第八十五話~終わりの始まり!そして……英雄。~
それは突然の出来事だった。
「え――?」
そのあまりの出来事を前に、とある街で平和に暮らしていたデジモンたちは目を見開いて固まってしまっている。それは、まるで時が止まっているかのような光景だ。
「あれは――」
「一体……」
それは腕のような脚のようなナニカ、だった。
突如として大地から突き出た巨大なソレ。大きさにして数百メートルから数キロメートルはありそうなソレ。
あまりにも禍々しいソレを前にしてデジモンたちがとった行動は同じだった。
初めは目を見開いて固まる。ついでソレから目を逸した。まるでソレを直視したくないとばかりに。ソレを見てしまっては自身の平静を保つことなどできないとばかりに。
だが、そんなデジモンたちの事情などソレには関係ないのだ。
「ッあぁあああああああああああ!」
「キャァアアアアアアアアア!」
一瞬後。そこにあったのは平和な街ではなく、地獄だった。
ソレが何をしたわけでもない。生命が呼吸をするが如きの、何気ない胎動のような鼓動。それだけで、街が消し飛んだ。地面が剥がれ、デジモンたちは死に絶え。ソレはまだ意思を持って何もしていないというのに、ただそこにあるだけで地獄を生み出した。
ソレが一定のリズムで鼓動する以外には特に何もしないのは、ただ動く気がないのか、動く必要性を感じていないのか、それとも端からそんな意思など元から持ち合わせていないのか。
ただ一つ分かることはもしソレが動き出したなら、この街以上の被害が出るということだけだ。
「ぁ……ぁぁ……ぁぁあ……」
幸か不幸か生き残ってしまったデジモンたちがそのことに気づいてしまい、絶望の声を挙げたその時――。
「ッ!おぉおおおおおおおおお!」
ソレの活動を阻まんとばかりに突如として現れた白銀の竜がソレを全力で殴った。
その白銀の竜とはもちろんドルゴラモンだ。優希を人間の世界へと帰した後、旅人たちはこの街へと来ていたのである。
ちなみに初めの時点でナムに庇われていなければ、旅人たちはそこで終わっていただろう。
「無傷!?」
「ドル!どけっ!『ファントムペイン』!」
「おぉおおおおおおお!」
リリスモンのカードとアームズデジクロスした旅人の攻撃とスレイヤードラモンの攻撃が、ソレに直撃する。だが、旅人とスレイヤードラモンの同時攻撃を受けてもソレは無傷だった。
「……頑丈だな」
「……まったくだ」
「どうするの~?」
「この調子じゃ、カードを使ってもどうなるか分からんな……あとは――」
目の前のナニカから逃げ出すこともせずに旅人たちがこのナニカと戦っているのには幾つか理由がある。
ぶっちゃけるとナムに脅されたからだ。
逃げてもいい。だが、その代わりに世界が滅ぶと。そう伝えられたからだ。
もちろんナムが嘘を言っている可能性もあるし、旅人たちもその言葉が嘘であることを祈っていた。あと、ホンの少しの平和的解決の可能性も。そしてダメそうなら隙をついて逃げようする気満々でいた。
だが、先ほどの攻撃とも呼べぬ蹂躙とソレの姿を見た瞬間、旅人たちの中のそんな考えはすべて地平の彼方へと吹き飛んだ。
アレはダメだと。アレは違うと。
いつかのブラックウォーグレイモンも世界を滅ぼす存在らしかったが、目の前のナニカは彼とは次元が違うということを理解してしまったから。目の前のソレから逃げ切ることなどできないと理解してしまったから。
見るだけで吐き気がするほどの嫌悪感を齎すアレは、もはやデジモンとか生物とかそんな次元では語れない。
もっと別で、高次の何かだと、そう悟ってしまったから。
「心が折れそうになるな……」
「だね~」
自分たちが生き残るためには、目の前のナニカをどうにかしなければならないと、旅人たちの本能が理解してしまったのだ。
究極体クラスの力を持っていれば、ナニカの鼓動による攻撃らしきものはほとんど通じない。とはいえ、こちらの攻撃が効かないというのは現状の打破ができないということだ。
このままではあのナニカが動き出し、旅人たちはお陀仏することになるだろう。
死なないためにも、旅人たちは必死になって案を捻り出そうとするが、良い案は浮かばない。
「……全員がカードの力で強化、それか……いや、これはダメか」
「……?他に何か案があるのか?」
「あるって言えばあるが……まぁ、試したことのないもんを試すのはやめといた方がいいだろ」
旅人の言う案とは、数日前にウィザーモンから聞いたあることのことだ。それは旅人たちの新たな力と言ってもいいかもしれない。
だが、
「というわけで行くぞ!準備はいいか?アレが動き出す前になんとかする!set『――……なっ!」
「おお!……えっ!?」
「ああ!……ッ!」
だが、旅人たちが攻撃を仕掛けようとしたその瞬間。旅人たちは驚愕とともに動きを止めた。
なぜなら、地面が消えたのだ。否、消えたのではない。崩れたのだ、地面が。その上にあった街ごと。
今現在の旅人たちの足元には数キロメートルに渡ってまるで奈落の底まで通じているようなその巨大な穴ができている。もし空を飛んでなければ旅人たちは真っ先にその穴に落ちていただろう。
だが、旅人たちが驚いているのはそこにではない。ある意味でそれ以上のことにだ。
それはその穴の奥にあるナニカ。それは目の前に突き出ている腕のような、脚のようなナニカの本体とでも言うべきものなのだろう。穴の中から目の前にあるソレと同質の、いや、それ以上の言いようのない複雑な気配が漂っている。
かつて戦ったあの英雄よりも、死の化身よりも、千年魔獣よりも、漆黒の騎士たちよりも。すべてにおいて、旅人たちが今まで経験してきた相手とは次元を異としているそのナニカに。自分たちの想像を遥かに超えたそのナニカに。旅人たちは驚いていたのだ。
「はは……これは……まずいかな」
旅人たちはしっかりと理解してしまっていた。
穴の奥にあるそのナニカは穴から出てこようとしていると。そしてそのナニカが穴から出てきた瞬間、冗談でもなんでもなく世界は終わると。
「……ッ!気合入れるしかねぇな」
「リュウ、ドル……行くぞ。Set『最大――」
だが、各々の悪寒に従って再度攻撃を仕掛けようとしたその瞬間、不意に風が吹いた。
とても強い風。旅人やドルゴラモンにとって忘れようもない、とても強い英雄の風が。
「久しいな、人間」
「ッ!英雄……何しに来たんだ」
「ふん。このような状況で来ない理由があるか?」
風と共に現れた英雄、メディーバルデュークモン。いつかのように現れたメディーバルデュークモンを前に旅人は状況も忘れて嫌な思い出を思い出さずにはいられなかった。
だが、“このような状況”と言ったからにはメディーバルデュークモンはある程度状況を理解しているのだろう。その余裕のない雰囲気と手に持った黄金の槍からして旅人たち以上にあれが何か分かっているのかもしれない。
「……今のお前たちに……いや、我を含めてこの世界の誰もアレをどうにかすることはできない」
「どういう意味だ?」
「あれは生き死になどとそういった我々の存在とは次元とは違う。だからこそ今までダークエリアの奥深くに封印されていた」
「ダークエリア?」
「それも知らんか。まあいい。これ以上は無駄だ。貴様らは去れ」
あのナニカは世界を滅ぼすような存在で、しかもこうして旅人たちが話している間にも穴の奥からあのナニカは出ようとしている。
去れと言われて、“はい、そうですか”と言えるほど現在は楽観的な状況ではない。
「どのみちアレをどうこうできるのは貴様らだけだ」
「なら尚の事……!」
「だが、それもしかるべき準備をしてのこと。今アレをどうにかするのは、我の役目だ」
「……?意味の分からんこと言ってねぇでもっとはっきりと言え!」
「……すべてを言うことができるほど時間があるわけでもない。あとは
本当に時間がないのだろう。焦ったような声でメディーバルデュークモンがそう言った瞬間、旅人たちは風によって吹き飛ばされた。
風とともに遠くへと運ばれるという、いつかのデジャヴを感じるその扱いに旅人たちはあの時のように難が連続するのではないかという不吉な予感を感じている。
そんな予感の中で、旅人たちはメディーバルデュークモンの遺言ともとれるような言葉を聞いていた。
――選別に我の力をくれてやる。力の一部しか
「一部?……おぉ」
旅人はメディーバルデュークモンが何を言っているのかすぐに気づいた。
つい最近似たようなことがあったのだ。すぐにそのことに気づいた旅人が取り出した白紙のカードの中の一枚。それがメディーバルデュークモンの持つ黄金の槍、デュナスの絵柄へと変化していた。
リリスモンのように全体ではなく、武器だけということが力の“一部”ということなのだろう。
――もうすぐ約束の時が来る――
「約束の時?」
――すまない。今更言っても詮無きことだが……あとは任せた、
それきりメディーバルデュークモンの声は聞こえなくなる。
それとほぼ同時に。旅人たちは遥か遠くに微かに見えていたあの脚のような、腕のようなナニカが流星のようなものの直撃を受けて消えていく様を目撃した――。
旅人たちを魔術によって吹き飛ばし、伝えるべきことを伝え終えたメディーバルデュークモンは遥か上空へと移動していた。
理由はもちろん、あの地の奥にあるナニカをどうにかするためだ。
「……ふ……最後にらしくないことを言ったか」
そう言う間にも、メディーバルデュークモンは自身の持つ槍に力を込めていく。使い手自身が後の事など考えていないからか、限界を超えて力を溜め込み続けるその槍は直視できないほどの黄金の輝きを放っている。
だが、そのせいか槍は軋んでおり、今にも壊れてしまいそうだった。
そんな自身の相棒に“すまない”と心中で謝罪しながらも、メディーバルデュークモンは力を込めるのをやめない。
捨て身なのは武器だけではないのだ。メディーバルデュークモン自身も己の命さえ力に変えている。そうまでしないと、あのナニカをどうにかできないのだ。
「……さて、行くか……ふっ……おぉおおおおおおおおおおお!」
気合を一つ、メディーバルデュークモンは槍を構えて全速力で降下する。
極限まで溜め込んだ力を解放したせいか黄金に輝く風を纏って突き進むメディーバルデュークモンは彼自身が膨大な力の弾丸であり、正しく神風だ。
星を砕くかのような力を纏ったメディーバルデュークモンが、未だ地の奥から出てこようとする何かとぶつかって――。
「おぉおおおおおおお!」
拮抗する。
激突しているのはナニカの一部でしかないというのに、メディーバルデュークモンの命を賭した正しく全力の一撃と拮抗しているというその事実。
それはナニカという存在の“格”を物語っている。
“だが、それでも”と、メディーバルデュークモンは引く気も諦める気もなかった。
これは己が誓いだから。これこそが己の誇りだから。
――騎士様!ねぇ騎士様ってば!――
――……なんだ?尊敬する我が主と違って私は忙しい――
――何気に私のこと馬鹿にしてる!?私にだってやることくらいあるんだよ!――
――ほう?一体何を?――
――世界を救うための浪漫溢れるもの作ってる!――
いつか遥か遠くの日々に消えていった己が主との何気ない軽口。
あの時はまさかそれこそが本当に世界を救う鍵だとは思わなかったメディーバルデュークモンだったが、もしかしたら――。
――……ねぇ、もし……もしだよ。もしその時が来たら騎士様も頑張ってくれる?――
――それは……分からんな。世界云々の時に私の力が通じるかどうかも怪しい――
――大丈夫だよ!――
――間抜けな我が主のその自信はどこから来るものか――
――ひどっ……でも自信はありまくるよ!だって……――
もしかしたら。
あの主は初めからすべてを分かっていたのかもしれない。軽薄なようで、おちゃらけているようで、その実どこか思慮深くて真面目な部分もあるあの主は、すべてを分かった上で事を運んでいたのかもしれない。
自分のことも。旅人のことも。そしてこの世界の未来のことも。
そこまで考えて、メディーバルデュークモンは自身の頭の中に浮かび続ける走馬灯のような何かを打ち消した。
今はそんなことに費やす余裕はないのだ。走馬灯に走っている分の思考すらも力に変えなければ、この場を乗り切ることはできない。
「――――ぉ!」
だが、どんなに頭を振り払おうとメディーバルデュークモンの頭の中に浮かび続ける遥かな日々の景色は止むことはなかった。
それが尚のこと悔しいような、懐かしいような。嬉しいような、寂しいような。そんな複雑な気持ちは、未練とも言い換えることもできるだろう。
――だって!……私の……――
「――ぉおお!」
己がかつての日々に覚える未練に心が捕られていることを感じながらも、メディーバルデュークモンはすべてを振り払ってただひたすらに――風となる。
「押し戻すッ!ォおおおおおおおおおおお!」
その姿はさながら流星のようで。
彼の存在が焼き尽くされると同時に。地面から突き出ていたナニカはその本体らしきものごと穴の奥へと押し戻されていった。
――……私の騎士様は
そうして。
たった一人の英雄の活躍と犠牲によって、世界に一時的な平和が戻ったのである。
というわけで初っ端からクライマックスで始まった最終章でしたが、もちろんこれで終わりません。
このナニカは相変わらずの分かりやすさですね。
……もうちょっと捻った表現ができるといいんですけどね。
あと、来週は今週ほど忙しくないのでいつも通り週ニ投稿出来ると思います。
とはいえ、忙しいことには変わりないのですが……。
では、また次回に。
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