小梅は幸子を慕っている。
そのきっかけは、第三者から見れば、とても些細なものだった。
異なる事務所に所属していた2人はある日、共に仕事をする機会に恵まれた。
小梅はその時初めて幸子と出会い、その姿を一目見て。
自分とは遠くかけ離れた存在だと、一瞬で悟った。
小梅は幸子のように振る舞えない。
幸子のように、自信に満ち溢れた行動は。
自分の容姿を自信たっぷりに賞賛し、周囲に同意を求めるなんて、できるわけがない。
幸子は自分が持っていない全てのものを持っている。
どうしようもなくそう感じ、小梅は情けない自分を呪った。
同じアイドルとして隣に立とうとする自分が許せなかった。
それほどに、小梅は自身に自信が無かった。
だから。せめて必要最低限の関わりで済むように。
光の中で輝く彼女に、影を落としてしまわないように。
小梅は1人、隅でぽつりと立ち尽くしていた。
その時だった。
幸子が小梅をその目で捉えた次の瞬間、こちらに近づいてきたのだ。
無論、自信に満ち溢れた動作で。
小梅は動けなかった。
どうすればいいのか分からなかった。
どうしてわざわざ近寄ってくるんだ。
自分となんて関わっても、ロクな事がないのに。
幸子は小梅の前に立ち、こちらを真っ直ぐに見つめ。
ボクは輿水幸子です。白坂小梅さんですよね、今日はよろしくお願いします。
そんな形式的な決まり文句をスラスラと口にした後。
何も返さない小梅の、その姿を見て。
「小梅さんはカワイイですね! ボクほどじゃありませんが!」
そう、言ったのだ。
それだけだ。
小梅が幸子を慕う理由は、この一言。
幸子の性格を知らない、小梅でない人物が、同じ言葉を聞いたなら。
自分が下に見られていると、不快感を顕にしたかもしれない。
勿論、幸子にそのような意図はない。
幸子は本気で小梅をカワイイと感じ、それを素直に口にした。それだけだ。
小梅はそれを正しく理解し、だからこそ。
嬉しかったのだ。泣きたくなるほどに。
溢れる涙を抑えきれず、その場で小梅は泣き続けた。
自分の言葉が彼女に誤解されたと感じた幸子は、慌てふためきながら釈明した。
「違うんですよ、本当にカワイイと思ったんです!」
「小梅さんはちゃんとカワイイですから!」
人を泣かせてしまったという事実に自分も泣きそうになりながら、涙目で幸子は言葉をかける。
その必死さが。誠実さが分かってしまうから、小梅は涙を止められない。
結局、小梅の涙の貯蔵が尽きるまで、幸子は戸惑い続けた。
その後、きちんと涙の理由を説明し、仕事が始まる頃にはすっかり打ち解けた2人は。
その仲睦まじさがファンの間で旋風を巻き起こしたこともあり。
仕事でもプライベートでも、よく行動を共にする仲になっていた。
幸子は頻繁に自らをカワイイと称した。
それが用いられるのは、言葉通りの意味を表したい時に限らず。
テストで高得点を取った時。
オーディションに合格した時。
ありとあらゆる肯定的な状態を表すものとして、幸子は「カワイイ」を用いた。
他者を褒め称える際も同様であった。
その場合は枕詞として「ボクほどじゃないですけど」等が付く。
ある日、小梅が幸子を、趣味であるホラー映画鑑賞に誘った。
怖いものが苦手な幸子は涙目になりながらも、しかし小梅が満足するまでそれに付き合った。
それは当然、幸子の優しさによるものでもある。
小梅も、最初の1.2回は、そうなのだろうと考えていた。
彼女は自分のために付き合ってくれているのだと。
だが、回数が増えていくに連れて。
それだけではないと、小梅は感じ始めた。
小梅が映画鑑賞以外の理由で幸子を家に招いた時、彼女は「今日は見ないんですか?」と自分から聞いてきた。
遊園地に行った時、彼女は当然のようにお化け屋敷を進行ルートに含めていた。
そして何より、彼女は一度も小梅の誘いを断らなかった。
今日は別に他のことでもいいと、小梅が提言したとしても。
最終的に幸子は必ず、心霊系の娯楽に参加していた。
小梅は考えた。
幸子は幽霊に対する苦手意識を克服しようとしているのではないか。
だから涙目になりながらも自分の趣味に付き合ってくれるのではないか。
自分から進んで向き合うことは難しいから、きっかけを求めているのではないか。
単に彼女が優しいからというだけで片付けるには、幸子はあまりに献身的だった。
何かしらの目的があると捉えた方が、余程自然に思えた。
それからというもの、小梅は幸子を誘うことに遠慮しなくなった。
何かにつけて、ホラー映画に彼女を誘った。
芳乃を含めた3人で鑑賞会を行ったのも、同じ理由だった。
「幽霊を、克服……でしてー?」
小梅の発言を疑っているのではない。
小梅は幸子と長い間共に居た。
幸子のことを良く理解しているだろう。
その小梅が言ったのだ。何も疑うことはない。
思わず聞き返してしまったのは、それが芳乃にとって意外なものだったからだ。
芳乃の目には、幸子はただ幽霊を怖がっているだけのようにしか見えなかった。
「……うまく、言えない、けど……。
でも、多分……優しいってだけじゃ、ないと……思う……。」
芳乃の言葉に、小梅は頷いて答えた。
芳乃は口元に手を当てる。
輿水幸子が幽霊を克服する意義を考える。
彼女に霊感は無い。よって現実世界で幽霊と対面する機会も無い。
克服しなければ不利益が生じるような事態が彼女に起こるとは考え難い。
本当は嫌だが必要に迫られて仕方なく、という理由ではないだろう。
「……害の回避ではなく、利の追求ー。」
では、彼女がそれを望んでいるというのか。
ホラー映画を見るだけで気絶してしまうような彼女が。
その対価を考慮して尚、得たいと思える利があるというのか。
「……幸子殿にとってー、幽霊とは、何なのでしょうかー。」
利は確かにあるのだ。
そうでなければ幸子は克服など望まない。
彼女が幽霊という存在を怖がらないようになる。
それによって、彼女が得られるメリットが存在する。
「うーん……。怖いもの……、
危険なもの……、生きていないもの……、
実体のないもの……?」
芳乃と同じように、小梅もまた口元に手をやる。
パーカーの袖を通して、彼女が思いつく単語が流れてくる。
「実体のないもの……生きて、いないものー。」
それは、つまり。
彼女が見ているものと。
彼女だけに見えているものと。
幻覚と。
何ら変わらない、もの。
「……えっと、ごめん……なさい。
私が知ってるの、これくらい……なの……。」
小梅の小さな声に、芳乃は我に返る。
見ると、小梅は小さくなって顔を伏せていた。
「滅相もございませぬー。非常に、有益な情報を頂きましてー。」
芳乃は柔らかく微笑みかける。
小梅は最後まで、彼女にとって大切な人の不在に気付くことはなかった。
「……お待たせ致しましてー。」
家の扉を閉じる。
目の前には、「あの子」の気配。
それに包まれるように、芳乃の携帯が浮いていた。
手を伸ばし、それを受け取る。
開かれている画面には、「あの子」の文章が記されていた。
『・幸子殿について御存知のことをお教えくださいませ
輿水幸子に憑いている幽霊は彼女の父親。
母親の生死や行方は分からない。
少なくとも父親が死んで以降幸子に会っていない。
会っていたのなら、あの状態の彼女を放っておくはずがない。
・そなたに協力して頂けることについてお教えくださいませ
物体に触れる。これができるのはあたしだけじゃない。
ある程度強い魂の幽霊であれば普通にできる。
魂の強さは、小梅の目に人の形で映るくらいが基準。
力は多分、生きてる人間よりは強い。
・そなた自身についてお教えくださいませ
嫌だ。』
「ほー……。」
あらかじめ質問を書き込んで渡しておいたメールの下書き画面。
「あの子」の返答を読んで、芳乃は小さく息を吐いた。
幸子に憑いている幽霊の正体は、彼女の父親。
これ自体は、別段驚くことではない。
芳乃はその正体を、彼女の両親のどちらかと見当をつけていた。
注目すべきは、「あの子」は幸子に憑いている幽霊の正体を知ることができたということ。
小梅も芳乃も、幸子に憑いている幽霊をはっきりと視ることはできなかった。
直接その存在を視認することができる小梅でさえ、ただぼんやりと浮かぶ、光る球体のようなものとしか判別がつかなかった。
しかし「あの子」は、それを特定することができた。
「あの子」が独自に調べたとは考え難い。
常に小梅の側に居たのだから、知るとしたら小梅と同時でなければおかしい。
しかし小梅は知らなかった。
ということは、小梅と同じ立ち位置に居ながら、小梅よりも多くの情報を手にしていたということだ。
「……何故、父親だとー?」
芳乃は考える。小梅や芳乃が、「あの子」と異なる部分とは何か。
その違いが、情報量の差の原因なのではないか。
その違いとは、立場の違いではないか。
生者と死者。人間と幽霊。
その違いが、「あの子」だけに幽霊の正体を知らせたのではないか。
『目元がソックリ。』
「あの子」は携帯を操作し、打ち込んだ文字を芳乃に見せる。
これでひとつ、確定した。
幽霊は、魂の強弱に関わらず他の幽霊をはっきりと認識することができる。
今後「あの子」と協働していく上で、この情報が役に立つことがあるかもしれない。
思わぬ方向の収穫に、芳乃はほんの少し口角を上げた。
information : データが更新されました
[Tips] ホラー映画
小梅は幸子を頻繁に、ホラー映画鑑賞に誘っていた。
幸子は幽霊を克服しようとしていると感じたかららしい。
幽霊とは、実体のないもの。生きていないもの。
幻覚との共通点が多く、無関係とは言い切れない。
〔Mission List〕
・幽霊の未練を晴らしてください
・白坂小梅を救ってください
・輿水幸子を救ってください
・2人の過去を探ってください
・2人に過去を想起させないでください