ワニャモンと優希の出会いから数日。
優希は依然として学術院の街に留まったままだった。それに伴い旅人たちも同じく学術院の街へと留まっている。
もっとも、ナム探しのためにちょくちょく旅人たちはカードの力で学術院の外を探し回っていたりするのだが――。
「ゆき!ゆき!こっちこっち!」
「ワニャモン……待って!急ぐと危ないよ!」
「えへへ~!」
一方の優希たちはそのことを知らずに呑気に遊んでいたりする。
ワニャモンがいることでだいぶ心に余裕が出来たのか、優希のその仏頂面はなりを潜めて柔らかい表情を見せるようになっていた。心なしか言葉遣いも柔らかいものへと変わっていて、年相応の感じを見せている。
肝心の優希がそのような感じなので、旅人たちは安心してナム探しを続けられているのだ。
「とはいえ……なぁ?」
「ナムってどこにいるんだろうね?」
今日も今日とてナム探しで一日を費やした旅人たちなのだが、肝心のナムは影も形も見当たらない。一応人間であるからそれなりに目立つはずなのだが、そこら辺にいたさまざまなデジモンたちに聞いても情報がない。
そもそもとして世界間の移動ができるナムだ。もうこの世界にはいないのかもしれない。
「……そうだ、ウィザーモンに聞いたらなんか分かんないかな?」
「旅人ってこの世界で困ったときはとりあえずウィザーモンって思ってるでしょ~?」
「違うのか?」
「……どうだろうね~」
反応に困るところである。
ともあれ、これは絶好の機会だ。新機能を試すべく、旅人はアナザーを取り出して画面を弄る。この数ヶ月の間で、旅人はアナザーをそれなりに使えるようになっていた。
四角い、電話のようなマークをタッチして、さらに表示されたデフォルメされたウィザーモンをタッチする。
すると、しばらく機械的な音楽が流れた後、アナザーからウィザーモンの声が聞こえ始めたのだ。ようするに通話機能である。
――ん、旅人か。珍しいな、君がこれを使うなんて――
「ちょっと聞きたいことあったから、試しにね」
――まあ、使ってくれる分には構わないが……何を聞きたいんだ?――
「ナムっていう人間がどこにいるか知らないか?オレと同じ歳くらいの女の子なんだけど」
――僕が知るわけないだろう――
ウィザーモンの返答は至極もっともなものだった。
そもそもウィザーモンはナムという人物を旅人の話の中でしか知らないのだ。他人の話にしか出なかった人物の行方を知っているはずもない。
そんな当たり前の返答に、なぜ自分がそう思ったのか分からなくなった旅人だった。
――君は……――
「言わなくていい。オレもどうしてそう思ったのか分からないんだ」
――ならいいが。ああ!そういえば君が連れていたあの女の子はどうしている?――
「優希か?ワニャモンと遊んで――」
そう言いかけた旅人が見たのは、遊び疲れたのか一緒に眠っている優希たち二人の姿だ。
――どうした?――
「いや、ワニャモンと寝てる」
――そうか……ワニャモン?――
「ん?あぁ……なんかあいつに懐いてる。いつも一緒にいるけど……帰る時どうすんだろな」
――ふむ……よし……――
「どうした?おーい?」
それから何事かを考えているような言葉を発していたウィザーモンは、しばらくするとなんの断りもなく通話を切ってしまった。
旅人の言葉のどこに触れたのかは分からないが、ウィザーモンは何かを思いついたのだろう。旅人だって今までの付き合いからそれくらいは分かる。
「ウィザーモンなんだって~?」
「知らないってさ。まぁ、当たり前だけど……」
「手詰まりだな。どうすんだ?」
「いっそのことウィザーモンたちに優希たち預けるか?……無理か」
つい自分の口から出たその冗談ともとれるアイデアを旅人自身がすぐさま否定する。
そもそも優希はウィッチモンに下手したらトラウマになりそうなことをされているのだ。
ウィッチモンと高確率で会うような場所に預けられるなど、優希としてはたまったものではないだろう。
というか、それを分かっていてそこに預けるのなら、旅人たちはとんだ鬼畜になる。そして旅人たちは鬼畜ではない。
「まぁ、そのうちひょっこり現れるだろ」
「いいのか?そんなんで?」
「……ま、オレたちらしいってことで」
とはいえ、現状が手詰まりに近いということには変わりない。そのことを優希には告げないことに旅人たちは決めるのだった。
次の日。旅人と優希はウィザーモンに呼ばれて彼の研究室へと向かっていた。
ウィザーモン曰く、ウィッチモンは所用で外出しているらしく、いないとのこと。
ちなみにそのことを聞いた優希が安堵の息を吐いていたりする。やはりウィッチモンのことは苦手になりつつあるらしい。
「おーい?いるかーウィザーモン」
「ああ……む?ドルモンたちはどうした?」
「あいつらは所用だ」
ドルモンたちの所用とはもちろんナム探しのことだ。
スレイヤードラモンのそのスピードはウイングドラモンの頃より疾い。それを活かせばかなりの距離を探索することができる。
ドルモンはドルモンでそこら辺にいる話の通じそうなデジモンに聞き込みを行っている。
地上と空と。二人はその二つの方向性からナムを探しているのだ。
「ドルたちがいないとまずいのか?」
「いや、まあ、ちょっと聞いておきたいことがあっただけだ」
「そうか?それで……要件ってなんだ?」
「これを優希にやろうと思ってな……」
そう言ってウィザーモンが取り出したのは、旅人もよく知る物だった。唯一優希だけがそれを見て首を傾げている。
ウィザーモンが取り出したソレ。人間の世界のとある機械を真似て作られたそのデザインのソレは――。
「アナザー?お前……まさか」
「そう、そのまさかだ。以前借りた時にある程度構造を読み取ってね……幾つか複製した」
そう、正式名称クロスローダーアナザー。アームズデジクロスを使うために異世界で作られた機械だ。
少し誇らしげなウィザーモンを旅人はジト目で睨むが、当の本人はどことなく吹く風である。
黙ってやるなよと。
勝手に弄られたことといい、せめてやる前に一言言って欲しい旅人だった。
「その機械がどうかしたの?」
「だから優希にやろうと思ってね」
「……」
そう言ってアナザーを優希に差し出すウィザーモンだが、優希は受け取ろうとしない。
ウィザーモンのことを優希は内心でまだ警戒しているのかもしれなかった。
「別に取って食おうというわけではないぞ」
「いや、十分怪しいだろ」
「私はお金持ってない……」
「金が目的ではないな。強いて言うなら己の好奇心を満たすことが目的だ」
本音が出たな。
ボンヤリとそう思いながら、優希とウィザーモンのやりとりを旅人は眺めていた。
一方で困りきった表情で優希は助けを求めるように旅人に視線を送り始める。本当にこの数日間で態度が変わったものだ。或いはこれが素なのかもしれないのだが。
「貰えるものは貰っといて損はないだろ」
「でも……」
「……ウィザーモンはどうして優希にそれを渡そうと思ったんだ?」
「ふむ……そうだな。僕としていたことが、少し急いていたようだ」
そう言うと、ウィザーモンは話しだした。なぜ優希にアナザーを渡そうと思ったのか。その理由を。
「人間とデジモンの可能性が見たい……といった所かな?」
「どういう意味だ?」
「おかしいことではないだろう?今までこの世界を救ってきたのは人間とそのパートナーたちだ。そして――」
今回も。
そう呟いたウィザーモンの言葉の真意は分からない。だが、何かあることには違いない。
旅人はその言葉が適当に言われたものではないことに気づいていた。
あの英雄といいオウリュウモンといい、いろいろと知っているくせに肝心なことは言わないのである。
もう少しちゃんと情報が欲しいとは最近の旅人がつくづく思っていることだ。
「別に君を監視しようというわけではない」
「……分かった……ありがとう……」
しばらく悩んでいた優希だったが、やがて頷いてアナザーを受け取る。
だが、優希としても旅人のそれを見て元からアナザーに興味はあったのか、すぐに簡単な使い方をウィザーモンから教わって、ワニャモンと一緒に弄り始め出した。
そんな二人を苦笑しながらも放っておいて、ウィザーモンは旅人の方へと向かって来る。
「旅人……一つ聞きたいのだが……」
「別に一つじゃなくてもいいけど……」
「そうか。ならば聞くが――」
そうしてウィザーモンの口から飛び出した言葉は驚くべきものだった――。
ウィザーモンの研究室からの帰り道。
旅人は考え事に没頭しながら歩いていた。その没頭具合といえばあのウィザーモンのそれに匹敵するほどであり、優希の声掛けにも気づかないほどである。
「……」
「旅人!気づきなさい!」
「……」
そして反応のなさにイラついたのか、ワニャモンが旅人の頭に飛び乗り――。
「……ガウ!」
噛み付いた。
それによって頭の上からダラダラと血を流し始める旅人だが、それだけの効果はあったようだ。
「がっ……あれ?」
「血が!」
「血?血がどうかしたのか?」
「頭の上から血が出てるって言ってんの!大丈夫!?」
「……?これくらいそのうち治るだろ」
ダラダラと血が出ている旅人を見て優希は怯えているが、当人はまったく気にしていないようだった。軽く血を拭くと、処置も何もせずにそれだけで済ませてしまう。
そしてそんな旅人を見て優希はさらに驚いて叫び、旅人が不思議そうな顔をする。
唯一優希の頭の上で得意そうにしているワニャモンだけが、その喧騒を知らぬとばかりにのんびりとしていた。
「いや、そんなこ……ん?あれ……」
未だなんでもないようにする旅人に尚も言い募ろうとした優希だが、あるものを見つけて驚き目を開く。
そんな優希の様子に何があったのかと、旅人は優希の指差す方向を見た。震える優希の指す先にいたのは――。
「旅人。久しぶり」
そう、この数日旅人たちが探してやまなかったナムだ。
この人間がいない世界にナムという人間がいたことに優希は驚いたのである。
そして驚いているのは旅人も同じ。だがそれ以上に、今まで探し回って影も形も見つけられなかったというのに、向こうからあっさりと接触してきたことに肩を落としているのだが。
「今までのオレたちの努力って……」
「……?そろそろ。時間不味そう。急がないと」
「相変わらず訳の分からんやつ……って違う。そういえばリュウダモン!あいつ――」
リュウダモンのことについて言いかけた旅人だったが、ナムは何も言うなとばかりに首を振った。ナムなりにリュウダモンについて決着をつけていたのかもしれない。
一方で独特な雰囲気のナムに優希は引き気味だ。さすがに“美”のつくほどの少女とはいえ、人形ばりの無表情は効いたらしい。
「……その子は帰す。協力する。その代わり。旅人も私たちに協力して欲しい」
「ものによるけど……まぁ、いいや。よろしく頼むわ」
「明日の朝。この街の外で」
それだけ言ってナムは去った。
見つかったのはいいのだが、相変わらずイマイチよく分からない人間性である。去っていくナムを見送って旅人たちも宿へと戻る。
ちなみに帰ってきたドルモンたちがあっさりと接触してきたナムのことを聞いて、溜まり溜まったストレスが爆発。旅人がその八つ当たりを受ける羽目になるのだが、それはまた別の話だ。
翌日。
学術院の外で旅人たちは歩いていた。旅人たちの視線の先にはいつかのように空間の歪みを開いていたナムの姿がある。
数ヶ月前の日を思い出させるその姿に旅人は思わず苦笑した。懐かしめるほど良い思い出でも昔でもないが、それでも懐かしいと思ってしまったのだ。そんな自分に苦笑してしまうのも無理はないだろう。
一方でなぜか優希はこの世界に来たときのように仏頂面になっていた。
「……この先。人間界」
「……ありがとうございます」
「もうちょっと笑えよ。帰れるんだぞ?」
「優希!優希!いっしょ!」
ワニャモンは優希と一緒に行くことを選択したらしい。この先にある未知にワクワクしているようだった。
「それじゃ、元気でやれよ」
「バイバイ~!」
「元気でな!」
「……」
思い思いの別れの言葉を掛けられる優希だったが、その表情は依然として暗いままだ。
せっかく帰れるというのに、なぜかそんな表情のままの優希に旅人たちは首を傾げるしかない。
「どうした?」
「……分からない」
「……?」
優希自身も自分がどんな感情を抱いているのか分からないらしい。空間の歪みを見つめたまま、複雑そうな表情で考え込んでいる。
幸い時間はまだあるらしい。誰も優希を急かすことはしなかった。
「……帰らないのか?」
「ッ!帰るよ!帰る……けど……」
「けど、なんだ?お前には帰る場所があるだろ?」
「ッ!」
自分の帰る場所はもうないからか。
自然とどこか諭すような雰囲気になって告げるスレイヤードラモンの言葉で優希は一気に怒りにも似た感情が湧き上がった。
自分と別れることが寂しくないのかと。
悔しいような、苦しいような、そんな言いようのない感情が自分の中を走って、ようやく優希は気づくことができた。
「そっか……そうなんだ……」
「……?」
自分は寂しいのだということに。
確かにこの世界に来て辛いこともかなりあったが、それ以上に楽しかったのだ。旅人たちと過ごすことが。
いつまでもこうしているわけにはいかない。だが、いつまでもこうしていたい。
帰りたい。でも帰りたくはない。
ここ数日の日々が優希の心を捉えていた。
このままずっと時間が止まればいいのにと願うが、当然その願いは叶わない。
「旅人は……ドルは……リュウは……!……私と離れることが……辛くないの?」
「おいおい……ここ数日でずいぶん変わったな」
「……」
「冗談だよ。まぁ、オレたちはそう言うのに慣れてるからな……」
だというのになんでもないように別れを受け止めている旅人たちに優希は言いようのない感情を抱いてしまう。
自分は所詮その程度の者なのかと。
裏切られたと思ってしまったのだろう。そう思ってしまった優希はますます暗い気持ちになる。
「……もう行く……じゃあね」
そう言ってトボトボと空間の歪みへと入ろうとする優希。
そんな優希の姿に、言うことを間違えたかと旅人たちは顔を見合わせる。
優希の感情がどんなものか気づいてはいるが、どうしてそう思うのかがわからないのだろう。他人の機微にはそれなりに敏いくせに、妙なところで鈍感な者たちだ。
「あぁ、忘れてた。優希!これ!」
「……?」
呼び止められて振り返った優希に向かって旅人は包みを投げる。それはミケモンの入れ知恵で買っておいて、だが渡すのを忘れていたプレゼントだ。
中身は
「まぁ、なんで落ち込んでいるか分からないけどさ。……今生の別れって訳でもあるまいし……またな」
「……!うん……うん!」
旅人の言葉を聞いて優希は顔を背けた。その声と肩は震えていて、まるで旅人たちに自分の表情を見られたくないようだった。
だが、別れはしっかりとしないといけないと思ったのか。次の瞬間、優希は振り返った。
「うん!またね!」
その表情を見て、旅人たちはもう大丈夫だと悟る。
別れは笑顔で。またねという未来の約束を残して。数日間だけの客人である優希は人間の世界へと帰っていったのである。
「……あ」
「旅人、どうかしたのか?」
「いや……思い出した」
「何を~?」
“思い出した”と言った旅人はダラダラと冷や汗を垂らしながら明後日の方向を向いていた。
そんな旅人を見てドルモンたちは不思議に思う。やがて、ポツリと呟くように旅人は話し始めたのだった。
「……優希って名前どっかで聞いたことあると思ったら……」
「思ったら?」
「あいつ……オレの孤児院にいた赤ん坊……かもしれない」
「……」
なぜ今まで思い出せなかったのか。
そう思った旅人だが、そもそも同名の可能性もある。おそらく気のせいだと思うことにした旅人だったが、残念ながら気のせいではないのだ。
空間の歪みを通った先。
優希は馴染みのある光景に、自分が帰ってきたことを知った。見たことのある文字に、生き物。まさか今更ながらに別世界という訳でもないだろう。
「またね……か。ふふっ……行こっか!ワニャモン!」
「行こ!行こ~!」
優希はなんとなく走って自分の家である孤児院へと向かって行く。
この御伽噺のような体験と御伽噺のような出会いを胸に。いち早く優希は懐かしい皆と会いたくて仕方がないのだ。
ちなみに旅人の名前を聞いて孤児院の兄的人物やお母さん的人物が驚愕の極地に陥る羽目になるのだが、それはまた別の話である。
優希と旅人たちが別れている頃。
地の底から声が響く。聞くものすべてに罪を犯させるかのような、聞くものすべてが罪であると思わせるような。そんな声とも呼べぬナニカが響き渡る。
憤怒のような。
色欲のような。
傲慢のような。
怠惰のような。
暴食のような。
嫉妬のような。
強欲のような。
まるでその誕生を呪うように。まるでその死去を祝うように。そんなナニカが胎動し、脈動する。
時は至って空が開き――。
遂に原罪が目を覚ます。世界の贖罪はすぐそこだ。
すいません。前回の予告通りに最終章導入まで行けませんでした。
しかし、これにて番外編は終了です。
次回から最終章に入ります。
あと、いいところですが、来週は忙しいのでもしかしたら週一でしか投稿できないかもしれません。
週ニ投稿できるよう頑張りますが、不定期更新になるかもしれませんのでよろしくお願いします。
ではまた次回に。
最後に、感想、評価など随時お待ちしております。