輿水幸子の同一性   作:maron5650

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11.生命を賭して

陽が殆ど落ちた空を見る。

 

「……小梅殿ー。」

 

幸子の家を逃げるように後にした芳乃は、携帯電話に向かって語りかけた。

 

『うん……どうした……の……?』

 

握り締めた携帯から小梅の声。

芳乃は見誤った。

誰が問題を抱えているかを見誤った。

何を優先するべきかを見誤った。

 

「単刀直入に申しますー。

先程幸子殿のお宅に伺いましてー。

そこには幸子殿以外に気配は無くー。

しかし幸子殿は、まるで御両親がいらっしゃるように振舞っておられましたー。」

 

小梅ではない。

優先するべきは、輿水幸子。

 

『…………幽霊は、居なかった……ってこと、だよね。』

 

小梅も幸子も、等しく問題を抱えていた。

小梅の方は、まだ見て見ぬフリができる。

だが、幸子はそうではなくなった。

芳乃は明らかにそれを指摘してしまった。

輿水幸子の問題は、顕在化したのだ。

 

「はいー。そのはずでしてー。」

 

故に芳乃は策を練る。

白坂小梅の問題を潜在させたまま、しかし解決に手を貸してもらうために。

それを許さないだろう存在を説得するために。

「あの子」に邪魔をさせないように。

 

『幻覚を見てる……って、こと……だよね。』

 

芳乃は小梅の発言を誘導する。

自分が最も会話を交わしたい存在と出会うために。

その存在が言葉を発することができる状況で、自分の目の前に現れてくれるように。

そうしなければならないように。

 

「……恐らくはー。」

 

小梅は幻覚という言葉を口にする。

それは「あの子」が芳乃達に危害を加えようとした理由。

小梅に幻覚という言葉を近付けさせないために「あの子」は行動していた。

しかし小梅は今、はっきりと口にした。

「幻覚」と。

 

「今一度、お聞かせ願えませぬかー。

そなたが知り得る限りの、幸子殿についてをー。」

 

行動しなければならない。小梅のために。

封じなければならない。この口を。

行かなければならない。芳乃の元へ。

依田芳乃は小梅にとって害ある存在なのだから。

 

『うん……。今からでも、いい……?』

 

しかし。今ではいけない。

芳乃は小梅と電話をしている最中だ。

その状態の芳乃に接触すれば、小梅は何らかの異常に気付く可能性がある。

可能性がある以上、まだ「あの子」は動けない。

仕掛けてくるのは、この通話が終わった時。

 

「はいー。そなたの寮でよろしいでしょうかー。」

 

だからこそ、芳乃は神経を集中させる。

何処から襲われてもいいように、全方面の気を読む準備を整える。

 

『うん……じゃあ……待ってる、ね?』

 

「あの子」は既に警告した。

これ以上関わるならば危害を加えると、あの時確かに警告した。

それを理解したが故に芳乃は引き下がった。

理解したという意思表示のために。

 

「はいー、それではまたー。」

 

次は本当に危害を加えるだろう。

今回は警告では済まないだろう。

何故なら小梅は確かに言った。

「幽霊は居なかった」。

「幻覚を見ている」。

これら全ての発言は、小梅の真実に直結する。

「あの子」は思うだろう。

依田芳乃は全てを知った。

知った全てを話すつもりだ。

白坂小梅の幻想を、終わらせるつもりだ。

 

『うん……また……。』

 

そう思わせるのが芳乃の作戦だ。

そう勘違いさせる必要があったから、芳乃は発言を誘導した。

あたかも自分が、白坂小梅の問題を解決させようとしていると。そう錯覚させるために。

 

携帯から少しの雑音。

耳元から携帯を遠ざけた音。

小梅は通話を切ろうとしている。

切った瞬間が開始の合図。

息を止める。

耳を澄ます。

神経を張り巡らせる。

全方向の気を読み続け──

 

 

 

 

 

ぷつん。

 

 

 

 

 

──来た。

 

 

 

 

 

「……っ!」

 

その場で身体をひねり、後方から高速で飛来する何かを避ける。

勢いに身を任せ、くるりと半反転しながら目でそれを追う。……こぶし大の石ころ。

当たれば打撲では済まないだろう。

 

「……そうして必死に偽って、何の意味があるというのですか?」

 

二射目。

回転の勢いを止めないまま右腕を大きく振り、遠心力を増大させる。

その流れに逆らわず、軸足でない方の足を大きく広げる。

 

「分かっているのでしょう? あの者はもう、それを望んでなどいない。」

 

脚が半円を描いたところで、地に着ける足を交代。更に半回転。

飛来物が着物を掠めた。

 

「知っているのでしょう? 輿水幸子に憑いた幽霊の正体を。」

 

三射目。

先程の避け方から学習したのだろう。

芳乃が描ける円の全てを塞ぐように、数個が一斉に飛来する。

 

「気付いているのでしょう? 向き合う時が来たことに。」

 

やはり回り続けるまま、軸足の膝をつき、もう片方の脚を目一杯に伸ばす。

片方の手のひらを地に這わせ、上体を低く。

凶器が芳乃の髪を撫でた。

 

「回避したいだけなのでしょう? あの者が苦しまなければならない現実を。」

 

四射目……が、来ない。

数瞬遅れて、世界が音を取り戻す。

風になびく木々の音。少し時期には早い虫の声。近隣住民の談笑が遠い。

しばらく警戒したままでいると、「あの子」の気がゆっくりと近付いてくる。

芳乃の目の前に、気配がゆらりと現れた。

それを見て、芳乃は身体の緊張を解く。

その殺意に、真っ向から視線をぶつける。

 

「……助けてほしいのでしょうー? 他ならぬ小梅殿をー。」

 

真っ黒な「あの子」は、ゆっくりと芳乃へと歩み寄る。

芳乃は微動だにせず、ただ見つめ続ける。

「あの子」の手は芳乃の着物の袂に入る。

それが引き抜かれると、芳乃の携帯が宙に浮いていた。

 

「どうぞー、お使いくださいませー。」

 

芳乃の声が小さく響くと、携帯が光を発する。

しばし待つと、やがて携帯はくるりと芳乃の方を向く。

メモ帳の画面に、言葉が記されていた。

 

『本当に彼女を救えるのか』

 

尤もな疑問だ。

芳乃は明らかに、さも白坂小梅を助ける手立てがあるかのような発言をした。

しかし、そんなものがあるとは思えないだろう。

方法が他に思いつかないからこそ、小梅の目をそれから逸らさせ続けたのだから。

 

「はいー。協力していただけるのならばー。」

 

芳乃は微笑みながら悠然と答える。

確固たる確証を持っているかのように。

 

少なからず「あの子」は知っている。

小梅が現実を直視すればどうなるかを。

それを避けるために、小梅の幻想を維持しようとしているのだから。

しかしそれでは、いつまでも救われない。それも彼女は承知している。

 

つまり。「あの子」の望む小梅の救い方は。

小梅が幻想から目を覚ますことで生じるものを、しかし発生させることなく。

発生させないまま、事実と向き合わせることだ。

 

『それが本当だという証拠は』

 

ここが問題だ。

芳乃はこの話を信用してもらわねばならず、しかし提示できる証拠など存在しない。

 

そもそも芳乃の話は全て嘘だ。

 

芳乃は幸子も、そして小梅も等しく救わねばならないと考えている。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。

そして幸子を救うためには小梅の、小梅を救うためには幸子の協力が、恐らくは不可欠。

少なくとも、芳乃単体でそれを成し遂げる手段は存在しない。

仮に幸子の手を借りたとしても、達成できるかは良くて五分五分だ。

しかし芳乃にとって、小梅を救えないという結末は決してあってはならないもの。

 

故に彼女はその可能性を除外した。

 

白坂小梅は必ず救える。

その前提の下で芳乃は思考し、行動する。

救えなかった場合など、端から考慮の外だ。

だからこそ芳乃は、こんなことだって言えてしまう。

 

「わたくしはー、そなたら幽霊の力に抗う術を持ちませぬー。

もし戯言であったならばー、煮るなり焼くなり、お好きにしてくださいませー。」

 

芳乃は幽霊に抵抗できない。この言葉に虚偽は無い。

芳乃は幸子と小梅に、一貫して「幽霊は専門外」と言い続けた。

そしてあの日の教室の時や、何よりもつい先程。

芳乃は「あの子」に対して防戦一方であり続けた。

 

『分かった』

 

小梅を救えなければ自分を殺しても構わない。

自分に一切抵抗できない、良くて時間稼ぎしかできない存在がそう言い放つ。

それは「あの子」の目に、只ならぬ自信として映っただろう。

未だ完全に信頼はしていないにせよ、ひとまず目の前の少女を信用する程度には。

 

「……感謝致しましてー。」

 

それがただの虚勢であるという事実を、思いつくことすらできない程度には。

 

 

 

 

 

「あの子」は、依田芳乃の愛他性に気付かない。

 

 

 

 

 

〔Mission List〕

 

・幽霊の未練を晴らしてください

・教室の幽霊の真意を探ってください

・白坂小梅を救ってください

・輿水幸子を救ってください

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