セイントジョージ・クロス。
つまりは、
突然割り込んできたその英霊の姿は、よく絵画や像で表される姿そのもので。
怯えた様子のヴラド三世が、絞り出すように言葉を吐き出した。
「サー・ゲオルギウスか…!」
「いかにも。さて、
ヴラド三世は盛大に舌打ちをする。
小竜公というあだ名をもつ
いくらか間をおいて、吸血鬼が完全に去ったことを確認したジョニィはその騎士を見上げた。
「………サー・ゲオルギウス?聖ジョージ?マジで?」
「せっかくライダーと名乗ったのに、我が姿はどうも、あー、後世でよく表現されているようですね。初見で見破られるとは思いませんでした」
「いや…、その十字架も、白馬も、見る人が見れば一発でわかると思うよ?イギリスじゃ国旗に採用されてるんだし……。………ありがとう、助かった」
「どういたしまして」
がしゃん、と鈍い音をたてて、ゲオルギウスは馬から降りた。
だが、近寄ってはこない。
「………さて、そちらのアサシンは見覚えがありますが…、あなた方は
「まぁ、そこからだよなぁ……」
とりあえず今までの経緯を説明する。サンソンも敵側のサーヴァントではないことを説明すると、やっと納得したように近寄ってきてくれた。
「なるほど、カルデアの……。既に随分と戦いを経験している様子で」
「………足のこと言ってるなら、後悔してない自業自得ってやつなんでほっといてくれよ」
「それは失礼致しました」
なんとなく会話が途切れて、じっとゲオルギウスを眺める。
「ところで、あー、ゲオルギウス?」
「その呼び方で結構ですよ、なんでしょう?」
「そっちの確認は完了したみたいだけど、こっちの確認もしていいか?あんたはどっち?」
キョトンとした顔のゲオルギウスと、えっ、という顔で振り返ったマシュとマリーが印象的だった。
よくよくみればジョニィは未だに腕にタスクを乗せている。
「………なるほど、確かに戦いを経験しているようで」
「
困ったように微笑みながら、ゲオルギウスはゆっくり両手をあげてホールドアップの姿勢をとった。
「無論、世界を救う側ですとも。
じっとゲオルギウスの目を覗きこんだ後、ジョニィはため息をついてタスクを腕の中に戻した。
「疑って悪かったよ」
「いいえ、状況が状況です。むしろその確認は今後も怠ってはなりません。……さて、お互いに味方であるとわかったことです、情報交換をしませんか?」
頷いて、話をする。
先ほどはざっくりとした説明のみだったので、こと細かに、この特異点にいつきたか、とか、何と遭遇したか、とか、撃破したものは何か、だとかを語った。マリーとサリエリの情報も改めて確認しつつ、ジョニィは粗方話すべきことを話していく。
「…ってとこか。それで、ジャンヌ・ダルクが竜を従えてるってとこまでは把握してるかな」
「聞き及んでいましたか。……竜という以上の情報は?」
黙って首をふると、ふむ、とゲオルギウスは頷いた。
「どうやら皆様より私の方が竜については詳しそうだ。……それに、思ったより長く一所に居すぎましたね、場所を変えて腰を据えて語るとしましょう。同行しても?」
「ありがたい、頼むよ」
腰を少し曲げて伸ばされた手に応え、ジョニィはゲオルギウスと握手をした。
街を離れて近場の森に避難する。夜間とはいえ、上空を飛ぶワイバーンが多い以上、遮蔽物があった方が安心できる。
「では、竜についてお話しましょう。この特異点に召喚されしは、かの邪竜、ファヴニールです」
「ファヴニール……?」
「マスターはご存じないですか?」
「うん、ちょっとわかんない」
複雑な家庭環境とはいえ、一応一般的な家に育ったジョニィである。魔術的な意味ではもちろんのこと、家族の世話をするので精一杯で、ファンタジーには詳しくなかった。せいぜいが地上波初登場!とかのテレビで見る映画だったり、友人のやっているゲームを横で見ていたりしたときにみたような知識でしかない。
では説明しましょう、とマシュが口を開いた。
「大昔、この世界には竜種が存在していた、というところから始めた方がマスターにはわかりやすいでしょうか?」
「あー、うん、ここだとちっこい竜みたいなワイバーンとかも飛んでるけど……、つまり、特異点だから飛んでるわけじゃなくて、大昔には存在していて、絶滅したやつが何故か特異点に出現しているとかそういうこと?」
「絶滅した、というのは少し違いますが、概ねは正しいです。ちなみに、ゾンビやスケルトンなんかも特異点だから出現している訳ではなく、平時の世界であっても、条件があえば発生しますし、魔術師によって発生なんてこともありますよ」
「…………知らないだけで結構世界ってファンタジーだった?」
その言葉には苦笑されてしまった。
こほん、と咳払いをして、マシュが話を続ける。
「その、いわゆる伝説上の動物達は幻想種と分類されていますが、その中でも大きな力を持つのが竜種です。その中でもファヴニールは有名な部類で、強大な竜だったそうです」
「………すごいつよい生き物の中でもさらに強くてすごいやつだったってこと?」
「その通りです。神話、寓話などでの具体的な登場を言いますと、ニーベルンゲンの歌、ヴォルスンガ・サガなどで登場しますね。この二つ、原典は同じだそうですが…」
「削ったり出来ないくらい見せ場での登場をする訳ね」
とてつもなく力の強い竜だということはわかった。
「でも、
「はい、シグルド、ないしはジークフリートによっての討伐が語られています」
「………ええー、英霊化してそうなもんだなそれ……見かけてない?」
はぐれ組に話をふると、マリーとサリエリは首をふり、ゲオルギウスは頷いた。………頷いた!?
「ゲオルギウス、会ってるのか!?」
「ええ、会ってはいるのですが………」
その言葉のつまらせ方に非常に嫌な予感がした。
「
「マルタ?味方になってくれそうな目はあるのか?それに、瀕死だったって、」
「マルタは正気ではありません、敵方のサーヴァントなのは間違いない。ただ、それでもと食い縛った彼女の起こした奇跡が、ジークフリートを匿うことだったのでしょう。…私がジークフリートの元にたどり着いた時点で、呪いは既に霊核に達していました。もう少し早ければ、あるいは聖人がもう一人いれば助けられたのかもしれませんが………」
「なるほど……あー、うん、しょうがないものはしょうがない……。…他に出会ったサーヴァントはいる?敵も含めて」
「敵方のサンソン、マルタ、ジャンヌ・ダルク、ジル・ド・レェ、カーミラ伯爵夫人は確認していますよ。味方側としては清姫、エリザベート・バートリー、それからこの時代で存命、サーヴァント化はしていないジル・ド・レェがいます。彼ら三人に、今避難民が集まっている砦の守護をお願いしてきました」
「カーミラ……吸血鬼まだいるのかぁ……」
「遭遇しないまま特異点を解決した方がマスターの精神衛生上よさそうです………」
「砦で皆守ってもらっているのね、よかった…!」
「私は!!!絶対に砦に近づかない!!!」
ほっとしているマリーの台詞をかき消すサリエリの宣言でああ、とジョニィはさらに遠い目をした。そのエリザベートと清姫とやらがサリエリのいう壊滅的音痴のキャットファイターズなのだろう。
つまり、状況を整理すると、である。
ファヴニールのカウンターとして呼ばれていたのかもしれないジークフリートはすでに死亡していて、聖人殺しのサーヴァントはいるかはわからない。超拡大解釈をするのならお坊さんを殺した清姫がひっかかるかもしれないが、バーサーカーということと、愛した故に追いかけて殺した気質がジャンヌ・ダルクに適応されるかというと微妙なところだった。会ったことのあるマリー、サリエリ、ゲオルギウスがあれは御せないし方向性が違う、と静かに首を振っていたので今まで通り砦にいてもらった方がよさそうである。
「そもそも、お二人とも喧嘩のしすぎで霊基が損傷していたのもあって、出歩くよりは、と砦での防衛をお願いしていまして……」
そっと目をそらしたゲオルギウスの追加情報で清姫(負傷)とエリザベート(負傷)に救援を求めるのは完全になしになった。なんてこった。
で、敵はわんさかいる。ジャンヌ・ダルクを筆頭に、ジル・ド・レェ、シュヴァリエ・デオン、聖女マルタにヴラド三世にカーミラ、サンソンに仮面の男に全身鎧の男。なんと9名は最低いることになる。ついでにファヴニールも。
味方はサーヴァントのみで人数を計算するなら7名。実際に動けているのは5名。カルデアにいるサーヴァントも全員呼べば一応人数だけは拮抗するものの、ファヴニールもいる相手方には不安要素でしかない。
「…………ワイバーンの目から逃げつつファヴニールかいくぐって、こっそり敵の拠点に忍び込んで、サンソンの宝具でさっくり倒すのがいいかなぁ………。幸いジャンヌ・ダルクは処刑されてるからサンソンの宝具は特効対象だし」
『そうだね、うーん……、今わかってる面子だと拠点防衛で有名なのはヴラド三世くらいだし、そことファヴニールさえ乗り越えればなんとかなるんじゃ……?いや、その二つが何よりも問題だろうけど………』
「全部スルーしてたどり着きたいなぁ………」
「………………」
わりと詰んでいた。マリーとサリエリ、ゲオルギウスには足があるが、カルデア組には速度がなく、全体的に隠密にも向いていない。何より
「私の宝具、ガラスの馬車も出せたから、それが残っていればよかったのだけど……全身鎧の男に壊されてしまったし」
避難民の運搬に使っていたらしいのだが、その全身鎧の男とやらに遭遇したときに壊されたそうだ。
ううん、と首を捻ったところで、何か言いたげにサンソンがゲオルギウスを見やっていることに気づいた。
「サンソン?」
「ああ、いや、」
その、とサンソンは何か言いたそうな顔でまたゲオルギウスを見る。
「……その、ゲオルギウス様、貴方は竜退治の聖人では?」
「……えっ?」
「そうですよ」
あっさりと頷いたゲオルギウスの横で、むしろ聖ジョージを知っていて、何故その逸話を知らないのだという顔でサンソンに見られた。あっ、という顔でマシュとマリーとサリエリが固まっていたのはスルーかお前。
聖ジョージのドラゴン退治。
彼が異教の国に立ち寄った際、ドラゴンに苦しめられていた王が助けを乞うたことがある。引き受けた聖ジョージは、何故かドラゴンの首に縄をつけて国まで引きずってきて、これがドラゴンです、あなた方が改宗するならば、このまま倒してしんぜましょう、と言った。もちろん改宗するので倒してくれ、というと、聖ジョージはドラゴンを殺し、国の人々は皆キリスト教徒になったとさ、というような伝説である。むろん、諸説はある。
「……………えーっと、ファヴニール、倒せる?」
言い出すタイミングが掴めていなかったので申し訳ないのですが、と前置きした上で、ゲオルギウスは微笑んだ。
「元よりそのつもりで私は砦から出てきたのですよ。それがジークフリート殿との約束でもありましたから」
遅くなりました、すいません。
時間たってればそりゃあジークフリートも死んでますわ、という。