第七十九話~あの頃のこの二人~
戦闘が終わった後のこと。旅人たちは疲労を癒すためにも、野宿の準備をしていた。
辺り一帯の生き物は先ほどの戦闘でそのほとんどが逃げ出している。そのため、そこら辺の気を使わなくていい分、ゆっくりと休めるだろう。
しかも旅人たちは理解が及んでいないことではあるが、アルファモンと旅人たちは実に数百年ぶりとなる再会となっている。ようするに積もる話もいろいろあるのだ。せっかく奇跡と呼べるほどの再会をしたのだから、いろいろと話したいことがたくさんあるだろう。
ちなみに消えてしまった旅人の師匠もとい仮面の男については、哀れではあるがあっさりと流されていたりする。
とにかくいろいろな内容を話したいというアルファモンの提案で、深くは踏み込まずに浅く広い内容で旅人たちは会話を楽しんでいた。
だが、そんな中で、スレイヤードラモンの呟いた一言によってその場の雰囲気が微妙に変化することとなる。
「……あのさ。旅人の師匠との日々が……っていうか、つまるところ昔話が聞きたいんだけど」
「……なんでまた?っていうか、リュウ。お前に師匠のこと言ったっけ?」
「え?いや、旅人が呟いたのを聞いてな!気になったんだよ!」
旅人としては昔の話などあまり話したくはないのだが、変化した雰囲気はすでに話さなくてはならない空気を作り出している。
そんな空気の中で、旅人以外のその場の全員が興味津々といった風で旅人が話し出すのを待っていた。
しかも以前聞いたことがあるドルモンとて旅人の昔の話は大まかなことしか知らない。つまりドルモンにとっても大変興味がある話なのだ。
「……はぁ。あのな――」
「あ、前オレが聞いた話以外で、もっと詳しくね」
「……」
さらにドルモンの一言によって、退路が断たれた。これで旅人は詳しく話さなければならなくなったのである。
数年前。
「……学校めんどくさー」
小学校から住んでいる孤児院へと帰宅した旅人は、すぐに愚痴りながら備え付けのソファーに倒れ込む。入学から数日しか経っていないというのに、ここまでやる気のない小学生も珍しいだろう。
「旅人!帰ったら手洗いうがいをしなさいって言ったでしょう!おやつ抜きにしますよ!」
「はぁーい……」
そう言って旅人を叱るのは孤児院のお母さん的役割を果たしている妙齢の女性だ。
なぜそんな、ある意味年頃とも言える女性が結婚もせずに孤児院で働いているのかは、旅人は分からない。
だが、はっきり言って旅人はこの女性のことが苦手だった。何かにつけて小うるさく小言を言うこの女性のことが、旅人は鬱陶しく思えていたのだ。
「……言われなくってもやるって」
「本当?あ、それじゃ、ついでに――ちゃんにもミルク上げといて」
ちなみに――ちゃんとは最近孤児院に来た赤ん坊であり、おそらく親から捨てられたのだろうとは、この孤児院の子供全員が教えられなくても察していた。
ちょうど二人がそんな会話をしているそのタイミングでも、遠くから泣き声が聞こえてくる。
「……面倒事を押し付けられた気がする……」
「はいはい。だってあの子すごいアンタに懐いているんだもの……ここにミルク置いておくからね」
「これって育児放棄じゃね?」
「難しい言葉知っているのね……どこで?」
「……この間、テレビで」
知ったばかりの小難しい言葉を使ってみたいという子供らしい一面を見せる旅人に、その女性は微笑ましい気持ちになりながら微笑む。
一方で、うまい具合にやり込められているという事実がはっきりとは分からなくても、子供心に漠然と感じ取ることはできたようで旅人は不貞腐れている。
「……くそっ」
「そんな言葉使っちゃいけません!」
小言を聞き流しながら机の上に置かれたミルクを受け取って、旅人は赤ん坊がいるベビーベッドまで歩いていく。
ベビーベッドには、まだ男の子か女の子かも分からないような――女の子なのだが――小さな赤ん坊が泣き喚いていた。
だが、半ば不貞腐れている旅人の顔を見た瞬間、その赤ん坊はそれまでの泣き様が嘘であるかのようにすごく嬉しそうに笑ったのだ。
なぜか分からないが、このようにこの赤ん坊は旅人に懐いている。だからこそ、この孤児院のメンバーにとっては旅人イコールこの赤ん坊係という方程式が成り立っていた。
「……はぁ。ほら……飲めよー?」
「キャッキャッ!きゃう~!」
「……何がそんなに嬉しいのかね?」
今現在無邪気に笑っているこの赤ん坊はすぐに泣き止んだように見えるが、実は結構な頻度で泣く。その度に旅人は泣き止ませるために駆り出されるのである。昼夜問わず。
最近の旅人の疲労は小学校のせいでもあるが、この赤ん坊の世話が原因でもある。
“この赤ん坊は何を考えているのか教えて欲しい”とは旅人の言だ。最近、当人は学校とこの施設とどちらが心休まるか真剣に悩み始めている。
ちなみにこの経験によって未来の旅人は子供が苦手になるのだが、それはほんの余談だ。
「あ、それ終わったら買い物行ってきてくれるー……?」
「……。ちくしょう」
パシリならぬお使いを頼まれた旅人は赤ん坊を放っておいて出かけた。
この孤児院の中でも上の方の歳の旅人は毎度の如く孤児院の手伝いを行っている。赤ん坊然り、お使い然り。なんだかんだでちゃんとやる旅人だが、そんな毎日にストレスは溜まりまくりだ。
「はぁ……ん?」
面倒なお使いをなんとか終わらせ、帰ってきた旅人は道の片隅にいる怪しい人影を見つけた。
遠くからだが、間違いなくこの施設の中を覗き見ようとしているその人影は間違いなく怪しい。だが、まだ子供の旅人には不審者とそれ以外の人々の境界線がよく分かっていなかった。
だから――。
「おじさん何してんの?」
と、いうわけではないが、旅人は思わず話しかけてしまったのだ。その不審者に。
「……お、おじさん?」
「……違うのか?」
「……そりゃ、お前から見たらおじさんだろうけど……」
「じゃあ、いいじゃん。何してんの?」
旅人の言い草にイラっと来ただろうその不審者。
だが、旅人はなぜかその不審者に既視感というか親近感みたいなようなものを感じていた。だからこそ、旅人は不審者ともとれる見知らぬ人と話し続けられているのかもしれない。
「……あぁ、いや、ちょっとな……旅人って名前の子供って知ってるか?」
「旅人はオレだけど……何か用か?」
「……え?」
「いや、だから旅人はオレだって……」
「は?いや、嘘だろ!?オレってこんなんだっけ!?」
「何言ってんだよ?」
そんな風にいきなり慌て出すその不審者に、思わず冷ややかな視線を向けた旅人は悪くないだろう。ちなみにその時、冷ややかな視線を受け止めるその不審者は冷や汗ダラダラで焦っていたりする。
それが旅人と後に旅人の師匠となる者の締まらない出会いである。
「で?何の用?」
「……やっべ。どうやって説得するか考えてなかった……」
「……?」
「と、とりあえず今日はこの辺で帰るわ。それじゃ、またな!」
「……なんだったんだ?一体……」
この後に旅人は一年以上かけてこの不審者と交流を深めて、この不審者についていく決意を固めることになるのだが、それはまた別の話だ。
旅人と師匠のこの出会いから一年と数ヵ月後。旅人は山を登っていた。
ちなみに登っている山は明らかに日本にはないような山である。
あの孤児院にいた不審者を旅人が師匠と呼ぶようになってから、はや数日。数日前に旅人は孤児院の人々に書き置きだけを残して師匠となる人物について行った。
そして師匠の不思議なカードのチカラでやってきたのがこの山である。はっきり言ってその時、旅人は選択を誤ったと切実に思っていた。
「……寒いぃ!っていうかこの山なんだよ!」
「エベレスト」
「は?えばれすと?」
残念ながら子供な旅人は地球一大きい山を知らなかった。
ただ、日本の山ではないことを理解した旅人は、半ば死にそうになりながらも必死に登っていた。子供心に、リタイアすることはイコールで死ということを感じ取ったのかもしれない。
「やっぱオレだけあって結構粘るなぁ……」
「は?師匠今なんて?」
「なんでもないよ……ほらほら頑張れ。日暮れまでにもう少し登るぞ」
旅人は息絶え絶えになりながら、一生懸命登っている。そんな中での唯一の救いは高山病にかかっていないことであろうか。
だが一方で、疲れた様子を微塵も見せない師匠の様子に、思わず旅人がずるいと感じてしまっていても悪くないだろう。
「……ほらほら!置いてくぞー」
「いつの間にかすごい先に進んでいる!?」
旅人が目を離した隙に、師匠はいつの間にか遠くまで進んでいた。ざっと言って数百メートル単位で先に進んでいる。
「……きつい……師匠……ここら辺で今日は休まないか?」
「……もう少し進みたいんだけどなー」
「だから!師匠と一緒にすんなって!」
「えー?お前だっていつかこうなんだぞー?」
「なるかぁ!」
ちなみにこの間、二人の距離は縮まるどころか開いている。
そんな中でも、会話が通じるのは単に二人が叫んでいるからだ。叫ぶことができる時点で旅人の方は体力が有り余っているようにも見えるのだが、それは空元気というか、ヤケになっているからである。
「……ん?」
「やっとか……」
そんな折、字にして“ゴゴゴゴゴッ”というような地響きが辺りに鳴り響く。
今まで静寂そのものといった静謐な雰囲気が漂っていたこの山の雰囲気に突然の豹変に、旅人は驚いて辺りを見回す。
一方で師匠の方はどこか納得したような、疲れたような雰囲気で懐からカードを取り出していた。
「おーい。旅人ー!頑張れよー!死にそうなら手伝ってやるからー!」
「何が!?」
そして来たるその異変。
先ほどよりも増した轟音に、ひどく嫌な予感を感じ取った旅人は冷や汗と共に上を見上げる。上を見上げた旅人が見た光景。
それは轟音と共に高速で迫ってくる雪の塊――。
「うげぇ!?」
そう、俗にいう雪崩と呼ばれる現象である。
「師匠助け――!あー!」
「あ、すまん。間に合いそうにない。Set『風』」
「うわぁーん!」
雪崩に飲み込まれて消えていく旅人の姿に、自分がやり過ぎたことを感じとった師匠は上空から手を合わせて旅人の無事を祈る。
ちなみにその一時間後に旅人は雪の中から無事に保護される。凍死アンド窒息死寸前までいった旅人だったが、一日後には普通に歩き回るほどに回復している辺り、着実に人間離れしていると言えるだろう。
「……」
無言。
それが、とりあえず師匠との日々のさわりの部分を話し終わった旅人に対する仲間たちの反応だった。そしてそんな反応に旅人は居心地の悪さを感じる。
「……な、なんだよ?」
「……いや。旅人、お前の師匠って……」
「まぁ、結構無茶苦茶な人だったよ。今頃どこで何してんだか……」
懐かしむようにしみじみと言う旅人だが、その師匠はもうこの世にいないということを知るのはスレイヤードラモンだけである。
一方で、そんな生死を彷徨うかのような体験をさせられているというのに、ケロッとしている旅人にその場の全員が引き攣った笑みを浮かべている。
旅人の人間性は意外とアレなのかもしれない。ということを旅人の話を聞いていた全員は再確認したのだった。
「でも……オレの卵ってその師匠から貰ったんでしょ?」
「そうなのか?」
「あぁ、んで……オレが孵した。つまりオレはドルの親だな」
「いや、それ前聞いたし……」
「……前にドルが暴走した時に師匠の声を聞いたような気がしたなぁ?そういや、オレのカードもこの世界産らしいし……」
「まったくもって謎の人物だな。旅人の師匠とは……」
この世界産のカードを使えて、デジモンの卵まで持っている。しかも人間の世界にいるはずの人物が。師匠の謎は相変わらず深まるばかりだ。
そんな師匠の真実を知るのはやはりスレイヤードラモンだけである。
「……」
「どうした?リュウ?」
「……いや、なんでもねえ」
スレイヤードラモンは口止めもされていないことだし、何回か旅人の師匠の最後について旅人に言おうと思った。
だが、あの師匠は最後に結局旅人とも会わずに逝った。きっと師匠は旅人に己の真実を伝えたくなかったのだろう。
しかも、あの口ぶりや旅人の昔話からして師匠は旅人のことをあまり好いていなかったようだ。まあ、その部分は自分に置き換えればスレイヤードラモンも理解できる気がしないでもない。
本人ではないとはいえ、幼い頃の未熟な自分を見ていればイライラもしてくるだろうし、そもそもとして自分が明らかに劣っている者に対する保険だと言われていれば、いい気はしないだろう。
つまり、スレイヤードラモンは師匠の気持ちがホンの少し分かったがゆえに、師匠に対して少し肩入れしてしまうのだ。
「……まあ、いいか」
「……?」
結局スレイヤードラモンは結論を先延ばしにして、今はそのことを言わないことにするのだった。
「まぁ、遅いし……そろそろ寝るか」
「なあ……せっかくの再会だし……まだ話さないか?」
「……。そうだな。そうするか!」
もういい時間なので休むことを提案した旅人。
だが、アルファモンとしては奇跡のような再会だ。みすみすこの奇跡を逃すことはしたくはない。だから、朝まで話し続けることを自分から提案したのだ。
なんとなしに、そんなアルファモンの心情が分かった旅人。
その後は全員がその提案を飲んで、朝まで語り合ったのだった――。
次の日。旅人たちは空間にできた歪みの前にいた。
朝、アルファモンの肩に乗って出発した旅人たちはそのまま一直線にある方向へと向かっていた。そして数時間後にアルファモンサイズの空間の歪みが見えてきたのである。
いつか見たかのようなデジャヴを感じるその空間の歪みに、旅人はなんとなくアルファモンを呼んだのが誰か分かったような気がした。
「帰るのか?」
「ああ。本心としてはもっと一緒にいたいが……向こうにはやるべきことがあるからな」
そう言ったアルファモンは気づいていた。目の前にいる旅人は
対して自分はおそらくここより
それぞれに生きる時間と場所があり、それぞれの居場所でやるべきことがある。だからこそ涙を飲んでも帰らないといけないのだ。
「そっか……頑張れよ。またいつかな!」
「ああ!またいつか!」
“またいつか”とそう言ったもののアルファモンは内心では諦めていた。
未来と過去。その違う二つの時間、そしてさらに別世界に生きる者同士が再会できる確率などゼロに等しいだろう。
元々としてあの出会いすら奇跡のようなものだったのだ。出会いと再会。すでに二つ分の奇跡が起こっている。三度目の奇跡など無いに等しい。
奇跡とは、滅多にないからこそ奇跡なのだ。
「はぁ」
「……どうした?」
いきなりに別れの雰囲気に似合わない溜め息を吐いた旅人にすぐそばにいたスレイヤードラモンが疑問に思って尋ねた。
だが、そんなスレイヤードラモンを無視して、アルファモンをまっすぐ見つめた――もっともアルファモンと旅人の身長差的に必然的に見上げた形となるのだが――旅人は話しを続ける。
「お前さ……全然“また”なんて思ってないだろ?オレと会うのがそんなに嫌か?」
「っ!そんなこと――!」
「だったら、信じろ」
「え?」
「二度の奇跡があったんだ。だったら……三度目だってあるだろ」
「……ああ。……そうだな」
“やっぱり変わらないなあ”と旅人を見ながらそう思ったアルファモンはいつかの別れを思い出す。
あの時も自分はごねて気を使われた。そして今回も。
数百年を経て成長したつもりだったが、まったく変わっていない自分と旅人のやりとりに、アルファモンはショックを通り越して懐かしさを感じていた。
「みっともないな……まるで助けに来たつもりが助けられたみたいだ」
「何言ってんだよ。助けられたのはオレたちの方だ。あの時も……今回も」
「……?あの時?」
「……だから……もう一度言うぞ?またいつかな!」
「またね~!」
「……ははっ……ああ。また」
その言葉とともに白いマントを翻して歪みへと飛び込んだアルファモンを見送って、旅人たちは引き返すように歩き出した。
いつかの思い出といつかの再会を胸に抱いて。
旅人たちとアルファモンは再びの別れをしたのだった。
今回は消化不良感がありますが、旅人と師匠の日々の一部とアルファモンとの別れ編でした。
あと、第四章が終了したので第三章の加筆修正を開始します。
まあ、最近は忙しいのでおそらく最終章と並行してやることになると思いますが。
ではまた次回に。