「ママ、茶葉ってどこに仕舞っておきましたっけ?」
何度も思考を繰り返す。
何度も視認を繰り返す。
何度も何度も繰り返す。
「パパ、この人が芳乃さんです! ボクに負けず劣らずカワイイでしょう!」
誰一人として存在しない。
何一つとして存在しない。
その場所には誰もいない。
「あー、いいですよ、お茶くらいボクが淹れますから!」
目の前の齟齬に耐えられなかった。
その矛盾が不快で仕方がなかった。
目に映る光景全てが芳乃を不安定にさせた。
「フフン、そうでしょう! もっと褒めても良いんですよ!」
当然のように幸子は両親と談笑する。
芳乃が全く認識できない存在と。
たった1人、幸子は一方的に話し続ける。
まるで幸せな家庭に生まれた少女のような笑顔で。
「当然です! ボクはカワイイので!」
次第に芳乃は分からなくなっていく。
それを認識している幸子が異常なのか。
それを認識できていない自分が異常なのか。
「フフーン、悪くない撫で心地です!」
段々と芳乃は不安になっていく。
どうして幸子はそんな表情ができるのだ。
まさか、自分がおかしいのか。
それを認識できない自分こそが狂っているのか。
「……幸子、殿、」
自分の認識と目の前の景色に生じた差異。
それをそのまま放置することなど、できるはずがなかった。
世界が不自然な人工の原色に染まっていた。
視界に映る全てが芳乃を追い立てた。
ギラつく景色の中で通常通りに振舞う彼女の姿が異常だった。
これを異常と感じる自分こそが異常だと、世界の全てが糾弾していた。
「はい、どうしました?」
不快だ。異常だ。不安だ。異質だ。
この感情が恐怖なのだと、ようやく思い出した。
故に芳乃は震える声を吐く。
言ってはならない言葉だと、分かっていながら口にする。
「そこに、誰が、居るのですか?」
見て見ぬフリをできなくさせる。
「…………何を言ってるんですか?」
幸子は笑ってそう返す。
取り繕ってなどいない、心からの平静。
しかし、芳乃は見てしまった。
それを聴いた瞬間の、恐らくは無意識下の表情を。
目の前の人物を敵と見なした、冷酷な目を。
「ですから……! そなたは、誰と……!」
駄目だ。これ以上は。本当に取り返しがつかなくなる。
理性が必死に自分を止めようとしていた。
その声を理解しながら、感情が止められない。
この恐怖が止められない。
「パパとママに決まってるじゃないですか。」
おかしなことを言う人だ。
幸子の表情はそう言っている。
何故そこまで平然としていられる。
当然のように現実と反する発言ができる。
「……そこには! 誰も居ないではないですか!」
怖い。
目の前の少女が怖い。
輿水幸子が、怖い。
故に芳乃は声を荒らげる。
脅威に吠える小型犬のように。
「……好い加減、カワイイボクでも怒りますよ?」
幸子の目線が鋭く刺さる。
自らの敬愛する両親を貶められた際にするであろう、正常な反応。
そんな動作を取ること自体が、どうしようもなく異常だった。
「…………っ!」
歯を強く噛み締める。
口から漏れ出そうとした言葉を封じ込める。
駄目だ。これ以上、何を言っても。
幸子は芳乃の話を聞き入れないだろう。
芳乃が幸子の話を聞き入れないのと同じように。
「……あの、どうかしたんですか?
今日の芳乃さん、ちょっと、変ですよ?」
考えろ。これ以上、事態が悪化しないように。
もう問題は顕在化した。無かったことにはできなくなった。
これを解決するために取れる、残された最善手は何だ。
「…………そう、かも、しれませぬー。」
撤退。
今この瞬間に介入する手段を模索できるほど、芳乃は冷静ではなかった。
この場を離れ、落ち着いて考える必要がある。
このまま「居る・居ない」の押し問答を繰り返しても、いたずらに幸子との距離が離れるだけだ。
「……幸子殿ー、申し訳ありませぬが、本日は御暇させていただきたくー。
此度の非礼につきましては、後日改めてお詫びに伺いましてー。」
というのが、理由の1つ。
もう1つは、単にこれ以上、耐えられそうにない。
この状態の輿水幸子を、直視し続けることに。
「……分かりました。
力になれることがあったら、言ってくださいね。」
幸子は芳乃を心配そうに見つめる。
つい先程両親を侮辱した存在の身を案じている。
突然おかしなことを言い出した友人に対して取られた、親切心に溢れた行動。
今はその優しさすらも、芳乃の背を冷たく撫で上げた。
「……ありがとうございますー。」
芳乃はゆっくりと玄関へ向かって歩く。
本当は、走り去ってしまいたかった。
少しでもここに居る時間を減らしたかった。
しかし、これ以上自分が異常であるような行動を取ったら。
これ以上、奇怪な行動を重ねてしまったら。
本当に自分が異常になってしまうように思えて。
芳乃は必死に、自身の平常を取り繕った。
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[Mission] 輿水幸子を救ってください
彼女は両親の幻覚を見ていた。
明らかに異常な状態だ。
彼女を助けなければならない。
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〔Mission List〕
・幽霊の未練を晴らしてください
・教室の幽霊の真意を探ってください
・白坂小梅を救ってください
・輿水幸子を救ってください