな……本当に……」
分かっている。本当は己の友はもう自分のことなど覚えていないであろうことは。
ウイングドラモンだって本当は分かっている。
あの時、命からがらに逃げ出した時。氷のような、ゴミを見るかのような目で見られた時。友の中から、自分という存在は消えてしまったのだと理解してしまった。
それでも約束に縋ったのは、そうしなければ自分の情けなさに潰れてしまいそうだったから。
ひたすらにその感情から逃げるために、ひたすらに強さのための鍛錬に費やした。
それでも友の背中は遠すぎて、焦りは更に加速した。何に対しての焦りかはウイングドラモン自身も分かってはいない。
強くなれないことに対する焦りか。それとも己の感情に押しつぶされそうになる焦りか。
旅人たちと出会ってからは、そんな焦りも少しはマシになった。
誰か一緒にいるだけでこうも違うのかと、ウイングドラモン自身驚いたほどだ。
一緒に旅して。旅人やドルモンに嫉妬したり、呆れたり、困惑したり、といろいろなこともあったけど。
それでもこの数日間でウイングドラモンは何かを掴めそうな気がしていたのだ。
だが、結局――。
「全部遅すぎたのかもな……」
己の友はもうそこまで迫っている。
ウイングドラモンは進化した彼の強さを知っている。
その強さは進化した今の自分や、旅人やドルモンでも敵わないほどだと思っている。
一度目は助かったが、二度目は無理だろう。
「……くそ……」
本当はウイングドラモン自身、もっと旅人やドルモンと一緒にいたかった。
自分が掴みかけた何かをしっかりと掴んでみたかった。
旅人に自分のことを認めさせたかった。
さまざまな思いが胸に去来する中で、今自分がしようとしている行為はかつての友に対する償いなのか、それとも弱い自分からのただの逃避なのかはウイングドラモン自身も分からない。
だが、“旅人やドルモンを死なせたくない”と。それだけはウイングドラモンドが確信を持って言えることだった。
「……いた!」
そのためにも。例え自分が死んだとしても、例え自分が倒せなくても、後に来るであろう、学術院の街の自警団が倒せるくらいには弱らせればいいと。
そんな決死の覚悟を抱いて、ウイングドラモンはかつての友のその姿を視認する。
まるで人間の世界の重機のようなその姿。辺り構わず破壊を撒き散らす巨大なその姿。その名はブレイクドラモン。地上すべてを破壊するために存在すると言われる究極の機巧破壊竜だ。
「あぁあああああああ!」
その姿を視認した瞬間、ウイングドラモンはトップスピードで突進する。
マッハ二十を越えるウイングドラモンはその移動だけでウイングブラストと呼ばれる衝撃波が発生する。
並大抵のデジモンならば、その衝撃波だけで粉々になるだろう。しかも今回は突進のオマケ付きだ。
繰り返すが並大抵のデジモンならばこれで終わるだろう。
もっともそれも――。
「な……に……?」
「グググ……」
“ブレイクドラモンが並大抵のデジモンであったならば”の話だが。
マッハ二十を超えるほどの速さで直撃したにもかかわらず、ブレイクドラモンは――流石に体のあちこちに小さな傷を負っているが――無事だった。
その上、肩口から生える左右のショベルアームで突進してきたウイングドラモンをがっしりと掴んでいる。
「グァアア……『デストロイ――」
「ッ!マズッ」
「ドラッシュ』!」
その状態に危機感を覚えたウイングドラモンが離れようとするが遅い。
ブレイクドラモンはウイングドラモンを地面に叩きつけて一瞬の動きを封じた直後に、左右のショベルアームをウイングドラモン目掛けて高速で繰り返し叩きつけた。
「がはっ……」
右と左の交互に繰り出されるショベルアームの連撃が、ウイングドラモンを逃がさない。
ウイングドラモンの体躯の下の大地ごと裂くそのショベルアームの威力を見れば、ウイングドラモンが五体満足で体の形を保っているのも奇跡と言えるだろう。
ウイングドラモンの武器は広大な空と何者にもとらわれない疾さ。
だが、地面に縫い付けられ、高速で連撃を食らっている今の状況ではそのどちらも活かすことはできない。
「ググググ……!」
咆哮と共に振り下ろされるショベルアーム。
何度目になるかも分からないその一撃をウイングドラモンはなんとか耐える。
だが、それも限界に近い。高威力の攻撃にさらされ続けたウイングドラモンは、もはや戦闘を行うどころかまともに動く体力すら残っていないだろう。
「が……あ……」
ボロボロで今にも死にそうなウイングドラモンを殺すことさえただの作業だとでも言うように。何の感慨も映さないブレイクドラモンのその目はひたすらに冷たい。
かつての友がそんな目をしていることが、ウイングドラモンの心を砕く。
「……ぉ……ぇ……ん……」
ごめんと。もはやうまく動かすことのできない口でウイングドラモンは呟く。
その謝罪は誰に対してのものなのか。
望まぬ破壊をしているであろう己の友にか。
もう二度と会うことも叶わないであろう己のパートナーたちにか。
それとも――。
薄れゆく意識の中、ウイングドラモンが見たものは、己に振り下ろされようとしているショベルアームと、ブレイクドラモン目掛けて拳を振り抜いている白銀の竜だった――。