インターホンを押すと、扉の向こうから気配。
近付いてくる足音を聞きながら、芳乃は彼女に伝える情報を整理していた。
伝えるのは勿論、白坂小梅について。
彼女の危険性、そして危急性について。
彼女は嘘を吐いていた。
いや、この表現は些か適当ではない。
彼女は事実とは異なる発言をしていた。
しかしそれは、彼女にとっては紛れもない真実だった。
彼女の言動には明らかに矛盾が存在した。
芳乃がその疑いを持ったのは、二度目の撮影の時。
小梅が言うには、あの校舎は芳乃や幸子が入っても問題は無く。
しかし小梅だけは、入っては危ないと。
そう「あの子」は言っていた。
だが実際、芳乃達は教室で悪霊に囲まれた。
危険以外の何物でもない状況に晒された。
そして芳乃がそれを確信したのは、つい先程。
小梅が「幽霊は気を偽ることはできない」と断じた瞬間だ。
仮にそれが正しいとしたら、あの教室での出来事に説明がつかない。
あの場に居た幽霊は、最初から悪霊だったのではない。
芳乃が目を閉じてから再び視界を取り戻すまでの間に、悪霊になっていたのだ。
小梅の発言が正しいのなら、芳乃が周囲を認識できない間に、あの場に居た幽霊がそっくり入れ替わったことになる。
物理的にそれが有り得るのかといえば、恐らく可能ではある。
何処か他の場所に悪霊が待機し、隙を見計らって入れ替わればいいだけだ。
だがそれを行うには、善の気を放つ霊に目論見を見透かされないように、しかし協力してもらわなければならない。
その真意に気付かれた時点で善の霊は要請を断るだろうし、もし加担したとしても、その瞬間それは悪霊になる。
彼等は気を偽れないのだから。
彼等の協力を必要としない方法を取るなら、武力を以ってあの場を制圧しなければならない。
だが善の霊も少なからず抵抗することは必至であり、故に確実性は無い。猶予時間を加味すれば、あまりにリスキーが過ぎる。
以上の点から、確かに可能ではあるが現実性に欠ける。そう芳乃は判断した。
校舎に進入することは芳乃や幸子にとっても危険だった。
幽霊は気を偽ることができた。
ならば何故、小梅は真実と異なる発言をしたのか。
その理由は、先程述べた通りだ。
小梅は平然と嘘を吐けるほど対人関係において器用ではないし、幸子のことを大切にしていないわけでもない。
彼女にとっては、紛れもない真実だった。それだけのことだ。
そして、小梅の2つの嘘は、全て同一の存在が彼女に伝えたものだ。
ここまでくれば、自ずと1つの事実が浮かび上がる。
「あの子」は嘘を吐いている。
では、何故。
何故「あの子」は欺いた。
それについても、芳乃は見当をつけていた。
そして確信した。
DVDがひとりでに、2つに割れた瞬間に。
あの時、DVDに触れていた生者は彼だけだった。
あの時、幽霊は「あの子」しか居なかった。
あの時、小梅は「あの子は自分の側に居た」と言っていた。
呪われていたから壊れたと、あの時芳乃はそう言った。
それは真実ではない。あの場を丸く収めるための方便に過ぎない。
DVDが割れたのは、あの場に居た者が実際に取った行動の結果だ。
あの時、それを行ったのは誰か。
あの場に居た者の中で、芳乃だけが知覚できた。
「あの子」だ。
あの時「あの子」の気配が小梅の元を離れ、映像を見せまいと破壊した。
その一部始終を、芳乃は確かに見た。
そしてその直後、小梅は事実と完全に矛盾する発言をした。
「あの子」はずっと自分の隣に居た、と。
そう発言することが分かっていたから、芳乃は嘘を吐いた。
そして思惑通りに事が運んだ結果、芳乃は確信する。
「あの子」は2人存在する。
白坂小梅から見れば、確かに「あの子」はずっとそこに居た。
しかし「あの子」の気配は、明らかに移動していた。
芳乃が見間違えることはない。あの場に居た幽霊は「あの子」だけなのだから。
「あの子」は間違いなく小梅から離れ、しかし小梅の視界には変わらず側に居続けた。
となれば、答えは1つ。
白坂小梅は「あの子」の幻覚を見ている。
「あの子」は幽霊として確かに存在し、しかし小梅はそれを認識していない。
小梅本人が言っていた。
霊感を有する人物は自由に幽霊の視る・視ないを変更できると。
小梅は視ないようにしていたのだ。
他の幽霊は全て視えるように、しかし「あの子」だけは視えないように。
彼女は彼女の世界から、「あの子」だけを除外した。
そして同時に、小梅は「あの子」の幻覚を造り出していた。
彼女が知覚し、会話し、助言や忠告を受け取っていたのは、自分自身の思考だった。
彼女自身だったのだ。
あの日教室に入るのは危険と言ったのも。
あの時幽霊が気を偽ることは無いと言ったのも。
全て彼女の、切り離された思考が発していたことだったのだ。
その理由は、まだ、分からない。
ただ1つ明らかなのは、「あの子」は小梅の見る幻想を維持しようとしていること。
芳乃と幸子が教室に入った時の一連の事象、その犯人は恐らく「あの子」だ。
「あの子」は小梅の幻覚が提案した案内役という立場を利用し、壁をすり抜けることによって芳乃より一歩早く教室に入り。
その場に居た幽霊に協力を要請。
後はタイミングを見計らって幽霊達に気を偽ってもらい、同時に自分は幸子の身体を乗っ取る。
そして芳乃に脅迫した。
あの場から立ち去ることを強要し、幸子に憑いた霊の詮索を禁止した。
小梅があの校舎を見るわけにはいかなかったのだろう。
小梅の見る「あの子」の幻覚は、必ず学校名を確認していた。
その上で小梅だけは入ってはいけないと忠告した。
案内役を申し出たのは、ひとえに小梅が撮影に参加できない罪悪感を紛らわすためだろう。
その幻覚の発言を利用し、小梅に見られない状況を作り出して、「あの子」は芳乃を脅迫した。
早く校舎から出てもらわなければ、小梅が芳乃達を心配して校舎に進入するかもしれなかったからだ。
そして校舎を見せてはいけないのなら、それはDVDを見せてはいけないのと同義だ。
故に「あの子」はDVDを破壊した。
依田芳乃に、事実に辿り着かせる決定的な証拠を与えてしまうと分かっていても。
それでも動かざるを得なかった。
小梅は「あの子」を知覚しておらず、代わりにその幻覚を見ている。
「あの子」は小梅の幻想を守るために行動している。
そして彼女の幻想は、あの校舎と密接な関係がある。
理解したのがここまでだったなら、芳乃は介入するべきかもう少し様子を見ただろう。
小梅と「あの子」の思惑は幻想を見続けるという方向で完全に一致している。
一致している以上、他人がとやかく言う問題ではない。
それが幻に過ぎないとしても、一生見続ければ現実だ。
芳乃が白坂小梅の現状を問題とし、この問題に介入しようとしているのは。
他ならぬ小梅自身が、SOSを発していたからだ。
小梅の幻想である「あの子」は常に小梅の左後方に位置している。
右目が前髪で隠れているから、より見やすい場所に位置取っているのだろう。
幻想でない本物の「あの子」も、幻想の行動から逸脱しないようにしていた。
気を読むことによって唯一自分を知覚することができる芳乃を相手にしている時は、特に気を遣って。
つまりは先程ファミレスに居た時も、「あの子」は小梅の左後方に居たのだ。
そして「あの子」の幻想に話しかけられた時。
小梅は自分の右を見た。
あれは、救難信号だ。
芳乃は迷うことなく結論付ける。
あれは小梅の、無意識のSOSだ。
気を読むことができる芳乃の目の前で。
小梅は「あの子」の気配とは反対の方向を向いた。
芳乃がそれを見て、違和感を感じないわけがない。
小梅自身は理解していないとしても、小梅の抑圧された精神は。
小梅が見る「あの子」の幻想は、それを理解しているはずだった。
その上で幻想は小梅の右側に位置した。
それがSOSでなくて、何だ。
白坂小梅は助けを求めている。
故に芳乃は、彼女の目を覚まさんと行動する。
白坂小梅の過去を欲する。
あの校舎と小梅との関連を。
彼女にとって、あの校舎は何なのかを。
そして、幸子に憑いた幽霊の正体を。
「あの子」は小梅の幻想を守る為に行動している。
そんな存在が、芳乃達に幽霊の詮索を禁止した。
何らかの関連性があるのだ。
小梅の幻想と、幸子に憑いた霊との間には。
それを知られれば「あの子」に不都合が生じる程度の関連が──
「──さん、芳乃さん?」
「…………ほー?」
目の前に、幸子が居た。
怪訝そうにこちらの顔を下から覗き込んでいた。
「……申し訳ありませぬー、少々、考え事をしておりましてー。」
いつの間にか、幸子は芳乃を迎えに玄関を開けていたらしい。
彼女に無礼な態度を取ってしまったことを、芳乃はすぐさま謝罪した。
「ボクがどうしてこんなにカワイイかですか?」
ノータイムでこの返答。
幸子はどうやらいつも通りのようだった。
「そこに理由などありません、カワイイからカワイイんです!」
ドヤ顔でポーズを決める幸子。
その様子が確かに可愛いので、芳乃は取り敢えず拍手することにした。
「まあ、上がってください。お茶をお出ししますので!」
喝采を浴びて一通り満足すると、幸子は芳乃を家に招き入れる。
ぺこりと一礼して、芳乃は幸子の先導に従った。
玄関を通り、廊下を抜け、リビングと思しき場所へ。
一歩足を踏み入れ、芳乃はそこで立ち止まる。
何故歩みを止めたのか、瞬時には分からなかった。
脳が理解を拒絶した。
芳乃の持ち得る予備知識では、目の前の光景を処理することはできなかった。
ああ、そうだ。
目の前の光景が理解できなかったから、自分は足を止めたのだ。
「────な、」
異常だった。
その空間は、異常だった。
本当はこの時が来る前に、気付くべきだったのかもしれない。
幸子を家まで送った時に確認したのは、幸子の家と幸子本人のみであり。
家に居る生者の気は確認していなかったことを。
そんな言葉で、到底表せるものではない。
だが、芳乃の頭には、この二文字しか浮かぶことはなかった。
異常。異常。異常。
目の前の現実を脳が理解しようとした結果、芳乃はこの二文字に塗り潰される。
時折不可解な言動を見せ、SOSを自ら発した白坂小梅。
一貫した言動を取り、何の問題性も見出させない輿水幸子。
そのどちらが、本当に緊迫した状態であるのかを。
カーテンは締め切られ、明かりは1つとして点かず。
誰も居ない空間で、少女は抱きつく動作を取る。
まるで、そこに誰かが居るかのように。
何一つ違和感を見せないということは、問題が無いことと同義ではないことを。
誰も居ない。
幸子の目線の先には、誰も。
ただ虚空のみが広がっていた。
誰も居ないのだ。生者も、霊も。
最後まで隠せない人間と、最後まで隠せてしまう人間。
どちらが、より危うい存在であるのかを。
「パパ、ママ、お友達が来ましたよ!」
誰も居ない空間に、少女の声が木霊した。
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[Mission Update] 白坂小梅の動向を観察してください⇒白坂小梅を救ってください
彼女は幻覚を見ていた。
彼女は助けを求めていた。
ならば、助けなければならない。
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〔Mission List〕
・幽霊の未練を晴らしてください
・教室の幽霊の真意を探ってください
・白坂小梅を救ってください