「人は皆、自分だけのアイデンティティを持っている」。
「それを自覚することが、人生において大事なことだ」。
子供を押し込めたコンクリートの牢獄で。
薄っぺらい雑誌の煽り文で。
毒にも薬にもならない雑談を垂れ流す箱の前で。
幾度となく耳にする、ありふれた言葉。
子供に向けた大人の、尤もらしい教訓。
それを真に受けてしまった者にとって、この世は酷く生き辛い。
自分のアイデンティティとは何だ。
自分の誇れる部分は。
他人よりも勝る長所は。
誰もが持っていて当然と大人が宣うそれを、子供達は必死で模索する。
子供達が優れていると盲信したいだけなのだと、気付く方法すら与えられずに。
誰にも負けない要素。
そんなものを持っている人間は、要素の総数以下しか存在し得ないに決まっている。
しかし、大人は言う。
自分よりも長くを生き、多くの経験をし、自分達を導く立場にある存在は言う。
確かにそれは存在していると。
見つけられていないだけなのだと。
そこで運良く才能に恵まれた者は、自分でそれを見つけるだろう。
しかし、そんな者は全体のごく一部だ。
大部分の子供達は、自分が持つ要素の全てが誰かに負けている。
それが普通だ。それで当然のことだ。
誰にも負けない要素など、持っている方がおかしいのだ。
しかし子供達は、そうは思えない。
やがて子供達は疲れ果て、自ら発見することを放棄する。
放棄した結果、子供達は模索を外部に委託する。
自分を褒める大人達の発言に縋り付く。
褒められた要素が、誰にも負けないという訳ではない。
それでも、確証は得られるのだ。
いつだって正しいはずの大人が。
間違えることは決して無いはずの大人が。
自分の要素を、アイデンティティ足り得ると言ったのだ。
疲れ切った子供達は、簡単にそれを信じ込む。
それが大人にとって、大して深い意味の無い挨拶のようなものであったとしても。
君は足が速いね。
彼女は公立中学校に進学し、陸上部に入った。
君は頭が良いね。
彼は中学受験をし、私立の中学校に入学した。
幸子ちゃんは可愛いね。
彼女は、アイドルを志した。
「何で……ボクなんですかね……?」
全身の力を抜き、座席に深くもたれかかって。
帰りのバスの中、輿水幸子は何度目かの不平を呟いた。
「幸子殿はー、見る者を飽きさせぬ反応をなさるゆえー。」
幸子の隣に座る依田芳乃が、水筒の茶をすする。
「う、うん……。すごく、良かった……よ……?」
2人の前の座席から、白坂小梅がぴょこりと顔を出した。
「嬉しくないです……。」
いつもの勢いのあるツッコミは何処へやら。
幸子はこの上なく疲弊しきっていた。
それもそのはず。
幽霊が出るとウワサの、廃校となった小学校。
そこへ3人のアイドルが赴き、心霊現象を体感する。
という番組を、つい先程まで撮影していたばかりなのだ。
時期が梅雨であったこともあり、絵面はバッチリだった。思わず泣きたくなるほどに。
メンバーの中で唯一そういったものに耐性を持たない幸子は、叫んだ。
それはもう叫んだ。叫びに叫びまくった。叫ぶ以外彼女にできることはなかった。
加えて、雰囲気を出すためという理由の下、撮影が行われたのは夜。
幸子は今、疲弊と睡魔に2人がかりで襲われていた。
「ていうか、当然のように除霊しないでくださいよ……。」
突然目の前の物体がひとりでに動き出すだけでも腰を抜かしそうだったのに。
当然のように小梅が霊と対談し、それを聞いた芳乃が念仏のようなものを唱え始め。
最後に芳乃が手を叩くと、校内に流れていた重苦しく冷たい空気が消えていった。
その余りにも現実離れした光景を見て、一周回って冷静になってしまったのは、幸子にとって感謝すべきことだったのだろうか。
「成仏したい……って、言ってた……から……。」
「昔ばばさまの除霊の義を見たことがありますゆえー。見様見真似でしたがー。」
やはり当然のように言い放つ2人。
それを見て、しかし幸子は、反論は無意味と今日の経験から学んだ。
彼女達は、そういうことができる。ただ、そういうことなのだ。うん。
「……早く日常に帰りたいです……。」
今まさに帰っている最中なのだが。
大きく溜息をつき、幸子は今までの体験を非日常と定義する。
それもそうだ。幸子には霊感の欠片もない。
幽霊の存在なんて、サンタクロースと同程度のものだったのだろう。
そんなものの存在が確認されたということは、サンタクロースもまた存在し得る可能性が生まれたという意味を持つことを、幸子はまだ知る由もない。
「日常、に……幽霊、いる……よ……?」
小梅は幸子の言葉を聞き、何を言っているんだと首を傾げる。
幽霊が視える小梅にとって、それは日常にあって当然の存在だった。
「いや、小梅さんにとってはそうかもしれませんがね?」
ボクにとっては違うんですよ。そう続けようとして。
自分の言葉に反応するように芳乃の目が開くのを、視界の隅で捉える。
乾いたはずの冷や汗が、また1滴流れ落ちるのを、幸子は文字通り肌で感じた。
「そなたの左肩に居りましてー。」
「幸子ちゃんの……肩にも……。」
2人が同時に口を開き、異なる音を発し、同じ情報を告げる。
その目線は、幸子の左肩に注がれていて……。
「……嘘、ですよね?」
声が震える。
いや、声だけではない。
幸子の身体の全てが、小刻みに振動していた。
今更言及する必要はないと思うが、彼女はホラーにてんで弱い。
「「……。」」
全く同じ速さ、同じ角度で、右、左、と。
2人は幸子の必死のSOSに、無慈悲に首を横に振った。
「じ、じじじ除霊したんじゃなかったんですか!? 生き残りですか!?」
幸子は涙目で芳乃に縋り付く。
その頭を撫でながら、やはりこの少女は今回の撮影に最適の人材だと、芳乃は改めて感じた。
「ううん……。学校の子達は……ちゃんと逝けた……よ……?」
学校に居た幽霊がくっついてきたと誤認した幸子。
その発言を、その目でしっかりと除霊が完了したことを確認した小梅が否定する。
そう。間違いなく、最初から学校に囚われていた幽霊達は、その全てが成仏した。
ということは。
「その者はー、わたくし達が出会った時から憑いておりましてー。」
まるで何でもないことであるかのように、平然と芳乃は言い放つ。
しかしその宣告は、幸子にとって残酷極まりないものであった。
「とととと取って! お祓いしてください!」
幸子は芳乃の腹部に顔を埋め、2人に懇願する。
彼女達は再びシンクロした動きで首を横に振った。
「未練が……あるみたい……。」
「この者の望みが叶わぬ限りー、わたくし達にできることはありませぬー。」
学校に憑いていた霊達は、皆成仏することを望んでいた。
そのことを小梅が聞き出したからこそ、芳乃は除霊の義を試みた。
だが今幸子に憑いている霊は、成仏を望んでいるのではなく。
本人(本霊?)が望んでいない以上、除霊は不可能とのことだった。
「じ、じゃあ、除霊するには……。」
「この者の未練を把握しー、それを晴らさねばなりませぬー。」
絶望の淵に沈む幸子に、容赦なく芳乃の追撃が入る。
幸子ほど幽霊に嫌悪感が無い小梅と芳乃から見れば、別にそのままでも問題は無いのだ。
「……幽霊、嫌? 良い子だと、思う、けど……。」
「悪さをできるほどの強い力は感じないのでしてー。」
「無くても駄目です! 駄目! お願いですから! カワイイボクの!」
チワワのように目を潤ませる幸子を、2人は彼女達なりにフォローする。
だが、幸子には意味がなかった。
いくら悪いものでなかろうと、どれだけ無害なものであろうと。
自分に自分の理解ができないナニカが取り憑いている。
その事実だけでも十二分に耐え難いものなのだ。
バス内での議論の果てに。
幸子は自分を曲げることなく除霊を懇願。
悩み事解決が趣味である芳乃は幸子の協力要請を承諾。
小梅は「お友達になったらいいのに」と思いながらも、幸子の意志を尊重した。
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[Mission] 幽霊の未練を晴らしてください
輿水幸子には幽霊が取り憑いていた。
力は弱く、放っておいても問題は無いと思われる。
しかし、幸子が怖がっているので、早めに除霊してあげよう。
除霊のためには、幽霊の未練を判明させ、それを晴らす必要がある。
〔Mission List〕
・幽霊の未練を晴らしてください