「夜分遅くに、失礼致しましてー。」
玄関から漏れるエアコンの冷気を感じながら、芳乃は頭を下げる。
「ううん……急いだほうが、良さそう……だし……。」
小梅の部屋を訪れると、彼女は不安げな表情で芳乃を室内に迎え入れた。
自分の親友が両親の幻覚を見ているなどと言われたのだ。当然の反応だろう。
どこか上の空で言葉を返しながら、小梅は芳乃の周囲をキョロキョロと見渡す。
……芳乃が電話で伝えた事柄に対して、何の疑問も口にしないまま。
小梅から見れば、今日の芳乃の一通りの言動は極めて不可解なはずだ。
学校に居る幽霊の除霊に失敗し、あまつさえ脅迫を受けた。これを相談するのはまだ不審ではない。
だが事務所に呼ばれ、プロデューサーの要望を済ませた後。
芳乃は話が途中であるにも関わらず、話はまた後日とその場を去った。
日が暮れるのを理由にしたことから小梅は、芳乃は家に帰ると推測しただろう。
しかし実際、芳乃は何故か幸子の家に行き、何故か幸子が幻覚を見ている場面に丁度鉢合わせた。
以上のことから本来、小梅は「何故話を中断してまで幸子の家に行ったのか」という疑問を抱くはずだった。
更に言えば、芳乃の突拍子も無く証拠も無い、ただの妄言とすら捉えられ得る主張を、彼女はすんなりと受け入れた。
理解が早過ぎる。不自然とすら言えてしまうほどに。
芳乃は思う。
それについて言及することが、彼女にとって不利益となるからではないか。
芳乃が幸子の家を訪れた理由を話すならば、少なからず小梅の真実に関係する事にも触れざるを得ない。
それを無意識に理解しており、それ故に話題にするのを避けたのではないか。
「……幸子ちゃんは、居ない……の?」
芳乃の側に幸子の姿が無いことを確認した小梅が問いかける。
幸子の問題について話すのなら、本人も来るはずと思ったのだろうか。
まずは現在の状況から共有しなくては。
「幸子殿は、自らの問題に気が付いておりませぬー。
わたくしの様子がおかしいということにして、一旦その場を離れましてー。」
芳乃は幸子の異常性を指摘し、幸子は芳乃の異常性を指摘した。
どちらが本当に異常であったのか、あの場の状況のみで判断する術はない。
幸子が幻覚を見ている可能性も、芳乃がそれを認識できていない可能性も、等しく存在した。
だが芳乃には、自分の見た光景は現実であるという、ある事実に基づく確信があった。
それは「あの子」が幸子に憑いた幽霊に関する詮索を禁止したという事実。
「あの子」は小梅が「あの子」の幻覚を見続けることを望み、そのために行動していた。
つまり、幸子に憑いた幽霊について知ることは、小梅が見る「あの子」は幻覚であるという事実と結びつく可能性があるということ。
それら2つに共通点があるということだ。
「そう……なんだ…………。」
では、その共通点とは何か。
それは既に死亡している人物の幻覚を見ていることに他ならない。
「あの子」は、小梅が幸子の核心に触れることによってそれを自覚してしまうことを。
その可能性を忌避したのだ。そのために幸子の霊から遠ざけようとしたのだ。
輿水幸子に憑いた霊の正体は、彼女の両親のどちらかなのだから。
生きているはずの幸子の親が幽霊として存在している、こんなにも分かりやすい矛盾はそう存在しない。
小梅がその矛盾に気付けば、容易に幻覚の存在に辿り着く。
芳乃がその存在を指摘するまで小梅が幸子に幽霊が憑いていることを教えなかったのも、恐らくは同じ理由。
無意識に認識を避けていたのだろう。自らの現実から目を背けるために。
しかし芳乃がそれを言及した瞬間、見て見ぬフリは不可能になった。
故に小梅はそれを正しく認識し、当然のように幸子の要望に応えた。
彼女の表層意識は、それに近付く危険性を認識していないからだ。
「小梅殿ー、どんなに些細なことでも構いませぬー。
幸子殿について、教えてくださいませぬかー。」
何度でも言おう。芳乃は幽霊に関しては殆ど専門外だ。
今回の場合、見様見真似の除霊の儀は用を成さない。
ただぼんやりと、善か悪かの2種類。その見分けがつくだけだ。
しかもそれは幽霊の裁量でいくらでも偽られてしまう。
その存在を認識できるという1点以外、芳乃は一般人と大差無い。
「……幸子ちゃんと、初めて会ってから、今まで……って、こと?」
どちらの問題も、解決するには幽霊と関わらざるを得ない。
しかし芳乃は幽霊に疎い。彼女には協力者が必要だった。
その事実から、芳乃は小梅と幸子の問題を、同時には対処できないと判断した。
「はいー。
そなたから見た幸子殿を、お聞かせくださいませー。」
1つずつ解決に当たる。そのためには、同時に問題を顕在化してはならない。
片方の問題に目をつむり、もう片方の問題にのみ焦点を当てる必要がある。
そして既に、幸子については手遅れだ。芳乃は明らかにそれを指摘した。
仮にこの状態のまま幸子と共に小梅の問題に取り掛かろうとしても、そもそも幸子は芳乃の話を信じようとしないだろう。
自分の両親が存在しないなどと、おかしなことを口走るのだから。
となれば、残された選択肢はもう1つしか無い。
白坂小梅と共に、輿水幸子の問題を解決する。それしか残されていない。
それを理解した結果、芳乃は「あの子」に提示した。
自分自身を担保として、協力を要請した。
それ以外に芳乃が取れる行動が存在しないという、至極単純な理由からの行動だった。
「うん。分かった……。
……その、私、話すの苦手だから……。ごめんね……?」
解決のある程度具体的な方法についても、芳乃は見当をつけていた。
輿水幸子と白坂小梅は、過去に何らかの出来事を経験し。
それを直視しないようにするために、幻覚を見るようになった。
その幻覚から目を覚まさせるためには、現実を伝えなければならない。
現実を、受け入れさせなければならない。
しかし、彼女達は一度、現実を受け止めることに失敗している。
ただ単に直視させるだけでは、再び目を逸らしてしまう可能性が高い。
そうなっては過去の繰り返しだ。
よって。一度に与えるのではなく、部分的に少しずつ与えることによって。
ひとつひとつ受け入れさせることで、現実を受け入れさせる。
芳乃は2人を助ける算段を、このように立てていた。
そしてそのためには、芳乃が2人の過去を知っている必要がある。
少しずつ情報を与える人物として適任なのが、彼女しか居ないのだから当然だ。
また同時に、芳乃が情報を集めきるその時まで、2人にそれを知られてはならない。
幸子も小梅も思い出さないまま、芳乃だけが2人の過去を知っている。
その状況を作り出さなければならない。
故に、芳乃は2人の過去を求める。
過去に何があったのか。何を認めたくないのか。
その全てを暴き出す。
「構いませぬよー。
どうぞ、そなたのお話ししやすいようにー。」
小梅が申し訳なさそうに告げると、芳乃は笑顔でそう返す。
それは小梅に余計な気を遣わせないためと、もう一つ。
芳乃がある1つの事柄を再確認していることに気付かせないためだった。
小梅は頷き、息を吸う。
物語を語り始める。
輿水幸子との、これまでの物語を。
白坂小梅は、「あの子」の不在に気付かない。
information : データが更新されました
[Tips] 教室の幽霊の真意
教室の幽霊の正体は「あの子」だった。
「あの子」は、白坂小梅が幻覚を見続けることを望んでいる。
幸子に憑いた幽霊の詮索を禁止したのも、そのためだった。
彼女達は「既に死亡している人物の幻覚を見ている」という共通した問題を抱えており。
幸子の問題に触れることで、小梅も自身の問題に気付いてしまう可能性を考慮した。
[Mission] 2人の過去を探ってください
2人を助けるためには、一気に現実を突きつけてはいけない。
少しずつ受け入れさせる必要があるだろう。
そのために、2人の過去を知らなければならない。
[Mission] 2人に過去を想起させないでください
2人が自力で過去を想起してしまったら、連鎖的に全てを思い出してしまうかもしれない。
そうなれば、かつて現実を受け止めることができなかった2人は、再び目を背けてしまうだろう。
2人が過去を思い出してしまわないように、細心の注意を払おう。
〔Mission List〕
・幽霊の未練を晴らしてください
・白坂小梅を救ってください
・輿水幸子を救ってください
・2人の過去を探ってください
・2人に過去を想起させないでください