「……ああ、それなら残ってる。」
いつか使えるかもと思ってな。
幸子のプロデューサーはそう言って、机の棚を漁り始めた。
小梅と別れた翌日。
2人は午前のうちから再び顔を合わせていた。
これから何をするべきかを問う小梅に、芳乃が提案したのがこれだった。
まず、幸子のプロデューサーにこの事を知らせる。
次に、幸子の両親について彼が知っていることを聞く。
そして最後に、幸子がこの事務所に採用された際のオーディション映像の有無を尋ねる。
今まさに2人が行っているのが、この3つ目だ。
「それ……見せてもらっても……いい……?」
彼の話を纏めると、次のようだった。
自分は幸子の両親が生きていると思っていた。
いや、そもそも、事務所に所属した時点では確かに生きていた。
必要な手続きを行う際に2人共同席していたのだから間違いない。
むしろ亡くなっていると言われてもにわかに信じ難いというのが実際のところだ。
小梅がそう言うのだから、嘘でも冗談でも無いのだろうが。
その時の両親の印象? とにかく幸子を溺愛していたな。可愛い可愛いって。
あの様子だと、きっと普段からああなんだろう。幸子も幸せそうにしていた。
「テレビを好きに使ってくれ。」
俺は住民票を調べてみる、と残して、彼はその場を後にする。
そういうのって簡単に取れないんじゃないの、と小梅が聞くと、彼は何も答えずにただ笑った。
気付くことができるのは芳乃だけだ。彼は善良な一市民としての方法を用いようとしていない。
少しの沈思黙考の結果。芳乃は彼の表情を見なかったことにした。裏付けはあるに越したことはない。
「小梅殿ー、よろしくお願い致しましてー。」
機械に疎い芳乃は、小梅に操作をお願いする。
携帯は最近何とか使えるようになったものの、それ以外は依然弱いままだ。
その携帯も、スマホでなくガラケーだ。未だ周回遅れと言える。
見ると、小梅は既にカチャカチャとテレビの前で機械をいじくっていた。
「…………ん、できた……よ。」
小梅の言葉に頷いて、芳乃はソファにそっともたれかかる。
その隣に小梅が、ぽふ、と音を立てて座った。
袖の上から器用にリモコンを操作し、再生を始めさせる。
『はい! 1番、輿水幸子です!』
場所はここの応接室の机を片付けてパイプ椅子を増やしたらしい場所。
幸子は元気よく椅子から立ち上がった。……「10」と書かれた紙切れを掲げて。
『……君の番号は1番じゃない。』
溜息混じりの、幸子のプロデューサーの声。
彼は幸子が参加したオーディションの審査員だったのか。
『え? だってここに1……はぁ!? ……ゼ、ゼロがついてた。』
あの天性のバラエティ向きなリアクションはこの頃から持っていたのか。
音量を0にしても何を言っているか大体分かるような挙動を幸子は繰り出している。
『い……い……いやいやいや、勘違いしてもらっちゃ困りますね!
「一番」っていうのは、オーディションの順番ではなく「ボクが一番カワイイ」ってことですから!』
言い訳としては少々苦しいと思う。
『そうなんです、ボクは何でも一番!
ハッキリ言って、ボクが一番カワイイでしょう!
成績で言っても……たぶん一番、身長順で並んでも一番です!』
自分の言葉に元気づけられるように、彼女の調子が上がっていく。
『というか、アナタたちは相当にラッキーですね!
ボクは将来、世界を席巻する超トップアイドルになる存在。
そんなボクをオーディションで見つけ出せたわけですから!』
調子が上がっていくにつれて、ボリュームも上がっていく。
話の規模もまた同様に。
『……とりあえず、特技とか無い?』
姿は見えないが、何故だろう。
芳乃には彼の頭を抱える様子が、はっきりと思い浮かんでいた。
『え? 特技……ですか?
んー? ノートの清書です!
趣味であり、特技ですからね!』
そういえば、最初にファミレスで話をした時、彼女はノートに情報を纏めていた。
特技かと言われると、芳乃は画面外の彼と同じ反応をせざるを得ないが。
『世界で一番カワイイ、このボクの存在自体が、もはやスペシャル。
ナンバーワンでありオンリーワン、それがボクなんです。
だから、特技とか細かいことは気にしないでください!』
いや気にする。させてくれ。
彼の言葉にならない悲鳴が、確かに聞こえた気がした。
『それよりいま、ボクの不安は、たったひとつだけです。
それはアナタが、この超新星・輿水幸子を、
ちゃんとプロデュースできるか? ということだけです!』
幸子は矛先を自分からプロデューサーへ向ける。
アイドルのオーディションのはずが、幸子の一言で瞬時にプロデューサーのオーディションへと様変わりした。
『ボクをちゃんとトップアイドルにすることが、
アナタにできますか? どうなんですか!?』
『……できます。』
何もかも諦めたような彼の嘆息。
心中お察し致します。芳乃は静かに目を瞑った。
『フフーン。気のない返事ですが……
まあ、アナタは、ボクの見こんだプロデューサーです!
きっと、なんとかしてくれますよね。死ぬ気で働いてください!』
『まだ、採用決定ではないのですが。』
彼のささやかな反撃が始まる。
いや、私情を抜きにしても、誤解されていると思しき点は修正しなければならないのだろう。
『審査結果は後日、追って報告させていただきます。』
『……ちょっと、なにを言ってるんですか?
普通に考えて、ボクほどの逸材、即合格、即採用でしょう?』
『…………。』
沈黙。
彼が取ったのは、肯定でも否定でもない、沈黙。
それは時に、何よりも絶大な威力を発揮する。
場の空気が凍りつくのを、映像越しにも関わらず肌で感じた。
『……まったく社会人としての常識ってものがないですね!
まあいいです。じゃあ、合格の報告待ってますから!
お、お、お願いしますよ! 待ってますよ! ホントにっ!』
その雰囲気に耐えられなくなったのか、幸子はそそくさとその場を後にする。
結局、10番の輿水幸子は1番にオーディションを終えて退席することとなった。
彼女がドアを閉じた音が響いた瞬間、画面が暗転する。
「……ここで終わり、みたい。」
この後、少なくとも9人がこの空気の中オーディションを行うのか。
……この事はこれ以上考えないようにしよう。
「……ふむー。」
芳乃はぬるい茶に口をつけ、考える。
これは一見、ただ単に幸子のリアクションが面白い動画に見える。
……いや、事実面白い。一部始終を録画した彼の行動は英断と言えるだろう。絶対売れる。
違う。そうじゃない。
芳乃はぶんぶんと頭を左右に振る。
重要なのはこの一連の会話に隠された真意だ。
彼女にとって「カワイイ」とは何なのか。その解答の糸口が、確かに存在した。
小梅の発言とも一致している。恐らく間違いないだろう。
それと、幸子と彼の一連の発言に、これまでの情報では説明がつきにくい部分がある。
いくつか彼に確認を取らなければ。
「……はてー、これはー。」
片付けの作業に入る小梅を見て、せめてアナログなことは手伝おうと、DVDケースを手に取る。
すると、その内側に1枚の写真が挟まっていることに気付く。
芳乃と小梅が、今まさに座っているソファ。
その真ん中に腰掛けている幸子と、その左右に座る、彼女の両親と思しき男女の姿がそこにあった。
「……小梅殿、小梅殿ー。」
DVDを取り出した小梅の背中に声をかける。
こちらを振り向く彼女に、写真を見せた。
「……これ、幸子ちゃん、の……ご両親?」
「恐らくはー。」
小梅は写真を手に取り、じっと眺める。
古い記憶を引っ張り出すように、彼女は途切れ途切れに呟いた。
「この、女の、人……視たこと、ある……かも……?」
〔Mission List〕
・幽霊の未練を晴らしてください
・白坂小梅を救ってください
・輿水幸子を救ってください
・2人の過去を探ってください
・2人に過去を想起させないでください