「お腹減った……」
妙に大きく聞こえたドルモンの呟きに旅人は思わず溜め息を吐いた。それは自分も同じだと。
一方、スレイヤードラモンはスレイヤードラモンで少し機嫌が悪かった。
新たな世界に来て数日。この世界に来てからも空が不気味なように割れていたり、それが直ったかと思えばここに住むデジモンたちがそわそわと落ち着かなくなったりと、この世界も何かとあるようである。
そんな中で旅人の手にある白紙のカードは残り四枚。どんどん少なくなっていく自身の切り札の枚数に溜め息を吐きながら、旅人はその手に持ったカードを見た。
旅人が手に持っているのはバルバモンのカードと白いクリスタルの結晶体のような姿が書かれたカード。前の世界でバルバモンから白紙のカード二枚を使って写し取ったものである。
あの世界のバルバモンの言っていることが正しければ、このクリスタルの結晶体のような姿の存在はイグドラシルなのだろう。身近なイグドラシルがイコールでナムと繋がれている旅人にとっては、その姿は違和感がものすごいことこの上ない。
「旅人」
「んー……?」
「お腹減った」
「それさっき聞いた」
現在。旅人たちは前方に見える街を目指して歩いていた。塔らしきものが建っているその街は極限の空腹状態である今の旅人たちにとっては希望なのだ。
なぜ旅人たちがこのようなことになっているのかというと、ようするに前の世界でギリギリだった食料が尽きたのである。前は助けた街の歓迎会でなんとかなったが、当然だが今回はそのようなことはなかった。
おまけに前回のバルバモンに敗北したことに納得いかなかったスレイヤードラモンがこの世界に来た当初にイライラしてヤケ食いをしたのである。
そんなこんなで、さまざまな不運が重なって食料の尽きた旅人たちは、空腹の体を引きずって歩くことになったのだ。
「ほら、もうちょっとだから」
「うぅ……ちょっとってどのくらい?」
「見た感じ徒歩一時間くらいじゃないか?」
「……もうだめ~」
パタリと倒れて動こうとしないドルモンに旅人とスレイヤードラモンは溜め息を吐く。空腹なのはみんな同じなのだ。だというのにドルモンはワガママを言い続けている。そのせいで旅人たち二人は着実にストレスを溜める羽目になっているのだ。
「……しょうがない。カード使うか」
「早く~」
「……ドルは歩いてこいよ」
「ごめん!ごめん!ごめんなさい!」
見事な土下座だった。今まで力なく倒れていたとは思えないドルモンの土下座に旅人は溜め息を吐いてカードを取り出した。
使うカードはもちろん『転移』のカードだ。それを使った次の瞬間に、旅人たちは遠くに見えていた街の入口辺りに移動していた。
「相変わらず便利だな」
「リュウなら飛べば、時間的には変わらんだろ」
「疲れないってのが便利だろ」
「そりゃ、まぁな」
「そんなことより早くゴハン~!ああっ!」
「どうしたー?」
驚愕を露わにしたドルモンの叫びを聞いて、空腹の気だるさを隠そうともせずに旅人が振り向く。そこには驚くべき光景が広がっていた。
そこにあったのは畑だ。だが、ただの畑ではない。そこで育てているものが問題だったのだ。その畑に生えていたのは肉。生のような、それでいて焼いてあるような微妙な肉が畑に生っていたのだ。
「……なにこれ?」
「さぁ……っていうか、何で肉?」
あんまりな光景に、今まで異世界でいろいろな光景を見てきた旅人たちも呆然とするしかない。
そんな時、旅人たちにピンク色のデジモンが話しかけてきた。
「やぁ!見ない人間さんだね!肉畑は初めて見るの?」
「見ない?ってやっぱりこれ肉なのか。食えるのか?」
「うん!もちろん!僕はコロモン!仲間と交代でこの肉畑の世話をしているんだ!お金があるなら売ってあげるけど……」
そう言われても、つい先日この世界に来た旅人たちがこの世界のお金を持っているわけがない。しかも、聞く限りではこの世界のお金はデジタルマネーらしく、前の世界までで手に入れたお金で代用するという最終手段も使えない。
結果、泣く泣く諦めるしかないのだ。
ちなみにそれは比喩でも何でもなく――ドルモンはガチ泣きだった。
「なあ、コロモン。食料を手に入れる方法ってないか?金がないんだ」
「お金無いの?そうだね……だったら、コロシアムに行ってみれば?」
「コロシアム?」
「ほら、この街で一番高いあの塔だよ。あそこはただで戦える」
「いや、戦いじゃなくて、食料……」
「勝つと、いろいろなアイテムが貰えるからね。その中には食料もあるはずだよ。さすがにお金なしじゃそれくらいしかないかな……」
情報をくれたコロモンに礼を言って、旅人たちは歩き出す。
空腹で動きたくないというのに、戦いに行くという事態にどこか釈然としない気分になりながらも、旅人たちはコロシアムを目指したのだった。
コロシアムは近くで見るとかなり大きなものだった。電光掲示板のようなものにでっかくコロシアムと書かれている。
入ってみると、トイレやトレーニングマシンも設置されていて、かなり充実した施設のようだった。
「トレーニングマシンもあるな。ふむふむ……よし、ドル。そこに立て」
「え?何で?それより早くゴハン……」
「オレが言ったら受け止めろよ」
「何を!?」
旅人がボタンを押すと、空から勢いよくグローブのようなものが付いた機械が落ちてくる。それを見たドルモンは嫌な予感を覚えながらも、律儀にその機械に向き合った。
訪れる沈黙。過ぎ去る時。そして――。
「今だっ!」
「よし!……ぐぇっ!」
ドルモンは機械から放たれたパンチに吹き飛ばされた。
「旅人!ぜんぜん今じゃないじゃん!」
「あれ?ドルが悪いんじゃね?」
「んなわけないでしょ!」
怒った様子のドルモンをいなしながら、モノは試しと旅人は他の機械を起動していく。それらすべてでドルモンは爆破され、吹き飛ばされを繰り返すこととなったのだった。
ちなみに、旅人の合図は自分がやる時の基準である。だから、それでドルモンがやったからといって出来るはずもないのである。
「旅人……わざとやってる?」
「んなわけないだろ。ちゃんと合わせろよ!せっかくやってるんだから!」
「合わせてるよ!」
ちなみに、そんな風に旅人とドルモンが言い争っている傍でスレイヤードラモンはそれらのトレーニングマシンを次々に成功していたりする。
そんなスレイヤードラモンの姿を前に、自分たちのレベルが虚しくなった旅人たちは言い争いを止めるのだった。
「なんのために……」
「けっこう簡単だな!よし!本番行こうぜ!」
「……はぁ」
その後、旅人たちは受付へと移動する。そこにはいつか見た恐竜のようなデジモンであるグレイモンと植物の妖精のようなデジモンがいた。
植物の妖精のようなデジモンはリリモンというらしく、ネットワーク対戦云々の受付係らしかった。といっても今回の旅人たちの用があるのはその隣である。
「おう!見ねえ顔だな!」
「まあね。その試合?とやらに参加したいんだけど……」
「んじゃあ、このリストの中から対戦相手を選んでくれ!あと、戦うのは……どっちだ?まあ、決まっているとは思うが……」
そう言って受付のグレイモンが見たのは、見るからにやる気満々のスレイヤードラモンと見るからに傷だらけで地面にへたり込んでいるドルモンだ。
グレイモンが決まっていると言ったのも頷けるほど、誰が戦うのか一目瞭然だった。
「……リュウ……ああ、こっちの白い奴で」
「そいつの名前……種族の名前は?」
「え?えっと……」
「おい、旅人?」
「……。悪い」
「酷くねぇか!?ったく……スレイヤードラモンだ」
そうこうして、無事に登録を済ませた旅人とスレイヤードラモンは案内されてコロシアム内部へと進んでいく。
ちなみに入ることができるのはデジモンと人間ひと組ずつということでドルモンはお留守番だ。
コロシアム内部で相手はすでに待機しているらしく、緑色のホログラムのような人間とロウソクのようなデジモンであるキャンドモンの姿があった。
「お?君の体はリアルだねー!」
「そういうあんたの体は……大丈夫か?なんか変だぞ」
「え?そうかな?普通だと思うけど……まあ、いいや。君もハマったんだろ?このゲーム!僕もつい最近ハマっちゃってね。今じゃ、仕事そっちのけでやってるくらいだよ!」
「そこは仕事しろよ」
「あはは……じゃあ、やろうか!」
それを合図に、旅人たちの目の前にカウントが現れる。おそらくそれがゼロになった時に試合が始まるのだろう。
五、四、三、二、一。そしてゼロになった瞬間にスレイヤードラモンは駆け出した。そしてそれは相手のキャンドモンも同じで――。
「あ?」
「おぉ……」
キャンドモンとスレイヤードラモンがぶつかったその瞬間。
旅人たちの目の前に“You Win”の文字が現れた。その突然の事態を前に旅人たちは驚くことしかできない。そしてそれは相手の人も同じようだった。
「まさかぶつかっただけで負けるなんて……驚いたよ。君相当強いんだね。もしかして上位ランカーだったりする?」
「え?あ……あはは……偶然だよ。偶然……」
うなぎのぼりの評価に引き攣った笑みを浮かべることしかできず、旅人たちは逃げるようにその場を去る。
その後、受付で賞品を貰うのだが、グレイモンにもその強さを絶賛されて旅人は再び引き攣った笑いを浮かべることしかできなかった。
もっとも、スレイヤードラモンはどこか嬉しそうだったが。
「お前何でそんなに嬉しそうなの……」
「え?いや、そんなことはないぜ?」
「疑問系の時点で怪しいだろ。まさかあんなに弱いなんてなぁ……上に行けば違うだろうけど……」
そんな旅人たちがドルモンの下へと戻ると、予想より早く戻って来たことにドルモンは驚いていた。
「はやっ!え?もう終わったの?」
「あぁ……案外相手が弱くてね……」
「じゃあ、ゴハンにしようよ!ゴハン~ゴハン~」
労いの言葉をかけることなく食料の催促をするドルモンに旅人とスレイヤードラモンの表情は自然と苦笑いになる。
待っている間は退屈だったろうと考えて、旅人はその手の中の賞品をドルモンに渡してあげるのだった。
「やった~……ってキノコ~!」
「いや、あるだけいいだろ。贅沢な奴だな」
「いや、贅沢って……キノコじゃん!他の!他のはないの!?」
「お前……たかが一回、しかも弱い奴に勝っただけでそんなに大量の賞品が手に入ると思っているのか?」
「……そんなぁ……」
空腹のあまり地面に座り込んで動こうとしないドルモンは迷惑と言うしかない。だが、もう嫌になるほど腹が減っているのはその他二人も同じだ。
しょうがなく、旅人は溜め息を吐き、スレイヤードラモンは苦笑して、再び受付へと進んでいく。
この日、ネット上とこの世界では“謎の激強テイマーあらわる!”という噂が出回ったとか、出回ってないとか。
そんなこんなで空腹のあまり変なテンションになり、自暴自棄になったかのように試合をこなし続けた旅人たち。
旅人たちが試合を終えて外に出る頃には辺りは薄暗くなっていた。
「ねえ?気のせいかな」
「……気のせいだろ」
「気のせいじゃないよっ!何で賞品が全部キノコなんだよっ!途中から僕も十階で一人で試合してたんだよ!リュウと合計すれば百回近く試合したんだよ!全部勝ったんだよ!なのに何で全部の賞品がキノコなの!?」
「落ち着けよ。デジタケにデラックスキノコに雪割りキノコ……運だめしキノコなんてのもあるぞ?」
「全部キノコってことに変わりないでしょうがぁっ!」
叫び続けるドルモンを前に旅人とスレイヤードラモンは顔を見合わせて溜め息を吐く。
正直なところ、旅人もスレイヤードラモンもこれほどキノコしかゲットできないというのは予想外だったのだ。
受付に問い合わせてみれば、それは運だから諦めろというありがたいお言葉を頂戴することになった。
「まあまあ、ドルも……キノコだっていいだろ?」
「そうそう、リュウの言うとおりだ。野垂れ死にするのと、キノコを食べるのどっちがいい?」
「……」
「……?ドル?……あ、目を回して気絶してる……」
「どうすんだ?」
「……とりあえず突っ込んどくか」
これ以上は旅人もスレイヤードラモンも限界だ。自分たちもキノコを食べながら、時々ドルモンの口の中へとキノコを押し込んでいく。
その度にドルモンの口から、“カフッ!”という小さな息が漏れているのだが、旅人たちは気にしなかった。
「ヒュー……ヒュー……」
「おい、旅人。ドルが虫の息なんだけど」
「大丈夫だろ。これでしばらくは食料が持つな」
「こんなこと続けてればドルの体が持たないと思うんだが」
「もつもつ。前々から食う時は嫌々食ってたから。食えないって訳じゃないよ」
旅人は黙々と収納袋の中に残ったキノコをしまい続け、最後に残ったひとつのキノコを前にして手を止めた。それは運だめしキノコと呼ばれるキノコで、食べると何かが起こるらしい。受付のデジモンは何が起こるかは運だと言っていた。
そんな怪しいものを旅人は持ち歩きたくはない。だが、捨てるのは捨てるのでもったいない。そんな板挟みの思いに旅人は悩んでいた。
「どうするんだ?ソレ……」
「食う?」
「嫌だよ。病気になることもあるんだろ?」
「だよなぁ……」
「あっー!」
「……ん?」
そうして旅人がそのキノコを手で弄んでいると、突然誰かの叫びが聞こえた。その声の方に旅人たちが振り返ると、どこか焦った様子のゴーグルをかけた少年が旅人たちを指差していたのだ。
「それ運だめしキノコだよね!?」
「そうだけど……」
「譲ってくれないか?」
「え?いや、いいけどさ……誰?」
「あっ!ごめん!オレはタイガ!こっちはパートナーのウォーグレイモンのデジマル!よろしく!」
「よろしくー!」
どこか気さくな雰囲気を漂わせるタイガとウォーグレイモンは温和な笑みを浮かべてそのまま旅人たちに握手を申し出る。その雰囲気のままの気さくな性格だということだろう。
「あぁ……よろしく。オレは旅人。こっちはスレイヤードラモンのリュウと……あそこで寝ているのがドルモンのドルだ」
「よろしくな」
「よろしくー……俺たち以外にもまだこの世界に人間が来ていたんだね。驚いたよ」
「え?ああ、まぁ、……オレたちは別口だからな。気にしないでくれ」
「……?」
旅人の言葉に少し疑問を覚えたような顔をしたタイガだったが、何かを思い出したのだろう。すぐにまた焦ったような表情に戻った。
「そうだった!あの!運だめしキノコを譲ってくれないか!?」
「いや、だから……いいけどさ。なして?」
「二進の霊薬を作る材料で必要なんだ!」
「薬?……大変なんだなおめぇらも。病気か何かか?」
「リュウ……そこら辺はむやみに聞いちゃまずいだろ」
「いや、リヴァイアモンが欲しいって――」
タイガのその言葉を聞いて、旅人たちも目の色が変わる。空腹のあまり忘れかけていたが、元々ここへは七大魔王の一角を探しに来たのだ。ひょっこりと舞い込んだ手がかりをみすみす逃すわけにはいかない。
「えっと……旅人?」
「タイガ……渡すのはいい。けど、リヴァイアモンって七大魔王の一人だろ?オレたちも用があるんだが……」
そうして旅人たちは一緒に行動することになったのである。
その後、旅人たちはタイガの案内で地下水路迷宮の奥にある大鍋広間という場所に向かっていた。ちなみにドルモンはこの地下水路迷宮のドブのような匂いで飛び起きた。
「へぇ。リヴァイアモンの所に行って力を分けてもらおうとしたら、食べ物を持って来いと言われたと」
「うん。それで二進の霊薬をね……」
「オレたちも七大魔王の力を集めてるんだけどさ。なかなか大変だよなぁ。今回は会話で何とかなりそうだからまだいいけど」
「へぇ!君たちも!」
リヴァイアモンの下へ案内するという条件付きで旅人は運だめしキノコをタイガに渡した。そしてリヴァイアモンが欲しがっているという二進の霊薬を作りにこの臭い地下水路迷宮へと来たのである。
もっとも、旅人にはなぜこんな下水道のようなところにその薬を作る者がいるのか謎であるのだが。
「着いた。おーい!ウィザーモン!薬を作って欲しいんだ」
「ん?ああ、君か。分かった。で?どのような薬のレシピと材料は?」
「これだよ」
大鍋広間とやらで薬を作っていたのはウィザーモンだった。
まさかの登場に旅人は脱力せざるを得ない。どうしてこうもウィザーモンに会うのかと。もちろん旅人が知っているウィザーモンたちとは別人だろうが、何回も別世界で出会っていれば何か疑うものができてしまうだろう。
「少し待っててくれってさ……急かした甲斐があったよ。……あれ、どうかした?」
「いや、なんでもない」
「だけど、ドルモンを連れている人は初めて見たよ。本当にふわふわだぁ!」
「えっと……タイガ?……旅人~!ヘルプ!」
まるで愛玩動物のような扱われ方をされているドルモンは居心地が悪くなって旅人に助けを求める。
もっともこの世界のデジモンのサイズは比較的小さいのでこのような扱いになってしまうのだろうが。
旅人は旅人で、どうにでもすればいいと放っておくことにした。
ちなみにこの後、スレイヤードラモンがタイガの被害にあってからしばらくして、ようやく薬が出来上がるのだった。
「じゃあ、これを持って行けばいいんだな?」
「そうだね。この先の電車に乗って行くんだ」
「電車?」
電車という魔王に会いに行くのに似合わない乗り物の名前が出てきたことで、旅人たち事情を知らない組が首をかしげる。その息の合った動作をウォーグレイモンが苦笑して見ていた。
その乗り物は比喩でも冗談でも何でもなく、電車だった。しかもご丁寧に駅に停まっている。中もちゃんと整備されているようで、かなり綺麗だった。
そして電車の中の運転席の部分に昆虫人間のようなデジモンが一人いた。
「こっち!こっち!やあ!スティングモン!頼める!?」
「任せて!危ないから、みんなは席に座っててよ」
スティングモンと呼ばれたデジモンに言われた通り、席に座っていると電車が動き始めた。線路などないのに、まるでそこに線路があるかのように動き、空を飛ぶその電車は科学的な外観であるにも関わらず幻想的だった。
そうして一瞬後。まるで空間が捻じ曲がったかのような感覚の後。旅人たちは薄暗い、闇のような世界にいた。
「ここは……?」
「あ!言ってなかったね。ダークエリアだよ。北東に進んでいくとリヴァイアモンがいるはずだ」
「ここが?」
「……なんて言うか……悪い感じが漂ってるな。長居したくねぇ。さっさと行こうぜ」
「ちょっと待てよ。リュウ。ちょっとジメジメしてるからって……」
「この感じをジメジメで済ませる旅人って結構すごいね……」
「鈍いんだと思うよ」
ひたすらに北東の方角へと向かって走っていく。
もっともこのあやふやな世界では本当の意味で方角なんてものはありはしない。ただ、そういう気がするというだけである。
「見えた!あの岩の場所にいる!」
タイガの声に一同は一層走るペースが上がった。この形容し難いダークエリアの光景の中に突如として岩が現れるというのは、奇妙という他なかった。
「本当に持ってきやがったのか。ってきり冗談か何かと思ってたんだがな」
その場所は彼の城なのだろう。響き渡る重々しい声。そこにいたのは赤黒い巨大なワニのようなデジモン。彼こそが、魔王リヴァイアモンだ。
旅人たちの世界でいえば、このリヴァイアモンはどこかにいそうなほどの大きさだ。
だが、デジモンの大きさが他の世界に比べて小さめのこの世界では、このリヴァイアモンの大きさは破格の大きさを誇ると言えるだろう。
「約束だしな。しょうがない!さぁ、やるぞっ!準備はいいかァ!」
「どっからでも!」
「よく言った!」
直後、タイガに雷が落ちる。
見ていただけの旅人たちはその光景に焦ったが、タイガは何事もなくピンピンしていた。どうやら無事らしい。あの雷が七大魔王の力を受け取る儀式のようなものだったのだろう。
旅人たちが呆然としている間に場の流れは解散ムードになっている。それはマズいと旅人は急いで声を張り上げた。
「ちょっと待ってくれ!」
「あん?何だお前は?一度目に来た時には見なかった顔だな」
「ああ……オレたちも貴方の力が欲しい!オレたちには力を写し取るものがあるから、ちょっとビリってくるだけだ。貴方は何もしなくてもいい!」
「だから、力をくれと。ふぅん?まあ、二進の霊薬を持ってきてくれたし、何もしなくてもいいというなら、別にいいが……」
そこで言葉を区切ったリヴァイアモンは真っ直ぐに旅人を見つめている。七大魔王の一角に真剣な目で見つめられたために、かなりのプレッシャーが旅人を襲う。だが、旅人も物怖じせずに真っ直ぐ見返した。
虚偽は許さない。旅人にはリヴァイアモンがそう言っている気がしたのだ。
「そっちのガキには聞いたが……お前はなぜ……いや。何のために力を求める?この七大魔王リヴァイアモンの力を!」
「……決まってる。約束を……勝手に押し付けられた世界を守るためだよ」
「そんなもののために……欲するのか?」
「まぁね。オレだっていらんけどさ。しょうがないだろ。必要なんだから」
「急に変わったな」
「取り繕っても仕方ないだろ。お前みたいな経験豊富な奴相手にさ」
ここでリヴァイアモンに問われたのは旅人にとって予想外だった。今までの七大魔王は話し合いも通じず、出会って即戦闘みたいな感じだったのだ。だからこそ、いきなり話の通じるリヴァイアモンの出現は旅人にとって驚きだった。
もっとも、世界をそんなもの扱いするリヴァイアモンはさすが七大魔王というべきか、なんというか。
「……引く気はない……か。いいぜ。持ってけよ」
「いいのか?」
「別にいい。ただ一つだけ忠告しておいてやる。気を付けろよ」
「……力と忠告。ありがとうな」
それはどういう意味なのか、何に対しての忠告なのか。分からなかった旅人だが、とりあえず礼だけは欠かさずに言っておく。
そうしてリヴァイアモンの力をコピーして、旅人たちは元の場所へと戻るのだった。
元の場所へと戻った旅人たちは再び電車に乗ってこの世界へと戻ってきた。
「旅人!いろいろありがとうな!」
「まあ、ありがとうはこっちのセリフだけどな」
「まあ、いいじゃないか。それじゃあ、オレは急ぐから。行くぜデジマル!そっちも大変そうだけど、お互い頑張ろうな!」
そう言ってタイガたちを見送ってから、旅人たちも歩き出す。
「やれやれ……オレたちも行くか」
「そうだね~。次もこんくらい楽だといいね~」
「無理じゃねぇか?」
「……だよね」
そうして歩きながら、久々の休暇とも言うべきこの世界の日々を思い出して、旅人たちはこの世界から去ったのだった。
というわけで、第九十三話。七大魔王探し唯一のほのぼの世界です。
まあ、裏ではいろいろありますが。そして微妙に起こっているニアミスでした。
というわけで次回は遂に三度のあの世界に戻ります!
あと、次回か、次々回のどちらかは家族旅行が入っているので、少し遅れるかもしれません。
ではまた次回に。よろしくお願いします。