街中を馬に揺られて歩く。
どうしたって、牧場のあいつと比べて、そんなでもないなぁ、と思ってしまうのだけど。
稀有な馬だった。街が襲われ滅び、尚もひたすら焼かれ、ワイバーンにもゾンビにも骸骨にも追われたであろうに、いくらかの傷だけで生き延びている。散々色んなものをみて、きっと狂うほど怖かったろうに、心も体もちゃんと生きていて、人間に駆け寄ってきた、本当に稀有で強い馬。
そんな馬を捕まえてジョニィが乗りたいといったとき、最初はサンソンが後ろに乗るといったのを断って一人で乗ってみたら、案外、なんとかなったので、そのまま行軍している。
『いやはや……スッゴいなジョニィくん、あのね、君の麻痺の具合だと、普通馬に乗るなんて無理だぞ…?』
「……まぁ、昔ね、あぶみ無しで手綱だけで馬を操る練習をしたことがあるんだ。今みたいな座りかたをしてさ」
俗に言うペタンコ座りとか、お姉さん座りとか、そういう感じで馬に乗るのだ。昔やったことがあったっけと思わず悩んだくらいにその乗り方に違和感がなく、特に普段と遜色なく操れたときの驚きを覚えている。
マリーが口を挟んでくる。
「昔聞いたことがあるの、馬って、本当は全身で乗るものなんでしょう?普通に見ていると手綱とかムチだけで操っているように見えるから、それを聞いたときはびっくりしたわ」
「まぁ……慣れてる騎手なら膝だけで馬を操ったりもできるだろうさ。馬にこう動いてくれってお願いする手段は一つじゃないからね。ていうか、そういう技術がなきゃ乗馬戦でチャンバラなんて無理無理」
「それもそうね、片手か両手を開けなくっちゃ槍は握れないもの。それにしたって綺麗に乗るのね」
ジョニィは肩をすくめた。
「これでも馬乗りで食ってたんだ、それくらいはね」
「馬乗り、ですか」
マシュが首をかしげるのに苦笑した。
「まぁ、レースとかだよ。色々あるんだけど、とりあえず片っ端から出てた。これでも優勝常連だったんだぜ?実入りはいいんだけど、出費も激しいからとんとんだったんだよなぁ……。馬を牧場に預けておくだけだってお金がかかるし。……マシュも乗ってみたい?」
マシュの目が目に見えて輝いた。
「はい!……あっ、えっと、今はこんな状況ですからマスターの護衛に専念しますけど、でも、いつか乗ってみたいです!」
「そしたら教えてあげるよ。これから昔の時代に遡っていくなら、乗る機会もあるだろうし」
「!はい、はい!楽しみです!」
よっぽど嬉しいのか、足取りも軽くなったように見える。女の子がはしゃぐのを見るのは悪い気分ではない。弟の承太郎なんかは小学生だと言うのに取り巻きがいるのだが、そのかしましさに我慢ができずにうっとうしいとぼやいているのを聞いたりもするけれど。
ふと、思い立って口にする。
「そういえば、お姫様に騎乗させてあげられなくて悪い。ぼく一人ならまだしも、誰かをのせてまでちゃんと御せるかはちょっと不安だ」
「いいえ、あなたが乗るべきだと思うわ。心遣いをありがとう。それに、あなたに乗ってもらって馬も嬉しそうだもの、ランデヴーを邪魔するのも悪いわ」
「そう?」
たぶん、この馬は生き延びたら生き延びたで寂しかったのだろうなぁ、と思う。その寂しいところに人間がきたから飛び付いてきただけだ。
そもそも街に残っていることがおかしくすらあった。ぷっつりきれた繋ぎ縄と、かけられた馬具はそのままだったけれど、その気になれば草原でも森でもどこにでもいけばよかったのに。
人と長く居すぎて、人の痕跡から離れられなくなったのだろう。
元々人懐こい馬として可愛がられていたのではないかと思いつつ、馬上から、襲いかかってきたゾンビに“
その後も誰かいないかをロマンに索敵してもらいながら街道を進んだ。どれだけ歩いても生きた気配は動物程度、本当に街は滅びきっていて、最早燃えるものもなく、たまに熾火が燻っている程度だった。死体は食い散らかされるかゾンビとして徘徊していて面影すらない。
もし奇跡的に生き残りがいたら、とか、何か情報があれば、とか、………滅びた街であっても、それを直に見てみたかった、とか。 色々あって、街の中を通ることを選んだけれど。
死に絶えた街である、ということを理解するばかりで、………ああ、と思う。
もう、十分だった。
「……………早いところ街を出よう」
□
森の中でやっと霊脈にたどり着いた。群がっていた元街人らしきものと、魔獣のようなものを蹴散らして、サークルを設置する。
馬は馬具を全部外して放してやった。名残惜しそうにしばらく近くをうろうろしていたが、やがて森の中に消えていった。
物資はもちろん、車椅子も手に入って、色にぎょっとしたマリーとサリエリを笑ってやる。開き直りが大事だ。これ、街の中だと目立つんじゃないかなぁと思うのだが、その辺エジソンとダヴィンチちゃんは対策してくれてあるのだろうか。
『………してないんじゃないかなぁ』
「そっかー…………」
ロマンの声が完全に諦めきっていた。
全身が沈みこむような感覚とか、手のひらで撫でただけでもわかるクッション性能の高さとか、本当によいものを作ってくれたのだとわかるのだが、やっぱり色がどうしようもない。赤と白のストライプだけでも頭おかしいのに、よくもまぁこの複雑な形に星柄をかき込んだものだ。
一旦落ち着いたところで、さて、と今後の方針を話し合う。
「とりあえず、目標をジャンヌ・ダルクの撃破にしてみようか。サンソンも屈辱を晴らしたいだろうし、一番分かりやすい」
『まぁ、そうだね。レフが出てこなければ、冬木の異変はアーサー王を倒して聖杯が無くなったことで収まっていたことになる。冬木におけるアーサー王が、オルレアンにおけるジャンヌ・ダルクと考えてもいいだろう。“異変を積極的に起こしているサーヴァントを倒す”、“聖杯を回収する”、この二点を目標にしてほしい』
「了解しました。……とすると、今後はオルレアンに向かうことに?」
「向かいついでの道中でサーヴァントの捜索をしたいな。街とかに潜伏するなりしててくれればいいけれど」
「後は聞き込みも必要でしょう。どんなサーヴァントが敵方にいるか、だとか、片鱗だけでもかき集めたいですね」
サンソンは大分落ち着いたのか、マリーの目の前だということで敬語を喋っている。
マリーがはい、と挙手をした。
「えーっと、サンソンはもちろんなんだけれど、シュヴァリエ・デオンとジル・ド・レェも追加しておいて下さいな。デオンはジャンヌと遭遇したときにいて、ジル・ド・レェの名前ははっきりジャンヌが口に出していたわ」
「他には誰かいた?」
「後は、そうね、仮面を被った男の人と、全身鎧の人がいたかしら」
「それだけでも六人か、結構いるね」
そう言った瞬間、ジョニィは
痛みがじわじわと広がり、ちょうど心臓のある辺りを、
「……マスター!!!!」
叫んだマシュがジョニィを庇って盾を構え、その回りにサーヴァント三人が立つ。サンソンが叫んだ。
「無事か、ジョニィ!」
「ッゲホッ、ゴホッ、なんとか……!心臓を狙ってくれて助かった、でなきゃ死んでた!」
マスター狙いの遠距離射撃、完全に意識外からの一射だった。下手をすればこの瞬間に人理修復の道のりは途絶えていた。その事実にサンソンとマシュが戦慄する。
「ドクター!索敵を!」
『もうやってるしずっとやってたよ!けどどこにもいないんだ!』
「………ってことは、気配遮断か、………いや、
どうすればいいのだ、と頭を回す。“
今ばかりは射程距離の長い広域殲滅が可能な攻撃が欲しかった。
「せめて近づいてきてくれればいいのに…!わざわざ心臓を狙ってきたってことはたぶん目視して射ってきてるんだろうけど!!どんな目と腕してんだよ!!」
「流石はアーチャーというべきなのでしょうが、それをされ続けるとこちらには打つ手がありません…!」
「遠距離で大量に打ち込んでこられたりなんかしたら最悪だぞ、かといってここから動くのも、」
「………呼び寄せればいいのよね?」
マリーがそう言って、震える腕を胸の前で組んで、一人離れたところへ進み出る。狙撃の恐怖に震える姿は、
「待って、マリー…!」
サンソンが思わずといったように手を伸ばす。
「ええ、ダメよ、ダメ、こんなに震えてちゃ、どんな方だって逃げてしまうわ。だから、────
その瞬間、スキルが発動される。
『麗しの姫君』ランクA。
それは周囲の人々を惹き付け、彼女を守る騎士を呼ぶ力。つまりは、それほどまでに
『魅惑の美声』ランクC。
これもまた、人を惹き付ける魅力の力。マリーのそれは、王権による力の行使すら宣言するものである。異性にしか効果のないそれではあるが、麗しの姫君との併用で威力をあげる。
「私はここよ、さぁ、いらっしゃいな!」
その澄んだ声は森の中にどこまでも響き渡った。
□
一撃で仕留めるつもりだった。サーヴァントの盾が絶妙にマスターの頭に被さっていて、他に狙うところが胴体しかなかったので、心臓を射ぬくつもりで弓を引き絞った。薄っぺらい奇妙な形の椅子だ、容易く射ぬける自信はあったが、念には念をいれて、射の精度が落ちないギリギリまで弓をひいて、ひいて、射った。
だのにマスターは生きていて、しかも策を巡らせようとしている。
一撃を外した時点で一度離脱し、少し時間をおいてまた放つ、それを繰り返そうとしていたが、女のサーヴァントが一人歩み出たのを見て考えを変え────、それが、いけなかった。
過ちによって得た獣の性質により、そのサーヴァントの耳はとてもよく、目だってとてもよかった。だから、その可憐な姫の姿も、誘う声も、とてもとても離れていたにもかかわらず、全て受け取ってしまった。
元よりあったはずの理性は狂化によりとうになく。また、獅子としての名残がその衝動を加速させた。
あれは、姫だ。愛でられ続けたお姫様。自分が辿らなかった道の末の完成形のようなもの。そんなものがなぜこんなところに。決まっている、
あれ、前にも、こんなことが、あったような、
気づいたときにはその
『きた!』
「…っ、早、サリエリ!」
マスターが叫ぶ。
「静粛にしろ、獣め!最期の時を速やかに受け入れろ!!」
その瞬間、音がそのサーヴァント──アタランテをぶん殴った。発達した聴覚ごともろに脳を揺らし、ぐらついたところをどこからか生えてきた黒い腕が絡めとる。
「“
最後に何故か見えたのは、下半身不随のマスターの殺意に満ちた目だった。
そうなっても尚、世界を救うと意思燃やすのなら。きっと、貴様は駆け続けるのだろう。
断頭台の刃が速やかに落ち、どこか安堵したような表情で、サーヴァントは消失した。
□
「あっ……!」
「マシュ?」
「どうした?」
「………あの、マスター、車椅子が……、」
戦闘終了後、ジョニィの手当てをしているときに、周囲の警戒をしていたマシュが車椅子を押してきた。
その背もたれは見事に陥没していて、とてもではないが快適に座ることは不可能だった。しかも、当たりどころが悪かったのか、電動で動く仕組みが壊れているらしく、手動で動かす他なさそうだ。
「十回は敵の攻撃を防げるっていったじゃん……」
『何!?もう壊れた!?スーパーエジソン号は30分前に見送ったのではなかったかね!?えっ私の努力30分で消えた!??』
『車椅子送るとこまで結局見てたんじゃないですかもー!今もいるし!』
『エジソン号~~!!!』
通信の向こうが一気に騒がしくなる。
「いや、守ってくれたからいいんだけどね…?色々壊れてるっぽいけど頑なにちょっと浮いてるし」
「お手洗いの機能は………あっこれも無事ですね一応」
「そうしたら手動で動かしてけばいっか………うーん、こうなるとさっきの馬逃がさなくてもよかったかもな」
「いや、たぶん戦闘に巻き込まれて死亡するだろうから、逃がして正解だろう」
「そう?」
治療を一旦中断して、車椅子の調子を確かめる。自動走行と座った上での快適性が失われたようであったが、一応乗れないことはなかった。
『No~!!!いく!!!私もそっちいく!!!エジソン号直す!!』
『使えなくはなさそうだから!!!ね!?襲撃されたばっかだから移動させたげて!?それにそれより通信直して!今ちょっと不安定だから!!!途切れさせたくないからちょっあっまっザザザザザザザザザザザ』
「…………つれてきた方がよかったかなぁ…」
「ぶっちゃけいたところで今回のがどうにかなったかっていうと微妙なとこだけれど」
「に、しても、何でここまで壊れてしまったんでしょう?」
震えていたマリーを落ち着かせていたサリエリが、三人を一瞥してため息をついた。
「……十回攻撃されても壊れない車椅子、だったか。それがほんとに車椅子なのかどうかはしらんが」
「ぼくらもちょっと怪しんでるから自立移動式便所って呼ぼうか迷ってたよ」
「…………」
なんとも言えない顔をしたサリエリがひょい、と指先を持ち上げる。どこからともなく演奏隊が現れて、周囲を巡り始めた。同時にリラックスさせるような音楽も流れ始める。
「通信が繋がらなくなったのなら、とりあえず周囲の索敵はこいつらに任せる」
「あっ、うん」
話をそらされたなぁ、と半眼でサリエリを見ると、サリエリは肩をすくめた。
「…………つまりは、十回分に相当する攻撃を受けたのだろうよ」
「…………あー、そういうこと」
「もう少し気を引き締めたまえ。さもなければ我が貴様を殺してやるぞ」
「叱咤をどうも。それならあんたは人理の敵だけどな」
しばらく睨みあった後、身支度を整え、再び移動を開始した。
一部スキルを過大解釈してます。
“
ゾンビ倒して多少成長してるのもあって、現在“
次回、第二の変態現る。